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伝令の島4

 イグニシアはこの連合王国に唯一神の信仰を運んできた国だ。

 竜だけでなく、教会やら聖堂やらの本場なのである。


 しかし、ガチガチ宗教国家と言うわけでもない。

 南のカルキノス大陸の古代の帝国──ロムレス帝国の元属州だったイグニシアは、帝国から寛容な異民族支配の方法と宗教と自由を学び、イクテュエス大陸支配の折りにそれを実践した。


 神様の習合や、聖人・天使としての取り込みによる現地宗教との融合。

 現地の宗教を完全に上書きしない方針によって、連合王国の宗教事情は成り立っている。

 そのお陰で、北のルーカンラントは神狼ホレの信仰を続けているし、東の多神教も未だに有効だし、西のブレン信仰もご覧の通り現役だ。

 

 北のルーカンラントの祖神ホレは聖ホラティウスになった。

 東のハーファンは多神教だが、主神は唯一神と同一視され残りの神は天使や精霊とされた。

 西のアウレリアの祖神ブレンもご存知の通り、聖ブレンダンだ。


 どうやらイクテュエス大陸にくる前のイグニシアも、異教の神を抱えていたらしい。

 そのことが、この大聖堂の内装ひとつとっても分かる。


 イグニシア王都大聖堂は、元々はイグニシア王城だった建物だ。

 だから、他の聖堂と比べても特に大きく、入り組んでいる。


 広大で複雑な構造の大聖堂の中には、たくさんの宗教画や彫刻、壁画などが飾られていた。

 しかし、今のところ私が見てきた展示物の中には唯一神の姿はない。

 偶像禁止とかいう事情も無いので、控えめな神様なんだろうな。


 代わりに、聖堂内部は異教から発生したであろう幻の獣や怪人の宝庫であった。


 上半身が人で下半身が馬のケンタウロスのような獣の浮き彫り(レリーフ)

 ある宗教画に描かれた一つの胴体に四つの頭をもつ人間には、腹部に口がある。

 一つ目で一本脚の人間のような怪物の彫られた杯。

 十個以上の乳房をもつ女神の像。


 少し見て回っただけで、そんなものがたくさん見付かった。

 天使ですら、南の大陸の別の神をモチーフにしてデザインされている有様だった。


 イグニシア王都大聖堂は、順路通りに進めば聖典通りのおなじみの物語を見ることが出来、そこから少し道を逸れれば派生する各民族の物語が追えるようになっていた。


「教会関連の建造物は、文字の読めない信徒のための巨大な本でもあるらしいわ、ティル」

『本代わりの祭壇か。ずいぶんとごちゃごちゃした造りだな』


 聖典は古代ロムレス帝国で使われていた言語でのみ写本が許されている。

 そのため、私にもまだ聖典は読めない。

 お父様やお兄様に朗読してもらった範囲で知っているだけだ。

 だから、これらの絵でみる聖典はとっても新鮮だった。


 とはいえ、異文化色が濃いと、物珍しさから目が行ってしまうのも事実。

 私はついつい楽しくなって、怪物の多い脇道を選んでしまっていた。


 入り組んだ聖堂を、順路を無視してふらふらと進む。

 何だか、ニッチな趣味に邁進してしまったせいか、いつの間にか周囲には私とティルナノグしかいないけど、気にしない。

 何かあっても、頼もしいティルナノグがいるし。

 そもそも、まだ死亡フラグ立ってないし。


 そのうちに、やたら金ぴかでもの凄くお金がかかってそうなエリアにたどり着いていた。

 しかも、何だか壁画に描かれた物語に馴染みがある。


 私達の目の前に現れたのは、双角の巨大生物に飲み込まれて漂流した聖人を描いた壁画である。

 どう見ても、この鉄のゴーレムの中身に激似。

 やだ、巨大怪獣ザラタンさん有名人じゃないですか。


『どうしたのだ、エーリカ』

「これ、どう思う?」

『お、おおおお! 俺の姿だ!』

「これはどう見てもティル、というかザラタンさん……」

『クククク! 南の蛮族どもも俺を崇めているのか! 当然だな!』

「うーん、それは、どうなのかなー……」


 この悪趣味一歩手前に成金ぺかぺかな感じ。

 大聖堂建造時に呼び寄せられたアウレリア職人さんが作ったのではないかな。

 これまでにも、やたらと地味で渋い好みのハーファン職人さんエリアとか、素朴で暖かみのある作風のルーカンラント職人さんエリアとかがあったし。


 周囲にある他の壁画にもザラタンがいた。

 聖人の一行をのせた船が海に浮かぶザラタンを島と誤解して上陸する話。

 天罰によって引き起こされた大洪水を、角のある巨大な生き物の背に乗って乗り切る話。

 などなど。

 題材そのものは世界中にありふれたお話だけど、描かれているのはクジラでも亀でもなくザラタンだ。


 この(ヒト)、意外に愛されてたんだな。


「この壁画、気に入った?」

『うむ。この角のフォルムが良い。描き手は俺のかっこよさをよく分かっているやつだ』

「良かったね」

『うむ──そうだ、俺のことは気にせず、見て回っていいぞ。お前のいる場所は匂いでだいたいわかるからな。俺は俺の壁画をもう少し楽しんでいく』

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ザラタンの壁画をがぶりよりで鑑賞しているティルナノグをそっとしておきつつ、私もピンと来た作品を追って、どんどん怪物画ルートを進んでいく。


 折角なので、イグニシアでしか見られないものを鑑賞したい。

 ということで、主にチェックするのは南の固有の信仰っぽい部分だ。


 予習したときも思ったけれど、イグニシア本来の信仰は、とても聖なる一神教って感覚じゃない。

 百鬼夜行っぽい怪物の群れ。

 聖人の苦難や殉教の歴史。

 英雄と、それを手助けする天使や竜や異形の怪物達。

 いずれも、聖人や英雄より怪物(モンストロ)の描写に凝りに凝った作品ばかりだ。


「珍しいな。まさか、私以外でこんなところを見て回るお客さんがいるなんてな」


 誰かの声が聞こえた。

 私は、声がした方を振り返る。


 ステンドグラスからは、七色に輝く光が投げかけられていた。

 その光の中を、一人の少年が歩いてくる。

 薄暗い堂内から彼の方を見ると、まるで後光が取り巻いているかのように見えた。


 だんだん目が慣れてくる。

 彼は私よりちょっと年上で、東の貴公子クラウス・ハーファンよりちょっとだけ幼い感じだろうか。


 陽光に輝く、肩口にかかる程度の長さのサラサラな金髪。

 澄んだ紫の瞳は紫水晶(アメジスト)のよう。

 日に焼けていない、透き通るような白い肌。

 血色のいい薔薇色の頬。

 彫像のような──あるいは少女漫画から抜け出して来たような、端正な顔立ち。

 元々美しいと評判のイグニシア系の人の中でも、とびきり綺麗だ。


 彼の肩の上には、一匹の金色の小型竜が寄り添っていた。

 その鱗の色も、イグニシアの人にしては濃い色をした彼の金の髪と調和している気がする。


 あれ? 少年だよね? 少女のようにも見えてきた。

 少女だとすると、前世含めても一、二を争うくらいの美少女なんだけど。

 白いシャツに首元のリボンは黒、黒いズボンに膝丈の長靴(ブーツ)──服装から判断すると、きっと少年だね。


「あなた、誰?」

「へーえ、私のことを知らないのか」


 彫像めいた表情を崩し、彼は年相応の悪戯っ子のように微笑んだ。


 そんなに有名人なの?

 確かに、目を引く美少年ではあるけれど。

 どこかのお貴族さんの息子?

 それとも、王都で有名な劇団の少年俳優とかなのだろうか。


「ふーん、そいつは、都合がいいな」


 彼は優しい仕草で金色の竜を撫でた。

 ああ、この人爪の先までキレイな作りをしている。

 少し目を伏せると、マッチが数本乗りそうな見事な睫毛(まつげ)が見えた。


「……何のことよ? 何が都合がいいのかしら」

「おおっと、こっちの話だぜ。お嬢さんは気にしない気にしない」


 あからさまに怪しい。

 だけど、何にせよ人には探られたくない事情があるものだ。

 とんでもない被害を被らなければ、少しくらい騙されてあげてもいいかな。

 彼にはそんな気分にさせられた。


 でも、一応名前くらいは聞いておきたい。


「私はエーリカ。あなたいったい誰なの?」

「おっと、先に名乗らせてしまったな。非礼をお詫びするぜ。私はここの場所の息子で『天使』って洗礼名だ。エーリカお嬢さんは、こんなところで何をしてたんだ?」


 自分のことを天使だなんて。

 普通はそんな事を言われたら吹き出してしまいそうだ。

 でも、これだけ綺麗なら許されてしまう気がする。

 イグニシアの風習はよく分からないけど、聖職者の息子の名前が『天使』なんて、ありそうな話だし。


「私は西から来たばかりで……ええっと、観光しているところだわ」

「てことはアウレリアの錬金術師か。だとすると、向こうで見かけた元気な鉄人形は、お嬢さんのゴーレムなわけ?」

「え、ええ……」

「へえ、すごいなー。こんな小さくて可愛いお嬢さんが、あんなの操れちゃうのか」


 目を逸らしながら肯定しておく。

 このままずっと嘘をついていると、意外にストレス溜まりそうだよ。


『どうしたのだ、エーリカ。賊か?』


 たたたっと軽快な足音を立てて、ティルナノグが近づいてきた。

 おお、速い。

 結構あちこち歩き回ったはずなのに、もう私を見つけたのか。

 さすが我らが一族の守護獣なだけある。


「攻撃しちゃダメよ。この人はこの大聖堂の司祭の息子さんで……つまり安全ってこと」

『そうか、残念だな』

「あと、少しだけ大人しくしていてね」

『うむ。任せろ。俺はいつでも大人しい』


 えへんと胸を張ったティルナノグを、自称天使さんはひょいと抱え上げた。

 天使さんは鎧の隙間から物珍しそうに覗き込む。 

 彼の金竜も、どことなく訝しそうな顔で面甲(めんこう)の向こうのティルナノグの目を見つめた。

 ひい、正体がバレるとまずい。


「へえ、面白いなあ。ゴーレムってこんなに自然に動けるんだなあ……おっ、ゴールドベリも気になるのか」

「あの、ちょっと」

「どうやって動いてるのかな? ん? 何か中にいるみたいな──」

『……!?』

「あっ、あっ、あのね、私……アウレリア出身だけど大体の錬金術は苦手で」

「へえ」

「魔力の変換が上手くできなくて、金属に直に呪文を刻むゴーレム作成みたいな技術を使うのがやっとなの」

「そっか、苦手な分野の中でも、出来る事をコツコツ努力して、ここまで作れるようになったわけか。がんばり屋さんなんだなー」

「だから、あまりその子を見られると恥ずかしいの。仕事の粗がばれちゃうかもしれないから」

「んー、いい出来だと思うぜ。私はゴーレムのことはよく分からないけどな」


 彼は神妙そうな顔をして、私とティルナノグを交互に見つめた。

 うっ、純粋な目で見つめられると辛い。

 心に抱えた嘘が重しになってる気がする。

 とっとと話題を変えよう。


「あ、あ! あのね!」

「んー?」

「大聖堂の壁画で、何かお勧めってある? これを見ておかないと損って場所があったら教えてほしいの!」


 さり気なさの足りない話題転換で話をそらし、天使さんの腕の中からティルナノグを奪還した。

 ふう、こんなときは巧遅より拙速だよね。

 特に今回は、ゴールドベリと呼ばれた金色の竜の方に怪しまれているような気がする。

 野生の勘は怖いし、用心しておこう。

 ティルナノグが攫われたら、ご先祖様に申し訳がなさすぎる。


「よーし。私も面白いものを見せてもらったからな。お返しに、私もお嬢さんに凄いものを見せてあげなきゃな」

「ありがとう」

「こういう、ちょっとキモいの好きならアレしかないな。一番レアで、一番変なヤツがあるところに案内してやるぜ」

「え……、いいの?」

「バレたら怒られちゃうけどな。エーリカお嬢さんにだけ特別の、大盤振る舞いの大サービスだぜ!」


 芝居がかった仕草で、彼は大仰にお辞儀する。

 これは幸先いいね。

 美形で気さくな、ご当地の教会に詳しい観光ガイドさんをゲットである。

 これはなかなかラッキーなのでは?


 かくして、私は天使を名乗る少年に大聖堂ツアーのガイドを頼む事にしたのだった。

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