表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/216

魔の万霊節5

 ゴーレム工房横の路地にティルナノグが入り込む。

 私はティルナノグの手の中から跳躍(リープ)を使って飛び降りた。


 ティルナノグの装甲が鱗のように剥がれて、再び小さな鉄の甲冑の形に戻る。

 元の大きさに縮んだティルナノグ本体が、甲冑にするっと入り込む。

 いつもの小さなティルナノグに変形完了である。


『うむ、うまく撒けたようだな』

「ありがとう、ティル」


 ティルナノグの頭の上に飛び乗ったゴールドベリから、オーギュストの声が響く。


「しかし奴ら、治癒能力があるから全然減らないなー」

「流石ルーカンラントですね。そろそろ戦い方変えないと、対策取られそうですよね」


 とは言ったものの、別の戦い方などそうそうに思い浮かばない。


「クラウスに相談したら、足止めしておけばいいだろうって、提案してるぜ」

「……会談中に相談なんて大丈夫なんですか?」

「精神感応による会話を試してみたんだ。こう足を接触させて」


 会談中に足を絡めているなんて、怪しい誤解をされてしまうのでは?

 オーギュストとクラウスに大変なことをやらせてしまっている気がする。


「よく分からんが、そんな雑魚どもはとっとと動きを封じてしまえ、だそうだ」

「私には雑魚じゃないですよ! この難敵どうすればいいんですか!」

「落とし穴や生き埋めなら得意だろうって……いや、クラウス、それ仮にも女の子に言う言葉じゃないぜ」

「なるほど……生き埋めですか」


 普通の相手ならともかく、ルーカンラントの剣士にそれは有効なのかな。

 落とし穴を魔法で蓋をしても、雪銀鉱の剣の使い手ならすぐに這い出してきそうだ。

 そもそも、物質生成ではあまり長く保たないし、何で塞げばいいのか?


「……もしかしたらアレが最適かも?」


 とてもえげつない足止めを思いついた。

 まだあの変異種の褐色ワームをティルナノグは持っているだろうか。


「ねえ、ティル。あの洞窟で採集した褐色ワームってもう食べちゃった?」

『一匹食べた後に、少しだけ増やしたのだが、これがどうかしたのか?』


 ティルナノグがごそりと鎧の内側から、小壜を取り出す。

 小壜の中にはそれなりの四、五匹のワームが浮かんでいた。

 少々酷いことになるが、洞窟じゃないからまだ安全だろうし、やっちゃおうかな。


「いい案が浮かびました。不審者たちを交渉材料として捕らえてみせますよ、オーギュスト様」

「それはいいな。こちらも随分楽になるぜ」

「その代わり、(グリース)の呪文が使える魔法使いを四、五人こちらへ向かわせてください」


 そういってワーム入りの壜をゴールドベリに見せつける。


「これは……! 容赦がないな、エーリカ……!」


 毒耐性、火耐性、物理耐性を持ち、催眠攻撃を仕掛けてくる恐怖のワームだ。

 廃屋でコレを増殖させてから、建物ごと破壊すれば……よし、いける!


「それでは、ほどよい廃墟を見繕ろっていただけますか、オーギュスト様」


 準備は万端、仕上げを御覧じろ。

 ルーカンラントの人たちも未体験な恐怖の罠を作ってみよう。


      ☆


「エーリカ、ここから大通りを二つほど抜けたところに古い礼拝堂跡地が見つかったぜ。一か月後に取り壊しする予定の建造物だったかな。まわりも空き地だ」

「理想的な立地ですね」


 これで被害を最小限に抑えつつ、思う存分やれる。


「それに散らばっていた剣士たちも集まってきた」

「巨大ゴーレムがいきなり消えた時点で、彼らに小細工がばれたのでしょうね」


 ここからは、紛れ込む人ごみもない、閑散とした地域だ。

 目的の廃墟にたどり着く。

 礼拝堂に隣接して、高い鐘楼を持つ廃墟だった。

 彼らにとって、今や私は袋の鼠も同然だろう。


 通り抜け(パスウォール)巻物(スクロール)を使って、するりと鐘楼に入り込む。

 まず、私は浮遊(レビテート)を使って最上階まで上昇する。


 最上階に着くと鞄から魔力補充の水薬入り壜を二十本ほどあけて、部屋中に撒いておく。

 最後の仕上げに、褐色ワームを部屋に放った。

 ワームが沸き立つように増殖するのを確認して、私は屋根の上まで退避する。


「正面から七人ほど、裏口から五人、屋根伝いに八人の追っ手が来たぜ」


 オーギュストから共有された視野で、彼らが罠にかかったことを知る。

 二十人か。

 まだ隠密行動してるのがいそうだな。

 もっと捕まえられたらいいんだけど、今はこれが精一杯か。


 私は仕上げの短杖を選んだ。

 それは掘削(ディッギング)の杖だ。


 廃墟をまるまる飲み込めるような大穴になるように、充填した千回分を使い切る。

 地面に巨大な穴が空き、廃墟は大音響を建てながら地面に開いた大穴に崩れ落ちていく。


 石材を覆うように、褐色ワームが増殖していくのが見えた。

 不審者たちが石材から抜け出る頃には、ワーム地獄の出来上がりだ。


 想定通りに、阿鼻叫喚の声が、大穴から響いてきた。

 不審者の足止めは出来たかな。

 よし、これで安心してクロエと合流できそうだ。


 周りを気にしないで、ゆっくりと浮遊状態から屋根に移動して、また目的地を目指す。


 そうしてしばらく走っていると、ゴールドベリ経由でオーギュストが重要情報を伝えてきた。


「エーリカ、怪物じゃないが怪しい奴らが見つかった。学園から出発して、北に向かっている馬車が一つある。リーンデース北部の旧砦に向かうルートだ。ウトファル修道騎士らしい連中と、人が入りそうな箱が乗っている。もしかしてベアトリスを攫ったのはこいつ等の仲間じゃないのか?」

「それは目撃者の見間違いってことでしょうか?」


 銀色の怪物、狼、とヤン・カールソンは証言した。

 しかし、実際は魔法で偽装した人物だったってことだろうか。


「あるいは偽証だろうな」


 ヤン・カールソンの偽証か。

 もしそうだとしたらトリシアやパリューグを現場に残してきて正解だった。

 そういえば、彼はゲーム版のハロルドの代わりにそのポジションにいる人物なのだ。

 ……ただの生徒ではない可能性がある。


「あとは北に連れて行かれるとハーランのせいで手出ししにくくなるから、止めるなら今だぜ?」

「分かりました」


 一度連れ去られると、のらりくらりと時間稼ぎされて致命的なことになるかもしれない。


「それと一回、接続を切る。私のほうが限界が来てしまった。今は探索だけに集中する」

「ありがとうございます、オーギュスト様」


 そして、私はクロエとの約束の待ち合わせ場所に急いだ。


      ☆


 船着き場への道のりは、追っ手がなく安全なものだった。


 クラトヌーヌ川はアルレスカ河とも合流するリーンデースの水運の要所でもある。

 大型打ち上げ花火の飛行ゴーレムの発射場所を通り抜け、進んでいく。


「これでクロエと川辺の探索を……」


 すると枯れ草の広がる川辺で、金属の光が煌めくのが見えた。

 クロエが暗褐色のローブを纏った剣士と剣を交わしている。


 いつの間にかクロエもまた雪銀鉱の剣を手にしていた。

 もしかしたら相手から掠奪したのか。

 さすが、クロエ。


 一見すると、クロエが押されているかのように見えた。

 しかし、次の瞬間、ウトファルの剣士の攻撃のために伸び切った手がぐにゃりと力なく垂れる。

 一瞬の隙をついて利き腕の関節を外したらしい。

 剣を取り落とし、防御できなくなった剣士の顎にクロエの剣の柄が叩き込まれる。


 昏倒した相手の手足の関節をあらぬ方向に曲げ、掠奪した金属製の拘束道具で縛り上げていく。

 関節を外してからの拘束?

 なるほど、その方法なら治癒能力でも復帰できなさそうだよね。


 私はクロエに駆け寄っていく。


「クロエさん! 遅れてごめんなさい!」

「エーリカさん……良かった、無事で……!」


 話を聞くと、クロエはかなり前にここに辿りついていたらしい。

 周辺をいろいろと探ってみたが、誰も発見できなかった。

 さらに、人の多い船着き場にも忍び込んで調べたが特に変わったことはなかった。

 もちろん水辺に浮き上がった死体もない。


「だとするとオーギュスト様の見た馬車が怪しいってことかしら」

「次はそこだね」

「でもここからでは遠すぎて、今から追うのは難しいかもしれないわ」

「じゃあ……ベアトリスは、助けられないってこと……?」


 クロエが絞りだすような声を出した。


 馬車の進行方向はリーンデース北にある旧砦。

 今いるのはリーンデース南を流れるクラトヌーヌ川だ。


 都市ひとつ分また移動しなくてはいけない。

 二十人ほど足止めしたといっても、まだ彼らが潜んでいる可能性が高い。


 ──自分の死に様に縛られすぎて初動を間違ってしまったんだ。


 ゲームでの情報に影響されてしまったことを、私は心から後悔した。


 その時、最後の大仕掛け花火が打ち上がる。

 まるで光の滝のような花火が、夜空に煌めいていた。


 次は飛行ゴーレムでの航空ショーかな。

 たしか飛行ゴーレムはこの学園都市を南から北へ飛行する予定だったっけ?

 ……ああ、まだ手段は残っているじゃないか!


「もしかしたら追跡に飛行ゴーレムが使えるかも。まだ発射する前だし」

「えっ、飛行ゴーレムって二人乗り大丈夫なの?」

「多分ね」


 もう手段は選んでいられない。

 学園都市の空を駆ける飛行ゴーレムを、拝借することにしよう。


       ☆


 私はクロエと、川縁にある木造の建造物に入り込む。


 そこには初級ゴーレム工学の学生が作った機械式飛行型ゴーレムが並んでいた。

 なんとなく天空の城にありそうな人型だ。


 側では見知った赤毛の海賊が、ゴーレムを点検している。

 ハロルドは私たちを見て、素っ頓狂な声を上げた。


「はあ? あんたなんでここにいるのさ!」

「素晴らしいわ、ハロルド。もしかして飛行ゴーレムの発射係ってあなたなのね?」


 なんという幸運だ。

 融通のききそうな相手で本当に良かった。


「何が素晴らしいだよ! どうせ悪いことするつもりなんだろ!」

「流石、ハロルド。鋭いわね」


 私は笑って誤魔化す。

 それから、手短にベアトリス・グラウ誘拐の可能性を伝える。


「マジかよ。そんなんじゃ、嫌って言えないじゃん!!」

「だからね、一体だけ貸して頂戴。こんなこと頼めるの、本当にあなたしかいないの」

「ああ〜、またかよ! あんたはさ、いっつもそうだよね!!」


 ハロルドは頭をぼりぼりと両手で掻きむしる。


「畜生、どうにかしてやりたくなるじゃん! でもさあ製作者ごとにパスワードつけているし、今から解析して弄るのは俺でも時間かかるんだよ!」


 パスワードか。

 それじゃ、無理も言えないか。

 たしかに、トリシアからもらった設計図にそんなことが書いてあったね。

 ……あ、いや、そういえば!


「良かった! トリシアさんのゴーレムなら、設計図がここにあるわ!」


 私は鞄から例の設計図を取り出す。

 ハロルドに渡すと、彼は食い入るように見入った。


「マジかーー……暗号化のロジックとパスワードのヒントあるじゃん! これならどうにかなるかも……ちょっと待ってて!」


 ハロルドはトリシア作製の飛行ゴーレムの飛行処理を変更し始めた。


「目標は?」

「リーンデース北部の旧砦」

「あー、あの山の洞窟前に作られたお城か……ちょーっとだけ時間かかるけどいいよね?」


 ハロルドは手早くアセイミナイフで処理を修正していく。

 取り出した核に幾つかの文字を刻み直す。

 目的地だけでなく形状加工の処理を刻みこんでいるみたいだ。


 作業が終わると、ゴーレムの心臓部に核を戻す。

 熱源を起動すると、ゴーレムの背中がへこんで座席が二つ現れた。


「よし、修正終了! 本当は搭乗用じゃないんだけど一応座席つけておいたから、そこに乗って」


 ハロルドはゴーレムの後部に移動していった。

 私は前部、クロエは後部に乗り込む。


 ついに機械式飛行型ゴーレムを起動した。

 恐ろしいほどの轟音を立ててプロペラ状の部分が回転し始める。


「じゃあ、いくよ! いいかい、お嬢さん方!」


 ハロルドは他の飛行ゴーレムの準備も終えていたらしい。

 発射準備の終わったゴーレムたちから離れ、安全な位置に退避する。


「あんたらの、幸運を祈ってるからな!  ぜぇったい無事で俺の側に帰ってこいよ、エーリカ!」


 機体の振動が一段と激しくなる。

 そうして、飛行型ゴーレムはとんでもないスピードで飛び立ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ