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騎乗槍試合5

 鎚の試合と同様、剣の試合でもルイは仕切り直さずに攻撃を仕掛けた。


 ルイはオーギュストの体勢が整わないうちに、すぐさま斧を捨て、剣を抜く。

 ブラックカラントは目を開いて騎手を守ろうと後退しているが、オーギュストはまだ目元を押さえて俯いたままだ。


 ルイはキャメリアが牽制している間によく狙いをつけ、オーギュストの肩につけられた盾を目がけて突いた。

 ブラックカラントはオーギュストに当たりそうな剣撃を身をよじって避ける。


 初撃はブラックカラントが避けたことで空振りする。

 しかし、ルイは容赦なく攻め続けた。

 キャメリアの体当たりでブラックカラントが姿勢を崩し、足を止めた瞬間を狙って剣を振る。


 オーギュストの剣とルイの剣がぶつかって火花を散らした。

 間一髪、抜剣が間に合ったようだ。


(うわ、危ない)


 ルイの剣撃は素人目に見ても大人げない本気の一撃だった。

 ただでさえ四歳も年上なのに、高さの優位を加えて容赦なく攻め立てる。

 当然、競技用の剣だから刃は引かれているけれど、受け損ねていたら盾や鎧があっても骨にヒビくらいは入りそうだ。


「受け流した……? まさか、鎚の勝負ならともかく、剣でも?」


 お父様は切迫した攻防を見つめながらうめき声をあげた。

 何かおかしいことでもあるのだろうか?

 私が首をひねっていると、お父様の呟きに国王が応えた。


「そうだ。普通なら偶然を除いてはありえない。十メートル級の竜であれば、まれにそれだけの高い技量を持った騎士も現れるのだがな……」

「おお、また受けた。これは偶然とは思えませんな」

「お父様、陛下、何のお話ですか?」


 私がこらえ切れなくなって訊ねると、二人は神妙な顔で頷いた。


「そう言えば、エーリカは騎乗槍試合(トーナメント)の観戦は今回が初めてだったな。しかも、今回の大会では、ほとんど剣の勝負が行われなかったからな」

「エーリカお嬢さん、騎乗槍試合(トーナメント)における三本勝負には、ある程度の決まった流れがあるんだよ」


 国王陛下は私のために丁寧に説明してくれた。

 結論からまとめると、使われる武器の長さによって、試合運びが予め固定化されてしまうという話だった。

 そして、その固定化は竜のサイズが上がるにつれて顕著になる。


 三種の武器のうち、まともに空中で格闘戦が行われるのは、通常は槍の勝負だけなのだそうだ。

 それ以上短い武器になると、高速で飛行する目標に当てることが、より困難になっていく。


 竜騎士用の特殊な長柄の鎚や斧が使われるため、鎚の勝負まではギリギリ空中戦は可能である。

 それでも、狙うのは盾ではなく、お互いの得物だ。

 武器を取り落としても勝敗が決するため、示し合わせたように武器を打ち合い、我慢比べを行うのである。


 もちろん、決勝戦でルイがやったように、相手の竜を地面まで押し込む戦法もとられることはある。

 地上に落ちた竜は、格段に回避能力が落ちる。

 そのため、鎚や斧でも比較的容易に相手の盾を狙うことが出来るというわけだ。


 着地した竜の不利は、剣の勝負で更に大きくなる。

 長柄の鎚に比べ、竜騎士用の長剣はおよそ三分の二の長さだ。

 その分、盾にも得物にも命中させにくくなるというわけだ。


 地上の竜騎士からすると、縦横無尽に四方八方から攻めることの出来る空中の竜騎士からの攻撃は、剣で受けるどころか、操竜技術に頼っての回避すらも難しい。

 加えて、十メートル級以上の竜では飛行するために長い助走が必要になる。

 当然ながら、戦いながら飛行のための充分な助走を行うことは不可能だ。

 だから片方が地上に落ちたときは特に、試合再開前に元の位置につく礼儀が重んじられているのだ。


 ちなみに、空対地のワンサイドゲームにならなかった場合の剣の試合の流れはこうだ。

 両者は示し合わせて着地するか、空中でホバリングしながら高度を合わせ、ギリギリまで接近して切り結ぶ。

 こうなると、試合は長引きやすい。

 狙える盾は一ヶ所に限定されるので、防御するのが容易になる。

 鎚の勝負ほど得物が重くもないので、得物を落とさせるのも困難だ。

 フットワークが使えないので、剣術の巧拙による実力差が生まれにくい、などなど。

 最終的には長期戦における持久力や集中の継続が勝敗を分けるのである。


 こうして見ると、本来の騎乗槍試合(トーナメント)は総合力勝負になるようにできているんだなあ。


「つまり、不利なはずの地上での防御で、何度も相手の剣を受け止めているのが凄いんですね」

「なかなか呑み込みが早いね、エーリカお嬢さん。その通りだ。こうやって遠くから見ていると分かりにくいが、防御している竜騎士──オーギュストの側からすると、攻撃を見切るのは非常に難しい。次の瞬間にはルイが背中に回っているのかも知れないんだからね」

「この状態から逆転することって、あり得るんですか?」

「ふふふ。安心して息子の試合を見ていなさい。オーギュストは元々騎乗槍試合(トーナメント)を観るのが好きだったからね。こういう局面でどう動くべきか、気づいているはずだ」


 国王に促されて、試合に集中する。

 その時が、まさに膠着状態だった戦況が動く瞬間だった。


 旋回して離脱しようとするキャメリアの隙をつき、ブラックカラントが長い尻尾を叩き付ける。

 狙ったのは、キャメリアの翼の付け根だ。

 キャメリアは空中でバランスを崩し、揚力を失って着地する。

 これで地上対地上、五分の試合になったことになる。


「よし、やった! よくぞ覚えていたな、オーギュスト。それが三年前の十メートル級準決勝の逆転劇の手筋だ」


 国王は思わず拳を握り、快哉の声を上げた。

 一度は運命に嘆いていた王様だが、オーギュストの活躍を見せられ続けて、すっかりテンションが戻っている。


「ふむ。操竜技術ではオーギュスト殿下の方が勝り、体格や実戦経験ではルイの方が上。竜の能力差を活かしづらくなったので、まさに五分五分の試合ですな」

「私の息子は持久戦でも遅れは取らんぞ。見た目の割に鍛えているからな」


 親馬鹿発言にも聞こえるけれど、私にも思い当たるふしはある。

 観光の時に重いバッグを軽々持ち上げていたし、ダンスの時にも安定感があった。

 いつか竜に騎乗できたときのために鍛えまくってたんだろうなと、容易に想像出来る。


 地上に落とされたルイは、一転して守りに入った。

 キャメリアに距離を取らせ、自身も剣を上げて守りの構えをとる。


 しかし、オーギュストは予想外の行動をとった。


 ブラックカラントの周囲の砂が巻き上がり、一瞬、私はオーギュストも煙幕を張ったのかと思ってしまった。

 しかし、砂を浴びせるにはルイとの距離が離れすぎている。


「何、浮いただと!?」


 お父様が叫んで身を乗り出す。

 つられて、私や王様も砂埃の向こうに目を凝らした。


 オーギュストを乗せたブラックカラントが力強く翼を羽ばたかせる。

 二十メートル級の竜の巨体が、助走もなしに数メートル浮き上がっていた。

 羽ばたきと同時に、ブラックカラントはブレスを吐くような動きで息を吐き出しているようだった。

 これが煙幕のように見えたものの正体だ。


 ルイはその異常に気づき、キャメリアに拍車をかけて突撃させるが、既に遅い。

 ブラックカラントの翼は風を捉え、オーギュストと共に空に舞い戻っていた。

 一頭の黒竜と一人の黒騎士は、そのままぐんぐんと上昇していく。


「陛下、あれはいったい?」

「ううむ。伝承で聞いたことがある。第三次巨人戦争の時代、カルキノス大陸遠征中の苛烈王ジャンの逸話だ。王の部隊は敵中で孤立し、悪天候によって巨人の包囲に気づくことができず、危機に陥っていた。しかし、王の乗騎であったユリゼンは助走なしに飛翔し、危機を救ったことがあるそうだ」

「なぜ苛烈王と同じ技術を、オーギュスト殿下が……?」

「わからない。だが、これだけ不思議なことが立て続けに起こったのだ。何があってもおかしくはない」


 そう言えば、オーギュストは始祖王の守護天使や契約の獣の伝承に詳しかった。

 彼が伝承に詳しくなったきっかけが騎乗のヒント探しならば、過去の竜騎士や竜についても詳しくても不思議はない。


 ルイも遅れてキャメリアに助走させ、飛び立った。

 飛行する竜に対して、着地したままでは圧倒的に分が悪いからだろう。

 しかし、オーギュストは既に遥かな高みにいる。


「殿下はいったい何を? 飛んだのに高度を合わせようとしないなんて」

「挑発か時間稼ぎか──いや、待てよ。まさかとは思うが、空中の格闘戦で勝負を決めるつもりか」

「そんな。いったいどうやって」

騎乗槍試合(トーナメント)で、一人だけ剣の勝負において空中の高速格闘戦で勝利した騎士がいる。盲目の竜騎士、当時のカエクス伯ギュスターヴだ」

「陛下、その技は他の竜騎士にも可能なのですか?」

「私も戯れに真似をしてみたことはあるが、結果は散々だった。再現が可能だとすれば、よほどの訓練を積んでいるか……あるいは、盲目故に高い感応能力を持っていたとされるギュスターヴを超える、精神感応の天才か、だ」


 全ての観衆は静まり返り、オーギュストを見ていた。

 人々が見守る中、オーギュストは太陽を背にブラックカラントを宙返りさせる。

 竜と人の姿が、一瞬陽光の中に掻き消えた。


 ブラックカラントは、一打ち羽ばたいた後、翼を畳む。


 ブラックカラントはオーギュストを乗せたまま、下降に移った。

 カワセミやハヤブサを思わせる急降下だ。

 ルイは恐ろしい速度で接近するブラックカラントの姿に、一瞬唖然とした顔をした。

 このままでは二頭の竜が衝突してしまうコースだ。

 回避か迎撃か、判断する間もなく、オーギュストは迫って来る。


 逃げ後れたキャメリアに巻き付くような動きで、ブラックカラントはすり抜けた。

 文字通り紙一重の交差の後、地表すれすれでブラックカラントは急制動をかけ、翼をはためかせてゆっくりとホバリングする。

 空中に取り残されたルイを振り返ることもなく、オーギュストは優雅な仕草で剣を鞘に納めた。


 ひらひらと、風に煽られながら、六枚の木片が落下する。


 ルイとキャメリアに取り付けられていた盾は、その全てが真っ二つにされていた。

 まるで全力疾走する馬に乗ったまま、手にした糸を地に刺した針の穴に通すような──そんな精密さで、オーギュストはルイの盾を斬り裂いたのである。

 茫然自失のルイを乗せ、キャメリアは着地する。


 会場は静まり返っていた。

 誰も彼も、目の前で起こったことが信じられないといった表情で、オーギュストを見つめている。

 聞こえてくるのはブラックカラントの羽ばたきだけだ。


 誰も動けない中で、私の体は自然に動いた。

 私は貴賓席(きひんせき)に置かれた花輪(レイ)を手に取り、放り投げた。


 オーギュストはぽんと軽くブラックカラントの首を叩いた。

 彼の乗騎はすぐさま意図を理解し、翼を大きく広げて旋回、上昇する。

 ブラックカラントは客席すれすれをかすめ飛び、オーギュストは私の投げた花輪(レイ)を空中でキャッチする。


 私がオーギュストに手を振ると、彼も青いリボンを巻いた方の腕を掲げて応えた。


 大地が揺らぎそうなほどの歓声が響く。

 観衆達は我に返り、熱狂的な拍手喝采でオーギュストを讃えていた。

 私に続いて次々に花が投げ入れられ、律儀にそれを受け止めた一人と一頭は、鮮やかな花々で彩られていく。


 何よりもオーギュストの身の潔白を物語る、古の王や英雄さながらの騎乗技術を目にし、国民達は彼を受け入れたようだった。

 よかった。

 やはり、騎乗出来るかどうかが分水嶺だったんだ。

 これなら、たとえ失格だったとしても、厳密には不正ではないとしっかり説明すれば、その後もオーギュストを受け入れてくれるかも知れない。


「オーギュスト! 我が子よ! 小さな勇者よ!」


 王様は客席の手すりに立ち上がり、両手を広げてオーギュストに叫ぶ。

 うわあ、ここ、四階建てくらいの高さがあるんだけど。

 竜騎士だから慣れてるんだろうけど、見てる方からすると、ものすごく危なっかしい。


 オーギュストは王様に応えて手を振り、親子は揃って破顔した。


 ブラックカラントは次々に宙返りし、錐揉みし、数々の曲芸飛行で観衆に応えた。

 それらの余興の最中。

 決勝戦のトドメの一撃をなぞるように、一人と一頭が空高く上昇した時、それは起こった。


「キュウゥゥ……、ギュルルゥゥ……!」


 ブラックカラントが、悲痛な声で鳴いた。

 高空でブラックカラントは苦しそうに暴れ、その背に乗ったオーギュストを振り回し始める。

 まるで、彼を振り落とそうとするかのように。


 嫌な予感がした。

 私の背中を冷たい死神の手が撫でていったような錯覚がする。


(そんな……まさか……ここまで来て、落ちるわけが……)


 ブラックカラントは黒い竜巻のように体を旋転させる。

 試合中よりも激しい、乗り手がいるのも全く構わないような乱暴な動きだ。

 私の願いも虚しく、黒い甲冑を着た少年は空中に投げ出されてしまった。


 放り出されたオーギュストはぴくりともしなかった。

 振り回された拍子に意識を失ってしまったのだろうか。

 無防備に落下し続けるオーギュストに、本来なら彼を真っ先に助けるべき、先ほどまで相棒だったはずのブラックカラントは見向きもしない。


「オーギュスト様!」


 私は思わず叫んでいた。

 叫ぶことしかできなかった。

 想定外のこの状況に対して、錬金術師である私は、何の準備もできていない。


 王妃様は、誰よりも悲痛な声でオーギュストの名を呼んでいた。

 王様は、自分の乗騎を呼び、受け止めさせようとしていた。

 でも、誰も間に合わない。

 何も出来ない。


 視界の片隅で、誰かが動いていた。

 錬金術師用の鞄を開き、一本の短杖(ワンド)を取り出す。

 私も使ったことのある杖だけど、それと同時に、私の使ったことのない杖でもある。


 杖頭は琥珀、軸材は化石化したグリフィンの骨。

 持ち手は真鍮(イエローブラス)で、その表面には羽根の紋様。

 芯材は始祖鳥の羽根の化石。

 ──軟着陸(フェザーフォーリング)の杖。


 しかし、その杖は通常の軟着陸(フェザーフォーリング)ではなく、古代アウレリア語の風の讃える詩文を刻まれ、効果を増幅されていた。

 アウレリア公爵、長腕のエルンストの専用装備である。


 お父様は精神を集中し、落下するオーギュストに狙いを付けて杖を振った。

 本来ならば五メートルに満たない射程しか持たない軟着陸(フェザーフォーリング)が、錬金術師の長の能力によって百メートル以上に射程を引き延ばされる。

 オーギュストの直下に白色の薄い膜のような魔法陣が広がり、彼が接触するとすぐさま魔法陣は羽根のように砕けて飛び散った。


 オーギュストも、バラバラになった花輪(レイ)も。

 全てが重力の存在を忘れ去ったかのように、ゆっくりと下降していく。

 気が遠くなるような長い時間をかけて、白い羽根に似た魔力光をまき散らしながら。



 あれほど空を望んでいた「天使」は、その願いが叶った瞬間に全てを奪われ、地に落とされたのだった。

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