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伝令の島11

 〈伝令の島〉に着いて二日目。

 明日は騎乗槍試合(トーナメント)が開催される日だ。

 降臨祭も、この数日が盛り上がりのピークとなるそうで、街はより一層の賑わいを見せていた。


 今日もお父様から外出許可をもらっている。

 だから、ティルナノグと一緒に街に繰り出すことにした。


「ティルは昨日たくさん美味しいものを食べられてよかったわね」

『うむ。俺の腹を満たすには少々不足だが、舌は満足だ』

「私は少し食べ過ぎたかも」

『だから今日は園遊会(ガーデンパーティ)とやらに出席しなかったのだな』


 今日は王家主催ではなく、亡き先代王妃の生家である侯爵家主催の園遊会(ガーデンパーティ)が開かれていた。

 どちらかと言うと年配の貴族中心の催しらしい。

 お父様は招待を受けていたけれど、私に関しては自由参加でいいとのことなので、お言葉に甘えて抜けさせてもらったのである。


「うーん、それもあるけど」

『昨晩言っていた、ルイとかいう嫌なヤツに会いたくないからか?』

「それもあるけど……ほら、例の神託の件で、少し動いておこうと思って」

『ああ、なるほどな』


 明日には運命の分水嶺である騎乗槍試合(トーナメント)が待っている。

 フラグ回避のために残された猶予は、あと一日しかない。

 とは言え、今回の死亡フラグそのものは、既にほぼ回避済みである。


 オーギュストが騎乗槍試合(トーナメント)に出場する。

 オーギュストが竜から落ちる。

 エーリカがオーギュストを嘲笑する、または嘲笑したという誤解を与える。

 この三段階の条件を経て、ようやくエーリカが六年後の「食人聖天使事件」の犠牲者として選ばれる、と考えられる。


 なので、死亡フラグを防ぐ方法も複数存在するはずだ。

 つまり、オーギュストを騎乗槍試合(トーナメント)に出場させない。

 オーギュストの騎乗を成功させる。

 オーギュストが竜から落ちても嘲笑しない。

 なり振り構わないのであれば、「オーギュストが契約する前に契約の獣を倒す」とか「聖天使の祝日前後に何か理由をつけてアウレリア領に帰る」などでもいい。


 そう、私の破滅を回避するだけなら、条件は簡単だ。

 しかし、オーギュストの破滅を回避することを考えると、これでは足りない。


 オーギュストが契約の獣と融合すれば、六年後ヒロインがどのルートを選んだとしても、獣は暴走を起こす。

 殺人事件は発生しないが、獣はオーギュストから分離し、彼は確実に騎乗能力を失う。

 これは、三人目の攻略対象であるハロルドのシナリオで、オーギュストが竜に騎乗出来なくなっていたことから推測できる。


 オーギュストの竜騎士としての未来は、彼が契約の獣との契約を行った時点で閉ざされるのだ。


『お前自身も破滅の運命にさらされているのに、よくも他人のことまで助けようと思えるな……と思ったが、考えてみれば、お前は元々封印されていた俺を解放するようなやつだったな』

「何となく、特に理由がなくても放っとけないことってあるもの。オーギュストと友達になっちゃったから、なおさらね」

『お前のそういうところは全く理解できないな……だが、しかし、不思議と嫌いではない』


 ティルナノグは肩をすくめ、やれやれといった仕草で首を振る。


『よし、分かった。契約の獣を倒すときは、俺も手伝ってやろう』

「うわあ、一番剣呑な方法を……ああ、でも、確かにそれが一番なのかな。竜から落ちて自暴自棄になる機会が今年の騎乗槍試合(トーナメント)だけとは限らないし」


 例えば来年、また落竜して誰かに嘲笑されることがあるかも知れない。

 そんなときでも、契約の獣が既に倒されていれば安心である。


 探索の方針が決まった。

 目指すは、〈伝令の島〉に隠れている契約の獣の発見だ。

 一日で島中を探すわけにはいかないけれど、契約の獣の居場所を知っていそうな人は知っている。

 オーギュストだ。

 彼に尋ねれば、ある程度は契約の獣の居場所に迫れるはずだ。


「というわけで、大聖堂に行ってみようと思うの。大聖堂に居なかったら、次はお城かなあ?」

『うむ。それでは今日も静かにしておいてやろう』

「ごめんね、ティル」

『気にするな。こうやって友と一緒に出歩けるだけで、俺は楽しい』


 こっちが恥ずかしくなりそうなことを、ティルは口にした。

 照れ笑いを返しながら、私はティルナノグと軽く拳を触れ合わせる。


 頼もしい相棒とともに、私は大聖堂を目指した。



      ☆



「天使様はいらっしゃいますかー?」


 大聖堂の人気のない区画を、オーギュストに呼びかけながら歩く。

 人に聞かれても、降臨祭の最中、大聖堂で、子供が言ってた、というシチュエーションなら微笑ましい光景としてスルーしてもらえるはずだ。

 発見者の微笑ましそうな表情という時点で私に大ダメージなのは、この際置いておく。


「ああ、エーリカ、こっちだ。待ってたぜ」


 オーギュストはステンドグラスを見上げていた。

 よく見ると、昨日会ったのと同じ場所だ。

 あのステンドグラス、好きな図柄なのかな。


「なんで私が来るって知ってたんですか?」

「耳の早い友人がいるからな」

「ああ、パリューグさんに聞いたんですか」


 あの人も大概に謎の人だよね。

 何者なんだろう。

 護衛? 侍女? 何だかどちらも違う気がする。


「お、今日は商家の娘さん風だな。リボンも似合ってる」

「どうもありがとうございます」


 今日は、移動重視の観光のために裕福な商人のお嬢さん風の衣装を整えてみた。

 白いシャツに青いスカート、青いリボン。

 どことなく不思議の国のアリスっぽいコーディネートを狙っている。

 貴族のお嬢様らしい衣装よりはかなり機能的で、特に足回りは段違いである。


「今日はどうする? 大聖堂だけじゃなく、他の教会建築も見てみるか? それとも、街でも案内しようか?」

「そうですね……」


 どうしようか。

 契約の獣についての情報を引き出すには、どうお願いするべきか。

 そう思って、オーギュストの隣に並んでから初めてステンドグラスを眺めていたら不思議な事に気がついた。


「これ……青がほとんどないんですか? 赤と黄色だけでも十分綺麗ですけど」

「ああ、上等な青ガラスを作る顔料がギガンティア特産らしくてな。古い青ガラスならあるんだが、それだけじゃ徐々に修復できなくなってきているんだ」

「なるほど……」


 ギガンティアは、連合王国の敵国だ。

 長らく私達の国と巨人戦争というのを続けていた、カルキノス大陸の国である。

 現在は休戦中とはいえ、両国間の関係は良好とは言えない。

 なので、ギガンティアで産出するものは自然と貴重になってしまうのだ。


「どこの教会でもそれで困っているんだ。その顔料は同じ重さの銀の二十倍の値段で取り引きされてるらしい」

「うわー、悪徳商法ですね」

「まあこのステンドグラスに関しては、題材が太陽だから、青がなくともなんとかなってるけどな」

 

 そのステンドグラスには、天使とイグニシア始祖王と美しい太陽が描かれていた。

 建国神話の一シーンだろうか。


 うっかり見とれてしまったが、そうではなくて、アレだ。

 契約の獣の居場所情報を入手しなくては。


「今日の件ですが、契約の獣についての観光、なんてありでしょうか?」

「エーリカ、そんなマイナーな怪物よく知っているな。契約の獣ってのは、イグニシア王家に伝わる怪物だぜ?」

「イグニシア王家からアウレリアに嫁いだ方もいましたよね。だからだと思うんですが、アウレリア家でもそんなお話を聞いたことがあるんです」


 契約の獣については、前世の攻略知識がソースである。

 でも、そのまま伝えるわけにはいかないので、過去の両家の婚姻関係を持ち出してみた。

 ここで警戒されちゃうと、後が続かないからね。


「どんな願いも叶えてくれる、奇蹟の獣ってお伽話なんだけどなー」

「お伽話なんですね」

「うん、だから魔獣でも幻獣でもない全くの空想の獣だぜ」


 いやいや、天使様。

 それが、実在するらしいんですよ、契約の獣さん。

 ていうか「リベル・モンストロルム」ではあなたと融合するらしいんですよ。

 知らないなら、その方が血なまぐさい事件が起こらなくて万々歳なんですけどね。


「契約の獣のことが気になるのか?」

「ええ、夢があるなあって」

「じゃあ、決まりだな。今日は契約の獣の伝承ツアーにしよう。さて……少し絞り込まないと、一日では回りきれないな」

「え……、そんなたくさん契約の獣由来の場所があるんです?」

「ああ、民間には別の怪物として伝えられているが、王家にはそれらが同じ名前の一つの怪物として伝わっているんだ。それらの断片化した伝承を辿っていくつもりだ」

「へえ、お詳しいんですね」

「まあな。今のイグニシア王家の中では私が一番詳しいぜ」


 オーギュストは自信満々に請けあってくれた。


「よし、まずは大聖堂内部にあるヤツから攻めよう」


 そう言って、オーギュストは観光ツアーを開始していった。

 私とティルナノグはそんなオーギュストを追いかけて、今まで見ていない壁画の前に辿り着く。


 黄色っぽい猫のような生き物と、少年らしい人物の壁画だ。

 描かれた時代が古いのか、壁画より稚拙な技法に感じる。


「これが契約の獣の謎かけってやつだ」

「謎かけ……ですか?」

「契約の獣との謎かけに勝つと、何でも一つだけ願いを叶えてくれるんだってさ……だから私も一時期、この獣について調べてたんだよな」

「何故です?」

「もしかしたら、私もこの契約の獣に願ったら竜に乗れるようになるんじゃないかってね」


 オーギュストの指が、壁画の黄色っぽい猫をなぞる。

 彼の声からは深刻に思い詰めたような雰囲気は無いが、不安になってしまう。


 ダメですよ、王子。

 それはあなたの破滅への道でもあるんですから。


「でもオーギュスト様、契約の獣との契約は危険なものではないのですか?」

「うん、謎かけに負けると食べられるって話だからな。でも、願いを叶える部分だけのヒントだけでもないかなーってね」

「そうですか」

「しかし、やっぱり架空の動物なんだろうな。都合が良すぎる。契約しさえすれば、何でも願いが叶うなんて」

「うーん、昔話ではどうなっているんですか?」


 この手の昔話にはいつだって一抹の真実が含まれているものだ。

 過去の経験則──ザラタンの伝説の件から学んだ私は、それを正確に引出そうと思った。


「いくつかのお話があって(バラ)けてるんだ。私がきちんと起承転結のある形で知っているのは二つ。一つは、流行り病で大勢の人が死んだ時に、契約の獣に願ってその病を食べて貰った話だ」

「なるほど……」

「獣が病を食べてくれたので、人々は命を救われた。しかし、契約した人物は代償として獣に丸呑みにされてしまった。その人は聖人として祀られてるが……祠があるのは他の都市なんだよなあ。あの祠はまたの機会にしておくか」

「ま、丸呑み……」


 何だか、私の運命を暗示するような話だ。

 願いが叶うたびに一人食べるとか、そういう獣じゃないといいけど。


「もう一つは、蛇の害に悩まされてた少年が、獣と契約して蛇を操る力を得る話とか。契約の獣は蛇の王との勝負に勝ったことがあって、蛇の一族の支配権を持っているんだってさ」

「蛇の支配権ですか……何だかニッチな……」

「願いを叶えるだけじゃなく、代償に血肉を要求するパターンもあるんだ。少年が獣に殺されそうになったが、謎かけ勝負を持ちかけて勝利することで人間に都合の良い契約をした……っていうのがこの壁画なんだ」

「ここで謎かけが出てくるんですね」

「ああ、この獣は神様にかけられた呪いで、謎かけを仕掛けられたら受け入れるしかないらしい」

「変なお話ですね」

「いや、ありがちな話だぜ。そうでもしなきゃ人はこんな獣に勝てない。きっと神様がつくったお作法なわけさ」


 たしかに、昔話の怪物には力で勝つか、頓知(とんち)で勝つかの二択な気がした。

 つまりこの契約の獣はトンチで勝てば言う事を聞いてくれるってことなのだ。


「さて、それじゃ次に行ってみるか。まずは、ここを出てすぐの記念碑(オベリスク)だ」


 オーギュストはそういって出口に向かった。

 私とティルナノグも彼を追う。


 移動しながら、私は核心部分をオーギュストに聞いてみた。


「その契約の獣の居場所を、オーギュスト様は知っているんですか?」

「知ってたらとっくに契約して、願いを叶えてもらってるかな」

「そうですよねー」


 現時点のオーギュストは、契約の獣の居場所とも、契約の獣自体とも接点がないのだろう。

 近日中に見つけるだけのヒントを持っていることを隠しているのか、それとも決定的なヒントをこれから見つけるのか。

 ……この探索が藪蛇にならないといいけど。


 大聖堂前の広場には、大人の背丈の二倍ほどの高さの記念碑(オベリスク)が立っている。

 記念碑(オベリスク)そのものは何度も見ていたけど、これも契約の獣関連のものだったとは。


「あんまり大きな声では言えないんだが、契約の獣はイグニシア王家の祖神でもあるんだ。この記念碑(オベリスク)の台座は唯一神の信仰と合流してからのものだが、柱は古代ロムレス時代にカルキノス大陸で作られたものだ」

「獣が潜めるような場所はなさそうですね」

「ああ、獣探しが前提なのか。そうだなあ、記念碑(オベリスク)の下が空洞になってるとか……?」

「それは難しいんじゃないでしょうか……」

「だよな。空気穴もないし。契約の獣には太陽の下に眠るって古い詩があったから、可能性はあるかなと思ったんだが」


 石造りの記念碑(オベリスク)は日時計になっている。

 碑文の刻まれた柱の土台は、刻をしめす印が埋め込まれた石で作られていた。

 ぱっと見た感じ、動かせるような機構はないようだし、叩いても空洞があるような音はしない。


「柱にも空洞はないな」

「完全に石の中に塗り込められてもまだ生きてる生物なんて──」


 いるとは思えません、と言おうとして足元にいたティルナノグと目が合った。


 『……?』


 そう言えば「石碑を破壊して爆誕!」みたいな復活の仕方した(ヒト)がいたわ。


記念碑(オベリスク)そのものに超次元的に封印されている可能性がありますね。特定の条件の達成か、復活用の特定の供物があれば、もしかすると──」

「なんだか急に具体的だな……」

「……ありがちなシチュエーションを想像してみました」


 本当は実体験だけど。

 でも、こんな人通りの多いむき出しの場所に危険な生物を封印するなんて、余程の事が無い限りあり得ないよね。


「供物かあ……」

「試しちゃダメですよ」

「試さないぜ。伝承から推測するに、供物は人肉になりそうだしな」

「人肉は無理ですよね」


 しみじみと二人で頷く。

 しばらくそうやって記念碑(オベリスク)を眺めていたら、オーギュストがぽんと手を打った。


「ああ、そうそう。この記念碑(オベリスク)には隠れた見所があるんだ。この辺に、削り落とされてるけど、うっすら文字が彫られた跡があるだろ?」

「あ、本当だ」

「契約の獣を信仰していた時代の碑文を一度全部削り落として、現在の唯一神の讃歌が彫られた姿になったんだってさ。残っている聖句はその時の消し残しだそうだ」

「やっぱり、人身御供を求める神様は隠蔽したかったんでしょうか」

「きっと潔癖なやつがいたんだろうな」


 貴重な手がかりだったのに。

 そんな気持ちが滲み出そうな表情で、オーギュストはほとんど消えてしまった古代の文字を見つめる。


「じゃ次は──」


 オーギュストに促されるまま、契約の獣ツアーは続く。


 薬草工房や診療所には、必ずと言っていいほど猫顔の怪物を模した装飾が施されていた。

 日本で言うところの、鬼瓦みたいな感じだ。

 病魔喰いの大山猫(リンクス)と呼ばれたその飾りは、出入り口や水回りに置かれ、侵入してくる病気を食べて撃退する縁起物とされている。


 露店などにも契約の獣の痕跡はあった。

 その獣は子供の守り神でもあったらしい。

 猫目石(キャッツアイ)で作られた妊婦や乳児用の護符が、今でも〈伝令の島〉のあちこちで売られている。


 古いいくつかの寺院跡や祠には、多種多様な契約の獣の伝承が残っていた。

 楽器を手にした怪物の像、擬人化された猫の怪物が活躍する壁画、古い祭壇につけられた獣の爪痕と呼ばれる深い溝。

 どれもこれも怪しくて、面白かった。

 観光としてはなかなか楽しかったけど、契約の獣は見付からない。


「薬草工房に行ったのなんて、二年ぶりくらいか」

「楽しかったですよ。見た事もない植物標本もあって。いくつかサンプル欲しくなってしまいました」


 薬草工房は今日回った所では一番のお気に入りだ。

 特に、修道院の薬草工房に併設された薬草園が興味深かった。

 そこは、カルキノス大陸から持ち込まれた珍しい植物の宝庫だったのだ。

 いくつかの草花は独特の美しさがあり、私も育てたくなってしまった。


「エーリカは真面目だな」

「一応錬金術師の卵ですもの。珍しい素材には興味あります」

「まだ八歳なのに、ちゃんと錬金術師してて偉いよな。エーリカも十四になったらリーンデースの魔法学園に行くのか?」

「はい……、それについては心配事も多いんですけどね」


 私は自分の錬金術師としての才能の欠損をオーギュストに語った。

 体内の魔力の出力が上手くいかないこと。

 それによって、短杖(ワンド)をはじめとして多数の魔法道具(マジックアイテム)が作れないこと。


「そっか。エーリカも大変なんだな。私ばかり大変なつもりでいたよ」

「まあ、私は所詮、そんなに大きな責任もない第二子ですし。オーギュスト様ほどの重圧はありませんよ」

「それでも、他人が普通にできることが自分だけできないと、苦労が多いだろ?」

「そうですね……今は良いんですが、学園に入ったらどうやって誤摩化そうかと……」

「劣等生は辛いよな。無駄に身分が高いと特に」

 

 だだ漏れである。

 あまりこういう愚痴は他人に言わないスタンスだが、うっかり気を許してしまった。

 やっぱり、似たような悩みを抱えていると話しやすいのかな。


「まあ、あんまり落ち込んでも、仕方ないよな」

「その通りだと思います」

「……そうだ、後で私のとっておきの場所に、特別に招待してあげようか?」

「とっておきの場所?」


 オーギュストを見上げると、彼はにっこりと笑ってくれた。


「王族しか知らない秘密の部屋があるんだ。……あ、待てよ。パリューグも知ってたか」

「じゃあ、パリューグさんも一緒にですね」

「降臨祭の間は、あの辺をうろちょろすると目立つからな。人気の少なくなった頃に決行でどうだ? アウレリアは確か長期滞在だったろ?」

「はい。降臨祭が終わっても、数日はお父様の仕事の関係でこちらに残る予定です」

「よし。決まりだな」


 いつの間にか、前を歩くオーギュストの影が長くなってきた。

 夕刻を告げる鐘が鳴り響く。


 そう言えば、結局、契約の獣の居場所は分からずじまいだった。

 まあ、そんなに簡単に分かるような所に、危険な獣がいるわけなかったという話だ。

 先ほどの話にも出た通り、降臨祭の後も滞在できることになっている。

 帰郷までに見つけて、どうにかして無力化すればいいだろう。


「そろそろ帰ろうか? あんまり遅いと心配するだろ?」

「ええ」

「じゃあ、別邸まで送っていくよ」


 アウレリア公爵家別邸までの帰路、不意にオーギュストは空を見上げた。

 竜達が厩舎へ帰っていく姿だった。

 オーギュストは、一言も口にせず、その光景を見つめていた。

 まぶしいものを見るような、恋い焦がれるような目だ。


 なんだか、胸騒ぎがした。


「……オーギュスト王子、無理して騎乗槍試合(トーナメント)に出場したりしないでくださいね」

「出ないよ。出場するための竜がいないし、そもそも私は乗れない」

「きっと、いつか乗れるようになって、竜騎士になれますよ」

「はははは。簡単に言ってくれるなあ」


 オーギュストは寂しそうに、力なく笑った。


「こういう時は楽観的な方が、上手く行くそうですよ」

「楽観的になれ、か……言ってくれるなあ。じゃあさ、楽観的ついでに、エーリカに一つお願いしちゃおっかな」

「え? 何ですか? 私に出来ることなら言ってみて下さい」

「本当だな? それじゃあ、お言葉に甘えて──」


 さりげなく彼の腕が私の進行を阻む。

 後ずさりした私はそのまま軽く押されて、背が壁に触れた。


 そのままオーギュストが私の顔を覗き込むように近づいてきた。

 思わず私は仰け反り、自ら壁に体を押し付けるようにして足を止める。


「エーリカ、欲しいんだ……お前の……」

「え……?」


 おや? 

 この姿勢って風の噂に聞いた壁ドンってやつではないだろうか。


 ゲームで成長後のオーギュストされたことはある。

 けれど、あのシーンのお相手は、私じゃなくて原作主人公のクロエだった。

 成長後のオーギュストはもっとチャラかったし。


 オーギュストは真剣な瞳で私を見つめていた。

 彼のしなやかな指が私の顎に添えられる。


 思わず右手が金縛り(ホールド)の杖を探り、いや流石にそれはないと思い直すこと三回。

 オーギュストは私の顎に手をかけて横を向かせると、私の髪を結っていたリボンをするりと解いて抜き取った。


「あれ? 焦ってる? どんなこと想像しちゃったんだ?」

「なっ!?」


 オーギュストは、私から奪ったリボンをひらひらさせながら笑った。


「びっくりしたじゃないですか! レディにいきなり何するんです!?」

「むしろ、お前がレディだからさ。騎士は貴婦人(レディ)への献身を示すために貴婦人(レディ)のモノを身につけて空を飛ぶんだぜ?」


 オーギュストはおどけて私のリボンを自分の髪に結んだ。

 とても似合う。

 ほんとこの人女の子みたいだよね。

 将来ホスト風になるのが信じられない。


 でも少々悔しいから、反発してしまう。


「返して下さい! 意地悪な人にはあげません」

「い・や・だ・ね! いいじゃないか、減るもんじゃなし」

「減ってます! まさにリボンが一本減ってます!」


 オーギュストは楽しそうに笑って、私の手をかい潜って逃げる。

 彼の表情が本当に楽しそうで、私はリボンを奪い返そうとする手を躊躇してしまった。

 雪花石膏(アラバスター)の彫像よりも、今の生き生きしたオーギュストの方がいいに決まっている。


「友達だろ? リボン一本くらいプレゼントしてくれてもいいじゃないか」

「う、まあそれはそうですけど」

「だよね。ハイ、決まり!」


 私がひるんだ隙に、オーギュストは走り出した。

 私も彼を追って駆け出す。


「約束する! この友情の証と一緒に、私は絶対に空を飛んでみせるからな!」


 オーギュストの笑顔が、夕日の中で煌めく。


 いずれ彼が竜に乗って空を飛べるようになったとき、私のリボンを身につけてくれていたら。

 私は脳裏にその光景を想像する。

 きっと、私は誇らしい気持ちになるんじゃないだろうか。

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