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騎乗槍試合2

 降臨祭の騎乗槍試合(トーナメント)は、三つの階級に分かれている。

 五メートル級と呼ばれる、翼長五メートル、全長──つまり尾を含めた体の長さが三メートルの竜。

 十メートル級と呼ばれる、翼長十メートル、全長六メートルの竜。

 二十メートル級と呼ばれる、翼長二十メートル、全長十二メートルの竜。


 尾を除くと五メートル級はポニーくらい、十メートル級は馬よりも少し大きいくらい。

 二十メートル級は……小型の飛行機くらい?

 ここまで大きくなると、遠くから見たら人間が乗っているのが分からないくらいだ。


 五メートル級、十メートル級と順調に試合が進んでいる。

 十メートル級の優勝者、青銅色の竜に乗った騎士は観客の歓声と投げ入れられた花を浴びながら、誇らしげに客席に向かって左腕を掲げていた。

 腕には鎧の上から何本かのリボンが巻かれている。

 この騎士もまた、どこかの貴婦人に献身の誓いを立てているのだろう。


 退場していく青銅色の竜に、なおもたくさんの花が投げられる。

 いくつかの花輪(レイ)は角やトゲに引っかかっていた。

 降臨祭の間、優勝した騎士は勇者として讃えられ、竜は更に多くの花で飾られて人々から愛でられるのである。


 貴賓席(きひんせき)の私達も、用意された花輪を投げ入れる。

 そのとき、イグニシア王家の人達を挟んで真反対に座っているアンと目が合った。

 私達はお互いに手を振る。

 そう言えば、あの後、クラウスは大丈夫だったんだろうか。

 後でアンに聞いてみようかな。


 耳を澄ましてみると、王妃様とハーファンの母娘はイグニシア風のドレスを上品に見せる着こなしやら、南国の日差しから肌を守る工夫やら、女子力の高そうな話題で盛り上がっているようだった。

 それに対し、こちらは童心に返った王様を中心に、竜についての講釈である。

 とても勉強になるけれど、アンと私、どこで差がついたのか。


 次が二十メートル級の試合となる。

 私が出場しているわけでもないのに、何だか緊張してきた。

 

 オーギュストかも知れないあの黒騎士は第一試合だ。

 黒竜に乗った黒騎士、そして対戦相手の赤銅竜に乗った騎士が、試合場に降り立つ。


 竜が翼を一打ちしただけで、かなり離れたところに居た私の縦ロールが風になびいてはためいた。

 これまでも竜が近くをかすめ飛ぶと吹き飛ばされそうなくらいの強風を感じていた。

 それが二十メートル級ともなると、まるで台風のようだ。


 客席の周囲には防護陣(プロテクティブ・サークル)を展開した魔法使いや、(シールド)防護壁(プロテクティブ・ウォード)の杖を用意した錬金術師が待機している。

 万が一の事故に備えてのことだけど、あのサイズの竜が突っ込んで来ても本当に止められるのかどうか、ちょっと心配だ。


 試合が始まろうという頃、お父様と国王陛下は一本の短杖(ワンド)を二人で使い回していた。

 国王陛下もきちんと反動防止用に錬金術師の革手袋をつけている。


 使っている杖は猛禽の魔眼(ラプターサイト)みたいだ。


 杖頭は鷹目石(ホークスアイ)、軸材は千里眼の木と呼ばれる楓の一種。

 表面には籠目の紋様が刻まれ、石突には鷹を模した彫刻が施されている。

 芯材には猛禽類の骨を十種類分。


 比較的安価に作れるこの杖の効果は、視力の増強だ。

 こういう試合の観戦にはうってつけの効果と言えるだろう。


「ほう、あの青いリボン、僅かに金糸の刺繍がされているようだな。色の取り合わせから考えて、相手のお嬢さんはアウレリア系なのかな? うーん、あの黒騎士は随分小柄だな。顔が見えないのが惜しいなあ……気になる……」

「陛下、邪推は程々に」


 視力を増強した王様が、黒騎士の方をじっくりと観察しながら呟く。

 私の心臓がどきりと跳ねた。

 ますます私がオーギュストに渡したリボンに似てる。


「おや、気になるかね、エーリカお嬢さん。それならあなたもこの杖を使いなさい。杖の代金は私からの奢りだ」

「えっ? よろしいんですか?」

「陛下、娘をあまり甘やかされては……」

「良いではないか。せっかく竜に興味を持ってくれているんだから。私は子供が騎乗槍試合(トーナメント)を気に入ってくれるだけで嬉しいんだよ」


 王様はにこにこしながら杖を差し出してくる。

 私は若干後ろめたいものを感じながらも、杖を受け取った。

 こうなったら、折角だからあの黒騎士がオーギュストかどうか調べるために使わせてもらおう。


「恐れ入ります、陛下。ご厚意に甘えるようで恐縮ですが、二回振ってもいいでしょうか?」

「これ、エーリカ」

「良い良い。どんどん使いなさい」


 お父様に内心では謝りながら、杖を受け取る。

 私は兄がこの前プレゼントしてくれた錬金術師の絹手袋を装着してから、猛禽の魔眼(ラプターサイト)を二度使用した。

 一回でも観戦には充分なほど視力が強化されるが、二回振れば更にそれを上回る視覚能力を得る。


 効果が出るが早いか、私は黒騎士が腕につけたリボンに目の焦点を合わせた。


(わあ! あれ、私のリボンだ……!)


 魔法で増強された視力は、カメラのズーム機能のように黒騎士の腕に巻かれたリボンを拡大する。

 青い布地に金糸の刺繍。

 図案も一致しているし、手縫いの一点ものの刺繍なので間違えようがない。


 ということは、あの正体を隠した黒騎士はオーギュストで確定だ。

 どうしよう。

 着々と死亡フラグに向かってシチュエーションが展開している。

 こうなってしまえば、オーギュストが落ちないように祈ることと、落ちたとしても侮辱だと思われないように上手い具合にフォローする言葉を考えるしか出来ることはない。


 合図の角笛が鳴った。

 向かい合った竜騎士たちは、長槍を眼前に掲げて礼を行う。


 竜による騎乗槍試合(トーナメント)は、一対一で三回勝負を行って優劣を競う。

 最初は槍で、次に斧や槌で、最後に剣を使って戦うのだ。


 もちろん、本気で殺し合ってしまうと竜騎士が何人居ても足りないので、試合特有のルールでポイントを取り合う。

 騎手の左肩、竜の左胸と鞍の左後方の三カ所に盾が固定されている。

 そのいずれかに武器を当てると一勝となる。

 鞍から落ちた場合や、武器を取り落とした場合も相手の一勝だ。

 二勝先取か相手の気絶で勝利となり、次の試合に駒を進めることができる。


 礼の後、二人は長槍を右腕全体で抱え込むように握り、突撃の体勢を取った。

 黒と赤銅の二頭の竜は土煙を巻き上げて跳躍し、巨大な翼で風を捉えて急上昇していく。


「始まったようですな」

「ほう。これは……地上での身のこなしを見ただけでも、ただ者ではないと思っていたが」

「どういうことなんですか? 陛下?」


 いかにも解説したくてたまらないという雰囲気を醸していた王様に尋ねる。


「うん。エーリカお嬢さん。竜というのはね、騎手の精神状態が反映されやすい生き物なんだ。特に戦いとなればなおさらだ」

「はい」

「見てご覧、赤銅竜より黒竜の方が首のブレが小さいだろう? あのブラックカラントは落ち着いた気質の竜だが、それでも初めて乗せた騎手にあんなに信頼を寄せるのは、滅多にないことだ」

「そうだったんですか……」


 オーギュスト、なんだか父親にすごく褒められてるよ。

 と言うか、いつの間にそんなに騎乗が上手くなったんだろう。

 まさか、もう契約の獣と融合済みだったりしないよね?


 私がハラハラしている間に、試合は佳境に入っていた。

 竜巻のように(もつ)れ合った竜が、空中で数度交差する。

 目まぐるしく入れ替わる黒と赤銅の色合いを追っているだけで、目が回りそうになる。


 そのうち、不意に二頭は距離を取った。

 両者は槍を捨て、鞍に固定されていた二本目の武器を抜いて、斧と槌の礼の姿勢をとる。

 どちらのものとも知れない、真っ二つに割れた盾が落下していた。

 勝ったのはどっちだろう?


「少年とは思えない、熟練した槍さばきですな、陛下」

「うむ。三度目に槍を打ち合ったときのあのフェイントは、なかなか正規の竜騎士でも出来る者はいないだろう。もしかすると馬上槍の分野で有名な少年騎士なのかも知れない」

「割ったのが鞍の盾というのも心憎いですな」

「あれは痛快だった。黒騎士は竜の胸を狙っているものとばかり思っていたよ。あの体勢から急降下反転して背後を取るとは」


 お父様とイグニシア国王は楽しそうに一戦目の感想を話し合っていた。

 会話に出て来た鞍の辺りに注目してみると、赤銅竜の鞍の後ろの盾がなくなっていた。

 ということは、一勝先取したのは、オーギュストなのか。


「エーリカお嬢さん。少し気を楽にして試合場全体を見渡すつもりで見るといい。あまり凝視しすぎると、却って戦闘の流れが攫みにくいものだよ」

「ありがとうございます、陛下」


 私の顔色を読んだらしい王様が、私に耳打ちをする。

 二戦目が始まるところだったけれど、心を落ち着けて少し視野を広げる感じを意識してみた。

 確かに、今度は一戦目より動きが見やすいかも知れない。


 オーギュストの操るブラックカラントは、時には鷲のように勇猛に、時には燕のようにしなやかに、巨体を器用に翻しながら相手の竜すれすれをかすめ飛ぶ。

 ぶつからないかとヒヤヒヤするような動きだ。

 オーギュストは全身が竜に一体化して三本目の前脚になったかのように、息を合わせて相手の騎手を狙っている。

 重量感のある鎚鉾(メイス)と大斧が激突する度に、赤銅竜の騎手はバランスを崩していく。

 しかし、オーギュストはまるで鞍と下半身がくっついてしまったかのように安定していた。


「初戦の技巧的戦闘から一転しての果敢な攻めですな、陛下。自分の竜を怯えさせず、あそこまで肉薄出来る騎手はなかなかいない」


「そうなんですか、陛下?」


「うむ。竜には騎手の精神状態がダイレクトに伝わるからな。ギリギリで回避する技術もさることながら、絶対にぶつからないという安心感を竜に感じさせるだけの胆力が何より素晴らしい……おお! 見たかね、エーリカお嬢さん! 今の相手に巻き付くような背面宙返りを!」


 イグニシア国王は少年のように快哉をあげながら、試合の行方を見守っている。

 すっかり黒騎士オーギュストの戦いっぷりに魅了されているようだ。

 無理もない。

 彼の戦いには、何とも言えない華がある。

 特に知識のない私ですら、その戦い方をかっこいいと思ってしまうほどなのだから。


 猛攻に耐え切れず、とうとう相手の騎士は斧を取り落としてしまう。

 勝負ありだ。

 観客からの声援がオーギュストの扮する黒騎士を讃える。


 赤銅竜の騎士は兜を脱いで、降参とばかりに片手を挙げた。

 オーギュストは竜を背面飛行させると、相手の騎士の手にタッチしてすれ違う。

 また接触すれすれの曲芸飛行だ。

 赤銅竜の騎士は一瞬呆気にとられたような顔をした後、黒騎士に手を振って爽やかに破顔した。


 黒騎士は顔を見せる代わりに一芸を披露し、不安定なはずの竜の鞍の上に立ち上がって客席に向かってお辞儀する。

 客席は再び黒騎士コールの渦だ。

 イグニシア国王も思わず立ち上がって拍手していた。

 まだ第一試合なのに、すごい大盛り上がりだ。


「素晴らしい! あの黒騎士は絶対にうちの騎士団にスカウトするぞ! 惜しい。本当に残念だなあ……この試合をオーギュストにも見せたかった! 絶対にあいつもこの黒騎士が気に入るはずなのに!」


 それが自分の息子だとも知らずに、国王は黒騎士をべた褒めしていた。


 黒騎士オーギュストと黒竜ブラックカラントのコンビは、そのまま順調に勝利を重ねていく。

 しかも、全てが二勝先取のストレート勝ちだ。

 オーギュストは決勝へと駒を進める。


 対するは白銀の鎧を纏った竜騎士、ルイ・オドイグニシアと白竜キャメリア。

 宿命を感じる対決の火蓋が、切って落とされようとしていた。

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