因果の混乱1
救世主?
何を言ってるの……?
「初めまして。私はドロレス・ウィント」
話題が理解しきれていない私に、ドロレス・ウィントはお構いなしに話しかけてくる。
「私が何者なのか、私の血族が何をしているか、あなたは既に知っているわね? あなたに幼い頃から重労働を強いて悪かったわ。でもね、もう少しだけ働いて欲しいの。さあ、着いてきて、歩きながら次の用件を話すわ。なぜ歩きながらなのかというと、今すでに原初の模様を踏破しているから。次の準備を進めておかないと間に合わないの」
ドロレスは踵を返し、物凄い内容の情報を一気に捲し立てながら、次の車両のドアを開いて歩んでいく。
私は慌てて追いかけた。
ドロレスはいつの間にか手にしていたタブレットを操作していた。
画面にはハーファンの巻物や呪符に似た画像が表示されていた。
「直近の状況としてはブラド・クローヒーズの転移実験中に過去の金狼が介入して、狂王が現世に顕現したのよね? 氷銀鉱の剣は存在してる? ハーラン・スレイソンは生存している? ああ、そうだ。ここにたどり着けたってことは、私の言う通りちゃんと走り込みもしていたのね?」
あまりの矢継ぎ早の質問。
私はコクコクと頷くので精一杯だ。
「上出来。褒めてあげる。努力家なのね」
「ど、どうも……」
勢いに気圧されてあまりしゃべれない。
私だって聞きたいことは山ほどあるのに。
あ、そうだ。
仲間や私が生存してるのもこの人の尽力のおかげだし、隙をみて感謝も伝えないと。
「目標は人類生存と狂王打倒と北方大陸の吸血鬼殲滅。それにブラド・クローヒーズやクロード・ルーカンラントの奪還も計画しているわ。もちろん、あなただけじゃなくて回収した人員にも労働してもらう。あなたの兄と友人には彼らの友達を迎えに行ってもらう予定よ。他の子たちにも私やあなたのアシスト、人類生存のための誘導、狂王の改変への妨害、他の幻獣対応を、これから私が頼み込んでアサインしていくわ」
ドロレスはこの絶体絶命かに思える状況で、逆転勝利かつ全員生存を狙っているらしい。
というか、あの状態になってしまったブラドまで元に戻せるの?
「あなたには主に人類生存と吸血鬼殲滅のための超広域攻撃を担当してもらう予定よ。ほら、救世主っぽいでしょ?」
なるほどね。
多少無理をしてもやる価値はある。
「引き受けたわ。この状況において、あなたの提案に乗る以外、選択肢はないのでしょう?」
「まあね。あなたがそれを理解できる程度には賢くて助かったわ。で、今までの情報で何か質問はある?」
「質問の前に……私、あなたに言いたいことあるのよ」
「何?」
ドロレスは振り向かず、ダブレットを弄りながら歩を進めていく。
「今までずっと助けてくれてありがとう。私が今生きていられるのも、皆が生き残る道が残っているのも、あなたのお陰なのよね」
「はあ?」
いきなりドロレスが振り向いて、詰まった排水溝とか生ゴミでも見たような目で睨んできた。
ひっ、怖い。
「私、媚びられるの苦手なのよね。ふうーん。そう言えば私がいい顔でもすると思ったの? 優しくしてくれるとでも思ってるの? 嫌だわ、そういう愚物って」
怒らせてしまった。
私としては普通に感謝の気持ちを伝えたつもりなのに。
「そういう気持ちじゃなくて、これは本当に──」
「本当だったら余計に困るの。だいたい手駒のことなんて慮ってないし慮れない。同情しても、絶対に優しくなんてしてあげられないの。でも」
彼女は言葉を切り、進行方向に向き直る。
そして、私に背を向けたまま呟いた。
「そうね、一応気持ちは受け取っとくわ。ありがとう」
⭐︎
車内をどんどん歩いていくドロレスについていく。
「あなたもいきなりこんなところにたどり着いて不可解なことが多いだろうから説明しておくわ。まずコレは、私が魔法階層に作り上げたものよ。あなたが見ている私は仮想体で、実体はあなたの転生前の世界にいるの」
「実物かと思ったわ」
「リアルに再現しているので、そう見えるでしょうね」
早足で歩きながら、ドロレスは座席に置いてあった私の革鞄を私に投げて渡してきた。
これは、子供の頃から使っていたものだ。
よかった、回収してもらえたんだ。
無限回廊での実験に付き合うために持ってきていた、空間拡張してない旧型の私の革鞄。
食料品や寝袋は入っていないが、短杖はたっぷり入っている。
「それだけ重いなら短杖の持ち合わせは十分そうね」
「ええ」
私は、革鞄を抱きしめた。
これでいろんな場所に行ってきたし、これがあればどんな場所でもなんとかなるだろう。
「次は、細かい情報の共有。私が前世のあなたに情報を刷り込んだ件は理解しているわね?」
転生前に仕掛けた情報共有の方法についてかな。
「リベル・モンストロルムによる、干渉のこと?」
「そう。幼いあなたに情報を伝えようとすると必ず吸血鬼に介入されたので、いっそ転生前の魂に情報を伝えるしかなくて、私はこのかなり無謀な方法を選ぶしかなかったの。これはオスヴァルト・ボルツの因縁のせいだし、つまりはウィント家のせいよ」
さらにドロレスは私の元々いた世界で何をやってきたかを早口で話してくれた。
世界転移後に、魔法で偽装し、日本での身分証明を得る。
霊脈を探してさらに複雑な魔法──未来視と遠隔視でエーリカ・アウレリアとして転生する人間の生まれる地方を割り出し、移動。
「地球でもこちらの魔法使えるんですか? 外部魔力利用や内部魔力生成ができるんですね?」
「設備と要件が揃えばね。でも、個人の割り出しまでは不可能だった」
そうして一度手詰まりになったものの、ドロレスは諦めず別のアプローチを試みた。
まず、不運にも夭折する予定の人物を未来予知で生存させて、協力者になってもらった。
その協力者が物語やプログラミングもできる才能があったらしく、ゲームメーカーを起業。
「芽吹くことなく死ぬはずだった才能を助けて足場にしたという訳」
最初の五作は資金を稼ぐために作った。
五作目はかなりメジャーになって、意外なくらい稼げたのだという。
事業が軌道に乗ったタイミングで、絵・音楽・声優にお金をかけて六作目を作った。
遠隔視で得た私の趣味や指向性などを、ゲームに組み込んだのだと言う。
「遠隔視でかろうじて得られた室内の情報から想定したの。あなたがゲーマーで助かった部分でもあるわ」
「もし私が全然ゲームをしてなかったらどうしたの?」
「メディアミックスしてアニメか小説か漫画か演劇か実写映画にしたでしょうね。そういうモノにまったく興味がないタイプなら、遠隔視をさらに繰り返していたと思うし……とにかく何でもいいからあなたに届くように調整したわ」
そうして予言情報も組み込み、私の趣味嗜好に完全にあわせた本命。
それが『リベル・モンストロルム』。
ドロレスが転移して八年と七ヶ月の頃だという。
あのゲームは私の好きな作家による美麗キャラデザインで、他の作品で推しの声を担当している声優さんが四人いた。
評判の良い前作、キャラデザ、声優。
思い返せば、それらが購入動機だったかもしれない。
怖いな、ウィント家……!
「時間とお金をかけた甲斐があったわ。おかげであなたは私の計算通りにゲームをプレイしてくれたわけよね?」
「ええ。でも、私、そのゲームはサードシナリオの途中までしかプレイしていないのよ」
「は?」
ドロレスが驚愕の表情で振り向く。
「……いや〜、購入してすぐにストーカーに殺されてしまって、その」
私は目を逸らした。
ここまで労力をかけて私のために作られた作品を全部クリアしていないなんて、ものすごく言いにくい。
「えっ? ちょっと待って、どういうこと? わかった、ネタバレで先に全部の攻略情報を見たのね? 大丈夫、効率的なスチル回収のためには仕方ないことだから、気にしないわ」
「いいえ。隠しキャラのカインを選ぶと壮絶なメリーバッドエンドになるってネタバレしか知らないわ」
ドロレスは眉間にシワを寄せて唸った。
「はあああ〜〜〜〜??? 何それ!!!」
ドロレスは私に詰め寄ってきた。
「ちゃんと役には立っているの。子供の頃、いろいろな人や幻獣と仲間になれたし」
「エドアルトは工房棟で人工精霊ゴーレムを見つけた後に、氷銀鉱の剣は手に入れた? 彼はクロエに剣を贈与した?」
「私がゴーレムを見つけて、クロエに剣を保管してもらう流れよ」
もしや私はお兄様とクロエのフラグ、踏みにじってしまったのか……?
いろいろなシナリオを台無しにしてる気配を感じる。
正規シナリオ、見たかったな。
「エルリック・アクトリアスはクロエを守るために全ての釘を体に戻してるわけよね?」
「ええっと、その……炎の剣の一件で大火傷を負ったせいで釘を戻しているわ」
「炎の剣ですって! それってノットリードに仕組んである人工精霊起動の装置? そんな展開、私知らないわよ!」
えっ、知らなかったの?
というか私、アクトリアス先生とクロエのフラグもへし折ってるの?
ドロレスはむちゃくちゃ不可解そうだ。
だったらなんでうまくいったのよ、とブツブツ独り言を言い始めた。
「嘘、嘘、嘘。計算通りじゃなくって完全に運なの……? 失敗した。もっと短いスパンで対象の生存可能性を見ておくべきだったわ。三番目の途中だなんて、そんな、あまりにも情報が少なすぎる! まるで薄氷の上……とてもウィント家の因果干渉とはいえない不始末……!」
ドロレスは頭を抱えた後、不意に身を起こす。
「まあいいわ。運も実力のうちよ。とりあえずまだ勝つ芽があるのだから、良しとするわ」
「え、ええ、そうね」
もしかして、助かったのってほぼ運なんだろうか。
いやいやいや、ドロレスも私も、みんなも頑張ったからだよね……?
よし、そう考えておこう。
でも、あれだけ狂王に体を奪われることを避けようと努力していたブラドのことを思うとやり切れない。
もっと早く、別の手段をとっていたら、どうにか出来たのだろうか。
「さて、ここからは急ぎの仕事よ。まず、あなたにやってもらいたいタスクが三つあるの」
「タスク?」
「今、あなたの仲間が何人か最悪の可能性の中に縫い止められている。ハロルド、オーギュスト、そしてクラウス」
その三人は、あの時学舎にはいなかったはずの人間だ。
何が起こったんだろう。
「どういうことなの?」
「狂王カインにとって目障りな人物だから、今現在の世界から排除されようとしてる。原初の模様によって元の世界から追放され、別の可能性だった自分に融合しつつある状態と言えば良いのかしら? つまり、あなたの知ってるゲームに近い、別の時間軸の人生を辿った肉体と魂に取り込まれかけてるの」
それって、あの私の知ってる彼らじゃなくなってるってこと?
「大変じゃない!」
「姪があの時点で制約を使って干渉しなければ、エドアルトやエルリック、パリューグ、ザラタンもそうなっていたわ。消滅させてしまえば手早いのにわざわざこんなことをするのは、死ぬよりひどい苦しみや絶望を味わわせたかったんでしょう」
「そんな……酷い」
「その三人にもやってもらいたい仕事があるから、取り戻さないと計画が破綻するわ。だからあなたが連れてきて」
「いいわ。でも、どうやって?」
分岐世界なんてどう干渉すればいいのか。
いや、この人は原初の模様を解析した魔女だ。
つまり──
ドロレスが立ち止まって、指差した。
床に、いきなり七色の模様が広がり成長しはじめた。
「私の設定した模様の上をまっすぐ走ってから、別の列車に乗り換えて。それで転移できるの。転移先の状況説明は走りながらするわ」
「分かったわ!」
ドロレスが指差す先の誰もいない車両を私は走り始める。
床の光が飛び散りながら、再び模様を再描画していく。
ゆらぎ成長して拡張していく渦巻。
ドロレスの声で車内アナウンスが響く。
「行き先はリベルモンストロルム 第三の物語」
「犠牲者の名はハロルド・ニーベルハイム三世」
「怪物の名は人間」
「後見人ハーラン・スレイソン卿に後継者として育てられた彼は、あなたの知っている少年から遠いわ」
「金と柵、愛と憎しみ、情と絆で雁字搦めにされた修道騎士のひとり」
「ハロルドの武器は刻印石や雪銀鉱の弾丸を詰め込んだリボルバー式の拳銃、ハーラン譲りの詐術と薬物」
「場所はクラトヌーヌ川の岸辺。タイミングとしてはあなたが死ぬ前後」
一本の列車とすれ違う。
その車両の中に喪服姿の赤毛の少年が見えた。
泣きはらした顔で、目が腫れている。
電車が急停止したので戸袋に倒れ込むと、ドアが開いた。
もう一本の電車もだ。
──これは。
「今よ。乗り換えなさい、エーリカ・アウレリア」
私は床を蹴り、向かいに停車した車両に飛び込んだ。
その瞬間、周囲の景色が一変する。
辺りは薄暗く、虫の声が聞こえる。
遠い喧騒。
靴越しの砂利の感触。
遠くで立て続けに花火が上がった。
一瞬だけ見えた景色は、何度も見た覚えのあるもので──
私は、万霊節の夜のクラトヌーヌ川の岸辺に立っていた。




