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怪物たちの祝祭1

 リーンデース魔法学園・時計塔の上。

 小さなゴーレムと猫の姿をした、ふたりの幻獣はそこから見える光景を眺めていた。


 リーンデース市内の中心部にある魔法塔。

 それに食らいつく異形の獣の姿を。


『しかし、あの魔法使いも、ロクでもないことを我々に頼んできたものだな』


 ティルナノグは甲冑の奥の目を細めながら言った。


 魔法使いドロレス・ウィントがティルナノグとパリューグに依頼した仕事は、堕天使の駆除だった。

 それも一箇所ではない。

 連合王国全土の魔法塔で、あの獣の寄生を阻止しなければならないのだと言う。


「仕方ないわ。あんなもの、普通の人間では防ぎようがないもの」


 パリューグは遠い魔法塔を睨む。

 大きな昆虫とも牛とも見える姿の獣の表皮は赤錆色の皮膚に覆われていた。


『猫よ、あれはお前の同族だな?』

「本当ならね。あの子、とっても心優しい天使だったのよ。妾よりずっとね」


 パリューグは静かに涙を流した。

 どれだけ辛いだろうか、不本意だろうか。

 彼女の悔しさを、パリューグは我が事のように感じていた。


 ティルナノグは彼女の様子に気づかないフリをして、言葉を続ける。


『だがしかし、お前ほど強くはないのだろう?』 

「本来ならね」

『ほう。では、今はどうなのだ?』

「魔蝗の魂と面倒な形で融合しているみたい。これは厄介な敵よ」


 パリューグは()を憎しみのこもった目で見つめた。

 獣虫の腹部から、ボロボロと灰色の球体がこぼれて落ちていく。


「やっぱり卵を産み始めた。天使よりも魔蝗の性質に近いわ。だとするならば、これから際限なく増えるわよ。それこそ、空と大地の間を覆うほどに」

『アレを延々と潰す必要があるわけか。血が湧くな』

「……この戦い、消耗するでしょうね。無理なら退くのよ」


 パリューグはティルナノグをチラリと見た。


『ハッ、何を今更』

「な、何よ〜〜! 妾がせっかく言ってあげてるのに〜〜!」


 パリューグはティルナノグの後頭部にツッコミを入れた。

 ティルナノグは、その腕を邪魔そうに払う。


『お前の言葉を借りるなら、オレはとっくにこの身をエーリカに捧げている。今更滅ぼうが問題ない。過去の約束は十二分に果たされて、オレは満たされた』

「あら、やあだ! そういうことは自分の言葉で言うものよ」

『ふん、知ったことか』


 ティルナノグは快活に笑い飛ばした。


『お前こそ良いのか? せっかく存えた命が尽きるかもしれぬのだぞ?』

「それこそ、もうとっくの前から織り込み済みよ。躊躇など微塵もないわ」


 地に産み落とされた球体からは、小さな幼獣が這い出していく。

 幼獣は大地に食らいつきながら、肥大化していく。

 霊脈の力を啜りあげられた大地は、悲鳴をあげるように軋み、グラグラと揺れる。


『見ろ。あいつら生まれて早々に大地を直接喰らい始めたぞ』

「飢えているのでしょうねえ。あのままにしておくと、この大地を食い尽くしてしまうわ」


 幼獣は成長とともに二種類に変化していく。

 羽のある小型の個体と、羽のない大型の個体。


『行くか』

「ええ。じゃあ母体と羽付きのは妾。大きくて重そうなのはお前に任せるわ」

『まかせろ。あやつらも俺ほどは大きくなるまい』

「多分ね。さーて、あれが大地を喰らいだすと、吸血鬼を倒したとしても、この大陸は廃土になるわ。心しなきゃね。……さくっと、この場所の虫を駆除して、どんどん次の塔へ転移していきましょう」

『うむ』


 ふたりの幻獣は身を乗り出し、跳躍の構えをとる。

 これから死地に赴こうという瞬間、不意にふたりの視線が交差した。


『猫よ』

「なあに? 急ぎなのに」

『お前も俺も、これで最後だろうな』

「そうねえ、最後でしょうねえ」


 ティルナノグが牙を剥き出して笑う。

 パリューグも同じように笑った。


「あ〜あ、最後に顔を合わせたのがお前みたいなのなんて、残念だわ」

『まったくだ。エーリカの顔を最後に見たかったというのが、オレたち共通の本音だろう? あとはお前はあの王子か』

「そっちの子には合わす顔がないのよ。だからせめて、あの子の治める国を守ら、な……きゃ〜〜〜!??」


 後ろからティルナノグと一緒に抱え上げられ、パリューグは悲鳴を上げた。

 

「ティル! パリューグ! 良かった、やっと会えたわ……」


 ふたりを抱え上げたのはエーリカだった。

 後ろにはクラウス・ハーファンが影のように静かに控えていた。


『エーリカ! どうしたのだ!』

「やだ〜〜〜〜、どうしたのよ、エーリカったら! あなたも用事があるんじゃないの? こっちに来ていいの?」

「私たち、今からあの魔法塔経由で目的地へ行くのよ」


 エーリカは多数の獣に集られた塔を見つめた。


『ほう。お前はあの薄暗い魔法使いから何を頼まれたのだ?』

「星よ。南北大陸を見渡せる魔法領域の視座へ移動して、大陸全土に星を降らせるの」

 

 エーリカは、ノットリードでちょっとした買い物をするときのような気軽な口調で言った。

 ティルナノグとパリューグは一瞬きょとんとした後に、笑い出した。


『クハハハッ、あの化物どもの首魁も、さぞかし驚くことだろうな!』

「うふふ、それは良い気味だわ! ガンガンやっちゃいなさいよ、エーリカ〜〜!」

「ええ。私、みんなが無事なうちに、狂王の計画を滅茶苦茶にするつもりよ。だから、ふたりも負けないでね」


 エーリカはティルナノグとパリューグをぎゅっと抱きしめた。


「約束よ? 私、ふたりのことが本当に本当に大好きなの」


 そう言ったエーリカの体は、わずかに震えていた。

 彼女に抱きしめられながら、ティルナノグとパリューグはちらりと視線を交わす。


『うむうむ。任せろ。俺はいつだって強い』

「そうそう、こんなのあっという間よ。ね〜〜〜? だからエーリカ、あなたも頑張ってきなさいね?」

「ええ。もちろんよ。じゃあ、そろそろ……私たち、あそこへ行かなきゃ」


 複数の獣が塔に喰らいつき、羽のある獣が空に満ち満ちていた。

 そして、羽のある獣の一部は、学園を守っている結界に牙を立て、干渉を始めていた。


『よし、俺がお前たち二人を運ぼう! エーリカよ、俺の鎧を!』


 ティルナノグはエーリカの腕から飛び出る。

 とうの昔に自ら拘束を解くことが許されていたが、ティルナノグはそれでもエーリカに拘束を解いてもらうのを好んでいた。

 エーリカが合言葉を唱えると、拘束代わりの鎧を展開させて、竜形態に変わっていく。


「そうだわ。ティル、これ、持っていって」

『うむ!』


 エーリカは革鞄からいくつかの短杖を取り出した。

 ティルナノグの口に、エーリカは残り少ない攻撃用の杖をポイポイとリズミカルに放り込む。

 準備が終わったエーリカは、クラウスに視線を合わせた。


「さあ、クラウス様もティルの背に乗っちゃってください!」


 エーリカがそう言うと、クラウスは目を伏せて幸福そうに微笑んだ。


「えっと……どうしたんですか?」

「いつもお前は俺の想像しないやり方を選ぶな、と思っていただけだ」

「そうでしょうか?」

「気にするな」


 エーリカとクラウスはティルナノグの背に乗った。


「だいたい俺は、その猫が天使だと初めて知ったぞ。新鮮すぎる知見だ。まったく記憶がないからな」


 クラウスはパリューグを見つめる。


「うふふ。あなた、坊やだった頃からとっても強かったのよ。今はもっと強くなっていそうね」

『うむ、この短い時間で何があったのか、想像し難いほどに練られているな……その力で、我らがエーリカを必ず守るのだぞ?』

「ああ。……今度こそ必ず、だ」


 ティルナノグとパリューグは時計塔から同時に飛び出した。


 パリューグは落下しながら、くるくると回って変身する。

 炎を纏って武装し、光輪を背負った姿へ。

 太陽のごとく輝く獣身の天使は、音もなくふわりと着地した。


 ティルナノグもまた、落下しながらその身をさらに肥大化させた。

 来航者の遺跡での姿よりも、万霊節での姿よりも更に大きく。

 天を衝くがごとき威容の黒竜は、地響きとともに着地した。


「さ〜〜て、羽虫が邪魔ね。景気付けも兼ねて、ぱ〜〜っとお掃除しちゃおうかしら?」

「ありがとう、パリューグ!」

「どういたしまして、我が主人(あるじ)。これくらいお安い御用よ?」


 パリューグは獅子の掌に力を集中させ、ティルナノグに視線を向ける。

 ティルナノグは彼女に頷き、後ろ足に力を込めた。


『では、行くぞ……!!』

「えっ、ティル、この状態からって、もしかして──」

『クハハハッ! 俺も跳ぶことくらいできるのだぞ?』


 ティルナノグが、大地を蹴った瞬間。

 エーリカとクラウスは言葉にならない悲鳴を上げ、リーンデース市内全域には無数の雷が落ちた。


 その光と轟音の中、翼を持たない黒く巨大な竜が空を跳んだのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 死の覚悟なんてさせやしない 絶対生きて帰らねばならないと思わせるエーリカの抱擁が好きです 涙でましたもの [一言] カッコいい…
[一言] さぁ、ティルトパリューグ、勝利の宴の前に蝗たちを佃煮にして食べきりましょう
[良い点] 怪獣大決戦!これは映えですわ 目に浮かぶが故に敵のエグさも一入ですがが [一言] エーリカがティルに短杖をあーんする所に日常を垣間見て切なくなりました 終わったらまたハムの原木食べて……
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