魔の万霊節2
私はティルナノグと一緒に大食堂を出て、学舎の入り口で待機していたパリューグと合流した。
そして二匹を連れて祭を楽しむことにした。
「じゃあ、私たちは近場にある催し物から見物しましょうか」
学舎の裏側にある森林に、初級魔法クラスの作品が色々仕掛けてられているんだっけ。
順路に従って森林に作られた小径に入ると、目前にいきなり墓場が現れた。
『むむ! エーリカよ、なんだこれは?』
「幻影魔法よ。この森林に迷い込んだ人への歓迎みたいね。ほら、見てティル」
樹上を見上げれば、枝には骸骨が何体も引っかかっている。
まあ、初歩の幻影魔法なのであまり怖くは無い──
「って、今動いたっ!?」
これは、なかなか不気味だな。
ティルナノグは呆れて樹上の装飾を見上げる。
『まったく人間は呑気なものだな。ここは過去屍都だっただろうに』
「違うわ。忌み事を思い出すことが大事なのよ〜〜!」
過去に吸血鬼に支配されていた故にね、とパリューグは続けた。
血啜りの支配から抜け出ているのだ、と安心するためにも、死体を穢されること無く、祖先の魂の平穏を祈るためにも、必要なお祭りなのだ、と。
木々の間を進んで行くと、白いシーツを被ったオバケが木陰に揺れるエリアに入った。
こちらは露骨に作り物っぽくて怖くは無いので、少し物足りない感じだ。
いくつかのグループで作っているらしく、エリアによって出来とか方向性が違うようだ。
そんな風に幻影魔法の出来を見て歩いていると、いつの間にか森の外れまで来ていた。
不意に何十羽もの鳥が一斉に飛び立つ音が聞こえる。
(伝書のための鴉や梟……? でも何故こんなところに……?)
前を見ると少し先──四十メートル程先に怪しい人を見つけてしまった。
暗褐色のローブを纏った背の高い男だ。
私に気がついたその男は、二、三回の跳躍で私の目の前までやってくる。
この身体能力はおそらくルーカンラントの人だろうな。
一瞬にして間合いを失った私を守るため、ティルナノグとパリューグが前に進み出た。
その男は自らのローブのフードをめくる。
すると、そこに現れたのはシトロイユの顔だった。
「エーリカ様、こんなところでどうしました?」
「シトロイユさん?」
私としてはシトロイユがこんなところで何をしているのかが気になる。
でも、聞いてもこの人ははぐらかして教えてくれないよね。
あの大量の鳥で、ウトファル騎士団とでも連絡を取っていたのかな?
「幻影魔法の仕掛けを見物していたのですが、ご迷惑だったのでしょうか?」
「なるほど、そう言うことですか……確かにこれは楽しい子供騙しだ。東は随分北とちがうもんですねえ」
シトロイユは、木々にぶら下がった骸骨を見て笑った。
「北だとこういうものを飾ったりしないんですか?」
「ええ、もっと乱暴なお祭りなんですよ」
「乱暴な?」
「死者の親玉が、悪い子を攫いにくるんです。実際はオバケの恰好した大人が脅すんですけどね」
シトロイユは態とらしく怖い顔をして小さな子供を脅かすような仕草をする。
ハロウィンじゃなくて、ナマハゲかな?
実際に、ハロウィンやクリスマスにはナマハゲ的な存在がいたっけな。
「もっと古い時代の話になるとね、神様が勇敢な者を仲間にするために攫うんですよ」
「勇敢な者を?」
「敵と戦えるくらい、強い強い勇者をね。これを狂猟って言います」
「なぜ神様が、そんな強引なことを?」
北の神様はなぜ、強引に人を連れて行こうとするのだろう。
ふと思い立ってシトロイユに問うと、彼ははっとしたように目を見開いた。
「そうか……もしかしたらそんな奴は神様じゃないのかもしれません」
「神様じゃない?」
シトロイユは神経質な笑いを浮かべてから、答えた。
「俺が思うには、そいつは死に切れない悪霊だ。購いきれない何かを背負っちまって死にきれないヤツが、一人で冥府へ行くのが怖くて、ついでに未練とか懐かしさで何もかもめちゃくちゃになって、生者を攫うんですよ」
「それは、可哀相な人ですね」
「可哀相ですか………あなたは優しい人だな」
そんなことを言ってシトロイユは、私に手を伸ばした。
わずかに、髪に触れて、彼は手を引っ込める。
「俺は、そんな輩は、永遠に孤独のまま彷徨えばいいと思いますよ。それが──」
そこまで耳に届いたところで、木々の暗闇からシトロイユを呼ぶ声が響いた。
うわ、お仲間が潜んでいたのか。
「おっと、俺としたことが変なことまでペラペラと……すみません。じゃあ、またの機会にでも!」
そう言ってフードを被り直し、シトロイユは林の奥に向かっていった。
彼らの気配が遠のいた頃合いに、ティルナノグが口を開いた。
『エーリカよ、奴はこんな祭りの日に何をするつもりなのだ?』
「ううーん、陰ながらの警備とか?」
例えば、学園に紛れ込んだ何かを倒すためとかだろうか?
例えば金狼王子や吸血鬼とか。
「エーリカは好意的ねえ……妾にはそうは見えなかったわ。きっと別の悪事よ!」
『うむ。不穏な輩だ』
ティルナノグとパリューグから、激しくダメ出しされるシトロイユだった。
この二人の野生の勘は当ってそうだ。
ウトファル騎士団のお仲間だとしたら、荒事だろうしね。
近付かないことが、何よりの安全対策だろう。
「じゃあ、目を付けられないうちに場所を移動しましょうか?」
キナ臭い雰囲気のする人々から離れて、私はとうもろこし迷宮へ向かう。
クラウスと一緒に回ったお陰で最短ルートは把握済みである。
サクサクと迷宮を攻略して出口に到着すると、太陽はすっかり落ちていた。
会場のところどころにカボチャのランタンが灯されていく。
化け茸のオバケも、そこら中を走りまわりだした。
「そろそろ、林檎喰い競争は佳境に入った頃かなあ……」
クロエはどこまで勝ち進んでいるんだろうね。
彼女なら良いところまで余裕でいきそうな気がする。
「さて、これからどうしようかしら」
パレードや骨火に林檎酒の品評会も気になるけど、街の中心部まで足を伸ばす精神的な余裕はない。
というわけで、少し早いけど、そろそろ劇の会場へ行こう。
☆
学園東の牧草地帯には、三つの野外劇場が設置されている。
魔法の照明や幻影によって飾られ、どれも綺麗だ。
この三つの他にも、劇場が七ヶ所もある。
程よく時間や日程がずらしてあるので、たくさん劇や歌が楽しめるようになっているのだ。
私は舞台から少し離れた所に、観劇用の席を作ることにした。
まずは牧草の上に毛布を拡げて、ティルナノグに荷物を置いてもらう。
次に、鞄から簡易の椅子を取り出して組み立てる。
ティルナノグとパリューグのための小さな椅子も、もちろん用意してる。
「はあ〜、良い感じじゃな〜い」
『うむ、しっくりするな』
「ねえねえ、エーリカ。本当に今日何かが起こる予定なの?」
「うーん、実のところ、神託と現状はかなり違うし、もしかしたら何事も起こらないかも……」
現状からは、私が幻獣に攫われるのは想像しがたい。
だとすると、どのように変化するのか。
『たしか神託ではあのクロエとか言う娘がこの舞台に上がるのだったな?』
「ええ、クロエが演劇のヒロインだったの」
私は目を閉じて、前世のゲームの展開を思い出す。
「そして私がクロエへの嫌がらせにドレスを盗んで、そのドレスを纏った姿で水死体として発見されるの」
おそらく私はクロエと間違われて神隠しにあったのだろう。
そして、クロエじゃないから殺されるのだ。
衣装が神隠しに遭う条件である可能性がある。
だからベアトリスにお願いして、その衣装を変更しておいた。
万が一、私の代わりに誰かが殺されるのも嫌だから、寄付の名目で別の衣装を仕立てて贈呈したのだ。
それにヒロイン役の女子は艶やかなブルネットで、小柄だ。
クロエのミルクティーみたいな髪色ではないし、長身でもないので、間違われることもないだろう。
「そこまで前提条件が異なると、何もおこらない感じがするわねえ」
『いいや、ちがうぞ、猫……状況がまったく異なるのなら、予想外の事態がありえる』
そうしてあれこれとティルナノグとパリューグが危険の可能性と対応について検討していく。
この二人にそこまでして守ってもらえるなら、私も安心である。
そろそろ夕食の時間なので、私はバスケットからサンドイッチを取り出した。
ティルナノグとパリューグには厚切りのハムを挟んだ特別仕様だ。
「二人ともそれで大丈夫? もっと食べる?」
『うむ、あるだけ食べるぞ!』
「はい、こちらも美味しいわよ?」
ティルナノグに、デザートとして用意していたキャラメル掛け林檎の大半を渡しておく。
沢山持ってきているし、まあ大丈夫だろう。
「うう〜〜ん、いいわね、野外で丁寧な味付けの食事は〜〜!」
パリューグが猫の姿で、人間のような背伸びをした。
簡易な食事は物足りないとは思うけど、気に入ってもらえてなによりだ。
空の下で仲間と一緒に食べるご飯は美味しいよね。
「そうそう、パリューグ、何事も起こらなければ天使長姿のオーギュスト様を見物しに行くといいわ」
「ええっ、オーギュストが!? 天使長ですって〜〜〜!!!」
「翼付きの仮装で、本格的な感じに天使だったわ」
「ああっ、ダメ! 無理……! しんどい……!」
パリューグは猫の姿だというのに、人間じみた動作で悶える。
「ねえ、パリューグ。もうすぐクロエも来ると思うから、もう少し猫らしく……」
パリューグは過呼吸気味に悶えていて、それどころでは無さそうだ。
「やだ! そういうのはもっと早く言って!」
「ごめんなさい、人生の鉄火場なもので、つい注意力が散漫になっちゃって」
『エーリカよ、鉄火場に散漫ではマズいのではないか?』
「そのとおりなんだけど、どうにも……そわそわしちゃって」
──万霊節が無事に終わったら、冬休みにルーカンラントへ行くんだ。
なんて思ってるけど、これ、すごく死にフラグっぽい台詞すぎる。
そんな風にしていると、開演のアナウンスが聞こえて来た。
クロエが到着しないまま、第一幕が始まってしまった。
せっかくだし、先に観劇しておくかと思って猛禽の眼の杖を使う。
劇はヒストリカルで、主人公男子が地位とか女とかを奪われるところから始まる。
どん底に突き落とされてから始まる、成り上がりに復讐劇。
つまりは王道ですよ。
舞台にはまず女家庭教師役のマーキアさんと主人公男子が現れた。
マーキアさんは、髪をまとめあげて、賢そうな眼鏡をかけている。
次にトリシアがヒロイン付きのメイドさん役で登場した。
こちらは、普段のベアトリスみたいに三つ編みをした、純朴そうなお姉さんキャラだ。
ベアトリスは意外なことにヒロインのライバルの取り巻きの一人らしい。
どんな格好なのか楽しみだな〜。
元が良いから映えるだろうし!
そう思って舞台を眺めていると、なんだかすごい美少女が現れた。
艶やかな黒髪を結い上げた、ドロレス──じゃなくて、裸眼のベアトリスだ。
……ってあの姿はどういうことだ!
「なんでベアトリスがあの衣装を!?」
例の、私が殺される時に着ていたヒロイン役の衣装じゃないか。
なんでそれを、今このタイミングで、ベアトリスが身に纏っているんだ。
……急場の代役の可能性か?
『どうしたのだ、エーリカ』
「舞台へ行きましょう。破棄したはずの衣装がまだ使われているの」
縁起が悪いにも程がある。
これではまるで、彼女が犠牲者に選ばれたようじゃないか。
私が死亡フラグを避けたら、ベアトリスにフラグ移行なんて最悪だ。
ベアトリスやマーキア、トリシアは舞台袖に消えていった。
場が変わり、大道具が動いて場面が変わる。
「……杞憂だと良いんだけど……」
胸騒ぎが止まらない。
草原を走り、急いで舞台まで辿りつく。
舞台裏に回ると、演劇担当の生徒たちが慌ただしく動き回っていた。
私は、その中にいたマーキアとトリシアに声をかける。
「マーキアさん、トリシアさん。グラウさんはどちらにいますか?」
「エーリカ様? どうかなさったのでして?」
「火急の用事ができたんです!」
「あの、グラウさんはヒロインの代役になったので……逆側の舞台袖のはずですのよ!」
マーキアとトリシアは、舞台を挟んだ向こう側を指さす。
二人に連れられて、ぐるりと劇場の裏側を回る。
「失礼します、ここにベアトリス・グラウさんは……」
見回すと、そこには一人、衣装の山に埋もれて倒れているヤンがいた。
悪い予感がする。
抱き起こすと、ヤンはゆっくりと目を開いた。
「……ベアトリスが……銀色の怪物に攫われて……」
にわかに意識を取り戻したヤンは、蒼白な顔でそう言った。
銀色の怪物、と。
恐怖が残っているのか、ヤンの体は小刻みに震えていた。
「なんてことですの〜〜!」
「怪物が! 現れましたのよ!」
トリシアとマーキアの叫び声が、舞台裏に響きわたる。
人が人を欺くだけの偽の怪奇であるはずの「魔の万霊節」が、本当に起こってしまったのだ。
 




