人形島の怪奇1
最後の夜会の数日後、私たちは件の場所へと向かった。
目指すはアウレリア東南部の海域にある無人の小島。
最寄りの港から最新式の船で向かうと六時間ほどで到着する、比較的近場の島である。
伯父の身に何が起こったのか、その真相を求めて。
メンバーはエドアルトお兄様、私、ベアトリス、クロエ、そしてハロルドである。
私のお供には今回はティルナノグのみ。
パリューグはブラドの警護のために学園に残ってもらった。
まず私たち一行は、早朝のうちに転移門を使ってアウレリア東南部の最寄りの海岸都市へと飛んだ。
そこから馬車で船着場まで移動すると、今回乗る予定の中型船舶が停泊していた。
「ああ、あの辺りですか……あそこの周りは気の荒い海獣が多くて、近づけんようになっとるんですよ。どんな船もあそこだけは避けて通ります。島に近づけば近づくほど獣が荒れるので、気をつけてください」
船主は小島についてそう語った。
「地元の人々が避ける島かあ」
「なんだか、とっても怪しいよね」
クロエとベアトリスに同感である。
まるで人が避けるように仕組まれているようだ。
「この辺りに出る海の魔獣なんて、一体なんなのでしょう、お兄様?」
「シーサーペントの可能性が多少あるけど、どうだろうね。エーリカはどう思う?」
「わかりません。大蛸は微妙に棲息海域がズレますから、違うとは思っております」
汚染祭壇の被害海域ともズレているから、魔力で異常発生した海獣ってわけでもなさそうだ。
うーん、伯父が人除けのために、危険な海獣を海に放していたらどうしよう。
☆
こうして私たちは不審な島へ船出することになった。
いきなり謎の海獣に船をひっくり返されるようなこともなく、出だしは好調だ。
「件の島に到着するまではまだ時間がある。ゆったり海を楽しむのもいいし、好きなことをしてもいいよ」
兄がそう言うと、ハロルドは安心するからという理由で短杖を作り始めた。
ベアトリスは魔法教本で授業の内容の復習を行っている。
二人とも勤勉だ。
クロエは船が珍しいのか、船内探検を選んだ。
私と兄は一緒に舳先が海を割って進んでいくのをゆったりと眺めることにした。
いざという時に即時対応する為でもある。
「いい空気だね、エーリカ」
「ええ、お兄様。快晴でよかったです、海もとっても穏やかで……」
「海獣が出て危ないだなんて嘘みたいに平和な海だよねえ……」
そうしていると、ティルナノグが鞄の中から大きな日傘を取り出して、設置してくれた。
季節は晩秋とはいえ、日差しが強いからありがたい。
『うむ、海の景色は悪く無いな』
そう言いながら、ティルナノグはいつの間にか保存食にしている瓶入りワームを摘んで食べて、積んだ鞄の上で寝転がっていた。
一番優雅に船旅を楽しんでいるのはこの怪物かもしれない。
そうして二人と一匹の三名で話すのは、もちろん伯父オスヴァルトの話だ。
「母を亡くしてから、伯父についても調べていたんだけど、もう鞄入りの白骨死体ってだけで普通の知り合いや幼い君には言えないだろう?」
「ですよねえ……」
『お前は本当にこういう誰にも言えない気苦労が絶えないな』
兄の言葉に、私とティルナノグは深く相槌を打つ。
「しかも、怪談じみたことに、死亡後も彼が何度か目撃されていてね。他人の空似であって欲しいけれど、今の僕の頭には違法な錬金術のことばかりが浮かんできているよ」
『考えられるのは……人工生命か?』
「あとは人工精霊を組み込んだ完全自動の人型ゴーレムですね……人工精霊の組み込みは伯父様がご存命の時代にはもう違法でしたし……」
現在、人工生命技術は、手足や内臓など部分的なもののみ合法で、人間を含む他の生命体の全身培養は違法だ。
それに、人工精霊を組み込んだゴーレムも、完全に人に似せたゴーレムも違法。
どれをとってもアウトである。
遵法意識がわずかでもある錬金術師なら、いくら作りたくても作らないものだ。
でも、狂王を殺そうとした人ならやってしまいそうではある。
そうして私は、伯父にまつわる不審な逸話を聞いたり、兄と交代で船内に戻って休憩したりして過ごした。
休憩を終えると、船内探検を終えたクロエにボール遊びに誘われた。
ティルナノグを加えて、広い甲板を使ってバレーボールのトス回し風の遊びを始める。
すぐ後に復習を終えたベアトリスが混じって、三人と一匹でぽんぽんとボールを回していく。
「うええ、お嬢さん方は元気だなあ……」
俯いて作業していたハロルドは船酔いしてしまったらしく水薬を煽りながら海風にあたっていた。
そんな風に、ここ数週間には珍しく、だらっとした時間を過ごしていると、兄の声が聞こえてきた。
「目的の島がそろそろ見えてきたよ。このまま何事もなく到着できれば……」
兄がそう言いかけたその時、何かが船の側面に当たって、船が不穏に揺れた。
「いっ、いっ、いやぁぁあ〜〜〜〜〜〜」
ハロルドの野太い悲鳴が響き渡る。
足腰のしっかりしているクロエは、涼しい顔でベアトリスを支えていた。
「歓迎されてしまっているようですね、お兄様」
「ううーん、そう簡単には接近させてくれないみたいだねえ、エーリカ」
「そのようですね」
私は天界の瞳を起動して、周辺の状況を確かめる。
「これは……?」
船の真下にゴーレム核が見えた。
この下にいるのはゴーレムだ。
しかも、このゴーレムの本体は、おそらくこの船よりも大きい。
強めに激突されれば、船は簡単に転覆するだろう。
「お兄様、この船の下にいる巨大な魚の正体は、ゴーレムですよ」
「ははあ、それは面白いね、エーリカ」
これは錬金術師の仕業だ。
つまり、どう考えても例の伯父オスヴァルトがここの海域に仕掛けたものだ。
でも生き物でない分、過剰に増えたりして生態系を壊すこともないだろうし、けっこうエコなのかもしれない。
「うおああああ、巨大魚ゴーレムなんて聞いたことないですよ〜〜〜!!」
私と兄の会話を聞いて、ハロルドが叫ぶ。
怖いけど興味はあるんだな。
個人所有の島の周りの海域を巨大魚ゴーレムに警備させるなんて、なかなか夢のあるゴーレムの使い方だ。
「おそらく島に近づく船を威す役割なのでしょうね。お兄様、この子を捕獲します?」
「簡単にできるのかい?」
「ええ、彼ならば」
私は足元にいたティルナノグにウィンクした。
『うむ、俺に任せろ!』
鎧の拘束を解くと、ティルナノグは肥大化しながら海へと落ちていった。
「た、た、た、頼みますよ、旦那ぁああああ〜〜〜〜!」
揺れに耐えきれなさそうなハロルドが青い顔で叫ぶ。
ティルナノグが海に潜った後、すぐに巨大魚ゴーレムからの干渉が止んだ。
あとは彼が漁から帰ってくるのを待つだけだ。
船が島に着く頃合いは、ティルナノグは魚を咥える猫のようにゴーレム魚を咥えて岸辺に上がってきた。
さすがである。
砂浜には全長十メートルほどのマッコウクジラに似たゴーレムが転がされていた。
おや、思ったより小さい。
もう一度私が合言葉を詠唱すると、ティルナノグは元の小さなサイズに戻って鎧に収まる。
『ううむ、海にいた時はもっと大きかったのだが……』
ティルナノグは不可解そうに首を傾げた。
どういうことだろう。
この巨大魚ゴーレム、パッと見た限り、素材はなかなか上質な星鉄鋼だ。
結構な大きさだし、素材だけでもかなりのお値段だろうな。
これだけで伯父様という人が極まった趣味人だということがわかる。
兄とハロルドは頭から尻尾までをざっと確認し、核の在り処を見つけた。
そこには、バスケットボールくらいの大きさの金色の金属製の核があった。
「エーリカ、この核を見てご覧?」
「伯父様の名前ですね」
「金属製の本体生成後に周りの海水をゲル化して、巨大な魚となって島の周りを回遊するようだよ」
「それは素晴らしい発想ですね」
海水をゲル化していたのか。
それなら自由自在な形成が可能だろう。
正体不明の怪物を装うための、とても合理的な実装方法だ。
「あ〜、なるほどね、緩やかに漁船を追い払うロジックもある! でも攻撃はしないのか。脅した船からこぼれた人間が溺れていたら、助けて岸まで運ぶようになってる! 優しいじゃん!」
そう言って、ハロルドは巨大魚ゴーレムの核に示された内容をさらっと解析した。
彼もまたゴーレムへの興味に負けて、目をキラキラとさせている。
さっきまでの怯えようはどこへやらだ。
「あ、これの核と本体、俺が持って帰っていい? 運搬にエーリカの鞄貸してもらえる?」
「ええ、いいわよハロルド。何か他に面白いことがわかったら教えてね?」
「もちろんだよ!」
軽量化の鞄を渡すと、ハロルドは巨大魚ゴーレムの分解と回収を始めた。
ハロルドはガタイが良く作業慣れしているので、こんな大きなゴーレムの解体でもサクサクと手際が良い。
「おそらく近くの海域には、同じようなゴーレムがこの島の番人として沢山配置されているんだろうね。ほら、見てご覧」
兄が指先に止まった蒼い蝶を見せる。
それはとても生き物に似ていて、でも精巧に作られたゴーレムだった。
兄は優しく蝶からゴーレム核を抜き出して、ルーペで確認する。
「ここにも伯父の記名がある」
兄が白色の核を指先に乗せて見せてくれた。
恐ろしく細密な文字で複雑な構文が刻まれている。
「ねえ、エーリカさん、これ」
クロエが手の平の上に乗せた蟹を私に向けて見せる。
「この子もゴーレムだよね?」
「ええ、そうね」
「ここはびっくりするくらい本物の生き物がいないですよね……ちょ、ちょっと怖い……です」
ベアトリスが感じていることをオブラートに包んで言葉にした。
本当は「ちょっと」どころではない気味の悪さなんだろうな。
「ええ、少し不自然すぎるわね」
この島、おそらくだけど、命のある生き物がいるべき場所には全てゴーレムが配置されている。
なぜ本来いるべき動物がいないのか、考えてみるとなかなか怖い。
……もしかしたら、この島自体が作り物だったりして……いや、そんなことはないか。
「しかし、ここはゴーレムが好きな錬金術師にとっての天国のようだねえ」
兄は頬を緩ませた。
このゴーレム島には、見たことのないゴーレムの実装がぎっしりつまってそうだ。
「こんな変なゴーレムの実装、俺初めて見ましたよ。ぶっちゃけ最高の技術じゃないですか???」
解体作業を終えたハロルドがうっとりした顔で同意した。
まあ、私も正直言えば楽しい。
倫理観とか経済観念が許してくれれば、正直私もこういう島を作ってみたい。
だがしかし。
「ハロルド、怖がりなのにこんなところに連れてこられて可哀想って思ってたけど、全然平気そうだね」
「むしろ一番順応してて羨ましいかも……」
クロエとベアトリスは、この島の異常事態とそれに一瞬で染まった錬金術師の態度にドン引きしていた。
うん、二人のためにも、私くらいは理性を保たねば。
砂浜の探索はこのくらいにして、私たちは探索の手をもう少し広げてみることにした。
まずは島の全体像の把握ということで、兄が先行する。
海辺の近く、小高い丘になっている場所に差し掛かったところで、先頭を歩いていた兄が声をあげた。
「この先に村があるみたいだよ」
「えっ、どういうことです、お兄様? 例の海獣のせいで何年も陸地との交流もなかった島に、村が?」
「うーん、そうなんだけど、あるんだよねえ……」
ずっと島の中で暮らしていたんだろうか?
いや、おそらくはそれらは人間じゃ無いだろう──ここまで精巧に全てを作り上げているのだから当然それらは。
私、ハロルド、クロエ、ベアトリスがお兄様の元に集う。
村にはざっと数えて四十軒ほどの家屋が並んでいた。
漆喰の白い壁と赤い瓦を使っているらしい屋根が広がる。
村の周辺には麦畑と葡萄畑が広がっていた。
麦畑の方は、もうほとんどが収穫済だった。
ちらほらと人が往来を行き来したり、畑で働いている様子が見える。
パッと見て普通の村だ。
そこに住んでいる人間が、球体関節でなければ。
「ほら見てご覧。なんてエレガントな人形ゴーレムなんだろうね、エーリカ、ハロルド君!」
「うっわ、質感が綺麗〜〜〜〜! この見た目、おそらく自己修正機能付き……最高かな?」
兄とハロルドは仕事の質の高さに感心していた。
おそらく意図的に人間に似過ぎないようにしているが、私から見ても限りなくヒトだった。
つまりは違法。
この島が完全に隔離されていた理由は明白だ。
こんなもの、この世にあってはならない。
でもなんて素晴らしい出来だろう。
容赦無く、やりたい放題やった贅沢さ。
私も嫌いじゃ無い。
でも、一人くらい真人間の錬金術師がいないとクロエとベアトリスが困るだろうな、と思い私は曖昧に微笑むだけに留めておいた。
「じゃ、行こうか」
「えっ、あの村にですか?」
兄が促すと、ベアトリスがびくっと震えた。
「もし襲ってくるようなら、壊しても構わない?」
「ああ、当然だよ!」
クロエが尋ねると、兄はとても良い笑顔で答えた。
「なら、いいかな。行こう、ベアトリス」
「う、うん、クロエちゃん……」
というわけで全員のOKが出たところで、私たちは全員ゴーレム製の村へ向かうことにした。
村に近づくと、収穫が終わった畑で数人の女性が落穂拾いをしているのが見えた。
村人たちの表情は、限りなく自然で素朴で優しい。
私たちが彼女たちの視界に入った時、彼女たちが腰を伸ばして声を出した。
人間に遜色ない声だ。
「お久しぶりです、旦那様、お嬢様!」
「旦那様、お嬢様、今回の旅はいかがでした?」
旦那様とお嬢様。
私は兄と視線を交わす。
どうやら兄と私はこの島に到着して初めて「怖い」と感じていた。




