人形島の怪奇2
村に近づくごとに、人型のゴーレムは増えていく。
ゴーレム達は肘膝などの関節こそ球体だが、よく見ると指先は人と同様の精巧な作りをしている。
表情や仕草は恐ろしいほど細やかに組まれていて、作り手の彼らに対する強烈な愛情を感じてしまう。
倫理よりも好奇心を、正しさよりも自らの心が欲するものを選んでしまう錬金術師の業だ。
「お久しぶりです、旦那様。お嬢様もお変わりないようですね」
「旦那様、今年の麦は豊作ですよ」
「わあい、わあい、旦那様が帰ってきたよ!」
村人姿をしたゴーレムの誰もが私たちに笑顔を向ける。
尊敬する誰かに、信頼する誰かに、敬愛する誰かに向けるような、極上の笑顔だ。
「お兄様、これって、ゴーレム達が私たちをお母様や伯父様だと誤認しているということでしょうか」
「エーリカは母似だからね。僕はだいぶ父似のはずだから、雰囲気かな?」
兄の笑顔が珍しくぎこちない。
確かにオスヴァルト・ボルツに似ているのは、ちょっと困るだろうなあ。
麦畑を抜けて、村の中に入る。
村の入り口には、村長らしき壮年男性のゴーレムが待っていた。
「お帰りなさいませ、旦那様。お屋敷は旦那様のお言いつけ通りに管理しておりますよ」
村人として作ったゴーレム達に、屋敷の手入れを頼んでいたということだろうか。
彼に導かれて、私たちはそのお屋敷へと向かう。
村の中は自然すぎて、圧倒的に不自然だった。
日向で編み物をしながらうたた寝している皺の深い老婆。
茶色いまん丸な子犬と一緒にはしゃいで走っていく少年たち。
小さな赤ちゃんをあやす母親。
その赤ちゃんの手はぷくぷくで、本物と見まごうほど。
誰もが見目美しく、村の中も整然としすぎていて、やっぱりおかしい。
「ねえ、すっごくない? どれだけの時間をかけて、これだけ作り込んだんだろ!?」
小声でハロルドが叫ぶ。
少なくとも一年や二年で出来る仕事じゃないよね。
「ていうか、何使ってあんな感情っぽいもの作りこんでるのさ? 今ここで一体くらい分解してみてもいい?」
「それはやめた方がいいと思うわ」
この牧歌的な村で、ゴーレムとはいえ村人を分解しないで欲しい。
彼らは彼らで生活しているのだから。
「だよねえ。まあ襲ってきてでもくれたら、修理ついでに分解できたんだけど」
「お兄様……」
さっきクロエに向けた笑顔はそういう意味だったのか。
やはり私だけは理性的に振る舞わないといけないな。
「……ねえ、エーリカさん、こんなこと言うの、失礼かもしれないけど」
クロエが私と兄を交互に見てから口を開いた。
「みんな、どこか二人に似てるよね。親戚なのかなって顔してる」
「たしかに似ているね。僕が彼らに親近感が湧いてしまうのは、そのせいなのかな?」
兄がポンと手を叩いた。
たしかに全員西の血を──それも、アウレリア家の血を濃く感じる造作をしている。
彫りの深さや目の大きさ、鼻の高さや形状、それに耳や爪の造形。
違いといえば毛髪くらいだ。
彼らはみんな、兄や私より茶色っぽい色で、巻き毛も細かい。
まあ、意図的にズラしたのだろう。
部外者が見たら、判で押したように似た顔だから、さぞかし気持ち悪いんじゃないかな。
そのせいか、ベアトリスはクロエの真後ろに避難しっぱなしだ。
あ、そうだ、ベアトリスと言えば。
「ねえ、ベアトリス。ここでは過去からの干渉はないのかしら?」
「……さっきの浜で、こんなボトルメールが三つ埋まっていました。内容はこちらです」
うわ、ちゃんと干渉してきてるんだ?
こんな人間のいない場所にまで干渉してくるなんて、ウィント家もなかなか凄腕だ。
ベアトリスが差し出した三枚の紙片を覗き込む。
どれも何かの文章が書かれていたが、それを消すようにぐしゃぐしゃに上書きされていて、指示が読めなくなっている?
「なんだか怖いわね」
「何度も指示を訂正した形跡ですね」
「なるほど」
「こういうのが来るのは、因果が混乱しすぎていて、誰も干渉できないような人物や地帯だと教えてもらいました」
申し訳なさそうにベアトリスが目を伏せた。
因果が混乱し過ぎていて、誰にも干渉できないような地帯。
うっかりこんなところに来てしまって、本当に良かったのだろうか。
不安になる。
そうこうしているうちに、私たちは人形の村の外れにある館にまで辿り着いた。
素朴な村には不釣り合いな、豪華な屋敷だ。
「うん、綺麗に手入れされているね。ありがとう」
「もったいないお言葉です、旦那様……! さあさあ、どうぞこちらへ」
兄の言葉に、村長は嬉しそうな表情を浮かべた。
館に入ると、身なりのキッチリとした壮年男性と壮年女性が出てきた。
服装から察するに、彼らは執事とメイドのゴーレムだ。
「お帰りなさいませ、オスヴァルト様、フレデリカ様。随分長い旅でございましたね」
やっと名前で呼んでくれたね……じゃなくって!
やっぱり、兄と私は、伯父と母だと誤解されているんだね。
「ああ、こんなに長くなるとは僕も思ってなかったよ」
兄は忠実な僕たちに微笑んだ。
わざわざ否定して彼らを困らせる必要はないということだろう。
「さぞかしお疲れでしょう。お食事になさいますか、それとも……」
「僕の部屋に案内してくれないかな?」
「かしこまりました、オスヴァルト様」
執事は手首を外してその中から小箱を引き出した。
「どうぞ、オスヴァルト様」
兄は小箱を受け取って開ける。
中から出てきたのは、ゴテゴテとした装飾の施された鍵だ。
「なるほどね、彼の工房か。なんだか楽しくなってきたね、エーリカ?」
兄はその鍵を手近なドアの鍵穴に差し込む。
三十年以上の時を経て、オスヴァルト・ボルツの驚異の部屋が開かれた。
それは、非常に整然とした大工房だった。
お兄様が持っている工房の三倍はあろうかという収納スペース。
だというのに、一糸乱れぬ整理具合。
棚に並べられた素材は、丁寧に分類されてラベリングされていて、保管状態も素晴らしい。
奥面の書棚には青と金の背表紙の本が詰め込まれている。
同じ棚に、たくさんの封筒が同じ量並んでいる。
部屋の隅には大きな衣装箱が7つ、ぴったりと積み上げられていた。
なかなかの衣装持ちだ。
「無茶苦茶綺麗な工房だ……お陰ですごい素材が揃っているのが見ただけでわかっちゃうじゃん……」
ハロルドがうっとりとため息を漏らす。
そういえば私たち三人の錬金術師の中でハロルドが一番散らかし屋だ。
整頓具合は綺麗な順に伯父、兄、私、ハロルドって感じだろうか。
そういえば、素材の規模の割に、短杖入りの箱が少ない。
もしかしたら、伯父もまた私や母と同じ阻害体質だったのかもしれない。
「う〜ん、トントン拍子でここまで来れたけど、これって僕とエーリカがいなかったら永遠に封印されてたのかな」
「ゴーレムも驚異の部屋も可哀想ですね」
私がそう言うと、兄は少しキョトンとした顔をした後、私の頭を撫でた。
「僕はエーリカのそういうところが本当に好きだよ」
『俺も同感だ!』
足元でティルナノグも手を挙げて賛同していた。
むむ、どういうことだろう?
だって誰にも顧みられず放って置かれるのは。とても寂しくて悲しいことじゃないかな。
「さて、ここからはお行儀悪く行っちゃおうかな? ゴーレムの監視も無くなったことだしね!」
兄はそう言ってウィンクをした。
「一切合切をひっくり返してこの部屋の家探し開始だ!」
「マジですか? やった〜〜〜!」
兄の号令にハロルドが歓喜の声を上げた。
何気に今回のメンバーで一番適性あったのはハロルドだったね。
村に入ってから、クロエとベアトリスは借りてきた猫状態だっていうのに。




