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魔の万霊節4

 祭も佳境に入ったようで、遠くで花火の打ち上げが始まった。


 その最中、私はクロエと一緒に河を目指していた。

 喧噪(けんそう)を脇目に、学園都市を屋根伝いに高速で移動していく。


 巨大な骸骨のゴーレムの横を通り抜けたとき、クロエが私を庇うように前に進み出た。


「……待って!」


 クロエの注視する先に視線を向けた。

 屋根の上を、人影が蠢いている。


 その時、一際大きな花火が、屋根の上に潜んでいた人物を照らした。

 浮かび上がった輪郭の数は五つ。

 全員が暗褐色のフードを目深に被っている。


 彼らが腰から剣を抜く動作が見えた。

 冷たい金属の光が煌めく。

 その輝きは雪銀鉱にとてもよく似ていた。

 ルーカンラントの剣士たち──ウトファル修道騎士か。


「なんで彼ら(・・)が、リーンデースに……?」


 クロエが困惑した声を漏らした。

 彼女は一目で彼らの所属を理解したのだろう。


「血塗れ聖女の件でハーラン卿がリーンデースに訪問中なのよ、クロエさん」

「……なら、今は逃げたほうが良いかな。どう見ても友好的な相手じゃないし」

「ええ、そうね……」

「あそこなら安全だから、一度下りよう。最短距離じゃなくなるけど、足止めされるよりは早いはずだから」


 クロエの視線の先には、大通りの人ごみがあった。

 なるほど。

 ウトファル騎士団所属の異端審問官だとしても、往来で一般人を切り捨てて追跡はしない。

 少なくともイグニシアとハーファンが実質的に統治している自由都市リーンデースにおいて、そんなことが起これば重大な問題になる。


「二手に分かれて、落ち合うのは例の場所でいいかな」

「わかったわ、クロエさん」


 目指す先は、クラトヌーヌ川の船着場だ。

 原作ゲームで、私の水死体が打ち上げられた場所である。


「エーリカさん、足止めをお願いできる? やり過ぎくらいで丁度いいよ」


 そう言って、クロエは身支度をした。

 彼女は雪銀鉱の装身具を熊皮のどこかから取り出して首にかける。


「どれくらいやり過ぎていいのかしら」

「常人なら八回死ぬ程度でも大丈夫。ルーカンラントの剣士なら余裕だから」


 クロエの返事を聞くと同時に、二本の杖を抜く。

 選んだのは水晶塊(クリスタル・クラスター)突風(ガスト)

 あんまり加減が要らないのは気楽だけど、やり過ぎのやり過ぎに注意と心に留める。


 五人全員に向かって、膝を狙って水晶塊を三連射する。

 起点を二十度ずつ、発生を〇.〇五秒ずつずらしてあるので雪銀剣でも全ては迎撃できない。

 骨と骨の間に食い込んで、解呪するまでは動きを阻害するように返しもつけてある。

 魔法無効化の剣と治癒能力を持つ相手でも、かなり厄介だろう。


 見切るのが困難な至近距離生成の水晶塊を、それでも五人中二人は跳躍して回避した。

 私は待機状態にしていた斜め下からの突風で、二人の剣士を更に上空へ吹き飛ばす。


 そうして剣士たちの動きが止まった隙に、私たちは人ごみに混ざり込んだ。

 仮装した人々とパレード用の巨大ゴーレムでごった返す大通りを、軽く跳躍(リープ)をかけながら進む。


「うまく撒けたのかな……?」

「エーリカ……五十メートル前に、お前の攻撃から逃れた奴が一人いるぜ!」


 オーギュストの呟きが聞こえると同時に、ゴールドベリの前脚が私の首筋に触れる。


 一瞬で共有される視覚。

 前方にある巨大なオバケ型のパレードゴーレムの影に、一人の剣士が隠れている姿が流れ込んできた。


「オーギュスト様、ありがとうございます。でも今はベアトリス探索に集中してください!」

「ちゃんとしてるぜ。でもお前が何かに追われているなら手助けだってしないとだろ?」

「確かにありがたいですけど……」


 私は突風(ガスト)の杖を構える。

 竜の視覚を借りて、短杖拡張(ワンドオルタレーション)で剣士の真横に起点を設定し、振った。

 剣士は防ぐ間もなく吹き飛ばされて、通りの一角に積み上げられていた林檎酒(サイダー)の樽に突っ込んだ。


「エーリカ、あいつらはルーカンラントの人間なんだよな?」

「ええ、ウトファル騎士団の人々のようですよ、オーギュスト様」

「……へえ、何を考えているんだろうな、ハーランのヤツは……」

「友好的でないことは確かですね」


 自由都市であるリーンデースで学徒に対して剣を抜くのは、ただ事じゃない。

 私とクロエが屋根伝いに移動していて、どんなに怪しかったとしてもである。


 もしかして、この誘拐事件を起こした怪物と関係しているのだろうか。

 それとも、血塗れ聖女の件の関係者として私とクロエを確保するためだろうか。


「エーリカ、頭上にもいるぜ……!」


 オーギュストの視覚共有で、すぐ側の家の屋根に一人いることに気がつく。

 高低差を考えなければ、たったの十メートルほど。


 彼らの移動力を考えると、とにかく距離を取りたい。

 近付かれたらアウトだ。


 この近距離でどう逃げれば──


 その時、私はパレードに紛れたオバケ姿の化け茸に気がついた。

 化け茸には悪いけど、これは使える手段かも。


「ティル、私の足にしがみついてて! オーギュスト様もゴールベリが私から離れないように!」

『うむ!』

「ああ、わかったぜ!」


 短杖(ワンド)を取り出して、頭上にいる剣士に向かって構えるフリをする。

 私の姿に気がついた剣士は、すぐさま剣を構えて屋根から跳躍した。


 ──来た!


 最小の動きで、場所替え(キャスリング)の杖を振る。


「きゃあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 化け茸の高い叫び声で、後ろを振り返る。

 私がいた場所には、剣を突き刺された化け茸が立っていた。

 叫び声とともに、景色が霞むほどの大量の胞子がまき散らされている。


 剣士は化け茸に深く刺さった剣を引き抜こうとするが、徐々に力なく倒れていった。

 麻痺性の胞子や幻覚性の胞子を思いっきり吸い込んだのだろう。

 いい感じに足止め成功だ。


 それにしても、躊躇なく剣で刺してくるとは。

 刺された位置を見る限り、狙っていたのは私の右肩口辺り。

 殺す気は無さそうだけど、短杖(ワンド)を行使させないために利き手の肩を破壊しようとしたわけだ。

 容赦ないけど、心臓や頭を狙わないだけ良心的かもしれないね。


「こっちの騒ぎに気がついたヤツがいる。ここから北北西、十軒ほど先に一人だ」


 視覚共有で確認して、すぐさま水晶塊の杖で路地の物陰を起点に十発同時起動で狙い撃つ。

 魔法を破壊されるならそれでいいし、すぐさま治癒されるとしてもそれでいい。


 魔法の起点を自分のいる位置からずらしているお陰で、剣士は全然別の方向に進んでいった。

 これで一旦は難を逃れられるだろうか。


「やったな、エーリカ!」

「ありがとうございます、オーギュスト様」

「次はここから南東の通り沿いに二人。十二軒ほど先だ。いや……あと三人、それに七人ほどが恐ろしい速さで集まってきてるぜ!」


 十二人か。

 この都市に潜んでいたルーカンラントの剣士って何人いるんだ。


「しかも全員が雪銀鉱の剣らしきものを所持している。気をつけろ、エーリカ」

「私でも無理かもしれませんね。これは絶対絶命かも」


 このまま白旗をあげて降参するべきだろうか。

 ……いや、まだ方法はあるか。

 私は遠くにみえる骸骨のゴーレムを指差して、足元のティルナノグに問う。


「ティル、ここで肥大化できる? 例えばあの大骸骨くらいの大きさは?」

『ふっ、容易いことだ!』


 今日がお祭りで本当に良かった。

 パレード中に黒竜姿のゴーレムが一体増えたくらい、市民や観光客には瑣末事だろう。


 一旦広めの路地にひっこんで、ティルナノグの拘束を解く合言葉を唱える。


 ティルナノグの星鉄鋼の鎧が鱗状に剥がれ、彼の体は巨大な竜の姿に肥大化していく。

 再び鱗状の星鉄鋼を再び纏ったときには、天を衝くかのような巻き角の黒竜が聳え立って。


「エーリカのゴーレムってなんかこれ……見覚えが……ううっ、頭が……」


 オーギュストもクラウスと同様に〈天使の玄室〉でのこと出来事は思い出せないようだ。

 パリューグの忘却魔法は、なんとか効いているみたいだね。


「アウレリアの伝説由来のザラタンという伝説の獣を模したゴーレムですよ」


 私は言い訳をしながら鞄とゴールドベリを抱える。

 ティルナノグが差し出した掌に乗り、身を隠す。


「さすがにルートをそれたら目立つかな……パレードを抜けたら元の姿にもどってね、ティル」

『うむ。あの十二人をやり過ごしたらだな』


 大通りを巨大なシーツで作られたオバケゴーレムのパレードが通り過ぎる。

 それに続いてティルナノグは大股で歩み始めた。


「わあ〜〜、お母さん、あの竜のゴーレム、強そうでカッコいいね〜〜!!」

「すごーい、いきなり増えたよ!」


 近くにいた小さな子供たちは、大はしゃぎだ。

 ティルナノグは空いている手を振ってサービスしている。


 さて、態勢を整えるなら今のうちだ。

 私は使いきってしまった短杖を収納の手袋から取り出し、鞄の中の充填済みの短杖と交換していく。


「良い感じに十二人が見失っているぜ、エーリカ」

「いきなり巨大化したゴーレムに乗り込んだら見失いますよね」


 とはいえ、パレードのルートから遠い町外れまでこのまま進むことは出来ない。

 そんなことしたら、ティルナノグ対剣士十二人が始まってしまう。


 もちろんティルナノグなら勝てると思うけど、それは避けたい。

 ことが公になって無許可巨大ゴーレム運用の言い訳をするのは、あまりにも厳し過ぎる。

 最悪の場合、ティルナノグの存在が公にバレて大事になってしまう。


「オーギュスト様、彼らは今どこに? 何人くらいが不審者ですか?」

「お前が足止めした奴らも治癒し終わっているな。一旦集結して情報共有してから、二十人以上が動き始めてる」


 オーギュストと共有した視覚で確認する。


「これは怖いですね」

「奴らだって怖いと思うぜ。この群衆の中で、常にどこからか射撃されているんだからな」


 それを可能にしてくれているのは、オーギュストの視覚共有とマーキアさんの小型竜だ。

 空を見上げれば、小さな竜たちがそこかしこに羽ばたいている。


「そういえば、オーギュスト様とクラウス様は今はどんな状況なのですか?」

「こちらはハーランの無理筋な要求と戦っているところだ」


 竜とは別の視覚が共有される。

 これは、オーギュスト自身の視覚か。


 目の前には、一人の男がいた。

 銀糸に縁取られた純白の騎士服と、銀狐の毛皮を豪奢に使った美しい外套を羽織った威風堂々とした姿。


 顔の上半分に狼を模した銀色の仮面を付けた、その人物はウルス辺境伯。

 ──これが、あの、ハーラン・スレイソン。


 色の薄い金色の髪を後ろに撫で付けた、浅黒い肌。

 仮面の下には、どんな顔が隠れているのだろうか。


 しかし、髪や肌の色合いがあのシトロイユに本当によく似ている。

  ……まさかジャック・シトロイユその人じゃないよね……?


 容貌魁偉と噂の怪人物は、まるでこちらを見透かしているように歯を剥き出して、笑う。


「殿下、何も難しいことでないではありませんか。私が求めているのは只一つです」


 低く落ち着いた声だが有無を言わせぬ圧力を皮膚に感じた。

 これはオーギュストの感じている感覚か。

 乾いた喉で(オーギュスト)は答える。


「それには応えられない。リーンデース修道教会設立時の意志に背くことになる」

「地下遺跡へのウトファル修道騎士団常駐の許可を頂ければ、我々こそ平和の礎となりえましょう。それは殿下の望むことであり、学園の果たすべき義務であり、すべての人々の安全の保証になりますのに、何故ですか?」


 吸血鬼対策を言い訳に、自由都市リーンデースに軍事介入したいという主張だ。

 実質支配への第一歩が欲しいってことじゃないですか。

 ここまでで、オーギュスト本体との感覚共有は途切れた。


「酷い干渉ですね。リーンデースは自由都市なのに」

「北は支配的気質が強いから、手元に置きたいんだろう。しばらく押し問答になりそうだぜー」


 ウトファル騎士団と学園都市なんて相性悪すぎるんじゃないかな。

 学問で異端思想調べていたら、いきなり捕まって監禁・拷問とか笑えないですよ。


『エーリカよ、そろそろ〈フラスコ通り〉だぞ』

「ありがとう、ティル」


 巨大黒竜姿のティルナノグのお陰で、大通りは無事に通り抜けきれたようだ。


 さて、人通りの少ない町外れからクラトヌーヌ川の船着き場までの安全なルートを模索しなくては。

 私は祭の喧噪から外れた、灯りの少ない目的地方面を睨んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オーギュストのエーリカなら大丈夫だろうと思っているのだとしても、手助けしてくれるところが個人的にとても好きです。 また、最新話で、この時のことを強烈な思い出として覚えてくれてるオーギュ…
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