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亡霊は彷徨う5

 翌週の第一曜日。

 就寝の一時間ほど前の時間帯に、私はハロルドの工房に向かった。

 ゴーレムの顛末と例の剣についての報告だ。


「ふぅん、ゴーレムによる剣の鍛造かあ。俺もその剣を見てみたかったかも……」

「それは良かったわ。あれがその剣よ」


 ハロルドの工房の隅に積んであった麻袋に、その剣は突き立ててあった。


「はあっ、いつの間にっ!?」

「クロエが放課後に。前にもらった合鍵を、彼女に貸しておいたのよ」

「ていうか、なんで俺の部屋にあるの!?」

「クロエが保管場所に困っていたので、ここに置こうかなって」


 と言っても、クロエ自身が直接的に困ったわけではない。

 同室のベアトリスに支障が出てしまったのだ。

 学寮の狭い部屋に剣を置いておくと、室内でベアトリスが一つも魔法を使えなくなったらしい。


「置こうかなって、じゃないでしょ!」

「工房棟の部屋なら、大きなゴーレムも組めるくらいには広いし。一番無難かなって」

「無難かなって、あんまりでしょ!」


 確かに、もう少し無難な感じに置いたほうが良いのではと、私も思う。

 でもまあ、クロエだから仕方ない。


「あの娘、綺麗な顔に似合わず、すごく乱……暴だよね。いかにも、あんたの友達って雰囲気だ」

「綺麗な顔。そう、気に入ったのなら紹介するわ」


 おおっ、フラグ発生!?

 薄幸の美少女クロエと、ガタイが良くて気さくな偉丈夫ハロルド。

 なかなか相性良さそうだし、いいんじゃないかな。


「い、いや〜、遠慮しておくわ。……ただ者じゃないでしょ、あの娘。なんかヤバそうな感じするしさ」

「顔も性格も可愛い彼女の、何が問題なの?」

「うまく言えないけど、危険な感じがするんだよ!」


 ちっ、すぐに却下されてしまった。

 ……もしやクロエの溢れる戦闘能力に気がついた?

 ハロルドって野生の草食動物みたいな危険感知能力があるのかも。


「で、俺に頼み事って何さ?」


 まあ無理強いも出来ないし、本題に入ろうか。


「これを調べて同じ機能を持つ鞘を作って欲しいの」


 小鞄(ポーチ)を、ハロルドに渡す。

 クロエがブラドから渡されてたものである。


 範囲型の解呪が常時発動するとなると、氷銀鉱の剣は使いにく過ぎる。

 なので、ブラドの小鞄と同じ解呪効果の遮断機能をもつ鞘の作製をお願いしたいのだ。


「あとゴーレムの再調査をお願いするわ。再利用可能なら使いたいの」

「はいはい、それならすぐ出来るからいいよ」

「それに剣の調査かしら。効果範囲や魔獣、ゴーレム、その他魔法道具などに対する影響などが気になるの」


 この手の事柄を相談できるのがハロルドしかいないので、用件山積みである。

 申し訳ないけど、今更遠慮する間柄でもないしね。


「やれやれ、大変な注文ばっかりのお客さんだなあ。で、優先順位はどんな感じ?」

「鞘とゴーレムは同じくらいの優先度でなるべく早く。剣の調査はゆっくりでいいわ」

「それだとゴーレムが楽だし、さっそく見ておくかな」


 ハロルドが壜を暖めて、霧のゴーレムを起動した。

 すぐに壜の周りを薄く霧が取り巻くが、それ以上の動きがない。

 しばらく待っても、例の白い手は現れないようだった。


「これって人工精霊もいなくなったということ?」

「いーや。ちょっと静かにして耳を澄ましてみて」


 ハロルドに言われた通りにしばらく静かに耳を澄ます。

 すると、小さな声が聞こえてきた。


『……現在、……までの呪文登録が可能です。呪文登録を行う場合、人工精霊を呼び出し、規定範囲内で呪文詠唱ないし、短杖による呪文発動を行って下さい。現在、最大……』


 一分に一回程度の頻度で繰り返される言葉。

 ゴーレムの機能に関する音声案内のようだ。


「人工精霊からのメッセージだよね。どうやら元々仕込まれてた解析不能な処理の大部分が消えちゃったみたいだけど、そのせいで空き領域が出来てるみたいだ」

「え? 空き領域?」

「この人工精霊付きのゴーレム、新しく呪文を組み込めるってことさ。もちろん、人工精霊に可能な処理に限定されるだろうけど。あー……これ、使いようによってはすごく便利だな」


 ハロルドは満面の笑顔を浮かべた。

 楽しそうな玩具を手に入れて嬉しそうだ。


 仕組みとしては、スマホとアプリの関係みたいなものなのだろう。

 プリインストールされていたアプリを消したら、色々インストールできるみたいな。


「それって違法じゃないの?」

「いいや、ゴーレムの改造も人工精霊の改造もしてないから合法じゃないかな。白い手も呪文登録機能を使ってたみたいだし、あれが学園長公認で起動実験できたんだから、今回もお咎めなしでしょ」


 本体側の改造はしてないから合法か。

 うん、たしかにこれなら大丈夫そうだな。


 ハロルドは試しに人工精霊を呼び出してみる。

 ゴーレムの外見に変化はないが、霧が円を描くような形に広がる。

 耳を澄ませて音声案内を聞いていたハロルドが、感嘆の声をあげた。


「へえ、これは便利だよ〜。発動する魔法に条件付けもできるみたいだ」

「どうやって組み込むの?」

「この霧で囲んだ範囲で登録を受け付ける。ここで呪文を詠唱したり、短杖を使うと、魔法が実行される代わりに吸い込まれるんだってさ。条件付けしたければ、呪文登録時に音声で命令するみたい」

「なるほど……魔法吸収ってわけね」


 ティルナノグと同じ機能を持っているゴーレムってことか。

 なかなか便利かも。


「しかも、短杖では難しいような、人工精霊の補助が必要な呪文まで組み込めるってわけ」

「それは面白そうね……!」


 人工精霊の補助が必要な魔法はいくつか見たことがある。

 例えばハイアルンが使っていた自動防御魔法の凝結の盾(コンデンセイション・シールド)

 不意打ちされることが多い身の上なので、まさにあんな魔法が使いたいところだ。


「やってみたいわ! でも、誰か人工精霊に詳しい人っている?」

「万霊節が終わった時期なら、クラウス様にお願いできるんじゃないの?」

「そうね、クラウス様なら何でも得意だし!」

「あんたが頼み込めばイヤとはいわないだろうしさ〜。いいな〜、俺もやってみたーい!」


 ハロルドと両手を合わせて盛り上がる。

 そのとき、几帳面そうなノックの音が響いた。

 唐突にドアが開く。


「いるか? ニーベルハイム。定例報告にきたぞ」


 現れたのは、エヴァン・ハイアルンだ。

 例の犯人であるロアルド・スランの報告をしにきたのか。


 これはいいタイミングに、良い人材が手元に転がり込んできたな。

 ハロルドに目配せをすると、いい笑顔を浮かべた。

 どうやら彼も同じことを考えていたらしい。


「ハイアルン先輩! おやおやおや、実に良いタイミングで〜!」

「お久しぶりです、ハイアルン先輩」


 私とハロルドはほぼ同時に立ち上がり、前後からハイアルンを挟む。

 不穏な空気を感じたハイアルンは、頬を引き攣らせた。


「ううっ、エーリカ嬢がいるなんて、聞いていないぞ!」


 おおっと、私に怯えているのか。

 なんで怖がるんだろう。

 真面目で誠実な先輩を、ちゃんと敬っているつもりなのに。

 私は極力朗らかな笑顔を浮かべた。


「ロアルドは大人しくしている。以上だ。だから俺はもう帰るからなっ!!」

「まあまあ、お茶でもいかがですか? ちょうどハイアルン先輩のお話が聞きたいって思ってたところなんですよー」


 ハロルドはハイアルンを強引に椅子に座らせる。

 そして矢継ぎ早に、都合の悪い部分をまるっと省いてゴーレムの件を説明した。


「凝結の盾を組み込みたい? 人工精霊と一体化したゴーレムに……?」


 ハイアルンはものすごく嫌そうな感じで私たちに聞き返した。

 しかし、ハロルドはもう乗り気だ。

 手もみしながらにっこりと微笑む。

 こういう状態のハロルドから逃れるのは、蟻地獄から逃れるより難しい。


「やー、もう、ハイアルン先輩みたいな凄い人に魔法の協力をしていただけるなんて光栄ですってば」


 嫌とは言わせない勢いでほめ殺し始めるハロルド。

 相棒のノリにあわせて私も、ダメ押ししておくか。


「よろしくお願いします、先輩」

「君たちは相変わらずだな……この部屋に入った時点で俺に選択肢はないじゃないか……!」


 そうしてハイアルンは、ズルズルと協力者になってくれたのだった。


      ☆


 ゴーレムをハロルドとハイアルンに任せて、三日が過ぎた。


 私も平和な日常に戻っていた。

 霧のゴーレムによる怪奇現象も起こらなくなって、学園も生徒会も一安心だ。

 そうして平穏無事に大食堂で仲のよい友人と放課後を過ごしていたら、クラウスがやってきた。


 まわりに残留していた女生徒から、黄色い声が上がる。

 相変わらず人気のご様子だ。


 でも、まだまだ忙しいんじゃなかったっけ。

 クラウスは生徒会で行っている万霊節の準備で大忙しだったのでは?


「エーリカ。兎に角、すぐに来てくれ」


 クラウスは、有無を言わさず私を人気のない廊下へ引っ張っていった。

 こんなに急いでいるなんて、どうしたんだろう?


「一体、どうなさったんですか、クラウス様」

「怪異退治だ」


 おや、どういうことだ。

 何か怪異が起こっていたっけ?


「お前が解決したはずの怪異が、まだ続いている」


 学園東南部にある立ち枯れたともろこし畑を使った、巨大とうもろこし迷宮(コーンメイズ)

 そのとうもろこし迷宮の内部で、怪しい影が目撃されているのだという。

 生徒を十人ほど割いて迷宮を作製中なわけだが、そこで奇妙な目撃情報が多発しているのだそうだ。


 しかし、ゴーレムの件ならきっちり解決してる。

 再発は絶対ないと断言できる。


 それ以前に、とうもろこし畑は霧のゴーレムの移動ルートとはかすりもしない領域だ。

 なにより、水がない場所にあの(ゴーレム)は興味がなかった。


「もしかして、それは……」


 私はもう一つの可能性に思い当たる。


「この学園を彷徨っていたのは、お前のゴーレムだけじゃないってことだ」


 他にもいるのか。

 この学園、怪現象起こり過ぎでしょう。


「まるで狼のような影を見たとか、遠吠えを聞いたとか、どうやら幽霊とも幻獣とも判断つかない状況だ」

「それは怖い話ですね」

「このせいで迷宮の進捗率が下がっていてな」


 あれだけ広いとうもろこし畑じゃ、魔法を使っても大変そうだよね。

 しかし、この怪異、狼のようなっていうのがちょっと怖い。

 どうしても、危険そうな例の怪異を思い出しちゃうんだよね。


「一緒に来てくれ、エーリカ。こういう謎には、お前が一番頼りになる」

「わかりました。すぐにでも……と言いたいところですが、今日はそろそろあの人の再起動の日なんですよね。せっかくだし、今回の件、すこし彼女に調べて貰いましょうよ」

「あいつに頼るのか……」


 クラウスが片方の眉をぎゅっとあげた。

 嫌な思い出でも、浮かんだのだろう。

 無理もない。


 そう、あのドロレスのことである。

 再起動にあたって、彼女を資料室に移動させて呼び出してみようと思っていたのだ。


     ☆


 白い資料庫で、魔法図書館で借りてきた六階の本を開く。

 この本は、人工精霊ドロレスを構成する呪文が書き込まれた本の一つだ。


 キラキラと資料庫中が輝いた。

 鎖を首につけた黒髪の少女が上空に浮かぶ。

 資料の索引用人工精霊、ドロレス・ウィントの再起動だ。


「ふぅん……今度はちゃんとここで起動したのね。上出来だわ」


 一か月も待たされたのはうんざりだけど、ちょうど良いタイミングで復帰してくれた。

 例の〈奇譚蒐集者の会〉のことも気になるが、まずは、火急の用事だ。

 今回の怪異にどれだけ対応できるのか。


「聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「なによ? つまらないことだったら承知しないわよ?」


 私はドロレスに新たな亡霊の目撃例を話す。


「とうもろこし迷宮の怪異……該当資料なし。それは恐らく本当に新しい怪異だわ」


 この学園に現れた、本当に新しい怪異か。

 とても嫌な予感がする。


「賢い私は検索範囲を拡げてあげるわ。狼の怪異……多すぎるわね。そして要注意項目に抵触。優しい私が、万が一のために一番危険な狼の怪異についての資料を用意してあげる」


 ドロレスが一冊の本を書架から引き寄せる。

 ページを開くと、天井に浮き彫りにされた月が鮮やかな色彩を放つ。

 柔らかに降り注いだ色とりどりの光が、次々と本の中へと吸い込まれていく。

 白紙だったページには、金や茶色、青、赤で書かれた文字の数々が現れた。

 真っ白だった装丁も、にわかに歴史を経た痕跡の残る飴色の革装丁に変わる。


 資料庫の書物は、ドロレスが参照するときのみ、本来の姿に戻るようになっているのか。


「一番危険な狼の怪異……金狼王子について、現在手元にある資料の中では、これが最古のものよ」


 ドロレスの手元から浮遊魔法で私の目前に本が浮かんできた。

 私は手に取って、パラパラとめくる。

 大昔のウィント家の魔法使いが記述したらしい書物で、題名には「呪詛と汚辱の戦争史」とあった。


「ドロレス。そういえば、この金狼王子が空っぽだった首なし王子の霊安室の本体(・・)なんですって」

「関連情報追加……該当資料を紐付け……」

「幻獣博物館には、屍都につながる階段も、霊安室もあったわ」


 ついでに、事の顛末を伝える。

 死の世界への階段が屍都にのこる呪術の影響だったことや、血塗れ聖女の顛末。


「あなた、見かけによらず手際がいいわね。あとで記録したノートをここに置くのよ?」


 ドロレスは嬉しそうに笑った。

 その無垢な笑顔は、やっぱりベアトリス・グラウに似ている。


「すると首なし王子の資料もあった方がいいわね。かなりの量になりそうだけど心の準備は?」

「問題ないわ、ドロレス。ありったけを頂戴」

「言ったわね。容赦なく積むわよ」


 ドロレスの周りに、新たに何冊もの本が浮かび上がった。

 彼女は次々と新たな書物に、情報を戻していく。


 南方呪術大全の書き写し資料。

 呪術師の歴史の第二部。

 そして、隷属呪術研究者の日誌の写し、十五冊。


 私の持っている本の上に、次々と本が積み上げられていく。


「どうせ読むのに時間がかかるでしょう。優しい私が貸し出しの許可を出してあげる」

「ありがとう、ドロレス」

「そのかわりさっきの約束、絶対守りなさい。いいわね?」


 そう言い残すと、ドロレスは再び消えていった。


「あの幽霊、今回は役に立ったようだが、まさかこんな量の本が出てくるとはな。重いだろう?」

「え、ええ」


 クラウスが呆然とした顔で、高く積み上がった本を引き受けてくれた。

 しかし、この量、すぐには完読できなさそうだ。

 どうしようかな……。

 あ、そうだ──


「ありがとうございます、クラウス様。あの、出来ればこの本の調査も助けていただけますでしょうか?」

「ああ、手伝ってやる」

「感謝します、クラウス様!」


 そうして私たちは、大量の資料を山分けした。

 クラウスには、隷属呪術研究者の日誌の写し十五冊分を調査してもらうことになった。


「そういえば、クラウス様は金狼王子についてご存知なんですか?」

「ああ。ハーファンの旧王家とも縁深い話だからな」


 金狼王子の許嫁は、ハーファンのお姫様だ。

 北では、呪われた王子を自ら殺そうとした、猛々しい魔女だと伝わっている。


「今回の件が、もしも本当にその金狼ならば、俺が仕留める」


 実際に、伝説の怪物相手でも怖じけることはないんだよなあ、この人。

 空間や時間の魔法に長けるクラウスなら、よほどの事がなければ対応可能だろう。


「万が一のこともある。頼んでおきながらすまないが、今回は俺一人でいったほうが良さそうだ」


 クラウスが真剣な眼で私を見つめる。

 私は軽く微笑んで答える。


「折角なので付いていきます。一度引き受けたのですから」


 攻撃は最大の防御だ。

 クラウスが負けることはないだろうけど、取り逃がしの可能性も潰しておきたい。


「お前に何かがあったらどうする」

「何を言っているんですか。クラウス様の横は世界で最も安全な場所の一つじゃないですか」


 長きに渡る鍛錬に耐えきった、魔法使い。

 それがクラウス・ハーファンだ。

 その協力を得ても危険に陥るのなら、誰と一緒にいても危険に違いない。


「……そうか……お前がそこまで言うなら……仕方ないな……」


 何故かクラウスは、恥ずかしそうに目を背けた。

 あれ、なんか変なこと言っちゃったんだろうか。


 でもまあ、許可が出たし、深く突っ込まなくてもいいか。


「では、明日は資料を読むとして……現場の調査は明後日だな?」

「ええ、よろしくお願いしますね、クラウス様」


 その日は、大量の資料を抱えて、私たちはそれぞれの自室に帰っていったのだった。

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