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魔の万霊節3

 万霊節の怪物に選ばれたのは、私ではなく、ベアトリス・グラウだった。


 ベアトリスはまだ生きているのか、という疑問が脳裏にチラついて、足元がぐらぐらする。

 彼女が、私の代わりに冷たい河に浮かぶのだろうか。

 いやいやいや、そんなの絶対ダメだ。


 暗い思考を振り切って、私は彼女が生存してるという前提のもと思考を再開する。

 どうすれば、取り戻せるか?

 何が彼女を攫っていったのか?


 まずは、現状確認だ。

 意識が朦朧としているヤンの肩をつかんで揺する。


「ヤン・カールソン、銀色以外に、もっと詳しい特徴は?」

「大きな……狼みたいな……恐ろしいバケモノが……」


 辛うじてヤンはそこまで話してくれたが、またがくりと気を失ってしまった。


 狼か。

 まさか例の金狼王子の犯行なんだろうか。

 しかし、金狼王子はホレくんのような色のはずで、銀色ではない。


 そこで私は、自分の持っている短杖のことを思い出した。

 ──そうだ、あれを使えばいいんだ。


 鞄から過去視(ウルズサイト)の杖を取り出す。

 充塡してすぐに、これに頼ることになるなんてね。


 まずは過去視(ウルズサイト)の杖を五回振る。

 五つの白い魔法陣は舞台裏に広がってから、再び私の目に収束した。


 私の現在の視覚に重なって、ベアトリスが見えた。

 いや、ベアトリスだけじゃない、まるでテレビのノイズの塊のような銀色の塊が見える。


 その銀色のノイズの塊たちが、背後からベアトリスを襲い、そして取り込み(・・・・)、彼女の姿までノイズに覆われた。


 ──どういうことだ!?


 それから、さらに過去視を繰り返したが、結果は同じ。


 ヤンがベアトリスに話しかける。

 二人が相談をしているところに、銀色のノイズが乱入する。

 ヤンが殴られて、ベアトリスが攫われていった。

 そうして、得体の知れない銀色の塊は、人ごみの中に消えて目視では追えなくなった。


 合計十回分ほど過去視を消費して得られた情報は、それだけだった。


 私はまずパリューグには、現場に残ってもらうことに決めた。

 実はまだ近場にベアトリスとあの銀色のノイズみたいな怪物が潜んでいるかもしれないからだ。

 小声でその旨を伝える。


「そんな妙なのがいたら、即捕まえておくわ!」


 どんな幻獣だとしても、パリューグの戦力ならば制圧可能だ。

 怪物が他の人間まで手を出そうとしたときは、きっと守ってくれるだろう。


 代わりに、ウトファル騎士団にパリューグの存在がバレたらことが複雑になる。


「例の騎士団の人たちには気をつけてね」

「ええ、例の審問官よね? ヘマはしないように気をつけるわ」


 次に私は恐怖で混乱中のマーキアとトリシアに声をかける。


「マーキアさん、トリシアさん、どちらかヤン・カールソンが回復したら供述の記録をお願いしていいですか?」

「では、わたくしが! 一言一句漏らしはしませんのよ!」


 トリシアが力強く答える。

 これは第一発見者であるヤンの監視の意味合いもある。


「マーキアさんは、これから一緒に生徒会の皆さんに状況報告に来てもらえますか。こんな事件、私一人の証言では動いてもらえないと思うので」

「わかりましてよ!」


 クラウスやオーギュストなら動いてくれるだろうけど、そのまえに生徒会のメンバーの説得が必須だ。

 マーキアさんには補助的に発言してもらおう。


 そうして私はマーキアと一緒に実行委員会本部へ連絡と助けを呼びに向かった。

 人ごみの中を進むため、ティルナノグには学園長先生からもらった鞄だけを運んでもらう。


 実行委員会本部は、学舎中庭の北側に仮設されたテントだ。


 誰に頼れば良いか。

 この場で人捜しするなら、クラウスかオーギュストに頼るのが早い。

 竜による俯瞰や、広域魔法でなら可能だろう。


「クラウス様、オーギュスト様はいらっしゃいますか?!」


 忙しそうな本部のテント内で、私は無作法なほど大きな声を出した。

 今は外聞に構っていられる場合じゃない。


 すると、人ごみの中からハロルドと色違いの海賊船員が現れた。

 エヴァン・ハイアルンも、いつの間にか海賊団に入っていたようだ。


「いつもの君らしく無いな、どうした、エーリカ嬢」

「ハイアルン先輩? 先輩こそ、こんなところでどうしたんですか?」

「ニーベルハイムに頼み込まれたんだが何か? しかし、君がそんなに焦るとは……大事(おおごと)か?」


 頷くと、ハイアルンが思いっきり嫌そうな顔をした。


「それが、こちらも大変な事になっている。ウルス辺境伯が突然、訪問してきたせいでな」

「ハーラン卿が訪問ですか?」

「学園長と教頭、それにオーギュスト殿下とクラウス様も呼び出されている。何らかの事件の説明のためらしいが、実際は非公式の査問のようなものだろうとクラウス様は言っていたな」

「じゃあ二人とも動けないんですね?」


 ここでもハーラン・スレイソンか。

 おそらく血塗れ聖女の件でやってきたのだろう。

 いつも彼は私にとって最悪の状況の時に最悪のポジションで現れる。


「先ほど人が一人、怪物に攫われたんです。そして、攫われたのはあのベアトリス・グラウなんです」


 にわかにハイアルンの表情が怒りに染まった。


「……ロアルドの件がまだ後を引いているのか? まさかアイツが手引きを?」


 首を横に振る。

 可能性は否めないが、ロアルドは怪物を呼び起こすような人柄には見えない。

 危険な怪物を呼び出すような、根性のある人じゃないだろう。


「しかし、厳しいな。こんな祭りの最中に怪物に攫われるなんて。どこもかしこも怪物じみた仮装をした連中でいっぱいだぞ……どう捜せばいいんだ?」

「もうクラウス様かオーギュスト様にお願いするしかないと思って、ここに来ましたが……」


 ハーランとの会談で動きが取れないなら、協力を請うのは諦めよう。

 原作の私と同じことが起こるとすれば、最終的には川に辿り着くはずだ。

 ならば次は、川周辺の捜索だ。


「今、自分が出来る限りのことを、私はやってみます」


 するとその時、金色の小型竜がふわりとハイアルンの頭に降り立った。

 あれ、なんでこんなところにゴールドベリが来たんだろう?


「おおーい、ハイアルン。悪いな、いきなり色々任せちゃって」

「な、なな、ゴールドベリから殿下の声がする……!?」


 頭の上から響く声に、ハイアルンはドン引き気味だ。

 初めてだと竜が人の言葉を話してるのにびっくりしてしまうよね。


「おや、エーリカまで。どうしたんだ?」


 地獄に仏ならぬ、天使長の登場だ。

 瞑想者(シーアージ)の能力って素晴らしく便利なのでは……?


「素晴らしいタイミングですよ、オーギュスト様!」

「何か事件が起こったらしいな。用件を言ってご覧?」


 何より先に、ベアトリス誘拐の件を説明する。

 劇場の舞台裏で、ベアトリス・グラウがいなくなったこと。

 その場にいたヤン・カールソンの発言では、彼女はなんらかの怪物に攫われたこと。


「ハーランの次は、怪物か! よりによってこんなタイミングで次々トラブルとは……」

「それでオーギュスト様かクラウス様のお力を借りたくて本部に参りました」

「竜の眼を借りたいんだな? 古く大きな竜がリーンデースの上空にいてくれれば話は早いけど、さて、どうかな」


 ゴールドベリが瞳を閉じる。

 精神感応を遠くの空まで拡げているのだろう。


「いないな。そうは都合良く行かないようだぜ」


 大陸中央部のリーンデースでは沿岸部のノットリードみたいなチートは使えないか。

 そんなときにマーキアがおずおずと手を上げた。


「殿下、あの、わたくしの(いもうと)たちを探索につかってくださいまし」

「ジョーナスか。……ジョーナス家の小型竜たちなら、混雑した市街地の中でも探索可能だろうけど、いいのか?」


 イグニシア貴族にとっての竜は家族も同然だ。

 それに護衛も兼ねた竜を、こんな危うい状況で貸すなんてあり得ないことだ。


「マーキアさん、いいのですか?」

「ベアトリスさんは、わたくしの友人でもありましてよ。どうか必ず彼女を救ってくださいまし」


 マーキアのポケットに隠れていた琥珀色の小型竜と純白の小型竜が飛び立つ。


「おいでなさい! わたくしの妹たち!」


 そして少しの時間の後に、先ほどの二匹の竜が、何匹、何十匹のもの小型竜を呼び寄せてきた。

 本部のテントの中を、色とりどりの小さな竜たちが、所せましと羽ばたき回る。


「これらすべての竜を、殿下に委譲いたします」

「マーキア・ジョーナス、お前と妹たちの献身に感謝する。後は私に任せてくれ」


 するとマーキアの小型竜が、次々とテントの外に飛び出していった。

 オーギュストの依り代になっているゴールドベリが、私の肩に乗る。


「さて、どうする、エーリカ? 何かあてはあるのか?」

「学園から河へのルートを重点的に確認お願いいたします、オーギュスト様」

「分かった。今からやってみる」


 小型竜を使ってのオーギュストの探索が始まった。


 その間、マーキアの保護をハイアルンに任せる。

 二人には事件現場に移動し、トリシアと合流してもらう。

 現場の再調査とヤンの事情聴取、他に目撃者がいないかなどの捜査をお願いする。


 あとは、他に頼れそうな人を頭の中でリストアップする。

 強力な怪物相手でも十分に戦えそうな人物は──お兄様とクロエだ。

 アクトリアス先生とブラドもお願いすれば動いてくれるかもしれない。


 でも、お祭の人ごみの中では、その四人を捜すこと自体が難しい。

 オーギュストに探してもらうか。

 いや、オーギュストにはベアトリス探索に集中してもらったほうがいい。

 他のことに竜の眼を割いてしまうと、致命的な遅れが発生する可能性がある。


(なら、どうすればいいか……?)


 その時、中庭の向かいでやっているイベントの司会の声が響いた。


「今年の林檎食い競争の優勝が決まりました〜〜!!」


 ああっ、そういえば、林檎食い競争の会場は中庭の南側だった。

 生徒会本部とは目と鼻の先じゃないか。


 会場に素早く目を走らせる。

 沸く観客と、うなだれる敗北者。

 遠くに見える勝者は狂戦士姿でガッツポーズを取っていた。


「勝者は、可憐なる狂戦士、クロエ・クロアキナ〜〜〜〜!!」


 勝ち上がったんだね、クロエ。

 勝負強さとタイミングの良さはヒロインの力なのか、それとも荒ぶる北国の力なのかな。

 とにかく、よく分からないけど助かった。


 私は勝者クロエに近付くために、林檎食い競争の観客をかき分けて進む。

 壇の下までくると、クロエが私に気がついて、私を壇上に引き上げた。


「おお〜っと、美貌の女海賊が、勝者を祝いにきたぞ〜〜〜〜〜!!!」


 司会者の声に、会場が波打つようにどよめいた。

 その説明ってどうなの!?

 いや、今はそんな瑣末事にツッコミを入れている暇はない。


「優勝おめでとう、クロエさん」

「わあ、ありがとう、エーリカさん!」


 童女のような満面の笑顔を浮かべるクロエ。

 なんだか勝利の喜びに水をさすようで、悪いけど──


「喜ばしいところ申し訳ないのだけど、大変なことが起こったわ」

「大変なこと?」


 クロエの表情がすっと引きしまる。

 私はクロエの耳に口を寄せて、伝える。


「ベアトリスが攫われたわ」

「……ベアトリスが」

「犯人はなんらかの怪物の可能性があるの」

「……そいつを倒せばいいんだよね。今すぐ、ベアトリスを助けに行かなきゃ」


 私はクロエの決断に、謎の安心を感じてしまった。

 クロエは矢継ぎ早に質問を投げてくる。


「手がかりはある? 心当たりは? 現場の確保は?」

「目撃者はヤン・カールソン。今、オーギュスト殿下に竜の眼で都市ごと調べていただいている最中だけど、クラトヌーヌ川の船着き場周辺が怪しい可能性があるわ。現場は私の友人が確保中よ」

「そっか……じゃあ、まずはその船着き場に行こう!」


 クロエはまったく迷い無く答えた。


「皆、今日はとっても楽しかったよ〜〜! では、またね!」


 クロエが会場の観客に手を振ると、再び歓声が巻き起こった。


「まずは高いところに移動して、一気に上から移動しよう。屋根の上は空いてるから。エーリカさんなら出来るよね?」

「ええ。わかったわ」

「学舎の塔からなら、きっと速いと思うよ」


 クロエが私に手を伸ばす。

 私は足元にいたティルナノグを鞄ごと持ち上げてから、彼女の手を取る。

 クロエが身体強化から飛躍するタイミングに合わせて、跳躍(リープ)で彼女の横に並び立つ。

 頭上を軽々と飛び越える私たちに、観客がどよめく。


 屋根に上ると、華やかな夜のお祭りの最中の学園都市が良く見える。

 どこもかしこもヒトでごった返しているし、そこら中がキラキラしている。


 その時、街の色々な場所で、一斉に骨火(ボーンファイア)が燃え上がった。

 マーキアから竜を委譲されたオーギュストが代わりに点火したようだ。


「オーギュスト様、平気ですか。負担かかりません?」

「楽勝だぜー」

「それに、こちらに意識を集中していて、ウルス辺境伯との会談できるのですか?」

「クラウスに頼りつつどうにかしてる。ちなみに今まさにハーランと話してるところだ」


 天使長と魔王が、狼仮面と会談中か。

 想像すると、なかなか異様な絵面だ。


「やっぱり例の血啜りの件で探られている。どうやって調べたんだか、的確に突っ込まれているぜ」


 そうだろうなあ。

 事前にハーランの息のかかった騎士たちが、学園内で調査していたみたいだからね。


「オーギュスト様、今は会談に集中した方がいいのでは?」

「そうだな……じゃあ、小型竜たちが何か見つけたら連絡するからな〜」


 オーギュストとの連絡が終わると、クロエが問う。


「エーリカさん、用意はいい?」

「ええ、問題ないわ」

「じゃあ、いくからね!」


 私はクロエに手を引かれながら、祭りに沸く人々の上を駆け抜けた。

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