魔の万霊節1
ホレくんの一件が終わった後の深夜、パリューグに今回の顛末を話した。
狂王によって加工されてしまった金狼王子と、その王子を滅ぼすために生まれた人工精霊としてのホレくん。
「あらあら、それは難儀な狼ねえ……」
ホレくんの扱いは、本当に迷う。
どうしたものかな。
『うむむ、使命を果たさせてやりたいものだがな』
「手助けしてあげたいけど、ホレくんって扱いが難しいでしょう?」
ホレくんの問題は、金狼王子が覚醒していない時だけ起動するという不自由な仕様だ。
これでは、誰かに協力してもらうことが前提になってしまう。
それと関連して、私の知るゲーム展開と今現在の金狼王子の状況が異なるのも気になる。
「じゃあ、先に攻め入らない? 狼が失敗したとしても妾がいれば絶対大丈夫よ!」
パリューグがこともなげに言う。
金狼王子は殺した人間に呪詛として取り憑くらしいが、パリューグは元天使の神聖な幻獣だし、大丈夫っぽいな。
「考えてみるわ。場所はもうある程度は特定できているし」
吸血鬼が漏らした情報のお陰である。
金狼に取り憑かれているのはクロード・ルーカンラント。
そしてクロードを監禁しているのは、あのウルス辺境伯ハーラン・スレイソンである。
ならば目指す場所はウルス辺境伯領だ。
「やっぱり冬休みかなあ。北国行きを考えてみるわ」
上手く行くかはわからないけど、吸血鬼対策を怠ることは出来ない。
狂王が直々に作った呪詛としての怪物が相手なら、なおさらだ。
「やったわ〜〜、初めての北国! 北ってお肌にいい鉱泉が豊富なのよね〜〜〜〜!」
『猫、フロ目当てか……? 俗物が過ぎるぞ!』
「なによ〜〜、ちょっとくらいいいじゃな〜〜い!」
眷属退治でお疲れ気味のパリューグの慰安にするのも良いな。
ティルナノグも労いたいところだ。
修羅場前に、温泉三昧も悪くは無い。
ルーカンラントでは人脈が薄いのが不安事項だが、どうにかなるだろう。
これで冬休みのルーカンラント行きが決定だ。
☆
ホレくんの事件が解決してからは、学園に怪異は発生しなくなった。
現状は、ほぼ平穏といえるだろう。
しかし別の不安事項が二つほど発生した。
まず一つ目。
ドロレスが姿を現さなくなったこと。
禁則事項を破っていないはずなので、なにか調子が悪いのか、気に入らないことでもあったのだろうか。
そして二つ目。
ホレ君もまた、あれから一度も現れなくなった。
金狼王子がずっと覚醒しているとしたら、怖い話だ。
そうしているうちに、あっという間に時が過ぎ、ついに万霊節のお祭りの日を迎えることになった。
今日から三日間が万霊節の祭の期間になる。
この期間は、学園の授業はお休みになる。
生徒達は午前中から、それぞれの仮装やらイベントやらの仕上げを行っている。
私は海賊風の衣装を着込む。
この世界での海賊とは、私掠船に乗って暴れ回っていたアウレリアの人々のことである。
王家お墨付きなところは、前世の世界と一緒だ。
特に、北との間柄が最悪だったときに活躍したらしい。
「まあ、お祭りだし、派手なほうがいいわよね」
『うむうむ、似合うでは無いか』
「ん〜っ、いい出来ね。これならきっと周りじゅうの男女の注目を惹くわ〜〜!」
パリューグとティルナノグの受けも上々だ。
仮装を身につけ終え、私は学舎に向かった。
そうして、大食堂のいつもの席で、トリシアとマーキアと落ち合う。
「あら! エーリカ様は私掠船船長のお姿ですのね? お素敵ですのよ!」
「絢爛豪華でしてよ!」
「ありがとう、トリシアさん、マーキアさん」
トリシアとマーキアは、いつも通り制服を着ていた。
彼女たちは演劇での衣装替えがあるため、仮装しないのだという。
「ついでに声色を変える水薬とかはいかがですの?」
「お化粧で、顔に切り傷を描いてみたりはいかがでして?」
私の仮装が気に入ったらしい二人が、口々に提案する。
せっかくのお祭りだし、凝ってみるのもいいな。
二人のお言葉に甘えてみよう。
「それは本格的で面白そうですね」
マーキアとトリシアがテーブルに色々な薬を拡げ、私を加工し始める。
特にトリシアは凝り性なので、じっくりと切り傷をリアルに仕上げていく。
そうして顔やら声を弄っていると、遠くで黄色い声が上がった。
何やら、やたら目立つ仮装の人物が登場したようだ。
黒髪ロンゲで頭に鹿の角のようなモノが生えていて、漆黒の衣装を纏った高貴な悪者っぽい感じで──
いわゆる魔王みたいな雰囲気の姿だ。
黄色い声をあげる女生徒たちを一瞥すると、彼はうっとうしげに髪の毛をかきあげた。
いつの間にか、魔王がどんどん私の方に近付いてきている。
むむ、何やら見慣れた青く鋭い眼光だ。
「エーリカ、お前も準備が整ったようだな」
「クラウス様、その髪の毛はどうなさったんです?」
「鬘を着用した上で、幻影魔法をかけている」
一見しただけでは地毛との区別がつかなかった。
魔法で視覚的に補助されていると、すごく自然な感じになるようだ。
魔法使いの人たちの仮装は本格的だな。
「クラウス様って長髪も似合うんですね。ちなみに、なんのお姿なのですか?」
「ハーファンの古の王で暁光王と呼ばれた王だ」
うっすらと聞いたことがあるような、ないような。
確かとても有名な王様だったような気がするぞ。
「とても建設がお好きな王様でしたっけ?」
「イクテュエスの全ての霊脈の重要拠点に魔法塔を建てた男だ」
なるほど、インフラ王か。
この王様のお陰で、イクテュエス大陸は霊脈の守りが堅いんだよね。
しかし、やっぱり魔王っぽい。
愛してるお姫様を殺されて、壮絶に闇堕ちするタイプの悪役みたいだ。
「でも、どうしてこちらに来たんですか?」
「お前の仮装を確かめておかないと、人ごみの中から見つけにくいからだ」
「なるほど……ってどうしてですか? 何か待ち合わせの約束なんてしてましたっけ?」
そう答えると、クラウスは眉間に皺を寄せる。
「お前が昔、万霊節の祭が怖いと言っていたから、暇ができたらお前の側にいようと決めていた」
「クラウス様、よく記憶してますね」
「お前こそ言ったことくらいは覚えていろ」
色々備えていたときに、ぽろりと漏らしちゃったのかな。
でもまあ、守備が厚くなるのはありがたいかも。
そんな会話をしていると、また大食堂が騒がしくなった。
クラウスの時と違って、黄色い歓声に、男性の太い歓声が混じっている。
出入り口に視線を移す。
これは──。
ざわめく周囲に笑顔を振り撒きながら、オーギュストがやってきた。
大司教っぽい姿だが、背中に翼が生えている。
この姿はおそらく天使のリーダー格、つまりはパリューグの姿だろう。
金糸と宝石に彩られた純白の法衣は、仮装というにはあまりにも豪奢だ。
「クラウス様、止めなかったんですか。上手く言えないのですが、少々派手すぎでは……?」
「俺があの男を止められると思うか?」
「……無理を言いましたね。すみません」
オーギュストの肩に止まっていたゴールドベリがいち早くこちらに飛んできた。
定位置と言わんばかりにティルナノグの頭の上に乗って、嬉しそうだ。
「エーリカ! もう仮装の準備は終わったみたいだな?」
明朗な笑顔でオーギュストは声をかけてきた。
「オーギュスト様、そのお姿は……?」
「天使長だぜ。これ、大司教の昔の衣装を仕立てなおしたんだってさ。父上が送ってくれたんだ!」
まさか本物の大司教の法衣とは。
豪奢どころか、お値段がつけられないレベルじゃないですか。
王家だけじゃなく、教会まで王子の仮装のために全力のバックアップ態勢とは。
さすが始祖王の再来、大人気ですね。
「エーリカは西方の私掠船船長だな? いかにも煌びやかでアウレリアらしい」
「ええ、彼らの時代の服飾を、現代風にアレンジしてみました」
ハロルド経由で発注した、ノットリードの職人の仕立てなので、オーギュストには劣るがそれなりに作りは良い。
実は、これでもかと実用的な刻印石をたっぷり縫い付けてあるので、戦闘服とも言える。
「クラウスはすごく強そうだけど、重くないのか、それ?」
「この角冠、実は木製だ」
「へ〜、なるほどな」
そうして天使長と魔王がお互いの仮装についてアレコレ話し始めた。
オーギュストの羽根は、人工精霊を使った幻影魔法で自由に開いたり閉じたりできるらしい。
「しかし、なんでここに来たんだ、オーギュスト?」
「そんなの、エーリカの仮装が気になったからに決まってる。クラウス、お前もだろ?」
オーギュストは、ご機嫌そうな笑顔を浮かべた。
クラウスは、それを見てますます眉間に皺をよせた。
「妙な誤解をするな。俺はエーリカの仮装の確認に来ただけだ」
「それって同じじゃないのか?」
「同じではないだろ」
そうしてクラウスとオーギュストが軽く言い争いを始めると、人ごみから背の高い人物が現れた。
「あら、ハロルド」
「おーや、船長。良くお似合いで」
「ハロルドも、良い感じじゃない?」
ハロルドも海賊衣装である。
彼は船長というよりは、船員風だ。
いつも結い上げている赤毛を、ゆるめの三つ編みにして左肩に流している。
「さてさて、そろそろ開会式の準備ですよ、殿下?」
「ええーー、せっかくの私掠船船長姿がーー」
「ハイハイ、船長はいなくなりませんから、一旦戻りましょう。ねえ、クラウス様?」
「べ、別に俺はこいつにこだわっているわけではないからな!」
ハロルドは手際よくクラウスとオーギュストを回収していった。
知らない間に、あの二人の扱いを心得ているとは。
ハロルド恐るべし、だな。
「目の保養でしたのよ〜〜!」
「そのとおりですの! もう永遠に万霊節でもいいのですのよ!」
トリシアとマーキアは、綺麗どころ男子の仮装で盛り上がっていた。
私としては、永遠にお祭りが終わらないと、過労で倒れてしまいそうである。
「ああ、でもそろそろわたくしたちも、準備に向かわなくては……!」
「名残惜しいですのよ!」
二人はこれからお祭りのイベントや演劇の準備だっけ。
「お二人の活躍、楽しみにしてますよ」
トリシアは飛行ゴーレムの最終設定、マーキアは小型竜による骨火同時点火の演習。
その後、二人で演劇に向かうのだそうだ。
というわけで、特に何にも参加していない私は一人取り残されてしまった。
そろそろ、お祭りの会場となった学園でも見て回ろうかな。
そう思って私が大食堂の出口付近まで歩いて行くと、熊皮を被った狂戦士が声をかけてきた。
「あれれ、エーリカさん?」
「あらら、クロエさん……?」
クロエは狂戦士姿で、片手に沢山のキノコが詰め込まれた籠を持っていた。
「それって海賊の仮装?」
「ええ、そうよ。クロエさんは狂戦士でしょ?」
「うん、大当たり」
クロエはほわほわと笑った後に、ぼんやりと周りを見回した。
「そういえば、トリシアさんとマーキアさんは?」
「これからお祭りのイベントの打ち合わせらしいわ」
「そっか。ベアトリスと一緒だね」
ベアトリスもヤンと一緒に舞台に向かったらしい。
私とクロエは、日頃一緒にいる仲間に置いていかれてしまった者同士というわけである。
せっかくだし、万霊節のお祭り巡りに誘ってみようかな。
まずは予定を聞いてみよう。
「クロエさんは万霊節、どのように過ごすつもりなのかしら?」
「うーん、そうだなあ。まずは、林檎食い競争に参加して優勝を目指すつもりだよ!」
林檎食い競争。
それは、大きな盥に水を張って、そこに浮かべたり沈めたりした林檎を直食いする競技だ。
手を使わずに、水の中の林檎を咥えた者が勝者となる。
北や東などの北方大陸古来の民が好む競技でもある。
控えめな私には、ちょっと無理そうだな。
「それで、途中で負けちゃったらとうもろこし迷宮に行って、それから舞台に行く予定」
ふむふむ、ならば舞台だけでも一緒に見ようかな。
お誘いしてみよう。
「ねえ、クロエさん。私も一緒に観劇してもいいかしら? 良ければ先に場所取りでもしておくわ」
「わあ、いいの? ありがとう、エーリカさん!」
「ではあとで合流しましょ?」
「うん!」
クロエは笑顔で快諾してくれた。
そうして彼女は林檎食い競争の会場である学舎の中庭に向かっていったのだった。
さて、私も身の回りの安全に気を配りつつ、万霊節を楽しもう。




