伝令の島3
私は父と一緒に、連合王国の王たるイグニシア王による歓待を受けた。
南方独特の開放的な神殿っぽい造りのお城。
降臨祭のために謁見にやってきた各国の貴族達が順番待ちする部屋を通り抜けて、私達はイグニシア王家のややプライベートな空間に案内される。
「おお、久しいなエルンスト。ようこそ、イグニシアへ」
「長らくご無沙汰しておりました、陛下」
「堅い堅い。お前はいつも変わらないなあ。エーリカお嬢さんも、自分の家だと思ってのんびりしなさい」
「は、はい、国王陛下。恐縮です」
寛いだ様子のイグニシア王は、お父様──アウレリア公爵エルンストの堅苦しい挨拶に破顔する。
現イグニシア王アンリは四十代くらい。
人懐っこそうな笑顔の、自信と活力にあふれた精力的なタイプの王様だった。
長くのばした薄い金色の髪や、紫がかった榛色の瞳は南方人独特の特徴である。
王の日に焼けた小麦色の肌はまだ現役の竜騎士であることを物語っていた。
よく笑うためか、日差しの強さのためか、皺が深い。
王様は足元に大型犬くらいのサイズの銀色の竜を連れている。
イグニシアの貴族や王族は、兄弟のように育った小型の竜を護衛代わりに使うのだそうだ。
王妃様は、プラチナに近い限りなく薄い金髪、澄んだ紫水晶のような瞳だった。
作り物めいた、畏怖を覚えるような美しさだ。
しかし、人形のような風情は無く、生気と威厳にみちあふれてる。
年は、これで本当に三十代後半なんだろうか? 恐ろしい……。
とても子供を三人も産んだとは思えない腰の細さだった。
そして彼女もまた腕の中に猫くらいの青い竜を抱えていた。
私は置物のように大人しくしながら、フランクな王様とビジネスライクなお父様の会話に耳を澄ます。
同席していないが、王様と王妃様の間には三歳の幼い双子──第二王子ジュールと第一王女アニエスがいるらしい。
また、肝心の第一王子オーギュストもこの場にいなかった。
双子の王子と王女の話はちらほらと話題に上るのに、オーギュストの話は出て来ない。
出物腫れ物には触らない、といった感じなんだろうか。
なんだかちょっと不安になる。
せめて現時点での顔だけでも確認したかったのに。
「あなた、可愛いお嬢さんをいつまでも独り占めしていては、民草の反感を買いますよ」
「うむ。そうだな。民衆の蜂起は恐い。ではエルンスト、エーリカお嬢さん、ゆっくり祭を楽しんで行ってくれたまえ」
イグニシア流のジョークらしい言葉を添えたその一言で、謁見は終了した。
そう言えば、イグニシアって奴隷の蜂起で生まれた国だったね。
少々緊張したものの、当たり障りのない感じで謁見が終了してほっとする。
王城を出ると、私は父に自由時間を貰った。
せっかくのイグニシア訪問なのだから異国情緒を楽しんできなさいとのことだった。
ちなみにお父様は、これから大臣や他の貴族の人たちと降臨祭に関しての打ち合わせがあるとか。
お疲れ様です。
(やったー……、やっと気が抜けるよ……!)
オーギュストに会えなかったのは少々気になる。
だけれど、気にしすぎても仕方がないよね。
私は貴重な自由時間を利用して、目一杯羽根を伸ばすことにしたのである。
☆
王城近くの聖堂で、子供向けのイグニシア案内っぽい冊子が売られていたので、試しに買ってみた。
自動筆記用ゴーレムで写本された冊子で、内容は宗教関係の史跡の位置が記入された〈伝令の島〉の簡単な地図と、それぞれの名所についての大雑把な解説。
解説は絵本仕立てになっていて、子供や異邦人にもわかりやすいように、短くまとめられている。
お値段は金貨一枚と、貴族や富裕層向けの価格設定となっている。
とは言え、この世界の技術や物価のことを考えると、なかなかリーズナブル。
売ってたのが聖堂だし、一種のボランティア活動なのかも知れない。
私は事前にイグニシアについて多少の予習はしてきた。
でも、冊子に書かれた地元の言い伝えなどの中には、知らなかったものも多い。
例えば、〈伝令の島〉にはこういう伝説があるらしい。
昔々、〈伝令の島〉が〈屍者の島〉と呼ばれていたころのことだ。
この島は、悪い人食い巨人が支配していた。
人食い巨人の名前はカイン。
伝説によると、唯一神の御使いがカインを倒し、島を解放したので〈伝令の島〉と呼ばれるようになったのだとか。
ちなみに、イグニシア始祖王と戦ったキャスケティアの王の名前もカインらしい。
このカイン王の代でキャスケティアは吸血鬼の国となり、彼は狂王と呼ばれるようになったのだとか。
おそらく始祖王が吸血鬼を倒した故事と、その後に長らく続いた巨人戦争が混ざってしまっているのだろう。
〈屍者の島〉だと、なんだか吸血鬼じゃなくて屍鬼があふれそうな感じだよね。
ホラーだ。
しかし、このカインという名前、前世で見た覚えがあるんだよね。
原作ゲームの攻略情報掲示板での話だ。
ホームページのキャラクター紹介によると、「リベル・モンストロルム」の攻略対象は七人。
黒髪の陰鬱ドSな俺様公爵家令息、八割レイプ目のクラウス。
金髪の笑顔のポーカーフェイスで人間不信、一見ホスト風のチャラ王子オーギュスト。
赤毛の元伯爵家令息でアウトロー気味なハロルド。
黒髪で眼鏡の教授、超が五つ並ぶほど厳しい先生な若き伯爵ブラド。
金髪で片眼鏡装備の公爵家令息な私の兄、暗黒微笑のエドアルト。
銀髪で眼鏡の隠れ貴族らしい、ほんわかドジっ子教師エルリック。
金髪で眼帯の公爵家令息、ワイルド系な謎の人クロード。
これだけのはずだった。
今のところ、全員分のキャラクター画像の顔立ち、服の色合い、大雑把なプロフィールくらいは覚えている。
ちなみに、現在のエドアルトお兄様は片眼鏡をまだ使用していない。
六年後に利用するようになっているみたい。
しかし、ウェブの掲示板で攻略済みの人達がやたら「メリバの王子カイン様」「最終鬼畜ヤンデレ兵器カイン様」で盛り上がっていた。
メリバとはメリーバッドエンドのことだ。
沢山の死体の上で王子様とお姫様がキスをするようなエンディングもある、という話だった。
あれって誰のことだったんだろう。
隠しキャラとかなのかな?
巨人ってことはないだろうから、吸血鬼だとは思うけれど。
できればこの世界のヒロインさんには、そういうルート選択をしてほしくないところである。
さて、本題の観光である。
本音を言うと向かいの浜辺に渡ってもう一度この〈伝令の島〉を眺めてみたかった。
だけど、父から行動範囲は島内部でと言い渡されているので、島から帰るときのお楽しみにとっておくことにする。
島の中だけでも、異国情緒は楽しめるしね。
街の中では、どこへ行っても魔獣を連れた人々を見ることが出来た。
反対に、アウレリアで見かけるような簡易ゴーレムなどはほとんどいない。
荷物持ちのティルナノグを鉄のゴーレムに偽装させていたけれど、もしかして却って目立っているのかも知れない。
ゴーレムが珍しいのか、イグニシアの人たちがチラ見しながら通り過ぎて行くのが分かる。
こんなに細工の細かいゴーレムなんて、アウレリア以外ではレアだもんね。
私はイグニシアの人々に怪しまれない程度の小声で、ティルナノグに話しかける。
「ちょっと冒険みたいで楽しくて浮かれてしまいそうだわ、ティル」
『俺も、復活してからこのかた目に入れるものすべて物珍しくて楽しいぞ』
相方も楽しんでくれているようで何よりである。
冊子と事前の予習によると、〈伝令の島〉は教会関連の建物が主要観光名所らしい。
大聖堂に礼拝堂、地下納骨堂や塔に修道院だ。
こちらの宗教の本場なので、フルセットで揃っているのは流石である。
「まずは、そうね。大聖堂にいってみましょう」
『うむ!』
とりあえず、一番大きくて有名な所からだよね。
私はティルナノグを連れて、大聖堂へと向かうことにしたのだった。