人形島の怪奇4
伯父オスヴァルトの業深い所業が判明した後。
私たちは残りの物品や文書を調査し、リスト化してまとめていった。
おおよその作業が終わると、兄はみんなに声をかけていった。
「ハロルド君、怪しい物があったらサンプルとして持ち帰っておこう。いや、なんだったら全部でもいいし、欲しいものがあったらいつでも申し出ていいよ」
「ええええ〜〜〜、本当の本当ですか〜〜〜! やった〜〜!」
ハロルドは歓喜の声を上げた。
「輸入禁止の素材もあるし、今のうちに確保しておいたほうがいいと思ってね」
兄は心労からか疲れた表情を見せかけたが、持ち直してにこりといつも通りの笑みを浮かべた。
ハロルドは満面の笑みを浮かべながらニグレドやその他貴重な素材を部屋から持ち出しては、空間拡張済みの軽量化鞄に詰め込んでいく。
「エーリカ、僕たちが調べていた論文・メモなどは、書きかけのメモまできっちり持って帰っておこう」
「ええ、お兄様。何が隠されているかわからないですからね」
一応全てに目を通したものの、これらの雑なメモのどこかにこの世の核心に迫った情報がないとも限らない。
もう一回くらいは、じっくり確認しておいた方が良いだろう。
私は丁寧に紙束を封筒に入れていく。
「日記はベアトリス君が抽出してくれた部分だけでいいような気がするな。君の人工精霊はとても優秀なんだね」
ベアトリスがまとめたリストを見て、兄は満足そうに微笑んだ。
「お、畏れ多いです……!」
リストには、伯父の行動記録・旅行記録・購入物リストなどが記されている。
「日記の大部分はとても日常的な、ごくごく私的なことが多かったので……だからきちんとした記録の部分はとても目立っていました」
伯父の日記には行動記録や心情などの、普通の日記らしい記述はごくごく稀だったのだそうだ。
日記に記述されていたのは──
その日に食べた茹で卵やパンケーキの数。
川に投げた小石が何個水切りできたか。
読んだ物語や観た演劇のネタバレ。
すれ違った老婆の数。
気まぐれに吸った花の蜜の味。
お気に入りの靴の履き心地の良さを讃えた詩。
──なんてものだったのだという。
「特に物語のネタバレが多くて、勝手に日記を盗み見た人間への嫌がらせかと思いました……」
「あはは、災難だったね、ベアトリス君」
ベアトリスもなんとなく疲れ果てた表情をしていた。
疲れているというより、虚脱している感じかな?
人工精霊を四つも起動して暗号解析した挙句に、ネタバレをくらったせいか……。
「衣類もクロエ君が作ってくれたリストだけでいいかな」
クロエは衣類のサイズをきっちり測りながら調べてくれていた。
伯父はほぼ兄と同身長。
伯父の推定友人は伯父より十センチほど身長が高く、腕周り足回りの太さから伯父より体格が良かったことが読み取れる。
さらには友人の分のリーンデースの学生服やローブまであったのだという。
「この人たち二人とも先輩だなんて、不思議な感じがしちゃうよね」
クロエがそう言って笑った。
狂王を殺そうとした共犯者の二人。
試しに、兄によく似た伯父の側を歩いている友人を想像してみた。
どうしてもアクトリアス先生で上書きされてしまい、顔が浮かばない。
そうして鞄に必要なものを詰め込んで伯父の工房から出ると、もう正午をとっくに過ぎていた。
「これで伯父の行動の真相はほぼ掴めた。それに欲しい情報も回収できた……これで引き上げても良いんだけど、できれば、あともうちょっと別の視点からこの島を調べたいんだけど、いいかな?」
うわあ、まだ気になることがあるんですね、お兄様。
☆
昼食は伯父の館で、人形たちに食事の用意してもらった。
野菜と豆のスープ、蜂蜜をかけた青黴チーズ、新鮮な魚のムニエル、香草を練り込んだ平焼きパン。
おそらく人間だけのために作られた産物だろう。
……この料理を味わうためだけでも、たまにこの島に訪れようかな。
昼食のテーブルで、兄は探索計画を私たちに伝えていく。
そうして館から出る頃には午後三時近くになっていた。
「じゃあ、俺は村に行ってきますね〜!」
ハロルドは人形村へと向かう。
館の執事と同様の収納構造をもつゴーレムを探すためである。
生命の水やニグレドを格納しているゴーレムがいたら回収する予定だ。
「ねえ、ハロルド。本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! ぜーんぜん、怖くないから平気平気〜〜!」
ハロルドは足取りも軽く、むちゃくちゃ楽しそうである。
残りは、島周辺の海底調査組である。
海に潜るのはエドアルトお兄様とティルナノグとクロエ。
私とベアトリスは、緊急時の対応やサポート担当だ。
兄とクロエが潜水服を着ている間に、私たちは準備を行う。
ベアトリスは緊急連絡用の呪符二枚のうち一枚に防水加工を施していた。
一枚は手元に置いておいて、防水加工した一枚は兄とクロエのためだ。
なんらかの危機が発生した場合、地上にある呪符が警告を発するようになっている。
私はティルナノグに再び肥大化して貰う。
「お兄様とクロエさんをお願いするわね、ティル」
『任せておけ!』
私たちの用意が終わった頃に、兄とクロエもちょうど着替え終わっていた。
私から見ればレトロ風味の潜水服を纏った二人が、のそのそと動きにくそうに近づいてくる。
こんな潜水服で大丈夫なんだろうか。
お兄様から聞いた限りでは、見た目に反してむちゃくちゃ高性能らしいけど。
「それではよろしくお願いするよ、ティル」
『うむ!』
そうしてティルナノグは背に兄とクロエを載せて、海に入っていた。
残された私とベアトリスは、砂浜に毛布を広げ、大きめの日傘を設置して待機だ。
緊急事態要員なので、何事もなければここでゆっくり休憩するだけである。
「それにしても、先生は海に何を探しに行ったんでしょうか、エーリカ様」
「お兄様は言葉を濁していたから、多分言いにくいモノなんでしょうね……」
ここまで来たら、もう何も驚かないと思うのだけど、それでも伝えづらい事柄なのだろう。
すっごく、とんでもないことなんだろうなあ……。
「もしかして、この島自体が実はゴーレムで、その核でも探しにいった……?」
「島がですか!?」
「先祖が巨大な人工生命体を作ったこともあるし、あり得なくはないわ」
「そ、そうですね……」
この島がゴーレムならまだ良いけど、それこそもう一体の巨大人工生命体だったら……。
これ以上身内のやらかしが増えないことを祈るばかりである。
それから、私とベアトリスは海を眺めながら話をして過ごした。
ただし、狂王殺害の話題は、実行犯の姪と教唆犯の跡取り娘にはあまりにもデリケートな問題なので、お互いに避けていた。
話題は主に、日記に書かれていたネタバレについてだ。
ベアトリスだけネタバレされたのはあんまりなので、ついでに私も同じ目にあっておこうと思ったのである。
名前だけ聞いたことのある物語や演劇の話を聞いては、困ったり笑ったりする。
「それで館は炎上して悪役は崖から投身してしまうの……? 劇場で新鮮な気持ちで驚きたかったわ」
「まったくですよね……」
海底にいる三名を気にしつつ、無駄話をして過ごしている間に、太陽がどんどん傾いていった。
そして、空がオレンジや紫色、ピンク色に染まる頃。
巻角を持った黒竜の姿が海から浮かび上がった。
ティルナノグの前足の上には、お兄様とクロエがいた。
ティルナノグがゆっくりと前足を浜辺に下ろすと、二人はこちらに近づいてきた。
「いやあ、世紀の大発見だったよ。口外できないのが惜しいくらいだ」
潜水服のヘルメットを外しながら、兄は開口一番にそう言った。
横にいたクロエもコクコクと頷く。
「どういうことなんですか、お兄様?」
「島周辺の海底には大量の人骨がある。狂王との決戦の地はここだ」
「人骨!?」
「いくつかサンプルを採集してきたので、後でもっと詳しく説明できると思うけど──」
兄は、海底の人骨の状態を私とベアトリスに説明してくれた。
ごくごく普通の人骨に混じって、頭部に外科手術の痕跡がある人骨がちらほらあったこと。
そして、多種多様な姿の怪物じみた人骨。
「例えば、そうだね。右肩に腕が五本もあったり、翼のように肋骨が裏返っていたり、人の骨格を歪めて四足獣を模したようなものも……」
──もしかして。
「……狂王に取り込まれた魂が、再び命を得て復活した……ということですか?」
私は彼に何が起こったかを想像した。
生命の水によって蘇った人々が、次々に狂王から分離していく。
それらの魂のうちいくつかは狂王に酷使された故に、もうとっくの昔に人の姿を失っていて──。
私の問いに、兄はにっこりと微笑んだ。
「解放された人間たちが海底に沈んでしまった理由は分からない。でも、伯父の仮説は正解だったようだよ」
「伯父様は、本当に恐ろしいお方ですね」
兄は深く頷いた。
「まったくだよ。伯父は、オスヴァルト・ボルツは本当に後一歩で狂王を倒すまで追い詰めたんだ。もしかしたら狂王その人も一度人間に戻ったのかもしれない。それで狂王は内在する魂──つまり力の大部分を失ったんだと思うよ」
なるほど。
そして激しく損壊した肉体を交換するために、別の肉体を選んだのか。
「これは僕の妄想なのだけど……狂王はとても怖かったんじゃないかな。イグニシア王に倒された時よりもね。だって今回はたった一人の錬金術師が企んだ単なる実験なのだから」
「確かに、そうかもしれませんね」
身内とはいえ、伯父の狂気の沙汰は怖いものね。
「故に屈辱だったとも思う。もし僕が狂王その人だったら、すべての慢心を捨て去り、いつか必ず復讐する」
「お兄様……」
兄の言葉から、私は自分の運命に思い至った。
狂王は、オスヴァルト・ボルツの近親者を必ず殺してやると言う強い意思があるのではないだろうか。
なるほどね。
なぜエーリカ・アウレリアは容易く死んでしまうのか。
おそらくリベル・モンストロルムでの私は、偶々死んでいるんじゃなくて、追い詰められて殺されているのだ。
そして私が誰より惨たらしく死ぬのは、この優しい兄を苦しめるためだ。
そんな考えに至り、いつの間にか押し黙ってしまっていた私の頭を、兄が優しく撫でた。
「大丈夫かい?」
「……はい、お兄様。ただ前よりずっと、狂王が怖くなりました」
私は「私たちきっと恨まれてますよね?」という言葉を飲み込んだ。
兄は、ただ優しく私を抱きしめてくれた。
☆
海底調査道具の片付けを済ませ、ハロルドと合流する。
ハロルドの調査によると、村人のゴーレムには、過去に何かを格納していた痕跡があったようだ。
ゴーレムたちからの見送りを受けながら、私たちはその島から出航した。
海辺でいつまでも手をふる子供たちが見える。
手を振り返すと、みんなキラキラとした満面の笑みを浮かべてくれた。
そうして私たちは人形たちの島を後にしたのだった。




