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伝令の島8

 クラウスはホールの中央を目指し、私の手を引っ張ってずんずん歩いていく。

 公爵家の子供同士なせいで、余計に注目を集めているような気がする。

 視線を意識すると、なんだか顔が強ばってしまう。


「なんだ、緊張してるのか」

「そうですね、不慣れなもので。クラウス様も緊張してますか? それとも恥ずかしいんですか? 顔が真っ赤ですよ」

「ふん……それは照明のせいだ」


 私達は小声で話し合いながら、向かい合って手を取る。

 ステップを踏み出そうとしたタイミングで、突如曲調がムーディなものに変わった。

 おっと、ただでさえイグニシア風の聞き慣れない音楽なのに。


(ひっ、宮廷音楽家さん達! ハードル上げないで!)


 私はたどたどしい足取りで、クラウスや周囲の人の足を踏まないように足を運ぶ。

 そんな危なっかしいステップを、クラウスがアドリブで巧みにリードし、上手い具合に補正してしまった。


「クラウス様、もしかして、意外にダンスがお上手なんですか?」

「アンのやつに、たっぷりと練習に付き合わされたからな。おい、あんまり足元を見るな。却って転びやすくなるぞ」

「えっ、はい」


 どうやら、このままクラウスがリードしてくれるらしい。

 正直助かる。

 こういう貴族らしいダンスの経験がないわけじゃないけど、今まではお兄様におんぶにだっこだったからなあ。


「下じゃなくて俺を見ろ」

「あ、はい、クラウス様」

「いや、これでは顔が近すぎる。やっぱり俺を見るな。肩越しに適当なところを見てろ。俺の方までリズムが狂う」


 クラウスは相変わらず意図の測りにくい指示を出してくる。

 こういうところはなかなか変わらないもんだよね。


「クラウス様、注文が細かいですよ」

「とりあえず俺を信じて任せてくれ。お前に恥はかかせない」


 言うだけあって、クラウスは上手かった。

 私が音楽を楽しんでいるうちに、ミスもなく一曲踊りきることができた。

 これなら、他の令嬢と踊っても安心だろう。


 私の役目もここで終わりだろうと思って一礼して去ろうとすると、クラウスは私の腕をつかんで足止めした。


「もう少しいいか?」


 そのまま次の曲が始まってしまい、私は渋々クラウスに合わせて体を動かした。


「クラウス様、他の人とは踊らないんですか?」

「俺はお前に会いに来たんだ。なぜ他の女と踊らなければならない」

「公爵家のご令息でしょう? 他家と親交を深めるのもお仕事では?」

「ハーファン公爵家長男は休業中だ」


 クラウスは私の耳に唇を寄せ、囁くように話しかけてくる。


「大きな声では言えないが、俺は王家の勅命である事件を捜査している。その捜査チームの上司が、やたら厳しくていけ好かないヤツでな。その極悪非道な上司に無理を言って抜けさせてもらった、貴重な自由時間なんだ」

「大変な人の下についてらっしゃるんですね。あ、もしやそれは、例の墓暴きの件ですか?」


 墓暴きの捜査は、ハーファン公爵家の主導で行われていたはずだ。

 極悪非道って言葉はハーファン公には似合わない気もするけど。


「いや、墓暴きとは別件だ」

「では何を調べているんですか?」

「ここで言えることではないし、そもそもお前が絶対に首を突っ込まないようにと、上司から釘を刺されている……言い忘れていたが、その上司、お前の兄だ」

「ひい」

「……今のうちに、少しでも恩を売っておきたいからな。ハーファン公爵領の地図を書き換えないで済むように」


 さすがです、エドアルトお兄様。

 十歳の子供にすら容赦しないとは……。

 ああ、でも、労働を返済の手段に加えてあげているのは、むしろ恩情なのかも知れないね。


「そんな貴重な時間に、わざわざ私と踊らなくても……」

「……お前、俺の手紙は読んだのか?」

「ええ、読みましたが……あの手紙が何か?」


 アンから聞いたところによると間違いの手違いだったはずだよね。

 訂正が入るのかな? どんな手紙のはずだったんだろう。

 なんて、お気楽なことを考えていたら、彼は不穏なことを言った。


「あの手紙に書いたこと、俺は本気だ」

「えっ? 何が本気なんですか」

「全部だ」


 ええっと「お前は強い。俺はお前に負けないような男になる。待っていろ」だったよね。

 これが全部本気だということは──

 あれはやっぱり果たし状だったってことでいいの?


 どういうことなんです、アン様?

 手違いだったはずじゃないんですか。


 というか、こんな怪獣も打ち倒す天才少年魔法使いに勝負を挑まれるわけなのか。

 このままではどう考えても学園生活がハードモードだ。


 はっ! 待てよ!

 昔の気の弱そうで事実気の弱い私じゃないんだ。

 見た目だけは強気度マックスの悪役仕様のこの顔立ちでなら、舐められる事は無い。


 ちょっと勇気を出して、強気でぶつかれば、どうにかなるかも?

 むしろ私が実力者だという誤解を早めに解いておくのは火急の問題かも知れない。

 悩んだ末に、私は言葉を選びながら応える。


「クラウス様。あの、正直申し上げて、迷惑です」

「な……」

「私はクラウス様みたいなタイプじゃないんです。そういう強引なアプローチはやめて頂けませんか?」

「う……」

「クラウス様が求めていることは、私には荷が重いです。でも、大丈夫です。いずれクラウス様にも相応しいお相手が現れるはずですよ。私はクラウス様に良き出会いが訪れるよう、陰ながらお祈りします」

「お祈り……っ!?」

「私はクラウス様とは、お友達になりたいんです」

「おともだち……だと…………ぐはっ……」

「あの、聞いてます?」

「……」

「クラウス様? クラウス様?」

「……」


 へんじがない。

 クラウスは放心状態のようだ。

 夢遊病めいた動きで、無意識に踊っているのがシュール……。


 何だか気の毒だけど、これでクラウスも私をライバルとして付け狙ったり、突然決闘を挑んだりしてこないはず。

 ごめんなさい、クラウス。

 強敵と書いて「とも」と読むような相手にはエドアルトお兄様とかを選んでね。

 多分、存分に打ちのめしてくれると思うよ。


 曲が切り替わったのをいいことに、私は一礼してクラウスから離れた。

 クラウスは放心状態のまま、ホールの中央に取り残される。

 どうしようかと悩んでいると、同い年くらいのご令嬢達がクラウスを取り囲み、彼を奪い合い始めた。


(ごめん、クラウス。私にはアンみたいに他の令嬢と戦える能力はないんだ)


 独り占めして下手に妬みを買っては危険である。

 だいたい色恋沙汰の諍いごとは前世でキャパオーバーなので、もう巻き込まれたくない。


 クラウス争奪戦を尻目に、私はこそこそと逃げ出したのだった。

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