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春の宮殿1

 私たちが住むイクテュエス大陸の北方には、ルーカンラントという国がある。

 そこは冬の厳しい国であり、氷雪のルーカンラントとも呼ばれている。


 そのルーカンラントで起こった悲劇のことを、私は前世の攻略記憶で知っていた。

 ルーカンラント公爵家の一人が発狂し、一族郎党を皆殺しにしたというのだ。

 ──噂では、発狂したのではなく人狼(ライカンスロープ)となったのだ、なんて話もまことしやかに囁かれている。


 実は、この「人狼虐殺事件」にはたった一人の生き残りがいる。

 その少女こそ、このゲームのヒロインであるクロエ・ルーカンラントである。

 

 この事件のあとに、クロエは裕福な商家の家に匿われ、偽名クロエ・クロアキナを名乗る。

 彼女はそれから七年後の十四歳の秋に、魔法学園都市リーンデースで魔法学園に入学し、またもや猟奇事件に巻きこまれる。


 攻略対象は、たしか七人。各ヒーローには個別シナリオがある。

 初期のシナリオをクリアすると、次々シナリオが解放されるタイプのゲームだ。


 このゲームを私はまだ攻略中で、エンディングまでクリアしたのはたったの二つだけだった。

 最後の日の通勤電車の中で三つ目のシナリオを始めたばかり。


 ええ、完全攻略してませんよ。

 発売日の三日後に刺殺されてるから!

 ははは、辛いね……!


 それはさておき。

 まずは前世と今の記憶をまとめなければ。

 大きな羊皮紙製の地図を広げて、この世界の地理を確認しよう。


 この国は、おおまかに四つの地域によって構成されている。


 北のルーカンラント、東のハーファン、西のアウレリア、そして南にあるイグニシア。

 これらはすべて旧国名であり、旧国の王族がそれらの地域を支配している。


 北のルーカンラントは最も古くから住む民族が北に移動して作った国で、質実剛健で勇猛な剣士が多い。


 東のハーファンは深い森林のなかにある、この大陸に二番目に訪れた民族の作った一番古い国で、多才な魔法使いを輩出する。


 南のイグニシアはドラゴンに騎乗できる竜騎士の国だ。

 彼らが南方の大陸から渡来してきた当時、イクテュエス大陸を支配していたのはキャスケティアという国だった。

 イグニシアは竜騎士の強大な戦力によってキャスケティアを滅ぼし、この大陸すべての国を征圧した。

 彼らは誇り高い征服者なのである。


 西のアウレリアは一番最後にこの大陸に来た〈来航者の一族〉が作った錬金術師の国である。

 卑金属を黄金に変えることは未だに不可能なのだが、莫大な金鉱脈を発見して以来、最も裕福な地方である。



 現在のアウレリア公爵は私の父である。

 母は私が三歳になるまえに死んでしまった。以来、父は後添えのないまま独身だ。


 母の記憶はかぎりなく薄い。

 優しい歌声と、頬に触れる優しい指先の感触しか思い出せない。

 薄情な子供なのか、それとも三歳以前の記憶が定着しづらいためか。


「エーリカ様〜〜、どこにいらっしゃるんですか〜〜?」


 私を探す侍女達の声が聞こえる。

 母への感傷にひたりそうになったが、今はそれどころではなかった。

 おそらく私の死亡フラグを立てる出来事が、これから始まるのだ。


 今は、西のアウレリアと東のハーファンの詳細な知識が欲しい。

 エーリカ・アウレリアとして生きてきた知識を補強しておきたい。

 特に、出来れば──


「おや、見付けた。侍女をあまり困らせてはいけないよ、エーリカ」


 兄に見付かってしまった。

 ちなみに、ここは兄の書斎である。

 見付かるのも無理はないよね。


「お兄様、別に隠れたり逃げていたわけではないんですよ。死亡フラグに会う前に、情報収集と準備をしてたんです!」

「死亡フラグ……?」

 

 おっと、口が滑った。


「あ、いえ、なんでもありません」

「うん、では、行こうか。みんな君を待っている」


 記憶を思い出した翌日に、あの人物に出会う事になるとは思わなかった。

 ぎりぎりセーフ過ぎる。

 あと一日遅ければ取り返しのつかない過ちを犯していた。


 今日は東のハーファン公一家がアウレリア家にやってくる日なのだ。

 その中に、「リベル・モンストロルム」のスタートシナリオの攻略対象である彼──

 クラウス・ハーファンがいる。


 私の知っているクラウス、つまりゲームの攻略対象であったクラウスはこんなキャラだった。


 十六歳にして万能の魔法使い。

 凛々しく鋭利な顔立ち。

 冷酷な性格。

 

 天才の名をほしいままにしながら、拭えない後悔と人間への諦めを湛えた、暗い暗い目の少年だ。

 設定上は黒い髪に青い瞳のはずなのに、スチルでは限りなく黒に近い色で瞳が描かれていた。


 なぜ彼がそんな人間になってしまったのか?

 それは、彼が妹アン・ハーファンを自分の過失の所為で殺してしまったと思っているからだ。


 しかし、本当にアン・ハーファンを殺したのは、私。

 正確に言うならば、ほんの戯れにアンを死の危険がある場所に誘い出したのが、私。

 クラウスの妹君が死んでしまう原因を作ったのは、幼い悪女エーリカ・アウレリアなのである。


(ここの部分が六年後の私の死亡原因になるんだよね)


 一羽残らず伝書梟が殺され、陸の孤島と化した魔法学園都市。

 そこで、まず全身が黄金と化して死んでいるエーリカ・アウレリアが発見される。

 これがファーストシナリオ「黄金狂殺人事件」の冒頭である。


 ネタバレしてしまうと、妹君(アン)はアウレリアの遺跡で(いにしえ)の悪霊に取り憑かれてしまうのだ。

 (いにしえ)の悪霊は、伝説の錬金術師だった。

 ただ一人賢者の石の生成に成功した彼は、その秘術を奪おうとする同胞たちに殺されてしまった人物なのだ。


 復讐・郷愁・愛憎に憑かれた悪霊は学園で連続怪死事件「ミダスの呪い」を起こす。

 六年の時を経て悪霊と同化したアンは、自分をハメて殺した私を真っ先に狙う。

 うん、その気持ちすっごくよく分かるな。


 というわけで。

 今日はそのクラウス&アン兄妹と出会ってしまうわけなんです!

 意地悪する気なんてないけど、何がおこるか分からなくて死にそうに怖いんです!


 クラウスとアンに出会ったのをきっかけに、私が悪役として覚醒してしまったら。

 元のエーリカのように、人を罠にハメるような悪女になってしまうかもしれない──

 なんて、万が一のことを考えたら震えが止まらないよ。


「エーリカ、大丈夫? 風邪なのかな? 震えてるようだけど……」


 いつも優しい兄は心配そうに私の額に手をあててくれる。

 ありがとうございます、お兄様。

 前世の記憶に目覚めてすっかり電波受信してる妹を、変わらず優しく扱ってくれて。


「大丈夫ですよ、お兄様。私、今日はじめてハーファンの方々にお会いするので、少しだけ緊張しているのですわ」

「安心して良いよ、エーリカ。東の方々は穏やかで優しい人達だからね。そうそう、ハーファン公爵の子息は君の二つ年上の男の子と一つ下の女の子なんだよ」

「ええ、お父様から聞いております。クラウス様とアン様ですね」

「仲良く出来ると良いね」

「はい」


 兄と話していたら落ち着いて来た。

 頑張ろう。

 前世の記憶に目覚めたのが昨日の今日なので、対策がまともに立っていないけど。

 それでも、始まる前から緊張に押しつぶされてはダメだ。


「ああ、そうだ。これをあげる。勇気の出るお呪いがかけてある石だから、恥ずかしがり屋のエーリカでもきっとお友達に優しくできるよ」

 

 そう言って兄は私の首に、うっすらとした青い光を内に秘めた石のついた首飾りを掛けた。


(これは、星水晶だ……)


 星水晶というのはアウレリア特産の鉱物だ。

 またの名を〈航海者の星〉という。

 微弱な魔力に感応して暗くなればなるほど発光する、特殊な鉱物の結晶である。


 小指の爪の先くらいの星水晶の欠片をガラス管に放り込んでランプとして使うと、蝋燭と同等の明るさを保つ。

 この〈春の宮殿〉には、そのような星水晶のランプがいたるところに設置済みだ。


 しかし、この首飾りのように大きなサイズで含有物がない結晶は、今までに見たことがない。


「お兄様、これは」

「父にはナイショだよ? この前、魔法学園時代の友人と〈来航者の遺跡〉を探索してきた成果なんだ。エーリカへのプレゼントに良いんじゃないかと思ってね。石をカットしてもらって首飾りに仕立てたんだ。このサイズの良質な星水晶となると、あの遺跡を除いてはこの世界のどこにも存在しないはずだよ」

「えっ……!?」


 来航者の遺跡。

 その言葉を聞いた瞬間に、私は硬直してしまった。


「お兄様、ありがとうございます。でも遺跡は危険だと、お父様があれほどおっしゃっていましたよね……?」

「だから父さんには内緒でね?」


 〈来航者の遺跡〉とはアンが命を落とすことになる場所であり、古の悪霊が眠る場所なのだ。

 ゲーム「リベル・モンストロルム」でクラウスとアンの二人が〈来航者の遺跡〉へ忍び込む事になる原因こそ、この星水晶なのだ。

 この美しい宝石を欲しがったアンに、幼い悪女エーリカは危険な遺跡への入り口を教えてしまう。

 ゲームでのエーリカのセリフが、私の頭の中でキャラボイス付きで再生される。


(これはお兄様から頂いた大事な石なのよ! 欲しかったらご自分で探して来たらいいわ!)


 これか! コレが私の本当の死亡フラグか!! 

 今すぐ窓から投げ捨てそうになったけど、兄とその友人からのプレゼントにそんな仕打ちはできません。


 ハーファン公一家と同席するときにこれを目立つように身につけるのは、なるべくならば避けたい。

 内心の挙動不審が現れないように、慎重かつにこやかに兄と話す。


「お兄様、大変うれしいのですけど……バレバレですよ。お父様だって一緒なのに」

「うーん、やっぱりダメか」

「では、ドレスの内側に隠しておくのはどうでしょう?」

「なるほど、それはいいね」


 着々と死亡フラグ、摘み取っていきます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あらすじで見る以上に主人公の前世がヤンデレホイホイな件について…、そこまで徹底して狙われていたことに切なくなる。今世は幸せな未来掴めるといいな。
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