騎乗槍試合1
竜による騎乗槍試合が行われる日になった。
騎乗槍試合が始まる前に、父に連れられて、世界中から取り寄せられた多種多様な竜を見て歩くことにした。
赤、青、白、黒などのオーソドックスな色の竜から、美しい斑紋や縞模様の竜、トゲで覆われた凶悪そうな顔の竜など、多種多様な竜が観客として訪れた人々と触れ合っていた。
『すごい数の人と竜だな』
「ええ、何て言っても騎乗槍試合は連合王国のもっとも栄えある競技の一つだから」
ティルナノグは今まで通り鉄のゴーレムとして鞄を持ち歩いてもらっている。
しかし、客席に着いたら別行動の予定だ。
オーギュストがどのタイミングで契約の獣と接触するか、まだ予想がつかない。
もしかすると、それは試合の直後かも知れない。
「ティル、手筈通り……万が一のときはお願いね」
『任せろ。俺が本気を出せば、逃げきれる人間はいない』
オーギュストは出場しない予定だが、どんな番狂わせが起こるとも限らない。
そのため、客席から容易に離れられない私に代わって、目立たず、しかも足の速いティルナノグが追跡して獣の居場所を突き止めるという作戦を立てたのだ。
ちなみに、父と一緒の時は静かにしてもらうようにお願い済みだ。
竜に触れていたのは、観客や竜騎士だけではなかった。
魔法学園都市リーンデースから派遣された博士号持ちがそこかしこで竜の調査を行っている。
朱鷺を象った学徒の印を身につけているので、一目で分かるのだ。
「アウレリア公爵閣下。ご無沙汰しております!」
「やあ、エルリック君」
そう声をかけてきたのは、六年後の魔法学園編で登場予定のドジッ子眼鏡教師、エルリック・アクトリアスさん。
(わー……、四人目の攻略対象キャラの顔が確認できた!……これってラッキーなのでは?)
すでに顔見知りなのか、エルリックは父と楽しげに歓談し始めた。
エルリックは私の兄、エドアルトと同期で親友同士だ。
まだ学生の身だが、教授の助手として付いてきたらしい。
ボサボサの灰色の髪の毛で、困り気味の眉毛に、灰色の瞳。
純朴そうで優しそうな好青年である。
照れて困った感じの笑顔が印象的な、よくよく見ると兄と並んでも引けを取らない美形だ。
良く言えば学術の徒、悪く言えばオタクっぽい感じの、もっさりしただらしない着こなし。
だが、着ているのは魔法学園の特待奨学生だけが着用を許される王の学徒用のものだ。
ちょっとした身のこなしに優雅でスマートな雰囲気が滲んでいるのは、隠された出自ゆえだろうか。
でも、登場と同時に既に眼鏡がズレている。
何だかうずうずする、修正したい。
ちなみに平民に身をやつしているが、本当は高貴な生まれらしい。
はい、キャラクター紹介の情報です。
個別シナリオをプレイしてれば、その辺の詳しい事情も分かっただろうになあ。
とっても惜しい。
派手好きのエドアルトお兄様と清貧なエルリックがどうして仲良しなのかは全くの不明だ。
なにか共通の趣味でもあるのかな?
ああ、そう言えば、エルリックは魔獣研究が専攻だったはずだから、ザラタンのことを調べていたお兄様とは気が合いそうだよね。
エルリックの視線がこちらに向けられる。
思い出したように、父は私の紹介をした。
「おおっと、君は初めて会うことになるのかな? 私の娘のエーリカだよ」
「お初にお目にかかります、エルリック様」
スカートの端を持って軽めのご挨拶をする。
なるべく子供らしい笑顔付きだ。
「いやあ、様付けは止めて下さいよ、エーリカ様。こちらはしがない平民の学生ですから」
エルリックは恥ずかしそうに頬を染めて、震える手で眼鏡のズレを直そうとする。
こういう庶民派で、親しみ易そうな人ってこの世界では新鮮かも。
「では、アクトリアス先生でいいですか?」
「いやいや、まだ研究生の身なのに、そんな!」
「エドアルトから聞いているが、若くして次々論文を発表しているそうじゃないか」
「まあ、すごいんですね」
本当に若くして才能のある上に真面目な人なのか。
「い、いやあ、私はまだまだで……。研究だってエドアルトのお陰で進んでるようなもので……」
しどろもどろである。
父も楽しそうに前途ある若者を弄って楽しんでいるんだろうな。
エドアルトお兄様も、好き放題錬金術三昧と遺跡探索三昧しているように見えていたけど、他の学術にも卒なく励んでいるのか。
「エルリック君、今日は試合の裏方の手伝いかね?」
「え、ええ。本日の騎乗槍試合にでるドラゴンの審査をしてます。なんらかの魔法的な水薬でドーピングしたり、試合向きで無い危険な装備などが横行しないためですね」
この国の竜騎士達が、そんな事までするなんてびっくりしてしまう。
それだけ参加者が本気だという事だろうか?
「あ! そういえば、今日はエドアルトは来ていないんですか?」
「ああ、息子はちょっと……外せない用事があってね」
そう言って父は周りを見回してから言った。
ああ、イグニシア王家からの直接の依頼で、秘密の任務中だったっけ。
反応から察するに、お父様は内容を知っていそうだ。
「もしかして、地下墓所荒らしの件の調査ですか? 前のリーンデースでの事といい、最近多すぎますね」
「いや、今は詳しくは言えないのだが、別件だ」
「なるほど……わかりました」
前のリーンデースの事。
それって、私達が〈来航者の遺跡〉に潜った夜の話なのかな。
緊急事態だからって、お兄様が慌てて魔法学園に行っちゃったんだよね。
墓荒らし事件なんて起こってたなら、あの強行軍も頷ける。
私が聞き耳をたてていたら、父とアクトリアス先生はじっと私に視線を合わせた。
一応、私は何の事か分かりませんって感じで笑ってみた。
「うむ。これくらいにしておこうか」
「そ、そうですね!」
あからさまに「聞かれたら不味い事聞かせちゃった」って顔してる。
いえいえ、何の話か全然分かりませんでしたので、もっと油断して情報漏洩してもいいんですよ?
「エルリック君。それでは、またの機会に」
「ええ、閣下。またの機会によろしくお願いいたします」
アクトリアス先生と別れて、父と私は騎乗槍試合の会場に向かう。
貴賓席には、イグニシア王室と旧三王家の席が用意されているはずだ。
つまり、イグニシア国王と王妃、オーギュストを含む三人の王子・王女。
ハーファン公爵夫人とアン。
空席のルーカンラント公爵家。
そして、アウレリア公爵の父と、私。
オーギュストがちゃんと貴賓席に座っているだろうか。
ちょっと心配になる。
まさか、私に黙って竜に乗ってたりは……しないよね?
若干の不安に駆られながら、私は会場の門をくぐったのだった。
☆
騎乗槍試合の会場は、各旧王国ごとのイメージシンボルを象った段幕で飾られていた。
南のイグニシアは赤い火炎と金色の竜。
北のルーカンラントは白い雪花と銀色の狼。
東のハーファンは銀色の月と黒い森。
西のアウレリアは金色の星と群青の海。
しかし、私達は金と青の段幕ではなく、赤と金の段幕へと向かう。
貴賓席はイグニシア用の客席よりも、やや高い位置に作られていた。
「あ、あれ? オーギュスト王子はどこに?」
開口一番。
挨拶もせずに、私はそんなことを口にしてしまった。
あ、まずい。
イグニシア国王夫妻がびっくりしてこっちを見ている。
「オーギュストか……あの子は体調が優れないと言って、部屋に戻ったよ。昔は騎乗槍試合を見るのを楽しみにしていたんだがなあ……私はあの子が不憫でならないよ」
「エーリカ様、うちの息子を気にかけてありがとうございます。あなたが心配していたと知れば、きっと喜ぶはずですわ」
なんだか、イグニシア国王夫妻の私を見る目が、ものすごく優しい。
でも、私は好感度を上げに来たんじゃなくて、死亡フラグを折りに来たんです。
「取り乱して申し訳ありません。王子様には宴席で失礼なことを言ってしまったので、一言謝りたくて……残念ですが、またの機会にさせていただきますね。本日は騎乗槍試合にお招きいただきありがとうございます」
私はぺこりと頭を下げ、父の影に隠れるように着席する。
焦った。
大丈夫。傷は浅い。多分浅い。
蓄積したミスが結構洒落にならない気がするけど、きっと大丈夫。
それにしても、オーギュストは本当に部屋にいるのかな。
原作の展開が展開だけに、心配になってしまう。
抜け出して様子を見に行きたいけれど、それも難しいかなあ。
足元のティルナノグとアイコンタクトするが、とりあえず今は貴賓席に待機してもらうことにした。
早まって動いて、不測の事態に対応出来なかったらまずい。
そんな事を思っていたら、イグニシア王とお父様が楽しげに歓談を始めていた。
「今年はブラックカラントも出場するのですな、陛下」
「どれどれ。おお、本当だ! 相変わらずエルンストは目が良くて羨ましい。どんな騎手ですかな?」
「顔は兜で隠していて、黒一色の鎧、紋章はなし……左腕に青いリボンを巻いていますな」
「正体不明の謎の黒騎士! しかも貴婦人への誓い付きとは、なかなか楽しめそうだ。思い出すなあ。私も若い頃には顔を隠して参加したものだ。あれはちょうどオーギュストくらいの歳で、年齢制限のせいで参加出来なかったのが悔しくてなあ」
イグニシア王は少年に戻ったような表情で、楽しそうに竜騎士たちを見つめている。
本当に竜が好きなんだなあ。
あれ、でも、何だか不穏な言葉が飛び交ってたような。
正体不明の黒騎士? 青いリボン?
なんだか、イグニシア王が言った「若い頃には顔を隠して参加した」って台詞も引っかかる。
まさかね?
「お父様、ブラックカラントというのは?」
「あの大きな黒い竜だよ、エーリカ。彼女は二十メートル級の飛び入り参加枠の竜なんだ」
「この騎乗槍試合は市井に埋もれた有能な騎士候補の拾い上げの意味も含まれているんだよ、エーリカお嬢さん。しかし、二十メートル級ともなると、なかなか乗り手がいなくてね。彼女が飛び入りの騎士を乗せて飛ぶのは、五年ぶりだったかな」
説明を求めると、予想外に詳しい情報が返って来た。
特に、イグニシア王がすごく盛り上がっている。
趣味人が自分の好きな分野について話す時に、つい早口になっちゃう感じに似てる。
「あの黒騎士は、騎士団に属していないが優秀な騎手だ、ということになるかな」
「ブラックカラントは気性が大人しいとは言え、二十メートル級だ。乗っただけでも素晴らしい。是非、我が騎士団に欲しい人材だなあ」
「そうなんですか」
それにしても、説明を聞いてますます疑惑が深まった。
黒竜ブラックカラントに乗ってるのって、オーギュストなんじゃない?
ああ、関係のない無名の天才でありますように。
仮にオーギュストだったとしても、どうか落ちませんように。
私の祈りをよそに、騎乗槍試合開幕の角笛が高らかに鳴り響いた。




