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洞窟城の狼1

 眼下では魔法のイルミネーションで街がキラキラと輝き、頭上には秋の星空が澄んだ空気でキラキラと瞬いている。


 リーンデースの夜空に、光の虹が架かった。

 その正体は飛行ゴーレムからばらまかれた氷の粒だ。

 もちろんただの氷ではなく、錬金炉で抽出された発光効果を溶け込ませた特殊な液体を凍らせてある。


 黄金に輝く十本の虹に、祭の観客たちは拍手喝采だ。


「これ……綺麗だね、エーリカさん!」

「そうね、クロエさん」


 その飛行ゴーレムの一体だけが、規定の着地場所を通り過ぎて、北に向かっていた。

 私とクロエの乗るトリシア謹製の飛行ゴーレムだ。


「エーリカさんはあの人たちって何人くらい会った?」

「二十人ほど。最後に廃墟に引き寄せてから、瓦礫とワームで埋めてきたわ」

「そっか、二十人もいたんだ……」


 私の動きが悪目立ちしたせいで、人寄せになったんだろうな。


「私は五人ほど拘束してきたよ」

「全員拘束?」

「放置すると自死しそうだなあって思って……」


 丁寧に拘束していたのはそういうことか。

 まあ、適当に放り出すことも出来ないし、適切な処理なのかも。


「ねえ、エーリカさん」


 しばらくの沈黙のあと、クロエが呼びかけてきた。


「……こんなことになっちゃったのは、私のせいなのかな」


 ──私とベアトリスが友達だったから。

 クロエの声が、風に紛れて消えていった。


「あなたのせいじゃないわ。こんなことになったのは、攫った輩の都合でしかないもの」


 その証拠に、原作ゲームでは衣装を盗んだ私が攫われている。

 つまりクロエとの親密度はまったく関係ないのである。


「そっか……だと、いいなあ……」

「あなたとベアトリスは何も悪くない」


 私がもっと気をつけていれば良かったのだろう、とは思う。

 ティルナノグの警護をあの時もつけていれば──


「私、誰かといるのが少しだけ怖いんだ。またこんなことが起きて」


 クロエからすると、八年前の事件があって、またこんな事件が起こってしまった、という思いなんだろうな。

 どちらもクロエが悪いわけではないのに。


「みんな私の側からいなくなっちゃうのは、私が悪い子だからじゃないかなって」


 クロエの欲しい言葉を、誰かが今ここで、言ってあげればいいのに。

 彼女の不安を拭う最適な言葉を、最適な誰かが。


 空の上は人手不足で、ヒーローが不在だ。

 仕方ないから、私の伝えられる限りの言葉を彼女に伝えておこう。


「悪いとか良いとは分からないけれどね。例えばそうね、巨大ゴーレムや吸血鬼と肉弾戦できる子とか」


 私は後ろを振り返って、笑いかける。

 ロマンスからはほど遠い実力の評価くらいしか、私には出来ないけれど。


「林檎食い大会で優勝できる子とか、私、そんな女の子見たことなかったわ」


 こんな言葉でもクロエにとってないよりはマシだといいなあ。

 クロエは困り顔で笑った。


「それって単にお転婆とかじゃじゃ馬ってことじゃないかな」

「そうかしら。とっても素敵なのに」


 良いと思うんだけどなあ、ど根性の女子。


「白色ワームも美味しそうに食べるし」

「あの、それ、私の食い意地が張ってるだけだから!」


 好き嫌いがないのは美徳じゃないですか。


「不審者を適切に拘束できる子とか?」

「それにはちょっと自信があるけど……」


 すごいな、拘束に自信があるのか。

 なかなか出来ることじゃないね。


「じゃあね──」


 それから「私の考えるクロエの良いところ」を上げてはダメ出しをされ続けた。

 クロエの声が徐々に明るくなり、表情では分り難いけど笑ってくれているみたいだ。

 良かった。

 少しは気が紛れただろうか。


 そうして会話が一旦途切れたタイミングで、クロエが叫んだ。


「エーリカさん!」

「なに?」

「そろそろ、見えてきたよ!」


 目的地、北の旧砦が目前に現れた。

 過去において東と北の衝突があるたびに使われていたという歴史ある旧砦。


 それは、自然物と人工物が癒合したような奇妙な外観をしていた。

 崖に張り付くように作られ、内部で天然の洞窟と繋がった城砦──洞窟城だ。


「そろそろ下降のための準備をしないと──」

「エーリカさん! 伏せて!」


 クロエが飛行ゴーレムの背中伝いに私の前まで走ってくる。

 私の目前でクロエが雪銀鉱の長剣を抜いた。

 雪銀の軌跡が虚空に閃く。

 見えない何かと刃がぶつかって、火花が散っている。


 斬りつけられたそれらが、私の座席にも転がり込んできた。

 それは、まっ二つに斬り裂かれた、銃弾だった。


 銃は、イクテュエス大陸では広まらなかった武器だ。

 連射性や汎用性に優れた短杖(ワンド)が、銃より先に存在したからだと言われている。

 一部では残っているらしいと知っていたが、実物は初めて見た。

 しかも、この弾丸の素材って、もしかして……雪銀鉱?


 この暗闇の中、私とクロエを長距離狙撃している敵が城砦のどこかにいる。

 無人のはずの城砦からの、魔法無効化金属を利用しての狙撃。

 魔法の使い手を絶対殺す気の攻撃じゃないか。


「ねえ、エーリカさん! 飛行ゴーレムの軌道、変えられるかな? 機体ごと避けられる?」

「ゴーレムって実行中に細かく弄れないの。だから、避けられないわ」

「じゃあ着地は?」


 クロエが剣で弾丸を斬りつけながら、ツッコミを入れた。


「砦に突撃することになると思うわ」

「……このままだと、城砦のど真ん中に激突しちゃうよね?」


 乗り物のような見た目になっているが、所詮はゴーレムなのである。

 飛行機みたいにパイロットが操縦して着陸するモノじゃない。

 ではどうするか。


「突撃直前に飛び移りるしかないと思うわ」

「そ、そうなんだ……! そっか、仕方ないよね……」


 あとは覚悟を決めて、タイミングよく跳ぶしかない。

 私もけっこうドキドキしてきた。


 飛行ゴーレムは、緩やかに下降に移る。

 速度を緩めないゴーレムに気づき、人影が逃げ惑うのが見える。

 私たちは、そのまま城砦に向かって落ちていった。


       ☆


 ティルナノグを抱えた私とクロエは、それぞれ旧砦の最上階のベランダ部分に飛び移った。


 その直後、ゴーレムの巨体が砦に突き刺さる。

 石材が砕け、土煙が立ち上る。

 地震のように建物がぐらぐらと揺れ、私は思わずティルナノグにしがみついた。


 砦の中央には見るも無惨なクレーターができていた。

 その大穴の中央に、半壊した飛行ゴーレムが鎮座している形だ。


 飛行ゴーレムの頭部から、ちょうど私の座席までがぐちゃぐちゃになっていた。

 あれ……これ、すごくギリギリだったのでは……!?


「クロエさん、大丈夫? 私は無傷よ」

「私も無傷だけど……」


 クロエは雪銀鉱の剣を構えた。


「早々に侵入者に気がついた何かが来たみたい」


 何か、か。

 来るのは、人だろうか、それとも獣だろうか。


 どちらにせよ、迎撃しても問題ないだろう。


 私は銃による狙撃対策に霧のゴーレムを起動する。

 凝結の盾の一枚一枚は物理的な氷の盾だから、雪銀鉱の弾丸に対しても多少は役に立つだろう。


 そうして、私たちはベランダから内部に侵入した。


「エーリカさん、気をつけて。多分、とても強いよ」


 内部は幅広い通路になっていた。

 通路の反対側には、暗褐色のフード姿の男が二人、静かに佇んでいた。


 一人は二メートルを越える身長で、隆々たる筋肉を持った巨躯の男。

 その男は、水の流れを思わせる流麗な動作で、音もなく大剣を抜く。


 もう一人は、中肉中背の、普通の男。

 右手には拳銃、左手には錬金術師の手袋をはめ、短杖を構えていた。

 造りや素材から考えて、魔弾(マジックミサイル)の杖だ。


 剣士や狙撃手だけじゃなくて錬金術師もいるのか。

 この人たち、本当に手段を選ばないみたいだ。


「鎚に打たれる土器のごとく砕かれ、風の前の塵がごとく吹き散らされるとも」

「我らが骨は後に来る者のための礎とならん」

「我ら刃を恐れず、我ら火を恐れず、我ら死を恐れず」

「全ては神の企てなればなり」


 二人の男は、聖句を斉唱した。

 ルーカンラントで好まれる外典の聖句だ。


「来たるべき日に、何人も立つべからず。諸人ただ臥して時を待つべし」


 巨体から想像できないような早さで、巨漢が疾駆してくる。

 即座にクロエが反応し、巨漢と切り結ぶ。


 同時に、私の目の前で、凝結の盾(コンデンセイションシールド)が展開された。

 魔弾か銃弾かは分からないが、近接戦闘を行っている二人の向こう側から私を狙っている。


(おおっ、ハイアルン先輩、ありがとうございます! ってそれどころじゃないぞ、これ)


 湾曲した軌道で迫る魔弾が、次々に氷の盾と相殺していく。

 時々織り交ぜられた雪銀鉱の銃弾が、氷の盾に食い込んでギリギリで止まる。


 普通の錬金術師だったら、連続射撃に反応できなくて詰んでいた。

 普通の魔法使いでも、雪銀鉱に魔法防御を破壊されて、魔弾に貫かれていた。

 かなり厄介な複合技だ。


 なるべく安全に、この相手から逃れるにはどうすればいいか。


(……そうか……)


 今夜、散々やってきたやり方を試そう。

 私は再び掘削(ディッギング)の杖を構える。


 まず、呪文の構成を変更する。

 深く深く、地下四十メートル程度まで掘り進むように。

 石床をも貫く貫通力に。

 直径はこの通路の広さギリギリまで。

 そして、とにかく高速起動だ。


 銃と短杖の男は足元に現れた魔法陣に気がついたようだが、その時にはもう遅い。

 すぐさま銃を下に向けたが、魔法の発動はそれよりもさらに早かった。


 すうっと足元に直径三メートルほどの穴が空く。

 どんなに身体能力が高くても、足場がなければどうしようもない。


 虚をつかれた男は、叫ぶことすらできずに穴へ落下していった。

 ルーカンラントの人なら十分に這い上がれる距離だろうけど、時間稼ぎはできた。


『さすがだな、エーリカ』

「こちらは片付いたし、クロエさんの援護に行きましょうか」

『うむ!』


 すぐさまクロエの援護に入る。

 クロエと巨漢は、鍔迫り合いの最中だった。

 わずかにクロエの方が押されている。


「クロエさん、退いて!」


 叫ぶと同時に、掘削(ディッギング)の杖を振るう。

 すぐさまクロエは跳躍し、巨漢から距離を取る。

 その瞬間、石床に穴があいた。


「………っっ!!!!!」


 クロエが避けたことでたたらを踏んでいた巨漢は、避けることもできなかった。

 巨漢はそのまま音も無く落ちて行った。


「ありがとう、エーリカさん! それ、すごく便利だね」

「うーん、普通はこんなふうには使わないんだけどね……」


 短杖拡張(ワンドオルタレーション)しなければ、普通の穴堀魔法だもの。

 メイン用途は、遺跡からの脱出とか鉱山探索だし。


「穴だらけにしたら城が崩落しかねないから、あんまり何度も使えないわ」

「そうだね。まだベアトリスの居場所も分からないし、崩れたら大変だよね」


 私は次の戦闘に備えて、充填が空になった杖を鞄にしまい込む。

 新たな杖を手袋に仕込みながら、ベアトリス探索に使えそうなアイテムに気がついた。


「ベアトリスの居場所なら、すぐに見つけられるかもしれないわ」


 私はクロエに壜に入った薄紫のレンズを見せた。


「あ〜! あの時のだね?」

「ええ」


 天界の眼(アイズオブオーバーワールド)だ。

 障害物を透過して生物の居場所を感知できる。

 この洞窟城みたいな場所の攻略にぴったりじゃないかな。

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