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怪物狩り2

 さて、今夜も夜会である。

 進行役はいつも通り、我が兄エドアルト・アウレリアだ。


「さて、まずは朗報が一つ。クラウス君、説明を頼むよ」

「ああ。先ほどホレを封じた呪符が学園に到着した。今のところホレは長い休眠期にはいっているようで、顕現はまだ観察されていないとのことだ」

 

 やっとホレくんが到着したのか。

 クロエからため息のような声が漏れる。


 しかし、ホレくんが現れていないということは、金狼王子(クロード)がずっと覚醒しているということ。

 なかなか不穏な情報だ。

 出来る限り速やかに対策を考えないとね。


「と言うわけで、今夜からの議題は金狼王子中心のものにしようと思う。もちろん最終目標は金狼王子捕獲とホレによる呪いの破壊だけど、まずは金狼周りの違和感の洗い出しかな? それに情報の共有も漏れがないようにしよう」


 兄が確かめるように一同を見回した。


「ああ、でもこれからは頻繁に夜会を開くのは難しくなるだろうし、金狼以外で気になることがある人も、今のうちに気兼ねなく発言して欲しい」


 兄はさらりと付け足した。

 確かに夜会のメンバーもそろそろ忙しくなってきているのが現状だ。


 天使標本の流通調査を始めたハロルド。

 裏ルートで追跡しているハーラン。

 謎の標本の解析しているアクトリアス先生とブラド。

 本国との連絡を密にし始めたお兄様、クラウス、オーギュスト。


「ええ、そうですね。こんな風に揃うのもそろそろ最後でしょうしね」


 そう言ってハーランが肯定した。

 他のメンバーもこくこくと頷く。


「それじゃあ、エドアルト、今夜は私からで良いかな?」


 最初に手をあげたのはアクトリアス先生だ。


「ああ、もちろんだよ、エルリック」

「金狼王子の行動の不確定要素について長らく考えていることがあるので、皆さんに助言をいただきたいのです」

 

 アクトリアス先生は部屋中の人間をゆっくりと見渡してから口を開いた。


「クロード……いえ、金狼王子は、なぜ私とエドアルトを殺さずに逃亡したのか。そして、なぜ仕えるべき主の器であるブラドを置いていったのか。どちらも人食いの怪物・狂王の配下の行動としては不可解ではないですか?」


 言われてみれば、確かにおかしいような気がする。


 狂王の造った怪物は、ほとんどが人の血肉を啜って力を得る化け物だ。

 そして彼は、学園地下に長らく保存され、カラカラに(かつ)えた化け物だ。


 私が覚醒したばかりの彼なら、どう考えるだろう?


 きっとお腹が空いていると思う。

 側にはニンゲンが三人。

 一人はご主人様になる予定だけど、あとの二人はそうじゃない。

 だったら、まずは食べて力を蓄えておくだろう。


 そして人間達の群れから主人を拐って逃げる、かな?


「俺が知る金狼王子は飢えた怪物です。しかも飢えていながら獲物を食い散らかすような粗暴な獣。霊安室での事件でお二人が無事なのは……いえ、無事とは言えませんが、その体を食いちぎられていないのは確かにおかしい気がします」

 

 ハーランは途中で、小さく咳をして誤魔化した。

 例の事件後のお兄様とアクトリアス先生が「無事」かと言われたら、そりゃ無事じゃないですものね。


「クロードの犯行の動機は分かったものの、金狼王子に意識を支配された後の行動の意図が読めない、ということだね?」

「そう、クロードの行動はすべて理にかなっていた。でも金狼王子は? なんらかの火急の用事があってその場を離れたのなら分かるのだけどね……」


 兄の言葉に、アクトリアス先生は思案顔で頭を掻いた。


 怪物に火急の用事かあ。

 火急の用事と言えば、リエーブルの姿を借りていた死を貪り喰らう者だ。

 あの吸血鬼も荷物の受け取りで大変そうだったけど。

 まさか金狼王子がクロード乗り移った直後に覚醒したばかりで、荷物の受け渡しもないよね。


「しかし、飢えを満たさずに去った理由も不可解なら、ブラド卿を置いて行った理由も確かに不可解ですねえ……ブラド卿が狂王の器なら、つまり主人を置いて去るような行為になるわけじゃあないですか?」


 ハーランがそう言うと、ブラドが口元を片方だけ引きつらせた。


「それを言うなら、ハーラン卿、あなたはなぜクロエ・ルーカンラントを商家へ?」

「……なるほど。渦中には巻き込めないような厄介な理由があった、ですね?」


 狂王側にも、まだブラドを受け入れる準備が整っていなかったのか。

 それとも何か不都合な問題を抱えて、ままならなかったのか。


「それでも、敵の手中に置いておく理由は不明だがね。普通にならば、せめて手元に引き寄せておくだろう。それこそ貴方が自分の息のかかった家に主人の娘を預けたように」

「ええ、そうですね」

「彼の行動の不可解さのおかげで、私はこの学び舎でゆっくり学べた訳だがね」


 珍しくブラドは薄く笑った。

 ブラドが自由に勉学に励めたお陰で、今の私たちはブラドが研究した魔法や呪術に関する知識の恩恵を受けている。

 あれ、これってつまり結果的に狂王側の不利益になっているのでは?


 そうして結論の出ないままアクトリアス先生は着席した。

 入れ替わりに、ハーランが手を挙げて立ち上がる。


「俺にも質問させてください。幻獣ホレの呪符は誰がどのように管理していくんですか?」

「これまで通り、俺が保管しておけばいいだろう。北だけでなく東とも縁深い幻獣だからな」


 クラウスは答えると、ローブのポケットから厚い本を取り出した。

 本は自然にパラパラと開いて、中頃のページで止まる。

 そこにはホレの呪符が格納されていた。

 

「この本は幾重にも結界を構成したものだ。これ以上に安全を確保できる装置はない」

「ほう、クラウス卿、あなた個人がですか……?」

「この学園で一番結界に造詣が深い俺が保護しているんだから、全く問題ないだろう?」


 クラウスはハーランを冷淡な目で睨む。


「言うならば俺自身がもっとも堅牢な結界だ。万が一にも敵に奪われることなどない。それでも不満があるのか?」 

「いいえ。……するとホレにお目にかかるには、常にあなたの許可が必要だということですね?」

「ああ、そうだ。しばらく顕現していないのだが、呪符だけでも見ておくか?」

「ええ、是非」


 ハーランが即答する。

 クラウスは結界を仕掛けた本から呪符を取り出し、ハーランに無造作に呪符を渡した。


「こんな小さな呪符に、我らが祖神ホレが封じられているんですか」


 恭しくハーランが呪符を受け取ったその時、狼の遠吠えが響き渡る。

 気づけば、書庫全体を濃密な白い霧が覆っていた。

 斬りつけるような冷気とともに、空気が渦巻く。

 凝縮していく霧の向こうに、獣の影が見えた。


『ボクのこと、呼んだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?』


 大仰な現象に反した、緊張感のない明るい声が響く。

 白い霧が消えると、部屋の真ん中に金色のふわふわな毛並みの巨大な仔狼──ホレくんが顕現していた。

 びっくりするくらいナイスタイミングだ。


「は、はあ????」


 珍しくハーランが動揺している。


『ようやく外に出られたよ。三時間ほど前に本体が寝てくれたんで、その時からボクは起きてたんだけど、結界が強すぎて出てこられなかったんだよね〜〜〜〜!』

「俺の結界のせいだと……!?」

「問題ありありじゃ無いですか、クラウス様」


 クラウスの結界の弊害か。

 完全なる結界すぎて、内側からの挙動も当然縛っていたってことか。

 言われてみれば、そうなるよね……。

 まあ、今回は三時間ほどで気がつけて良かったとも言う。


「すまんな、ホレ」

『いいよいいよ、目つきの悪い人。でも、そろそろ本体が起きそうだから、あまりここにはいられないかも』 


 ホレくんは、しゅんと項垂れる。

 でも、ちょっと顔見せしてくれただけでも、ホレくんとクロードの無事が分かってありがたいことではある。

 それに、少しでも情報共有できれば十分だろうし。


「いや、その……これが、ホレ?」


 ハーランはまだこの事実(もふもふ)を受け入れ難いようだった。


「大丈夫だぜ、ハーラン卿。こいつ人懐こくてもふもふで可愛いだけだから」

『わあい、王子様だいすき〜〜〜』


 オーギュストが手を開いて招き込むと、それに気づいたホレが鼻先をすり寄せる。

 ホレくんに一番好かれているのオーギュストだよなあ。


「えっ、こんな覇気のない獣が……? 西の幻獣ザラタンと迫力全然違いません? ちょっとガッカリなんですけど」


 ハーランがあけすけな本音を漏らす。

 まあ、その、迫力は無いよね。 


『え〜、ひど〜い! ボクは役に立つんだよ〜〜!』

「いや、まあ、ある程度はエーリカ様から伺っていますが……」

『金狼王子に会うことさえできれば、金狼の部分だけに先に融合して、呪われた人間から金狼の呪詛を引き剥がせるんだよ〜〜!』


 さらっと身の上を説明するホレくん。

 一応、金狼への対抗手段についてはハーランにも説明しているんだけど、本人が言ってくれると説得力あって助かるよ。


「ということは、貴方の協力があれば、確実にクロード様を救えると……?」

『もちろん!』

「なんてことだ……貴方の呪符を手に入れておきながら、東への怨恨で貴方を隠蔽していたなんて、愚かな話だ。これでずっと話が簡単になっちまった。捕獲して気絶でもさせれば勝ちだ」


 ハーランの手元にホレくんさえいれば、あっさりと問題解決してたんだよね。

 でもまあ、東と北の険悪さでは仕方ないだろう。

 長年の深刻な対立が、不信と不和を産んでしまっているのだから。


「そういえば、お前はクロードが起きている時はどんな状態なんだ? 場所とか分かるかな?」


 オーギュストがホレくんの喉を撫でながら聞いた。

 的確な質問だなあ。

 場所がわかれば、こちらからの追跡も可能になる。


『ゆらゆらと曖昧な眠りの中にいて、すべてが遠い夢のよう……でも状況は分かる感じだよ』

「そっかー。じゃあな、言葉は聞き取れる?」

『ううん』

 

 ホレくんは首を横に振った。


「ふーん、なら言葉は聞き取れないけど、視覚情報は残る、って感じかな?」

『うん、そう、そんな感じだよ、王子様!』

「お前がそいつの中にいることについて、クロードって奴はどのくらい気がついている?」

『うう〜ん、全然かな? 話しかけても返事ないもの』


 オーギュストが質問を続ける。

 この人の動物たらしぶりは安定感あっていいな。


「じゃあ、クロードが人狼の時、お前は何をしているのかなー?」

『彼の感情と知識を基にしているけど、判断は僕……僕の片割れだったものが行なっているね。それにあの体の魂は一つじゃない気がするんだよね〜〜〜』

「いくつもの金狼の被害者の魂が蓄積してるってことなのか?」

『ううん、僕の半分と金狼の犠牲者、そして僕達に融合した別の何か』


 いきなり有用そうな情報が出てきた。

 金狼王子を構成する魂の内容。

 なんだその、呪術の核心みたいな情報は。

 もしかしてこれを探っていけば、金狼の弱点を知ることが出来るかも?


「別の何か? もっと詳しく聞いて良いか?」

『魂の小さな小さなカケラなのかな? とにかく膨大なあらゆる年代の人間の魂と記憶……不思議な記憶もたくさんあって……歪んだ太陽の浮かぶ空……草がたくさん生い茂った湿原……壊された石碑みたいなもの……僕は怖くてあまり感じ取らないようにしてるよ』


 一同、静かにホレくんの言葉を聞いていた。


『それに、なんだかとても恐ろしい空洞があるんだ』

「空洞?」

『そこには何もない、魂の中にはあるはずのない空白……更地だとか、暗闇だとかじゃなくて、本当の無があって……見るどころか意識を向けるだけでも恐ろしくて、僕にはぜんぜん分からないんだ』


 北の王子と北の守護獣を繋げただけの怪物じゃあなくない、これ?

 一体何なんだろう。

 クロード・ルーカンラントは、何に取り憑かれてしまったんだ?


『僕が、片割れに融合してしまえば、その何かも犠牲者から離れるだろうけど、そのたくさんの断片的な記憶を持った魂は破損が激しくて、あれじゃ……あ……あああああ、そろそろ、また彼が起きようとしている……!』

「残念だな。じゃあ、次に会えるのを楽しみにしてるぜ?」

『うん! 王子様、その他のみんな、またね〜〜〜〜〜〜!!』


 そうして、ホレくんは消えていった。

 相変わらずノリの元気なワンコみたいな狼だったね。

 オーギュストの動物たらしのおかげで、なんだか訳のわからない謎情報も取得できた。


「素晴らしいです、オーギュスト殿下。たったこれだけの時間でかなりの情報を得ることができましたよ」


 兄が感心した様子で、オーギュストに話しかけた。


「まあな、でも気になる事ばっかり言ってたぜ? エドアルト卿は心当たりは?」

「多少はありますが……でも残念ながら推測の域を出ませんね」


 兄は首を振る。


「ホレの残していった新情報はいったい何なのか、これから検証しなければいけませんね……どうでしたか、ハーラン卿?」

 

 兄はハーランに話を振った。


「ええ……。祖神ホレ、彼はおそろしく有用だ。おかげでクロード様の生存と行動開始が分かりますね。しかも視覚情報を引き出すことまで出来る。でも──」


 ハーランは深刻な表情で皆を見回す。


「最後の話を聞いて、俺はあの論文を思い出してしまったんですよ。あのアアル仮説を」


 オスヴァルト・ボルツのアアル仮説。

 吸血鬼の始まりの話。

 狂王とはつまり、生きる冥府。


 狂王が自ら作った怪物は、吸血鬼の王様と同じ成り立ちの怪物ってことかな。

 冥府のごとく、大量の魂を保持する怪物。

 いったい金狼王子は何人分の魂を保有しているのか。


「確かにアアル仮説で語られた吸血鬼のあり方に近似していたな」


 ハーランの言葉に、オーギュストが頷く。


「ですよね。分離できるとはいえ、クロード様の状態が心配です」


 金狼を引き剥がしても、クロードが本当に無事なのか。

 無数の魂の断片が、悪質な影響を残さないと良いのだけど。


「そうか冥府……なるほど……なるほどね、すべてが繋がるじゃないか……!」


 そんなこと考えていたら、いきなり兄が目を輝かせながら声を上げた。

 うっすらと頬が紅潮している。


「やっと長年の謎が解けそうだよ、エルリック!」

「ちょ、エドアルト、長年の謎ってどういうこと!?」

「落ち着きたまえ、エド」


 アクトリアス先生とブラドが思わず立ち上がる。

 近づこうとする二人を、兄は手で制した。


「大丈夫。僕は落ち着いているよ。ちゃんと説明もできるさ!」


 どう言うことなんだろう?

 兄は嬉しそうにハーランの手を握った。


「貴方の言う通り、彼は冥府なんですよ、冥府は狂王の構成要素でしょう?」

「え……? いや、エドアルト卿? 何の話をしているんですか?」


 目を爛々とさせて話に食いついたお兄様に、ハーランは引き気味になった。

 話が噛み合っていない。

 お兄様は何に気がついてしまったのだろう。


「器の肉体や精神の成熟した今こそ、金狼は継承するべき冥府を運んで来る……ということですよ、ハーラン卿!」


 兄は何かを完全に理解した顔をして、飛躍し切った結論を早口で説明した。

 へっ、どういうことですか、お兄様!?

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