春の宮殿2
〈春の宮殿〉の応接間にて、ハーファン公爵の一行との顔合わせとなった。
今回の訪問の主題は、アウレリア領とハーファン領の境目にある銀鉱脈の開発と周辺の森林資源のお話らしい。
我が父、アウレリア公爵は四十代だ。
幾つか白いものも混じりつつある金色の髪を後ろに撫で付けている。
短いあご髭が少々。
兄のエドアルトとよく似た顔立ちと性格である。
家族にはとても甘いのだが、武勲の誉れも高い人でもある。
その横に正装をした兄と私が並ぶ。
そして、ハーファン公爵とその夫人に二人の子供がその前に現れた。
ハーファン公爵は、私の父よりも若い。
もう三十代になってはいるが、黒髪に灰色の瞳を持った鋭い印象の美青年風だった。
魔法使いとしての正装である緩やかな薄い灰色のローブをまとっている。
一見地味で質素だが、銀糸での細やかな刺繍がとても美しい装いだ。
公爵夫人はもう少し若い。
元気で溌剌とした感じの女性である。
薄水色の装飾の少ないドレスに、結い上げた黒髪に、深く青い瞳。
上品な美しさとまろやかな可愛らしさを併せ持つ大人の女性だ。
そして、第一子であるクラウスに、第二子のアンだ。
クラウスは黒に銀糸を贅沢に使った衣装で、アンは白に銀糸の清楚なドレス。
二人とも顔立ちは父親似で髪と瞳の色は母似。
サラサラの絹みたいに真っすぐな黒い髪に、意志の強そうな蒼い瞳が印象的だった。
特にクラウスはゲームでの暗ーい印象と打って変わって子供らしい明るい表情をしている。
自信たっぷりで傷ついた事の無いような健やかな少年。
このまますくすく育ってたら爽やか元気少年だったんだろうな。
挨拶と紹介が終わると、ハーファン公と父は議題の件の話し合いとなった。
ハーファン公爵夫人は兄に連れられて〈春の宮殿〉内部を見て回ることにしたらしい。
そして私エーリカ・アウレリアとハーファン兄妹は宮殿の広大な庭園で仲良く遊んでいるように、とのことだった。
今の季節、〈春の宮殿〉はまさにその名の通りの花盛りの宮殿だ。
そして、宮殿の中で最も美しい場所こそ、結び目庭園、刺繍庭園、薔薇庭園の三つの庭園で構成された百花繚乱の大庭園なのである。
「では、これから庭園の案内を私が」
「おい、女。俺はお前と仲良くする気なんて、ぜんっぜんないからな」
──この人ってこんな性格だったっけ?
ていうか、十歳の少年が二つ年下の女の子を女呼ばわりってどういうことなの?
いや、コレでいいんだ。
クラウス・ハーファンは冷酷で陰鬱なだけじゃなくって俺様でドSな人だったわ。
爽やか少年風なルックスのせいで忘れかけてた。
「だいたい俺は、この訪問自体が気に入らないんだからな! なんで新参者の西に、俺の父上の方から会いに来なければならないんだ」
そんなこと言われましても。
アウレリアの〈春の宮殿〉には多数の転送門が設置されているので、ついでに周辺の鉱山と森林を視察するのに最適だったから……とかじゃないかな。
そもそも、アウレリアの〈来航者の一族〉がこの大陸に着いたのは六百年前なので、新参と言われても困る。
「ふん、俺はこんなところに興味なんてまったくないんだからな。花なんてくだらない」
「お兄様、だだっ子みたいなこといわないでください。エーリカ様に失礼ですよ?」
どういえば友好的に場を納められるか数秒考えあぐねて沈黙していたら助け舟がでたよ。
一歳年下のアンだ。
「せっかくエーリカ様が誉れ高い〈春の宮殿〉の庭園を案内してくださるというのに、なんて無礼なことを」
「ああ、俺はお前と一緒にいるのも嫌なんだからな、アン。女と一緒にいると弱いのがうつる」
うーん、こういう人だったな、うんうん。
やっぱり異性はディスプレイ越しに限るね、なんて思ってしまう。
でも、妹君にまでこんな態度をとるなんて、ちょっと意外。
ゲームの中ではとんでもないシスコンだったのにね。
「そうですね。ではクラウス様はお好きになさってください。アン様には私がこの庭園を案内します」
「……ああ、そうさせてもらう」
クラウスは私たちを残して、さっさと宮殿のほうにいってしまった。
そうは言っても、一人きりで他所様の宮殿で何するんだろう……?
まあ、いいか。
今はアンの接待をしよう。
今日の私の使命は彼女の安全を守ることで、クラウスの機嫌をとることじゃないもの。
決して、西のアウレリア危険地域ナンバーワンの〈来航者の遺跡〉になんか近づけないぞ!
「申し訳ありません、エーリカ様。兄がとても失礼なことをしてしまって」
「気にしてませんわ。よろしくお願いいたしますね、アン様」
「こちらこそです、エーリカ様」
クラウスより幼いのに、きちんとしていて礼儀正しいアン。
好感度がぐぐっと上がってしまう。
それに、懸念事項も一つ解消した。
クラウスやアンと出会った結果、私の中で眠っていた悪役令嬢エーリカ・アウレリアが復活!
……ということはなく、私は私のままである。
「私、とても楽しみにしていたんです。噂で聞いておりましたの。こちらの大庭園は、本当に見尽くせないほど広いのですよね」
「あら、このような庭園は初めてですか?」
「ええ。東にはこのように低く刈り込んだ木を使う人はいないんです。だからとても珍しくてーーあっ、あちらの花は!?」
まだ七歳とはいえ、アンはとても聡明だ。
そして子供らしくて瑞々しい感受性をもっておられるご様子。
常緑樹のみで構成された結び目庭園の次に、多種多様な花が咲き誇っている刺繍庭園へ向う。
その一つ一つが彼女には物珍しいらしい。
「矮性のラベンダーです。改良してあって花が大きめなんですよ」
「淡い紫がとても綺麗……あっ、あの白い一重の花は?」
「バラの原種の一種です。気に入ったなら幾つか摘んでおくように庭師にいいつけますわ」
「……いいんですの?」
「はい。あなたの好きな花を、あなたの好きな分だけ」
小さい子のお願いを聞いてあげるのは、やぶさかではない。
こういう基本的なしつけの出来ている子供には、甘々で良いと思うんだ。
「本当に、いいんですの?」
「ええ、アン様は私の大事なお客様ですもの」
にっこりと微笑んでみる。
アンの顔がぱぁぁぁっと赤くなった。
「……ありがとうございます……」
お兄ちゃんと違って素直で可愛いなあ。
まあ、クラウスは素直じゃないところが売りの人なのだから仕方ない。
そう言う需要が前世のあの世界にはあるのだから。
そうして私の脳裏には、アンが死んでしまった世界のことが思い起こされた。
(絶対にそんなこと起こっちゃいけないよね。こんな子供が死んじゃうなんてダメだよ、やっぱり)
もちろん我が身の可愛さもある。
悪霊に取り憑かれた彼女に呪い殺されるなんて、まっぴらごめんである。