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伝令の島6

 会食は獅子の間と呼ばれる大広間で行われていた。


 王城そのものが広大なだけあって、大広間もちょっとした体育館くらいの広さがある。

 広間の柱や壁面には、その名が示す通り獅子の彫刻が施されていた。

 (ドラゴン)の国なのに不思議だと思ったけど、イグニシアでは獅子も瑞獣なのだそうだ。


 獅子の間は飾り付けられ、大きなテーブルがいくつも置かれ、宴の準備が整っていた。

 照明は何十本もの蝋燭のかかった大きなシャンデリアだ。

 蜜蝋の蝋燭なのか、部屋全体がうっすらと甘い匂いがした。

 オレンジ色の揺らめく灯りの下に、この国の各地から呼ばれた貴族が居並ぶ。


 イグニシア系の王侯貴族は小型竜を肩に乗せたり足元に侍らせていた。

 身辺警備を兼ねた、生きたアクセサリーである。


 ルーカンラント系の貴族は、腰に儀礼用の大きな剣を下げていて、ハーファン系の貴族は長杖(スタッフ)外套(ローブ)だ。

 やはり装いは出身地によってかなり異なるみたい。


 ちなみに、アウレリアの人間は控えめに数本の短杖を帯びているくらいで、結構地味だ。

 ……これ見よがしに身につけてる大量の装身具(アクセサリー)を除けばね。


 どういうわけか、ハーファン貴族には空席が目立つ。

 貴族女性は残っているけど、大半の貴族男性の姿が見えない。

 何かあったのだろうか?

 私は父の袖をひっぱって、尋ねてみた。


「お父様、ハーファンの方々に何かあったのでしょうか?」

「ああ、同時期にいくつかの土地で墓暴きがあったそうだ。その調査と事後処理のために、何人もの優秀な魔法使いたちが出向いているらしい」

「……墓暴き、ですか」

「安心しなさい、エーリカ。ハーファンの貴族はこの手の事件の専門家のようなものだ。すぐに解決してくれるさ」

「はい……」


 父は優しく私の頭を撫でてくれた。


 確かにハーファンの人達は死霊悪霊などの専門家なので、他の誰に任せるより安心だ。

 だけど、ここ最近は墓暴き事件が多すぎる。

 どちらかというとそう言う情勢に疎い私の耳にすら、ちらほらと墓暴き事件の話が飛び込んでくるほどなのだから。


「今回もキャスケティアの墳墓(ふんぼ)が?」

「それは分からないが……エーリカ、宴の席でその言葉は出さない方がいい」

「あ、はい。申し訳ありません、お父様」


 私は慌てて口元を押さえる。

 うっかり、アウレリアの地元にいるつもりで喋ってしまった。

 しかし、他の土地の人々からすると、キャスケティア関連の話はかなりデリケートな話題だ。


 他の旧王国の人々は──特にハーファンとルーカンラントの人々は、吸血鬼恐怖症といってもいくらいの、重篤なキャスケティア嫌いである。

 現在でも末端の一兵卒に至るまで徹底的な対吸血鬼の訓練が施されているほどだ。


 無理もない。

 この大陸にキャスケティアが存在した頃、ハーファンとルーカンラントは長らく隷属を強いられていた。

 その隷属状態はイグニシアが興り、三国が連合してキャスケティアを駆逐するまで続いた。


 現在の連合王国は「奴隷階級を虐げ、巨人を使役し、人類の尊厳を穢すギガンティアに対する同盟」としての側面が濃いが、結成当時の目的は違う。

 「奴隷階級を虐げ、生命を弄び、人類の尊厳を穢すキャスケティアおよび吸血鬼を殲滅するための同盟」なのである。


 この辺り、キャスケティアが滅びた後にやって来た〈来航者の一族〉であるアウレリアは、どことなく部外者な感覚を覚えるんだよね。


 キャスケティア関連だと仮定すると、特に怪異が発生していなくても、公爵家が直々に出向いているはずだ。

 クラウスやハーファン公爵は墓暴き事件が解決するまで王都には来れないだろう。

 遠目にハーファン公爵夫人の姿は見えるけど、人々の壁が厚くてアンの姿は確認出来ない。


 まあ、いいか。

 できればアンには会えたら嬉しいけど、クラウスに会って決闘でも申し込まれたら困るもんね。


 ほんと、何だったんだろうね、あの果たし状っぽい手紙は……。

 クラウスはちゃんと自分の強さを把握してるんだろうか。

 私なんかが彼と勝負しても、一瞬で負ける未来しか見えないよ。


 そんなことを考えていたら、父は予想外の言葉を投げ掛けてきた。


「クラウス君に会えないと思うと、寂しいかね?」

「え? 別にそんなことはありませんが……あ、大丈夫ですよ。公爵夫人やアン様には後でご挨拶に伺いますから」

「……そうか。うん。お父さんは少し先走ってしまったようだ。忘れておくれ」


 なぜここでクラウスの名前だけ出るんだろう。

 何だか、お父様はどことなくしょんぼりとした表情をしたような気がする。


 もしかして、仲が良さそうに見えたから、婚約とか考えていらっしゃるのでは。

 でも、クラウスからすると、私ってライバルなんだよなあ。

 私はせめてクラウスとは普通の友達になりたいんだけど。


 そうこうしているうちに、宮廷音楽家の楽団が音楽を奏で始めた。

 タイミングを合わせるように、侍女や料理人が料理の乗った銀のお皿を持ってやってくる。

 色とりどりのお菓子が乗ったお皿を見て、各国の貴族の子女が子供らしい歓声をあげていた。


「始まったんですね」

「ああ、いや、エーリカ、降臨祭の宴はそういう形式張ったものではないんだよ。好きなように飲み、好きなように食べて楽しむ。歓談を楽しんでもいいし、歌ってもいいし、踊ってもいい。祭に来た来客を歓迎するための風習が、少しお上品になったものだからね」

「そうだったんですか」

「社交界に出る前の練習にはちょうどいいだろう。肩肘を張らずに楽しみながら、少しずつ慣れておくといいよ」

「はい。お父様」


 返事をしながら、既に気もそぞろである。

 菓子職人が直径一メートルもあるだろう大きな銀皿に純白の砂糖菓子を乗せてやってくる。

 象られているのは〈伝令の島〉だ。

 食べてしまうのがもったいないくらいの大作である。


 不意にとんとんと軽く足を叩かれた。

 テーブルクロスの下に隠れていたティルナノグが、隙間から顔を覗かせて砂糖菓子のお城を見つめている。


『エーリカ、あれは何だ? 建物なのにうまそうな匂いがするぞ?』

「お砂糖でできたお祭り用のお菓子よ。特別なお祝いのある日に作るらしいの」

『おお、俺もかじってみたいぞ』

「そうね、隙を見て取ってきてあげるわ」


 お菓子だけじゃなく、肉なんかもあげたいな。

 今日一日重い鞄を持ってついてきてくれたんだから、労いが必要だよね。


 イグニシアは南にある大陸カルキノスに縁が深いので、料理も南の大陸風だ。

 アルコール濃度の高いワインは水で薄めて飲む。

 スパイスをふんだんに使って焼いた肉の香ばしい香り。

 大振りの牡蠣は、もう少ししたら旬を過ぎてしまうので、今が最後の食べ時だ。

 南国らしい華やかな色合いの果実も並ぶ。


 紅茶にコーヒーにココアも揃っているけど、本当はお酒が飲みたいところ。

 さすがに、八歳では飲酒は許されませんよねー。残念!


「エーリカ、待ちなさい。食事の前に国王陛下にだけは挨拶を済ませなければ」

「ふがっ!? は、はい? 承知いたしました、お父様」


 うーわー、ご勘弁をー、まだ前菜のカルパッチョに手を付けたばっかりなのにー。

 焼きたてジューシーなお肉も、肉厚ずっしりぷりっぷりの牡蠣も、一口も食べてないよー。


 食いしん坊万歳な心の声を貴族令嬢の慎ましやかな仮面で覆いつつ、チラチラと後ろ髪惹かれながらテーブルを振り返る。

 ティルナノグが自分よりも大きなロブスターを殻ごとバリボリしながら、テーブルの下から手を振っていた。

 お願い、私の分も残しててね?


 そうして父に連れられて私はイグニシア王のところへ向かった。

 今度は王妃様だけでなく王子様も揃っているようだった。


 おお、やっとこれでオーギュスト王子の顔が確かめられる!


 王子はイグニシアのイメージカラーである臙脂(えんじ)に近い赤に金糸で装飾の施された礼服をまとい、黄金の小型竜を肩の上に乗せている。

 こぼれる絹のようなサラサラの金髪は、他のイグニシア王族と比べると濃いめの色をしている。

 いずれは小麦色に焼けてホストっぽい色合いになってしまう肌も、今はまだ透き通るような白だ。

 顔立ちは王妃様似で、人形のような端正さ。


 六年後にはチャラ王子になってしまうなんて信じられない。

 そこには、まるで作り物めいた、美少女のような少年の姿が──


(……あれ?)


 何だかとっても、あの自称天使さんに似てない?

 双子?

 他人のそら似?

 ──まさか、本人だったりするの?

 あの金色の竜も、ゴールドベリと呼ばれていた天使さんの竜にそっくりだ。


 オーギュスト王子は私やお父様が挨拶しても、目も合わせようとしない。

 眉一つ動かさず、窓から遠くを見てばかりだ。

 昼に会ったときの、気さくで表情豊かな自称天使とは全然印象が違う。

 今の彼は、雪花石膏(アラバスター)で出来た彫像みたいだ。

 あまりにも無遠慮にジロジロ見ていたせいか、オーギュスト王子はちらりとこちらに冷たい視線を向けた。


(ひっ、うっかり見つめすぎちゃった。これは非礼を咎められるのかな)


 しかし、王子は無言で私を一瞥すると、再び視線を窓の外に戻した。

 いかにも無関心とか、つまらないとか、そういう感じの仕草だ。


 でも、彼の肩に乗った金竜ゴールドベリだけは、私の方を見つめ返していた。

 彼女はどことなく微笑むように目を細めた後、オーギュスト王子の髪を引っ張ってこちらを向かせようとする。

 それでも、オーギュスト王子は彫像のような表情のまま、窓の向こうを眺め続けている。


 やっぱり気になる。

 我慢出来なくなって、私は遂に王子に声をかけた。


「オーギュスト王子。あの、もしかして、あなたは天使様ではございませんか?」


 あ。

 口に出してから気づいたけど、なんだこのポエム!

 でも、これ以外にどう聞けばいいんだー!


「ふごっ」

「ぐっ」


 酒を酌み交わしていた父とイグニシア王が二人同時に咽せた。

 なんで聞き耳たててるんですかお二人とも。

 やめて下さい!

 うわあああ。恥ずかしい死にそう。

 前世のリアル中二ですら、こんなこと言ったことも書いたこともないよ!


 ああ「大聖堂で観光ガイドをしてくれた少年ですか?」って聞けばよかったのか。

 一生の不覚……。


「まあ、天使ですって、オーギュスト」


 王妃様は朗らかに微笑んでいらっしゃる。

 なんだか彼女の雰囲気が、ぐぐっと柔らかくなったような気がした。

 オーギュスト王子は王妃様に促されて、ようやく再びこちらを向いた。


 それでもまだ、オーギュスト王子の表情は雪花石膏(アラバスター)の彫像のままだ。


「ああ、エーリカ嬢は、私の美しさのあまり天使と誤解したようだな。でも私は普通の人間だ。ご安心を。どこかに飛び立ったりは致しません」


 彼は言葉を切ると、立ち上がって一礼する。


「しかし、肉に煩わされる人間の身ゆえ、常に壮健とも言えず、ままならぬことがあるのも必定。少々気分が優れませんので、今宵はこれで退席させていただきます。エーリカ嬢、無礼をお許しください」

「あ、はい」

「どうぞ、私のことは気になさらず、引き続き宴をお楽しみください」


 眉一つ動かさずそう言い切って、オーギュスト王子は去っていった。


 やっぱり声まで自称天使と同じだった。

 でも、態度は別人のように違う。

 あんまりじゃない?

 それとも、多重人格か何かなの?


 王妃様に謝られながら、私の頭の中では答えの出ない疑問がぐるぐると回り続けた。

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