軌跡を辿る夜2
「皆様の告白の後では、私の告白なんて瑣末ごとかもしれませんが……」
お兄様は重要人物と言ってくれたけど、私はやらかしの言い訳みたいなのしかできる気がしない。
でも一応、役に立つ情報が色々ある。
「では、お兄様、私も話をさせていただきますね。長い間抱えてきた秘密を、やっとお話することができそうです」
一同をぐるりと見渡す。
因縁のある顔ばかりなせいで、いろんな思い出が浮かんできた。
思い出の殆どは修羅場だが、今となってはいい思い出だ。
「あれは八歳の春の日でした。前世の記憶を思い出したんです」
私は前世のあらましを説明していく。
自分がどんな人間だったかを。
魔法のない代わりに他の技術が数百年も進んだ世界にいたことを。
そして、この現世において私がいかに生きて来たか。
☆
前世の人生を語り終えると、兄が静かに私の手を包むように握った。
「……エーリカ、一人きりで辛かったかい?」
「今はもう全て過去のことですから」
兄はいつだって、私に優しい。
とはいえ、前世の分まで心配させたく無かったなあ。
「そうか、お前も誤解されて、勝手な噂を流されて……だからあの時、私に寄り添ってくれたのか」
「他人事じゃなくて、見ていられなかっただけですよ」
オーギュストは静かに問いかけてきた。
あの時は、私よりずっと小さな子供があんな醜聞に傷つけられてるのが本当に嫌だった。
「お前を殺した奴の特徴を教えろ。異世界だろうとなんだろうと裁いてやろう。俺が直々に呪殺してやる」
「けっこうです、クラウス様」
クラウスには、淡々とした態度で世界を超えての呪殺を持ちかけられた。
そんなことできるんだろうか? いやクラウスならできそうだな。
クロエは今ひとつ飲み込み切れていないようだった。
ベアトリスは神妙な顔で聞いていた。
「さて、ここからが本題です。転生後のこの世界で、私が前世記憶に覚醒してからの話になります」
まず、この世界が前世でプレイしていたゲーム「リベル・モンストロルム」に限りなく近い世界だと気がついたこと。
私はその物語の主人公と攻略対象の名をすべて公開する。
攻略対象とされた人物たちとクロエは、皆困惑の表情を浮かべた。
さらに、自分自身が「リベル・モンストロルム」の中で必ず死んでしまうこと。
知っているのは七つの物語のうち、クラウス・オーギュスト・そしてハロルドの物語の途中までであること。
その記憶を元に、私が破滅への道を回避するために奮闘したこと──
アウレリア〈来航者の遺跡〉での冒険と西の祖神ブレンダンの秘密と黒獣ザラタンとの戦い。
イグニシア〈伝令の島〉での大混乱と南の天使ペスティレンスとの戦いと契約。
交易都市ノットリードであった詐欺事件の顛末と、遺跡の事故で発生した〈炎の剣〉。
魔法学園での七不思議探索と、死を貪り喰らう者との戦い。
そして氷銀鉱の剣・北の狼ホレとの出会い・万霊節でのウトファル修道騎士団との戦いと、ウルス辺境伯との顛末。
どこまで信じてもらえるかわからないが、なるべく淡々と正直に話す。
「私のお話はこれで終わりです」
「僕の想像以上じゃないか。僕は、学園内での事件の情報を君が占有しているとは思っていたのだけど……。弱ったな……ずっと君を危険から遠ざけているつもりだったのに、守られていたのは僕らだったんだね……」
エドアルトお兄様から抱きしめられた。
長く語っていた疲れのせいもあるけど、体からいろんな力が抜けてしまう。
兄から離れてすぐに、足元を引っ張られる感覚がしたので、下を見る。
ティルナノグが出番を待っていた。
『ここからは俺も会話に混ざってよいのか?』
「ええ、ティル」
事前にティルと打ち合わせた通りに、皆に信用してもらうため肥大化してもらうことにした。
星鉄鋼の鎧を解除すると、部屋にギリギリ収まる高さの黒い有角竜があらわれる。
「異常なくらい出来の良いゴーレムだと思ってたけど、そんな、まさか……!」
それまで深刻な表情だったエドアルトお兄様の頬が紅潮していた。
目をキラキラと輝かせて、幼い少年そのものといった表情だ。
「そう……エーリカはその……彼と何年も……蜜月を」
「エドの執着具合から実存性は高いと思っていたが、まさかお目にかかれる日が来るとはね。実に素晴らしい」
「この鎧に覆われた形態、なんだか親近感が湧きます」
お兄様だけでなく、ブラドとアクトリアス先生もティルナノグを囲んでいた。
三人とも童心にかえったような様子だ。
エドアルトお兄様の親友なだけあって、みんな同類なんだろうな。
……さっきまでの深刻な雰囲気は一体、どこへ行ってしまったんだろう。
でも、目の前に伝説が現れたら仕方がないか。
『うむ! 侏儒どもよ、俺をもっと褒め称えるが良いぞ!』
ティルナノグは上機嫌で尻尾をふりふりしている。
兄は立板に水とばかりに賛美の言葉を彼に注いでいた。
「ああ、どうしよう、クロード捕獲のためなら死も厭わないつもりだったけど」
兄がトンデモないことを言い始めた。
やめてくださいお兄様、そんな自己犠牲的な生き方なんて似合いませんよ!
「私にあんなことを言った後にその言葉は何なんだね? ぜんぜん主義が一貫してないじゃないか!」
「それ! そういうところだよ、エドアルト!」
「あはは、二人とも顔が怖いって!」
アクトリアス先生とブラドが、二人してお兄様に詰め寄る。
「でも、世界がこんなに素敵な秘密を隠しているのなら、僕はなにがなんでも生き残ろうと思う」
わあ、とてもポジティブ。
流石、エドアルトお兄様です。
とってもお兄様らしくて安心してしまう。
「ねえ、ブラド、君もそう思うだろう?」
「まったく君と言う男はぜんぜん変わってないな」
ブラドが肩を竦めると、その肩をアクトリアス先生がポンポンと叩いて笑う。
そんな二人からするりと離れて、兄はティルナノグの首の真下に立った。
「我らがティルナノグ。祖先の行った非礼と蛮行を改めて謝罪させてください」
『俺はエーリカと友になった。全ての過去は遠い星の光のようなものだ。謝罪などという退屈なものはもう必要ない』
ティルナノグが前足をエドアルトお兄様に差し出す。
一瞬呆然とした後に兄はそれに手を重ねた。
『今の俺には、これで十分だ、エドアルト』
ティルナノグは満足そうに牙を見せて笑った。
兄も瞳から星がこぼれそうな笑顔を浮かべたのだった。
☆
前肢握手後、二人の友人が兄をティルナノグから引き剥がした。
兄がようやく落ち着きを取り戻すと、質問会が始まった。
「では皆さま、私に質問があればどうぞ」
まずはクラウスが挙手する。
「そこまで状況が読めていたのなら、父や兄、せめて俺に頼ることは考えなかったのか?」
「前世の死因のせいか、当時はまだ人間不信気味だったんですよ」
「……っ! そうか、それは無理もないな……」
「それに、仮にあの時、〈来航者の遺跡〉でクラウス様に前世の話をしたとして、聞く余裕はありましたか?」
「ない、だろうな……その上、俺はお前がお前の父に頼る道すらも絶ってしまっていた。すまなかったな」
クラウスは頭を下げた。
たしかに彼が最初に迷宮幻影化までかけて遺跡に向かわなければ、あの時は父に頼れただろう。
しかし、そのお陰で生き残ったとも言う。
あの夜にティルナノグに出会い、蘇生させていなければどうなっただろうか。
まず〈伝令の島〉での大混乱の最中、オーギュストを見失っていた。
そこでつまづくと、以降全てが詰んでしまう。
次にオーギュストが私に問いかける。
「その……私と融合するかもしれなかった天使は……元気なのか?」
「ええ、契約の獣としての使命は破棄してしまいましたが、今も天使として顕現なさってます」
オーギュストは胸に手を当てて俯く。
「もしかして、その忘却の理のせいで私が覚えていないだけで、エーリカの側には天使様もいるのか?」
「ええ、すぐ近くに……」
「にゃーん! にゃーん!」
いつの間にかオーギュストの膝の上に移動していたパリューグが、首を横に振っている。
そう、今回私はこの天使の説得に失敗して、彼女のお披露目は不許可なのである。
「めんどくさい方なので、今はまだ。でも、いずれ必ず会える日が来ますよ。天使様は今もあなたを見守っていますので」
「そうか。まだ見守ってくれているのか」
いくつもの滴が彼の頬を伝っていく。
「ごめん……ごめんな、なんだか涙が止まんなくなっちゃってな……」
本当ならご当人が膝の上にいることを教えてあげたい。
でも、当人が嫌がっているので無理強いできないんだよなあ。
「はい!」
次に、待ち切れなさそうにハロルドが大袈裟に挙手して立ち上がった。
「俺を助けにノットリードまでわざわざ来たの? 八歳の時に?」
「偶々そちらにいく機会があったので、有効利用したのよ」
「じゃ、なんで店が一発でわかったのさ」
「単にトリシアおすすめのお店に行っただけなのよ」
「はあ〜〜? 偶然なの?」
ハロルドはアーモンド型の目を、思いっきり目を丸くした。
「でもさすがに、兄貴のこととか、俺たちの短杖の適性のこととか、磁器とか、《炎の魔剣》をどうにかできたのは、お話にヒントがあったからだよね?」
「いいえ、全然かすってもいなかったわ。終わってみれば本当に幸運だったわよね。上手く行ってよかったわ」
「綱渡りにも程があるじゃん! 今頃になって怖くなってきたよ!」
ハロルドは力が抜けたように腰を下ろし、天を仰いで顔を覆った。
まだシナリオの途中だったんだから、仕方ないよ。
特にギルベルトの件なんて、オーギュストが広域感応能力に覚醒してないと出会ってすらいなかったはずだ。
次におそらくずっと待っていたであろうハーランの質問を受ける。
「アウレリアの幻獣をこの目で見るまでは半信半疑だったんですが、あなたのお話どおりなら、我らのホレ神も確かにいるのですね?」
「ええ。ただ今この場所で呼び出すことはできません。呪符の管理はクラウス様なのですが……」
クラウスに視線を移すと、彼は頷いた。
「ああ、今ハーファンで解析中だが、今すぐにでも手元に呼び戻すとしよう」
「それはつまり、捕獲さえ成功すれば、クロード様を救うことができる、ということですね……?」
ハーランの瞳に希望が灯るのが見えた。
「ああ」
「ええ、よろしくお願いします、クラウス様」
ハーランがクラウスに深々とお辞儀する。
人工精霊ホレは、ハーランにとっても救い以外の何者でもないだろう。
あの、のほほ〜〜〜〜んとしたホレくんにも、頑張ってもらわなければ。
最低でも、誰かが犠牲になってクロードを救うなんてのは、絶対回避しなければならない。
そうして、ほぼ質問に応え終わったタイミングで声が上がった。
「あ、あの、私もどうしてもお伝えしなければならないことがあるんです! 少しだけお時間よろしいでしょうか?」
今まで静かにしていたベアトリスがすっと立ち上がり、部屋の中央部に立った。
「大昔のハーファンが二女王制の国だったことは、皆さんご存知でしょうか?」
ルーカンラントが二王制の国だったのと同様に、ハーファンも二王制の国だったんだ。
しかも女王?
「二つの血族は血を決して交えず、歴代の女王を輩出していました。ところが九百年ほど前、理由はまったく不明なのですが、片方の血族が王権を捨てて臣下に下った……その血族の最後の生き残りがウィント家であり、私なんです」
つまりウィント家はハーファン王家に比肩する血筋ってこと?
もしかして大昔ならアンとベアトリスの二人がハーファン女王なのか。
「クラウス様はご存知ですよね……?」
ベアトリスがクラウスに話をふった。
「ああ、一応そのことは知ってはいた」
クラウスがちらりとハーランを見る。
「だからハーラン卿はそれを折り込み済みで誘拐したのだと思っていたが、違うのか?」
「そのような厄介な家のご令嬢だったらもっと別の方法で……いや、今ハーファンとの戦争はマズいですね。知っていれば他の人を選びますよ」
ベアトリスはさらに説明を続ける。
「王権を失った後でも、ウィント家当主はある特権を持ちます。まず、すべての魔法塔への常時接続権限。そして過去一度でも魔法塔に接続したことのある対象への制約の行使権限」
制約というのは、対象自身に危害を与えない範囲内で、行動を制御する魔法なのだそうだ。
通常ならば、魔法抵抗に阻まれて、ごく簡単な命令しか与えることができない。
しかし、魔法塔の魔力を使えば、どんな魔法抵抗だって貫通してしまう。
なかなか強烈な権限だ。
女王の名にふさわしい力。
でも、この気弱そうなベアトリスが女王様なんて、違和感すごい。
「で、そのウィント家の本来の役目とは……そのですね」
ベアトリスが言い淀む。
「い、因果干渉なんです。人を盤上遊戯の駒として見立てた指し手となる。これがウィント家の使命です」
ドロレス・ウィントが七回の未来視を行った理由がこれなのだろうか?
というか、ベアトリスがこの場で告白しなきゃいけない理由はつまり──。
「仲間や敵を問わずに、時には親兄弟、あるいは自分も手駒にし、勝利条件を満たす。そして私たちの勝利条件はハーファンの存続であり、それは七百八十四年前からイグニシアを宗主とする連合王国の存続を意味しています」
ハーファン王家は表舞台と裏舞台に分かれて一族の存続をかけた。
クラウスが表の王、ベアトリスが裏の差し手になるわけね。
「歴史の人物の不可解な行動の多くは、ウィント家の干渉です。今夜のお話を聞いたところ、クロード様の行動とエーリカ様の前世記憶が疑わしいですね。転生前に情報を与えるなんて前代未聞なのですが、それが可能かもしれない人物がいます」
ものすごく言いにくそうに、ベアトリスは言葉を続けた。
「それは、私の叔母である、ドロレス・ウィントです」
なるほどね。
やはり彼女が私に深く関係していたわけだ。
彼女がなんらかの方法で、私の世界に自分の世界の情報を与えた。
「君の叔母上はもうかなり前に亡くなっているはずではないかな? というかなぜ君が彼女のことを?」
兄が問うと、ベアトリスは無言で古びた教本を取り出した。
この本、どこかで見たことがあるような。
どこで見たんだろう?
教本が開かれると、その本の上に見慣れた貌の手のひらサイズの小人が現れた。
「嫌だわ。愚図ばかりが揃っているようね」
ドロレスだ。
本の上に、ドロレスがいる!
「うわぁ、ここの人工精霊とそっくりじゃないですか……」
ハーランが嫌そうに呟くと、ベアトリスはすぐさま本を閉じた。
「この子は私への情報伝達や指導に特化した人工精霊で、子供の頃からの遊び相手でもありました」
わずかながらも未来視ができるのは、幼い頃からの鍛錬だということだった。
使用人の子として育ちながら貴族の子供に比べて遜色ない魔力を持っていたのは、そういう事情のせいらしい。
「この本は私の宝物なんです。だから、あの時はありがとうございました、エーリカ様」
「……?」
あれ、なんかしたっけ、私?
「この本が踏みつけられそうになった時に声を上げてくれましたよね」
思い出した。
ハイアルンと決闘裁判することになった時のだ。
「それって、あの時の本だったの?」
「はい、他の人が私のために、あんな風に怒ってくれたのなんて初めてで、本当に嬉しかったです」
私としては勢いで怒っただけだ。
だから、そんな風に感謝されると少し困ってしまう。
「この件には叔母が絡んでいるという確信があります。エーリカ様、どうかお許しください」
「いいのよ、それが本当なら叔母さまのおかげで私は生きていられるわけだもの」
「でも、あなたに誰より危険で過酷な人生を強いてしまったのですから……!」
ベアトリスは深く頭を垂れた。
「まあまあまあ、お嬢さん。それを言ったら俺なんて、ここにいる方々に一生謝っても足りませんから」
ハーランは自嘲的に笑った。
でも、声の調子がどこかしら明るい。
「しかしまあ、なんてことですかね。これは本当に偶然なんですか?」
「どういうことですか、ハーラン卿?」
兄がハーランの言葉に尋ね返す。
「だって、まず、この場にはギガンティアの正統後継者がいるわけでしょう」
アクトリアス先生は頭を掻き、照れ臭そうに笑った。
「どうも。皆さんも、祖国の有事の際にはご協力をよろしくお願いします」
アクトリアス先生はこんな時でもコネを繋いでいた。
たくましいな。
「歴史の裏から因果を操る一族の末裔なんて、恐ろしい魔法使いまでいて」
「すみません、すみません、すみません、どうかお許しください……っ」
ベアトリスの平謝りが加速した。
北の人はさらっと東の魔法使いに厳しいな。
「全ての元凶であるところの、狂王の器もいる」
ブラドは、何も言わずにただ瞳を閉じる。
「エーリカ様は異世界からの転生者、でしたよね」
「ええ、この世界で生き延びるために、七年ほど必死で足掻いてきました」
なるべく爽やかに答えてみた。
必死なのは真実だ。
「あなたのお陰で秘密裏に血啜りの暗躍が防がれていて……金狼を解呪することのできる北のホレだけでなく、強力な西のザラタンと南のペスティレンスまでいる上に、実存が疑われていた伝説の氷銀鉱の剣がそこらへんに適当に刺さってる……?」
ハーランは深いため息を吐いた。
「しかも、なぜか皆さん、この状況に納得して、順応していらっしゃる……?」
「ええ、僕は幻獣の実在を夢見ていましたからね。それに妹が転生者である可能性は幼い頃に見抜いていました。それに、エルリックのことは本人から聞いて知っていました。ただ、ブラドについては僕が考えていた以上に深刻でしたが」
エドアルトお兄様は複雑そうな表情で答える。
うわあ、やっぱりお兄様にはバレていたか。
いつからだろう。
後で詳しく聞いておこうっと。
「ああ、俺も十歳の時には西の幻獣と戦った。エドアルトに連れ回されて古い血啜りとも何回か殺り合った。だから今更なにが起ころうと驚くことなど無い」
クラウスはティルナノグを指差しながら肯定した。
しかしお兄様、クラウスをそんなことに引き摺り込んでいたなんて初耳ですよ。
「納得せざるを得ないような教育を受けたからな。今なら全部腑に落ちてしまうんだ」
天使に面倒を見られて、狂王の器に教育されたオーギュストだ。
飲み込まざるを得ないのだろう。
「ずっと知りたかったことだからね。わからなかった部分は乙女ゲームくらいかも」
クロエは眉間にシワを寄せて答えた。
実際、お兄さんの探索やら怪奇やら吸血鬼やらで忙しくて、いつ恋愛が発生するんだって感じだよね。
「でも他の部分は理にかなっているし、特に気にするような問題じゃないよね?」
クロエはさらっと受け入れていた。
つ、強いなあ。
そんな中で、ハロルドが心外そうに声を上げた。
「いやいやいや、俺は驚いてますよ! もっと言えば、ハーラン卿があなただってのにまだ驚いてますからね!」
「怪人物って話は単なる噂なんですがね。俺はいたって平凡な愚物です」
そうそう、ハーラン・スレイソン自身が大駒だった。
得体の知れない凶暴な人物と噂されていた彼は、今しれっとした顔をして一番の常識人のポジションにいる。
私なんて八歳の頃から怯えてたのに、そんなに柔らかく微笑まれても困る。
「しかし、ですね。本当に感謝しかありませんよ」
ハーランの瞳がギラリと光る。
昨晩の疲れ切った表情はすっかり隠れて、彼の瞳にも荒々しい生気が戻ってきた。
「これで金狼、そして裏で糸を引く血啜りどもに対する強力な手札が、エーリカ様のおかげで揃った訳ですよ?」
その言葉に皆がハッとした顔をしたのだった。




