騎乗槍試合4
キャメリアは受け取ったルイを自分の背に乗せる。
ルイは兜の面甲を上げ、怒ったような顔で何か叫んでいるが、内容までは聞こえない。
黒騎士の装いに身を包んだオーギュストは淡々と次の勝負の準備をしていて、ルイを相手にしていないようだ。
次は鎚の試合だ。
段取りとしては、開始位置に戻り、槍を投げ捨て、鎚鉾や斧や殻竿などの重量級の武器を抜き、互いに礼をする。
その後にようやく試合が始まるはずだった。
ルイは開始位置に戻ろうともせず、自前の斧を鞍から取り外すやいなや、背を向けた黒騎士オーギュストに対して打ち掛かる。
しかし、オーギュストも心得たもので、竜の体をくるりと倒して斧をかわした。
彼は同時に槍を捨てて鎚鉾を抜いたが、すぐには攻撃に移らない。
曲芸飛行を行いながらオーギュストが鎚の礼の姿勢をとると、ルイに対するブーイングに沸き返っていた観客の罵声が、一斉に黒騎士への喝采へと変わった。
「やはりあの黒騎士には、人を惹き付けるような華があるな。この試合で勝っても優勝にしてやれないのが、本当に残念だ」
「不正な強化ではなく酩酊の魔法ですから、事情を知れば観客も許しそうですが?」
「私や観客は良くても、しきたりに五月蝿い年寄り連中が許すまい。やれやれ。まさか独裁君主が羨ましくなる日が来るとは思わなかったよ」
イグニシア王は冗談を言って肩をすくめた。
私も気持ちは分かる。
この試合でオーギュストが勝っても負けても、彼の健闘を称えて花輪をあげたい。
あの黒騎士の正体を知っているのは、今のところ私だけだしね。
試合の流れは、再びルイに有利に傾いていた。
キャメリアは常にブラックカラントの先回りをするように飛び、進路を邪魔して下降せざるを得ないように仕向けていく。
上昇しようとすれば頭を押さえられ、下降すれば更に追い討ちされる。
そうして、ブラックカラントは、ついによろめくように着地させられてしまった。
地上に降りてしまえば、翼ある竜の機動性は著しく損なわれる。
空にあるときは頼もしい翼が、地上においては大荷物になるからだ。
こと地上の戦いとなると、騎手の空中機動の技術がどんなに優れていても関係ない。
事実、オーギュストはルイの攻撃を避けることが出来ず、鎚鉾で受け流すことを強いられていた。
まだ空中にあるルイとキャメリアに対し、圧倒的に不利な状況だ。
それでも、オーギュストは粘り強く防御している。
業を煮やしたルイは、再びラフプレイに走った。
攻撃とともにキャメリアの尾で地面を打ち、土埃を立てはじめたのである。
「ふむ、煙幕ですか」
「またあれをやる気だな、ルイのやつ」
お父様と王様は、次の手が読めているようだった。
私はルイの行った以前の試合を思い出す。
その時も、ルイは相手を地上に落とし、土埃を立てて煙幕にした後、騎手の兜を狙ったのだ。
顔を守る兜を失い、土埃で視界を奪われた騎手は、続く攻撃を避けることができず、なす術無く盾を割られてしまう。
ほぼ反則と言っても差し支えないそんな攻撃を、ルイは準決勝戦までの間に三度繰り返していた。
(ああ! 兜を取られたら、目くらましが危ないだけじゃなく、正体もばれちゃうじゃない!)
オーギュストも、そのことは分かっていたはずだ。
しかし、既にオーギュストにもどうすることもできなかった。
兜を奪われる前に再び飛行出来れば、あるいは何とかなったのかも知れない。
だが、そのチャンスが与えられる前に、キャメリアの尾は偶然を装っているのが見え見えの動きで、オーギュストの兜をはたいた。
黒い兜が、ややひしゃげた形になって地面に転がった。
兜に収まっていた長い金髪が、風を孕んでふわりと広がる。
雪花石膏のように白い肌。
無骨な黒い甲冑に不釣り合いな、少女のように可憐な少年が兜の下から現れた。
黒騎士に扮していたオーギュストが正体を暴かれたとき、ルイは攻撃の手を止めた。
ルイはサディスティックに唇をつり上げ、何かをオーギュストに対して言い放つ。
オーギュストは歯を食いしばって、おそらく暴言だったであろうルイの言葉に耐えていた。
観客は黒騎士の正体に対し、まだ反応を決めかねているようだった。
オーギュストが噂と異なる優秀な竜騎士だったと考えるのか、むしろ黒騎士の行いが全て欺瞞だったと考えるのか。
人々がどちらの考えに転ぶのか、私には予想もつかなかった。
「まさか、あれは……オーギュスト? あの黒騎士は、私の息子だったのか?」
「ええ、間違いありません。あなた……あれはオーギュストです」
今まで沈黙を守り、王様の傍らで静かに微笑んでいた王妃様が、はっきりと断言した。
彼女はイグニシア王の震える手に手のひらを重ねる。
「おお……あのオーギュストが……とうとう、乗れたのか……しかも、あんなにも勇ましく、華麗に空を舞って……」
「当然です。あの子は私とあなたの子……イグニシア王の正当なる後継者なのですもの」
「信じていた。もちろん信じていた。だが、実際にその証を目にして、こんなにも心が震えるとは思いもしなかったのだ」
「ええ……私も同じ気持ちです」
「だが、神よ、あなたは何と残酷なのだ……この類い稀なる業を讃えられるべき我が子に、私は違反と敗北を告げねばならないとは」
喋りながら、イグニシア王は俯く。
「あの子が飛んだのが神聖なる騎乗槍試合の場でさえなければ……、あるいは、あの子の乗った竜が魔法の鐙を取り付けられたブラックカラントでさえなければ……」
王妃様は王様の頬にハンカチを当てて、そこに流れているであろう涙を拭った。
でも、王妃様の頬にも幾筋もの涙が流れ落ちている。
よかった。
オーギュストの両親は、彼が実力で竜に騎乗したのだと信じてくれている。
きっとそれは、オーギュストにとって、他の誰が信じてくれたことよりも価値があることだろう。
だけど、真実のオーギュストから遠い、醜聞として語られるオーギュストに馴染んでいた人々は、正反対の対応を選択した。
観衆は口々にオーギュストを罵り、侮蔑の視線を投げ掛けている。
そんな観客の声に後押しされるように、ルイは手にしていた斧を掲げた。
これまでと一転して、客席はルイを呼ぶ歓声で溢れ返る。
ルイはニヤニヤと笑いながら、キャメリアに命じてオーギュストに肉薄する。
接近と同時にキャメリアの尾が地面を払い、オーギュストとブラックカラントに砂が浴びせられた。
一人と一頭は目を閉じ、顔を逸らす。
その隙を逃さず、ルイは手にした斧を振るった。
オーギュストは攻撃を避けることが出来ず、もろに受けてしまう。
竜の胸にかけられていた盾は、ルイの斧によって一撃の下に破壊され、試合場の地面に転がった。
それは同時に、騎乗槍試合決勝戦の最後の戦い──剣の試合の始まりを意味していた。