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亡霊は彷徨う6

 怪異調査の依頼を受けた翌々日の放課後。

 私はティルナノグと一緒に、学園東の畑地帯へ向かった。

 目的は、新たなる怪異をクラウスと退治することである。


 秋風の吹き抜ける畑を通り抜けていく。

 そこかしこにオレンジや黄色のカボチャが見事に実っていた。


「もしもの時はお願いするわ、ティル」

『うむ。それが金狼とやらだったら、俺が呪いごと喰らい尽くしてやろう』


 昨日はじっくりと資料を読み込んだ。

 一応自分が担当した書物の、必要な記述は探し出して、読了済みだ。

 要点をまとめて、リストにしてある。


 大筋としては、クロエの語っていた内容がもっとも近かった。

 人間の首を切断し、狼の首が接続されている。

 近似の呪術から推測すると、感染性の呪術が含まれている可能性がある。


 なんにせよ、クラウスやティルナノグが一緒でなければ、決して会いたくない相手だ。


「しかし、金狼がいきなりこんなところに出現なんて、そんなことあるのかしらね」

『いつぞやの吸血鬼が言っていたな、北の辺境伯が監禁してる、と』

「この場合、逃げ出したことになるわよね……」


 でも、逃げ出したらあのハーラン・スレイソンが何もしない訳ないだろう。

 何らかの動きがあるはずだ。

 だって、あの(・・)ハーランなのだから。


 万が一、この怪異が本当に金狼王子なら、無理矢理学園に介入してくるんじゃないかな。

 あ、もしかして既に諜報員を仕込んでいるのって、そういうことなのか。


『その可能性が大きいな』

「まあ、今日はティルもクラウスも一緒だから、絶対大丈夫だとは思うけどね」


 そうして、作りかけのとうもろこし迷宮(コーンメイズ)の入り口にたどり着く。

 背の高いたち枯れたとうもろこしたちが、灯りに照らされて金色に揺らめいた。


 その様子をしばらく眺めていたら、青い光が近づいてくるのが見えた。

 クラウスが、生徒会の仕事を終えてきたようだ。


「待ったか? 遅れてすまなかった」

「いいえ、五分ほどですし」


 風がそよぐと、とうもろこしの葉が揺れる音に満たされる。

 その音の中に、微かに遠吠えのような音が混ざった。


「今、遠くから聞こえませんでしたか。遠吠え……」

「ふん、もうお出ましか。気の早いヤツだ。用意はいいな、エーリカ」

「ええ、いつでも結構ですよ」


 クラウスが左手を差し出してきた。

 おお、遅延結界除けの呪符か。


「何が出て来るか分からないからな。単に用心のために持っていてくれ」

「ありがとうございます、クラウス様」


 次に、クラウスが魔法を詠唱する。

 霊視の魔眼(グラムサイト)や魔法抵抗強化などの魔法を、私に重ねがけしてくれた。


「しかし今回の怪異、ちゃんと出てきてくれるんでしょうか……」

「さあな。何にせよ叩き出して封印するまでだ」


 そうして、私たちはとうもろこし迷宮(コーンメイズ)の入り口をくぐる。

 迷宮内部はかなり作り込まれているように見える。


「この迷宮、思ったより進捗状況は良い感じじゃないですか」

「怪異の件で作業が滞ってるらしいが、通路の九割は完成しているそうだ」

「では、私たちは、この広い迷宮をじっくり歩かなきゃいけないんですね……」


 東京ドーム換算で二、三個分……いや、もう少し大きいかな、この迷宮。

 かなり広そうだ。


 魔法の灯りで光るカボチャランタンが設置されているので、案外怖くはない。


「内部は意外と明るいんですね」

「当日にはカボチャは運び出して迷宮のまわりに飾るから、中は暗くなる予定だ」

「なるほど。それは趣があって素敵ですね」


 薄暗い迷宮を、微かな魔法の光だけで出口を目指すわけか。

 楽しそうでいいな。


「あとは、ただ暗いだけじゃなく、幻影魔法も仕掛けてある。そういう意味でも楽しめるだろう」

「おや、どんな魔法を仕掛けるんですか?」

「幽霊が後ろから付いてきたり、視界の端を掠めるように設定されている。ほら、振り返ってみろ」


 幽霊か。シーツを被った定番のオバケとかだろうか。

 クラウスに言われて振り返ってみる。


 来た道を見つめると、双子の幼女がいた。

 白いドレスと青白い顔が暗闇に浮かび上がる。


「ひっ……な、なんですかあれ〜〜〜〜〜っ!!」

「くくく……お前でも怖いのか……っ」


 いやいや、普通に怖いですよね。

 くっ、リーンデースのとうもろこし迷宮は、本気のお化け屋敷なのか!


「クラウス様、なんでそんなに笑うんですか!」

「……いや、お前がまさか、この程度でそういう反応するとは思わなくてな……っ」


 クラウスは肩を振るわせながら笑う。

 私だって普通にビビるときはビビるというのに、この扱いはなんなんだ。


「いや、すまない。悪かったな、エーリカ」

「人が悪いですよ、クラウス様」


 苦しそうに笑うクラウスを置いて、早足で先に進む。


「だってほら、お前は、何見ても『そうですか』って平気そうな顔で言う印象があってな」

「私を何だと思っているんですか、クラウス様。もう知りませんからね」


 私だって怖いものを見た時はもっと、悲鳴をあげて怯えていたはずだ。

 ほら、〈来航者の遺跡〉とか〈天使の玄室〉で、ちゃんと悲鳴とかあげてたよね……?


「まあ、俺が悪かった。お前も繊細な部分があるものな」

「当然です」


 早々に折れて謝ったクラウスと和解して、引き続き迷宮探索を続ける。

 そうして、私はクラウスとぽつぽつと雑談しながら歩いた。


「そういえば昨日の資料、かなり難解だな」

「クラウス様でも、ですか?」

「呪術は触媒の使用が必要だったり、術者の血やら土地やら方位やら星辰の位置が絡むからな」


 クラウスでも難しいなら、お願いして正解だったかも。

 クラウス曰く、それらの前提条件となる知識が多く、記述が省かれていて内容を把握しにくいのだとか。


「各々の一族が秘匿した術も多い。過去あった呪術を正しく再現することは難しいようだな」

「こちらの魔法はそのあたり便利でスマートですよね」


 形式が洗練されているおかげで、多少の魔力さえ変換できれば巻物などの簡単な再現法があるからね。

 血族の血の力に縛られていないから、学園での教育も有効になる。


「そういえば、例のゴーレムはどうなった?」


 呪術の話が終わると、霧のゴーレムの顛末をクラウスが尋ねてきた。


「それはですね──」


 エルリック先生の件を省きつつ、伝える。

 北の王女と西の王子の悲恋の真相を聞いて、クラウスはわずかに眉をひそめた。


「クラウス様も何か思うところがあったんですか?」

「王女が王子を愛するようになったとしたら、その王子は何を思うのだろうか気になった。想い人が、死者の自分に永遠の愛を捧げることは、その男の望みからは遠いだろう?」


 クロエの優しい解釈に、クラウスが疑問を投げた。


「……それは……私には計りかねます」


 切実に他人を想ったことのない私には、あまりも難解な問いである。


「命をかけた願いすら、想い人を呪縛し苦しめるなら……どうすればいいのか、俺にも分からん」


 そう言ってクラウスは空を仰ぎ見た。

 月は雲に隠れて、星だけがキラキラと輝いている。


「……こんなことを考えても埒が明かないな」

「まあ、そうですね……」


 そうして、私たちはつらつらと色んなことを話しながら迷宮を探索した。

 しかし、ほぼ全域を踏破したというのに、何も不審な現象は起きなかった。


「これだけ捜しても出ないようだな。今夜は引き上げるか」

「ええ、ここ自体が原因じゃないのかもしれませんし、移動したのかもしれませんね」


 二時間ほどの探索では、例の怪奇現象は発生しなかった。

 クラウスと話し合って、撤退と明日の再戦を決め、迷宮の出口を目指す。

 しばらく歩いて行くと開けた場所に辿りついた。


「ここは迷宮の内部でもかなり広く開けてますね」

「ああ、迷宮の中心部だからな。細いが霊脈に繋いであって、事故などに対応できるようになっている」


 その時、迷宮が一段階すうっと暗くなった。

 ところどころに仕掛けられていたカボチャランタンの灯りが、弱まり、消えていく。


「クラウス様、やっと出てきてくれたようですよ?」

「ふん、随分待たせてくれたな」

「無駄足じゃなかったのはありがたいですね」


 クラウスは長杖(スタッフ)を構えつつ、ローブから呪符の束を取り出した。


 私もまた、五種類ほどの短杖(ワンド)を見繕った。

 基本はクラウスの結界による封印を待つ予定だが、万が一に備えておく。


 突風(ガスト)水晶塊(クリスタルクラスター)解呪(ディスペル)分解(ディスインテグレイト)場所替え(キャスリング)

 何をするか分からない相手には、どんな手を使ってもいいだろう。


「来るぞ」

「はい」


 ごうごうごう、と強い風が吹きだした。

 冷気が渦巻く。

 まるでこの場所だけが、凍り付きそうな冬の空気に満たされていくようだ。


 耳をつんざく獣の咆哮が響く。


 そうして私たちの目の前に現れたのは、巨大な金毛の獣だった。


 ──これは。


 丸く太い脚。ぽてんとしたお腹。

 幼獣らしい愛くるしさ。


 私は記憶の底から彼の姿を引っ張り出す。

 懐かしさすら感じる昔に見た、彼の姿。


『やあっ、君たち、ボクのこと見えるんだね〜〜! お願いしたいことがあるのだけどいいかな?』


 やっぱり、ホレくんだ!

 この仔犬っぽいフォルム、見間違える訳ないよ!

 サイズがむちゃくちゃ大きいけど、フォルムがまったく一緒だもの。


「なんだ、この巫山戯た姿(ナリ)をした獣は!」

「金狼そのものですね!」


 乙女ゲームのヒロインと問答を繰り返してプレイヤーを助けてくれるナビ妖精です。

 無口タイプの主人公の場合では、定番のインターフェイスじゃないですか。


『ああっ、ボクは無害なので、変なことはしないでね〜〜、顔の恐い魔法使いさん!』


 能天気で可愛らしいヴォイスで弁解するホレくん。


 一方のクラウスがむちゃくちゃ怒っているようだ。

 いつの間にか大量の呪符が、この空間に張り巡らされていた。


「問答無用! 化物は捕獲だーーーー!!!」

『うわぁん! 魔法使いってやっぱり邪悪で野蛮だよう〜〜〜〜〜!!! きゃあああ〜〜〜!!』


 ホレ君は可憐な悲鳴をあげて、結界の中に捕獲された。

 ええっ、はやっ!?


 最悪、呪われた金狼との死闘を覚悟していたのに、なんて気の抜けた顛末なんだろう。


       ☆


 あっさりとした捕獲劇の後。

 生徒会の仕事が終わったオーギュストも呼び出して、ミーティングが始まった。


「お見事でしたね、クラウス様。相変わらず仕事が早くて的確です」

「まったく! なんなんだ! この緊張感のない生き物は!」


 ハロルドの工房にクラウスの怒声が響く。

 多重に拘束(バインド)魔法をかけられた巨大なわんころがオーギュストになでられていた。


 本日のゲストは金狼妖精のホレくんです。


「まだ仔犬みたいだし、優しくしてやろうぜ、クラウス」

『わあーい、ボクこの人だいすきーー! 優しい王子さまだいすき〜〜!』

「よーし、よーし、いい子だな」


 オーギュストはホレくん相手にもふもふしていた。

 疲れきったオーギュストにはペットセラピーのようなものだろう。


「オーギュストお前、動物にならなんでも優しくなる癖をどうにかしろっ!!」

「なんでもじゃないぜ、気の合う動物にだけだぜ」


 実質どんなのにも優しいが正解だ。

 今までオーギュストが動物から好かれていないのを見たことがない。


「そもそも、お前は鱗のある生き物が本命じゃなかったのか……?」

「ええ〜、こういうモコモコふわっふわなのも良いだろ〜?」


 たしか幽霊じみた登場をしたホレくんだが、実体化もしていて質感ばっちりだ。

 私も撫でてみたくなってしまった。


「クラウス様、少しはいいじゃないですか」

「エーリカ、お前までこんな体たらくなオーギュストの肩を持つのか……」


 失望感丸出しのクラウスに、詰め寄られる。


「騙されるな。どう見ても邪悪な精霊だろう?」


 クラウスがびしっと指さすと、ホレくんは尻尾を丸めた。


『うう……顔の恐い魔法使いさんの言葉、否定できないかも……』


 ええっ、邪悪な精霊なの?

 こんなに可愛い見た目なのに?


「そうか、邪悪なのかー……でも訳ありっぽいじゃないか、言ってご覧?」


 慈愛に満ちたオーギュストの視線に、俯くホレくん。


『そ、それは……』

「言いにくかったら無理しなくてもいいからなー」


 オーギュストはホレ君の背中をぽんぽんと優しく叩いた。

 この人は、ホレくんを無意識に懐柔しているな。

 人たらしならぬ、動物たらしだ。


 少しの沈黙の後、ホレくんは口を開いた。


『……えっとですね……ルーカンラントの金狼って、皆様ご存知でしょうか……?』


 上目遣いで、ホレくんは私たち三人をそれぞれ見つめていく。


「ああ、知っている」


 クラウスが、答える。


「するとお前があのルーカンラントの王子の首に縫い付けられた狼なのか?」

『は、はい! よくご存知ですね……!』


 いきなり痛烈に重い告白。

 言われてみれば、ホレくんは金狼だし、例の王子も金狼だ。

 繋がりがあるのは、当然か。


「ではお前がその金狼王子として惨殺を繰り返していたというわけなのか?」


 クラウスの問いに、ホレ君は目を伏せた。

 オーギュストは、気にもしないでホレくんの頭を撫でていた。


『……違うんです。首は呪物として使われましたが、ボクの魂自体は幻獣と精霊の中間みたいな形で残留したのですよ。それで我が主の許嫁であったハーファンの姫君が、ボクの魂を基に人工精霊として定着させてくれたんです』


 例の金狼王子の許嫁だった、ハーファンのお姫様が作った人工精霊なのか。


「ハーファンの、か。お前の乙女趣味じみた仔犬の姿はその王女のせいか……哀れな……」


 クラウスの雰囲気がやわらいだ。

 クラウスはホレくんの顔の前に片膝をついて、そっと喉を撫でる。


『一方、ボクの大事な主の魂はボクの首と共に加工され、狂王の下僕と成り果てました』

「……そうか」

『主は今や、自身を殺した相手を蝕み、乗り移っていく呪詛です。惨劇を繰り返しているのは、ボクの主なのです』


 殺した相手に乗り移る呪い。

 これが首なし王子が殺せないまま霊安室に保管されていた真の理由なんだね。


『ボクは主を滅ぼすために存在してるのです。主を愛した姫君の最後の願いですので、必ずや、この仮初めの命をかけて成し遂げるつもりなのです』


 クラウスやオーギュストと目を見合わせる。

 これが本当なら、クラウスがホレくんを封印することはないと思うけど、どうかな?


「……では何故、過去においてお前は金狼王子を滅ぼせなかったんだ?」


 クラウスが問う。


『ボクは、祖国の剣士たちに捕らえられ、つい最近まで封印されていたんです……』

「お前がハーファンの魔法によって作り替えられたせいか?」


 ホレくんは無言で頷く。

 仲の悪い隣国同士のことだ。

 北の守護獣であるホレくんを、人工精霊として復活させるのは国辱ものと考えたのだろう。


『主が夢も見ないほどの完全な眠りに落ちると、ボクは意識を取り戻し、実体化できるようになっています』

「そいつが意識のない間だけ、活動できるのか?」

『はい……雪銀鉱の(くびき)から逃れた今、ボクは覚醒している間に主を捜さねばなりません。だから、どうかお願いします、ボクに自由を──』


 いつの間にか、ホレくんの体は金色の粒子になって空気に溶け始めていた。


『……ああっダメだっ、また主が……ご、ごめんなさいっ……しばらくの間お別れです』


 金色の光が溢れ、空気に溶けるように消える。

 ホレ君のいたその場所には、一片の羊皮紙が残っていた。


 クラウスが取り上げる。

 その紙片は、小さな字でみっしりと呪文が記述されていた。


「これが奴の呪符か。確かに古い時代のハーファンの文字が使われているな」


 しかし、どうしてホレくんは今頃出てきたのだろう。

 なぜクロエの元にいなかったのだろう。


「オーギュスト様、クラウス様、この件はどうしましょうか」

「様子見だろうな。悪い子じゃ無さそうだけど、北と東の確執のせいで取り扱いが難しすぎるぜ」


 そう言って、オーギュストはちらりとクラウスを見た。

 ハーファンとしては有効な駒だろうけど、表沙汰にしたらルーカンラントが黙っているわけがない。

 クラウスは深いため息をついた。


「ならば、俺がしばらく管理しておくとしよう。万霊節が終わったら、色々な方面にでも相談するか」


 クラウスは薄い箱状結界を展開して、呪符を取り込んだ。


 とうもろこし迷宮の事件はひとまず解決だが、新たな問題が増えてしまった。

 中途半端な解決で、資料庫の主が怒りそうな展開だ。

 しかし、何とか万霊節に間に合ったので、生徒会活動としては上々である。


 もう遅い時間なので、この場はお開きということになり、私たちは解散することにした。

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