天使の標本箱1
さて、今夜も〈奇譚収集者の会〉書庫での夜会だ。
参加者は引き続き、全員。
まず最初にクラウスからの現状報告があった。
ハーファンで調査中のホレくんを学園へお取り寄せしてる件だ。
厳重な管理を敷いていたため、多少認可処理に時間がかかってしまっているのだという。
「おそらく一週間以内にはこちらに届くだろう」
遅れているとはいえ、一週間以内なら早いほうだよね。
次にエドアルトお兄様が司会となって、みんなからの意見を請う。
「今夜は今まで気後れして発言しにくかった人にも発言してもらいたいんだけど、いいかな? 本当に何が切っ掛けで進展するかわからないからね」
兄の言う通り、いろんな視点があることが大事だ。
長年、同じ問題に対処してきた専門家にも、盲点はあるかもしれないからね。
兄が皆を見回していくと、ハロルドが勢いよく手を上げた。
「はいはいはい! 俺も聞いていいんでしょうか?」
「ええ、もちろん。さあどうぞ、ハロルド君」
「ええっとですね、雪銀鉱を吸血鬼にくっつけたらどうなるんです? さくっと倒せたりします?」
なんともハロルドらしい質問だ。
些細なことだけど、かなり大事なことだよね。
「それはハーラン卿かクロエ君に聞かないとだね」
ハーランがクロエとチラリと視線を交わしてから、ハーランが頷いた。
「俺が答えます。対吸血鬼の経験は俺の方が多いので。いいですね、エドアルト卿」
「ええ、お願いします、ハーラン卿」
「結論から言えば、雪銀鉱は吸血鬼に対しても有効です」
吸血鬼は魔法的、正しくは呪術的に形成された化け物だ。
雪銀鉱なら、その力を消すことができるのだろう。
でも──
「ただしですね、あくまでも吸血鬼がその本性を顕在化させている場合に限ります。捕食された人間の肉体と魂を外部に再構築している間は、まったく影響を与えることはできません」
ですよね〜!
雪銀鉱で触れただけで判別可能なら、もっと真偽判定も楽になってただろうし。
とは言え、相手が正体さえ現していれば破壊できるというのは安心だ。
でも、リエーブルに化けていた死を貪り喰らう者は、クロエが斬りつけたのに殺せなかった。
あれはどう言うことだろう。
ハロルドが再び挙手して質問した。
「おお〜、じゃ、雪銀鉱で一突きしたらやっつけられるんですか?」
「いいえ。その個体が蓄積している魂の総量によりますね」
「は? 魂の総量……どういうことですか?」
ハロルドが大袈裟に首を傾げた。
「まず、血啜りは血液を媒介に他の生物の魂を取り込んでいると、アアル仮説にも書かれてましたよね?」
「は、はい!」
「ある吸血鬼が取り込んだ魂の数、それを我々は魂の総量と呼んでいます」
ハーランは説明を続けた。
「捕食によって取り込まれた人の魂は、その一つ一つが呪術的に拘束され、力を搾取されます。搾取された力は、吸血鬼の肉体の維持や、眷属の生成、特殊能力、再生など、あらゆる活動に使われます」
「つまり魂をたくさん取り込んだ吸血鬼は強くなる?」
「正解です。たくさん人を食べている個体ほど殺しにくいし、手強くなる」
ためになる話だけど、血腥い話題のせいか、ハロルドは青ざめていた。
ハーランはにっこりと笑いながら答える。
死を貪り喰らう者はかなりの数を捕食していた古い吸血鬼だ。
だから、簡単には殺せなかったわけだね。
「千人食らった血啜りを殺すには、人間を千人殺すくらいの労力が必要になってしまう。そんな通常なら簡単には殺せない吸血鬼も、雪銀鉱で攻撃することで、通常より少しだけ楽に滅ぼすことができます」
雪銀鉱は魂を拘束する呪いを解呪することができる。
そのお陰で、比較的簡単に吸血鬼を弱体化したり、破壊したりできるのだそうだ。
そう言えば、眷属猟犬のほうは、雪銀鉱でさくっと倒せていた。
あれは猟犬を構成する呪いや、拘束された魂が少ないから簡単に倒せたんだな。
「もっと詳しく言うと、血液を介した呪いなので、太い血管のある部分を切断できれば更に効果的です。首とか心臓とか。でも肉体構造を作り変えている個体や、体内に特殊な魔法を保持している個体は破壊が難しくなりますね」
「う、うわあ……俺が考えてるほど簡単じゃなかったんですね」
死を貪り喰らう者は身体の内部に拡張された空間を保有する、特殊な力を持つ吸血鬼だった。
同じく空間拡張された鞄を食べさせて空間ごと破壊したけれど、雪銀鉱だけで倒そうとすると、かなり苦労したんだろうな。
理論上は拡張空間も雪銀鉱で無効化できるはずだけど、噛み砕いた雪銀鉱を丁寧に吐き出していたから、そう簡単に取り込んではくれないだろうし。
雪銀鉱は有効ではある。
しかし、それはそれなりの労力をある程度は必要とする、と言うことみたいだ。
「まあ、それでも相手の肉体に雪銀鉱を埋め込んでしまえば、だいぶ楽になりますが」
「あ〜〜〜! だからこんなのあるわけなんです?」
ハロルドがゴソゴソとポケットから小鞄を引っ張り出すと、そこから小さい金属を取り出した。
なんだろう?
「おや、それはどこで手に入れました?」
「飛行ゴーレムに食い込んでました。その周辺が大きく歪んでいたので、多分雪銀鉱だろうなって思って」
洞窟城に特攻した時にゴーレムが被弾した雪銀鉱の弾丸か。
さすが、ハロルド。
ちゃんと回収していたんだ。
「北の剣士は、剣に拘らずあらゆる武器を使います。特に相手が化け物みたいな動きをする時には」
ハーランはハロルドから弾丸を受け取った。
私とクロエは、洞窟城の人たちから化物扱いを受けていたのか……。
ちょっとショックだな。
でもまあ、いきなり空から高速で飛来する謎の物体なら、狙撃されても文句は言えないか。
「そういえばその時の話なんだけれど。なんでクロエ君は弾丸を切断できたんだい?」
エドアルトお兄様がクロエに尋ねる。
「夜間・空中・高速移動中、どの条件から考えても、感知すら不可能だと思うのだけど」
「うーん、普通の弾丸だったら、気づかずに狙撃されていたかも。雪銀鉱の弾丸だからできたと思う」
「えっ、それはどういうことだい?」
「魔力のない空間が近づいてきたら、雪銀鉱を使った攻撃だと分かるよね?」
クロエがとんでもないことを言い出した。
兄が珍しく困った顔をしている。
「魔力のない空間?」
「世界には微量な魔力が満ちてるでしょ? 雪銀鉱の周りには魔力がなくなるから、それを感知すればいいんだよ?」
クロエは不思議そうな顔をして答えると、兄は困り顔のまま笑った。
兄が視線を彷徨わせた先には、クラウスとベアトリス。
ハーファン王家ゆかりの魔法使いなら、クロエの言っていることが分かるんだろうか。
「確かに、その女の言う通り世界は微量な魔力で満ちている。ただし、理論上はそうなるはずだというだけで、観測はされていない。非魔法空間の遊離魔力なんて、現代の魔法で観測可能な閾値を遥かに下回っているはずだ」
「え、ええ、知識としては知っていますが、私もそんなこと出来ないです」
ベアトリスも首をぶんぶんと横に振っている。
「えっ、ベアトリスでも分からないの!? 魔法使いなのに?」
「う、うん」
「ええっ!?」
クロエがなんだかショックを受けた顔をした。
彼女が周りの人たちをぐるっと見渡すと、ハーラン以外の全員が首を横に振った。
「ええ、感知できますよ。ただし、ルーカンラントの剣士でも本当によく鍛錬された者のみですがね」
「だよね、だよね。良かった、私一人じゃなくて」
ハーランの返答に、クロエはほっと胸を撫で下ろす。
北国の人たちは、一定の鍛錬を積めば、感知できるようになってしまうのか。
いや、でもほんとにコレを北の剣士は出来たりするの? 怖くない?
「……いや、北の剣士は凄いね」
兄は一応納得した様子だ。
「とは言え、血啜りが相手の場合、奇襲でもなければなかなか当たりませんがね。魔力のない空間を感知しているのかどうかは分かりませんが、そもそも普通の弾丸も避けられますし」
ハーランは肩を竦めて言った。
「ただし人間相手なら強いですよ。特に魔法使い相手ならば、かなり有効です」
「打ち込まれたら魔法が発動しなくなる、か?」
「ええ、弾丸に限らず、なんらかのカケラでも効果が得られます」
クラウスの言葉にハーランが返答する。
「なら、竜との相性は? どうなるんだ?」
オーギュストが尋ねた。
彼の頭の上で寝ていたゴールドベリが、ちらりとハーランを一瞥する。
「雪銀鉱は魔法を無効化しますが、竜は本体が頑強なので貫通しません」
「ふむ、こんな小型竜でも大丈夫なのか?」
「そもそも剣でも弾丸でも鱗を傷つけられないですからね。小型竜に限れば、まだ魔法のほうが効くでしょう」
魔法的生命体でありながら物理的にも強い魔獣には、雪銀鉱も無意味になるのか。
「では巨人との相性は?」
今度はアクトリアス先生が挙手して質問した。
「実のところ、巨人相手にも弱いですね。触れた部分の鎧状上皮は解除される程度です」
ゴーレムやゴーレム仕立ての星鉄鋼の鎧も似た感じだったな。
魔法的・呪術的な起点が、ゴーレム核や呪釘・聖釘だから、それ以外に当てても影響は薄いのかもしれない。
「部分的な解除は出来るんですね。では釘自体を攻撃した場合は?」
「釘を攻撃すると、巨人が制御不能になってしまうこともあります。戦況の悪化につながることもあるので、釘の打ち込まれた箇所は攻撃を避けることになっていますね」
「なるほど……とても興味深いです」
アクトリアス先生は複雑な表情で首の後ろを撫でた。
おそらく釘が埋まっている部分だ。
意外と雪銀鉱は使いどころが難しい素材だなあ。
魔法使いや錬金術師には優位を取れるが、北の同士討ちになったらあまり意味がない。
竜騎士には敵わず、巨人に対しても決定打にならないどころか悪手になりうる。
「俺ももうちょっと聞いて大丈夫ですか? 製造と流通が気になるんですが……!」
ハロルドが再び質問した。
「ルーカンラント国内のみで製造されています。他の地域への販売は一切許可されていません」
「へええ、国内のみなんですか?」
「ええ、剣も銃・装身具まで全て管理されてますよ。まず登録制ですし。敵に使われたら宜しくないので」
納得だ。
こんなのが吸血鬼に渡ったら確かに危険だものね。
わざと巨人を暴走させたりとか、魔法使いの暗殺につかったりとか、怖すぎる。
「ハーラン卿、四十八年ほど前に発生したハーファン北部の奇病について聞いても?」
「ははっ……、よくご存じですね、ブラド卿」
ブラドの質問に、ハーランの頬がわずかに引き攣った気がした。
何事だろう。
「俺も聞いたことがある。とある都市で魔法行使不良に陥った魔法使いが多発したという事件だ。原因不明の奇病ということになっていたが、まさか──」
クラウスが冷え冷えとした目でハーランを睨む。
「北の人体実験だった、ということか?」
雪銀鉱の説明の流れで出てきた奇病ってことは、つまりはそういうことか!
雪銀鉱が人体にどんな影響を与えるのか実験したんだね。
「……ええ、当時の反ハーファンの過激派が、微細な雪銀鉱の粉末を水源に混ぜた、というのが真実です」
「反ハーファンの過激派、か」
「はい。あくまでもルーカンラントの主流は協調派ですが、彼らを抑えきれなかったようです」
「ふん。なるほど。北もたいそう複雑だな」
クラウスが吐き捨てるように言った。
なにげにルーカンラントとハーファンの仲の悪さは本気なのだな、と痛感する。
こんなエグいエピソードが隠れてるなんて怖いよ!
「この大規模な人体実験で分かったのは、雪銀鉱の効果の残留期間はほぼ一ヶ月から一年ほどで、後遺症はなく、安全だということです」
ハーランは感情を完全に抑えて淡々と答えたが、なんとも気まずい感じが部屋に広がっていた。
これ、治ったからいいけれど、一生魔法が使えなかったら一体どうなったんだろう。
「雪銀鉱の説明をありがとうございます、ハーラン卿! いやあ、大変に興味深かったですよ!」
場の空気を塗り替えようとして、エドアルトお兄様は底抜けに明るい声をあげた。
うん、もう誤魔化すしかないよね。
「そういえば、氷銀鉱の剣は今どうなってるのかな?」
次に手をあげたのはクロエだった。
雪銀鉱の話に続いて氷銀鉱の話になるのは、ちょうどいいかもしれない。
「はい、俺が現在調査中です!」
今度はハロルドが答える側に回った。
「現在分かっていることは、氷銀鉱の効果は雪銀鉱に比べて強力かつ広範囲だということですね。俺は雪銀鉱の効果を無効化する小鞄を参考にこのような鞘をつくったのですが、まったく効果はありませんでした」
ハロルドが傍に置いてあった鞄を漁って、剣の鞘を取り出して掲げる。
うわあ、あのハロルドでもダメだったなんて。
「あとは効果の範囲ですが、周辺半径二メートル内で完全に魔法が発動しません。多少の誤差はありますが、短杖の充填も同様の結果になりました。剣から五メートル刻みに失敗率を計測してみたグラフがこちらになります」
ハロルドは鞄からグラフを取り出し、黒板に貼った。
失敗率を示す曲線は、距離が離れるとともに傾きがなだらかになり、半径五十メートル付近からほぼ横ばいになっていた。
一応、そのまま半径百メートル地点まで調べてくれたようだ。
魔法の方はハイアルンに手伝ってもらったのだろうな。
いつも酷い労働ばかりさせてしまっているので申し訳ない。
「距離による効果の減衰が大きいな。二・三十メートルも離れれば、ほとんど影響を無視できるレベルになるわけか……いや、待て。これは百メートル離れてもゼロにはならないのか?」
「そうなんですよ、クラウス様。グラフにしたのはここまでなんですけど、計測自体は続けてみました。八百メートル先で2〜5パーセントほど無効化しているようです。これ以上調べるには外出許可が必要ですね」
「なんだと。つまり剣一本で、最低でもこの学園を覆う程度の効果がある、ということか?」
クラウスが驚きの表情を浮かべる。
微妙な影響だけど、影響範囲が圧倒的に広い。
「はい。たった剣一本分で、です。もし、この金属がもっと大きな塊だったら、より広範囲に影響が出ていたのではないかと推測しています」
量さえあれば、超広域での魔法無効化空間も可能ってことか。
魔法を嫌うルーカンラントの人たちにとっては福音みたいな金属だなあ。
「最近、学徒たちの魔法発動が不安定だとは思っていたが……」
「錬金術の方でも、若干失敗が増えていたけど、その剣のせいだったんだね!」
ブラドが眉間にシワを深く刻んだと同時に、兄が瞳をきらめかせた。
「そういえば、クラウス様にはそういうことは無かったんですか」
「いや、俺はまったく気がつかなかった。一度も失敗しなかったからな」
さすがクラウスだ。
鍛錬とか魔力量とかによるものだろうか。
「ハロルド、つまりその剣の持ち主に向けて魔法を行使しても、完全に無効になるということか?」
「ええ、そうです、クラウス様」
「……完全なる魔法無効化結界のようなものか」
ハロルドはその後、硬度や堅牢度・耐久性の測定に移ったらしい。
モース硬度順では、今のところ正長石までは削ることができたようだ。
ゴーレムを接触させられないので、押し込み硬さを調べる実験は難航しているのだそうだ。
氷銀鉱の扱い辛さがすごい。
こんな難解な金属をこんな丁寧に解析してくれているハロルドに感謝するしかない。
「うわ〜、便利そう!」
「むちゃくちゃ不便そうだよ、クロエちゃん」
クロエは嬉しそうだが、ベアトリスは不本意そうである。
実際、寮にあの剣があった時、まっさきに被害者になったのはベアトリスだったからね。
「さて、他に気にある事柄はあるかな? 本当にどんなことでも良いんだよ」
兄がみんなを見回して質問を促した。
そこから、各人が気になることを話し合っていく。
ウトファル修道院の現在の状態、ハーランの政治的な立ち位置。
アクトリアス先生を支えるハーファンの資金提供者の存在。
などなど。
「天使様に対しての質問は、エーリカ様にお聞きすればよろしいのでしょうか?」
ハーランが手を挙げて質問した。
「ええ、私が今把握している範囲でしたらすぐに答えられますし、後で天使様に確認することもできますよ」
「もしかして、天使様の協力があるのであれば、一人ずつ契約してもらえば、血啜りの真偽判定も可能なのですか?」
なるほど。
確かに奇跡を購う条件がヒトであること、ならば可能だ。
でも。
「天使様は奇跡を叶える役目から解放されており、今は無理でしょう。それに契約のたびに天使に関する記憶を忘却する仕組みになっているので、ほぼ不可能だと思います」
さらに言うと、奇跡を叶えるためには膨大な魔力も必要だ。
吸血鬼の真偽判定に使うには、コスト高すぎる。
「それは確かに……ふむ、残念ですが、仕方ないですね」
ハーランも納得したようだった。
もっと簡単に見分けられれば、彼の苦悩も軽くなるのだろうけどね。
「確かに真偽判定は苦しみますよね。僕もかなりの確率で外します」
「ええ、まったくです。例えば恩人の子息がもしや血啜りでは、なんて疑うのは地獄の苦しみでした」
兄が深く頷くと、ハーランはため息と共に呟いた。
クロードのみならず、エドアルトお兄様まで敵の手に落ちていたら、ハーランの正気が危うくなりそうだ。
「万が一でも、あなたが邪眼のボルツの息子を乗っ取った血啜りだったら、許すわけにはいきませんでしたからね」
「その節は僕も怪しい動きをしていて本当に申し訳なかったですよ」
不穏ながらも思いやりのある会話を兄とハーランがしている間に、クロエが私に耳打ちをしてきた。
「そう言えばエーリカさん、リエーブルさんを装っていたあの吸血鬼のことなんだけど」
「なにかしら?」
「あの人、少し不自然なことを思い出したんだけど」
「不自然?」
リエーブルに化けていた、死を貪り喰らう者のことを思い出す。
不自然と言われれば、確かに不自然にも思える。
古の吸血鬼の癖に、異常なくらい人間っぽい感じもした。
正体を明かしてからは、ミステリの殺人犯みたいな焦りっぷりだったし。
「あの化け物、地下にあった汚染祭壇に、さらに供物を捧げようとしてたよね?」
「……ええ、すっかり失念していたけど、その通りね」
そういえば、そうだった。
私があんな倒し方をしたいせいで、あの祭壇で何をやろうとしていたか調査不可能になってしまったのだ。
「汚染が完了しているんだったら、大人しくしていればバレなかったのに。敵の懐に忍び込んで、人攫いをして、汚染祭壇で怪物を作って、天使を盗んで」
「確かに怪しいわね」
学芸員として学園に潜り込んだのは、首なし王子の霊安室や屍都に出入りするため。
人攫いは祭壇に捧げるため。
でも、なぜ怪物を作っていたのか、天使の標本を盗んだのかが繋がらない。
「実は、全部一つの目的のために繋がっているとか」
「ワームの変異は、天使以外の標本でやっていたよね。もしも、天使の標本を盗んだ理由が、あれと同じことをするためだったら……」
「天使の標本は、死を貪り喰らう者の所持品の中にある?」
学園内のリエーブル学芸員の私室に置いてあった荷物は、学園が押収したはずだ。
当然、そちらは調査済みだろう。
問題は、人攫いとして活動していたときの拠点だ。
「もしかすると、既にどこかに送ってしまったかもしれないけど」
「荷物のやり取りを、私たちとお兄様の両方が邪魔したわけだから、受け取りだけじゃなくて発送もできなかった可能性はあるんじゃないかしら」
忙しさでキレていたあの吸血鬼なら、あり得る。
お兄様もざっと調べただろうけど、探していたのは標本ではなく攫われた少女たちだ。
天使の標本がごく小さい標本なら、見過ごしもあり得る。
「二人ともそろそろ僕たちにもその話を聞かせてくれないかな?」
兄に声をかけられて、私とクロエとヒソヒソ話を切り上げ、顔を上げた。
いつの間にか、みんなの注目が私たちに集まっていたようだ。




