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伝令の島2

 私と黒竜ティルナノグの前には、革張りの鞄が五つ並んでいる。


 大きさは海外旅行用のトランクサイズ。

 金属で補強されている、頑丈で堅牢な鞄だ。

 中身は衣類や靴、こまごまとした生活用品、そして大量の短杖(ワンド)


「あなたと再戦しても勝てるくらいの物資を目安にしようって思ったの」

『あの小僧がいなくても俺に勝てる程度ということか』


 前回の〈来航者の遺跡〉での出来事を思い出す。

 ハーファン兄妹のこと、迷宮の罠への対処、ザラタンとの戦い。

 あの時は散々だった。


 トラブルが起こってから何かしようと思っても、私達錬金術師は対応できない。

 万全な体勢を整えてからことに当たるべし、というのが錬金術師のセオリーである。


 なのに、何もかも行き当たりばったりという体たらく。

 貯蔵庫(ヴンダーカンマー)や簡易ベースキャンプにエドアルトお兄様の道具が無かったら、いったいどうなっていたことか。


 私の父アウレリア公爵は、降臨祭のための旅行に際して、暗殺および誘拐防止のための装備や魔法は提供してくれている。

 しかし、私が欲しいのは小回りが効く便利魔法や、いざという時の必殺の一撃なのである。


 もちろん、出来ることなら荒事には巻き込まれたくない。

 巻き込まれたくないけれど、避けていても向こうから飛び込んでくるのが厄介事の常である。

 何か起こってからでは遅い。

 だから、出来る限りの備えは必要なのだ。


「そう思って頑張って詰め込んだら、押しても引いても動かなくなっちゃって……空っぽの時点でだいぶ重いなって思ったんだよね」

『無理も無いな。一人で戦うとしたら杖がいくらあっても足りまい』

「鞄持ちなんておねがいして大丈夫かしら?」

『任せろ、友よ。こんな物など、俺にとっては羽に等しい』


 言うが早いか、ティルナノグは大鞄を片手でひょいと持ち上げる。


 さすがは元巨大怪獣。

 小さくなってても、あり得ないくらいに力持ちだ。

 彼が荷物持ちしてくれるなら、大助かりである。

 服くらいならいいけれど、冒険用の物資まで入ってるとなると、侍女に頼むのは無理だもんね。


『うむうむ。この程度なら何個でも問題ない』


 ティルナノグは革張りの大鞄を三つも積み重ね、軽々と持ち上げていた。


「何個くらい行けそう? 大丈夫? 無理してない?」

『ハハハハ、俺を愚弄する気か』


 ふん、と胸を張る小さな黒竜ティルナノグさんはとても可愛らしい。


「そういうわけじゃないけど、あなた現世に復活したばかりだから、無理はしないで欲しいの」

『ハ! 笑止! 無理も何も、この程度は準備運動にもならぬ。友よ。大船に乗ったつもりでいるがいい』


 今でこそテディベアサイズのティルナノグなのだけど、育てば全長五キロメートル。

 大船どころかちょっとした島と考えると、安定感パないね。


 いつの間にか、ティルナノグは大型の旅行用鞄を五つも頭の上に乗せて歩いていた。

 元気そうで何より。


『ハハハハハハハハ! 軽い軽い!』

「軽々運べるのはいいけど、落としたりしないように気をつけてね?」

『分かっている!』


 これで準備は万全である。


 と言っても、この鞄に詰め込んだ杖や本その他アイテムは、またもやエドアルトお兄様の物だ。

 出来ることなら使わないに限る。

 あんまり使ってたら兄に返すお金がいくらあっても足りません。



      ☆



 私と父、そして使用人の方々の作る列が、〈春の宮殿〉の転送門(ゲート)を抜ける。

 目的地はイグニシアの王都である〈伝令の島〉から少し離れた小都市だ。

 国防上の理由から、緊急時を除いてイグニシア王都への直通の転送門(ゲート)は閉じられている。

 そのため、この都市から〈伝令の島〉まで、しばらく馬車の旅となる。


 中継地点として訪れたこの都市も、降臨祭のために賑わっていた。

 剣と卵を手にした天使像が街のあちこちに立てられ、そのいずれもたくさんの花で飾られている。


 降臨祭はイグニシア始祖王にまつわる言い伝えと、ハーファン、ルーカンラントのそれぞれで独自に行われていた初夏の祭が融合して出来たものらしい。


 南方カルキノス大陸の属州イグニシアに生まれた奴隷戦士が、一人の天使に見出される。

 奴隷戦士は天使に与えられた竜を操る力によって、当時イクテュエス大陸を支配していた吸血鬼を退け、イグニシア始祖王として即位した。

 イグニシア始祖王は、イグニシア以外からはイグニシア侵略王とも呼ばれている。


 この大陸に生まれた男の子なら誰でも知っている英雄譚の一つだ。

 この時の天使というのが、降臨際の主役として花で飾られる天使像のモデルである。


 イグニシアはそんな由来で生まれた国なので、公的にイグニシアと呼ばれる地域は二つある。


 一つは、イクテュエス大陸の南部を占めるイグニシア王室領。

 もう一つは、伝令の島を挟んで、イクテュエス大陸の反対側──南方カルキノス大陸北西にある半島、旧イグニシア属州を下地とするカルキノス・イグニシア領。


 一般的にイグニシアと言うと、前者のイグニシア王室領とその周辺のイグニシア系貴族のおさめる領土を指す。


 これから向かう〈伝令の島〉もイグニシア王室領だ。


 アウレリアからの一行をのせた馬車が徐々に海沿いを行く。

 岬沿いの街道を回り、背の高い建物の群れが切れると、景色がぱっと開けた。


 一面に広がるのは、セルリアンブルーの海。

 透明度の高い遠浅の海が、南国の太陽の強い光に照らされて、きらきらと輝いていた。

 アウレリアの冷たい海風とは違う、暑く湿った空気が私の髪を撫でていく。


 そんな美しい海の中に、純白のお城が建っていた。


 よく見ると、それは島であり、都市だった。

 街並みが白っぽい石造りの建物で統一され、王城や聖堂や城壁などの背の高い建物は一貫したデザインが採用されている。

 島全体、都市全体が中心にそびえる王城と調和していたので、島そのものが一つのお城に見えたのだ。


 そして、そのお城の周囲を、翼を持つ黒い影が何匹も飛び回っている。

 もしかして、あれは鳥ではなく竜なのだろうか。


『おお……これが〈伝令の島〉か。なかなか風光明媚ではないか』

「すごいね。海からお城が生えてるみたい」


 伝え聞いてた通りに美しい島だった。

 王室領屈指の絶景といわれているだけはある。


 海には一本の道が引かれていた。

 遠目には、それは細い橋のように見えていた。

 しかし、近づいてみると、それが意外に幅広く堅牢な石造りの建造物だというのが分かった。

 横幅が十メートルくらいはあるんじゃないかな。


 橋の表面はほのかに湿っていて、ところどころにフジツボなどが生えている。

 完全に満潮になると、この橋は二十センチほど水没するのだそうだ。

 数時間前は海の中だった場所を、馬車が進んで行く。


 〈伝令の島〉の門には、巨大な竜の像が立っていた。

 右の竜は大理石で、左の竜は黄金色に磨かれた青銅でできている。

 竜騎士王として名高いイグニシア始祖王の乗騎、白竜アーソナと金竜サーマスの像だ。


 アーソナの像の上から、馬ほどの大きさの二頭の竜が飛び立つ。

 彼女達──竜は性別不明の場合、便宜的に雌として呼ぶのだそうだ──の背には、赤い軍服を着たイグニシアの竜騎士が乗っていた。


 アウレリア一行を含む各国の来客たちに向かって、二人の竜騎士は手を振る。

 竜騎士たちは、太陽の光で姿が見えなくなるほど高く上昇し、水面に向かって急降下した。

 二頭の竜は後肢が水に触れるほどの海面スレスレで水平飛行に移る。

 再び二頭の竜が私達の頭上へ飛び上がる時、その後肢が水を蹴って、空中に水滴を跳ね上げた。


「わあ! 虹が!」


 二頭がアーチ状に飛んだ軌跡に、うっすらと虹がかかっていた。

 竜騎士の国イグニシアならではの歓迎だ。

 降臨祭のために訪れた各国の人々は、歓声をあげて竜騎士たちに手を振った。


『あれが南の竜か。小さいな』

「そう? 大きいのは二十メートルくらいになるらしいわ」

『その程度か。まだまだだな』


 全長五キロさんの感覚だと、そうかもね。

 でも、人を乗せて自由自在に空を飛ぶ竜はなかなかの見物だ。


 この世界における一般的な竜を見たのは、これが初めてだった。

 黒竜ザラタンは祖先の錬金術師が作り出した人造の竜なので、この世界のオーソドックスな竜とはかなり違うからね。


 イグニシアの竜は、南の大陸カルキノスからの輸入品やその子孫である。

 恐竜のようなボディライン。

 細い前足と、しなやかで丈夫そうな後ろ足。

 羊のような巻いた角はないが、種類ごとに多様な角を持っている。

 人語は理解するが、喋ることはできない。

 飛行種はそれに加えて、コウモリのものに似た大きな一対の翼を持つ。


 普通の動物に分類出来ない、限定的に魔法的な力を持った怪物のうち、ある程度生態が解明されているものや、家畜としての飼育が可能なものを魔獣と呼ぶ。

 イグニシアの(ドラゴン)や、カルキノスの飛空騎士が騎乗に用いるグリフィン、金縛り(ホールド)の杖の芯材に使われているコカトリスなどが魔獣に分類される。


 魔獣という分類からはみ出してしまう、より強力で生態が解明しがたい怪物は幻獣と呼ばれる。

 人語を解し、喋る。

 単一の魔法能力ではなく体系化された魔法を操る。

 とにかく個体としての能力が優れている。

 目撃・遭遇例が少ないか、伝承上の生物の域を出ない。

 魔獣と幻獣の境目は諸説あるが、これらの一つ以上に該当するものを幻獣とする場合が多い。


 竜は人語を解するが、喋る事はできないので魔獣に属する。

 ハーファンの森に生息すると言われている一角獣(ユニコーン)は、骨や角こそ出回っているが生きた個体の遭遇例が少ないため、幻獣として扱われている。

 桁外れに強くて、分類不能、おまけに人語を喋る能力のあるザラタン──ティルナノグは間違いなく幻獣カテゴリだろう。


 そして、魔獣と幻獣を合わせて、怪物(モンストロ)と呼ぶ。

 おお、やっと原作タイトルにつながったよ。



「うわー……、壮観!」


 〈伝令の島〉の内側に入ると、上空を舞う竜の数が更に増えた。


 赤や青や緑、様々な色の旗を手にした竜騎士達が編隊を組み、都市の上空を飛行していた。

 青い旗の竜騎士達が一斉に宙返りしたかと思えば、赤い旗の竜騎士達が背面飛行で旋回する。

 ぱっと竜騎士達が散開すると、一際大きな二十メートル級の竜が現れ、火焔のブレスを吐いた。

 空中に咲いた炎の花に、人々は拍手喝采で応える。


 前世の世界で言うところの、航空ショーみたいなものだろうか。

 初夏の降臨祭にきた来客達の目を楽しませるためでもあるし、武力誇示のイベントでもある。

 イグニシアには飛行する竜に騎乗出来る能力を持つ竜騎士が、おおよそ百人程度いるのだそうだ。


 もちろん、竜だけじゃなく街も美しく、独特の異国情緒を感じる。


 南方でふんだんに採れる白く美しい結晶性石灰岩で作られた壁や柱。

 風通しの良い作りの建造物。

 そのいたるところに、降臨祭のための装飾が施されている。

 イグニシアの紋章が描かれた赤い垂れ幕や、そして花で飾られた天使の像や手作りの天使人形。


 人々はどこか開放的で享楽的な服装で、やはり花飾りを身につけていた。

 どことなく、ギリシアやイタリアのような雰囲気を感じる。

 露店や市で売ってる食べ物も、地中海地方風で美味しそうだしね。


 王城へ向かう通りを馬車が進んでいると、色々な魔獣に出会った。

 トリケラトプスに似た体型の、牛くらいの大きさのトカゲが荷車を曳いていたり。

 お金持ちそうな人々が肩に小型の竜や火蜥蜴(サラマンドラ)を乗せていたり。

 イクテュエス大陸原産の魔獣もいれば、カルキノス大陸で飼育された魔獣もいる。


 イグニシアは竜に限らず、魔獣使いの本場だ。

 この地方の人間は、竜騎士では無い市井の人々まで魔獣を扱うことが出来る。

 彼らは皆、ゆるやかな精神感応能力の持ち主なのだそうだ。


 そうこうしているうちに、馬車は王城の門をくぐっていた。

 ここで私とお父様は馬車を降り、イグニシア王家の人々と顔合わせすることになる。

 従者の人たちは一足先にアウレリア公爵家の王都滞在用の別邸に行き、色々な準備を行う。

 ティルナノグは、申し訳ないけど、ゴーレムの振りをしてもらいながら馬車で待機だ。


 さて、観光気分になりかけていたが、気合いを入れ直さなければいけない。

 これから、問題のオーギュスト王子と会うことになるのだから。


 今回の目標は「オーギュスト王子を嘲笑わない」である。


 注意したいのは、降臨祭の名物行事、竜による騎乗槍試合(トーナメント)の時だ。

 天空を駆ける(ドラゴン)を使っての槍試合という、魔獣使いの戦闘民族が好みそうな派手なイベントである。

 物珍しさにうっかり興奮してしまって、誤解されそうな不味いことを口走ってしまわないように注意しなきゃ。


 手鏡を取り出して、身だしなみの最終チェックを行う。

 よし、失礼なところはないはずだ。

 トレードマークの縦ロールもビシッと決まっている。


「エーリカ、用意はできたか?」

「はい! お父様。いつでも大丈夫です」


 いざ、謁見。

 原作ゲームでは見られなかった、十歳の頃のオーギュスト王子の顔を確認しにいかねば。

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