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亡霊は彷徨う3

 学園の北部の湖沼地帯にある小さな岩山の前。

 霧のゴーレムは、岩の裂け目から中の晶洞へと潜っていった。

 この晶洞の内部では魔法が阻害されるらしいので、準備が必要だ。


「魔法使いが二人もいるのに、いざと言う時に役に立てそうにないのは、困りますよね」


 アクトリアス先生は意味ありげな視線をブラドに向ける。

 ブラドがため息を一つ漏らす。


「仕方ないが、護衛代わりを呼んでおこうか」

「いいのかい、ブラド。それは、つまり、その……」

「どうせ彼女たちも、もう気がついているのだろうし、問題ないだろう?」


 ブラドは長い呪文を詠唱した。

 いくつかの音節に授業で習った小呪文や名辞が含まれていたが、圧倒的に複雑だ。

 大地に金色の魔法陣が広がる。


 召喚されたのは、見覚えのある中型の黒竜だ。

 黒竜が目を開くと、金緑石(クリソベリル)色の瞳が輝く。


「やっぱりあの時の方だったんですね、クローヒーズ先生」


 ブラドは無言で頷いた。

 とっても機嫌悪そうだな……やっぱりバレるのは不本意なんだろうな。


「先生って、時々、他の小型竜もローブの下に隠してるよね……?」


 クロエの質問にも、ブラドは無言で頷くだけだった。

 そう言えば魔力審判の時に、それらしいものを見たような気がする。

 あれは使い魔じゃなくて、小型竜の翼だったんだな。


 そうして私たちは、霧のゴーレムを追って洞窟内を探索を開始した。

 順番は、黒竜、アクトリアス先生とブラド、私とクロエ、ティルナノグだ。


 浮遊魔法は解呪し、光源には魔力に影響されないオイルランプを使う。

 これで急に魔法無効化エリアに入っても大丈夫なはずだ。


 入り口から十メートルほど通路を過ぎると、巨大な白い結晶の乱立する空間になった。

 樹齢数百年の樹の幹くらいの太さの結晶柱がぎっしりと立ち並んでいる。

 こんな大きい晶洞が、身近にあるなんて、びっくりしてしまう。

 まるで自分たちが小人になって結晶標本の中に迷い込んだようで、サイズ感が狂いそうだ。


「なんだかすごく綺麗。エーリカさんの魔法にちょっと見た目が似てるね」


 クロエは目をキラキラさせて辺りを見回していた。

 たしかに見た目は水晶塊(クリスタルクラスター)で、槍を生成した時に似てるかも。

 でも、光沢を見た感じ、ここの結晶は──


「この晶洞の結晶は透明石膏(セレナイト)だ。彼女の使う石英(クォーツ)結晶(クリスタル)ほどの硬度はない。頭上や足元に注意するように」


 ブラドが訂正し、注意喚起する。

 そう、ここの巨大結晶は石膏だ。

 硬度は、石英七度、石膏二度なのでかなりの差があるのである。


「綺麗で目には楽しいですけど、歩くのはけっこう大変です……気をつけてくださいね、皆さん」


 そんなことを言うアクトリアス先生本人が、今にも転びそうな不安定な足取りだ。


 私は試しに星水晶のランプを取り出してみた。

 灯りが弱くなったり、消えてしまう場所がある。

 なるほど、魔法はあまり使わない方が良さそうだな。


「こう言う場所には野生種の魔獣が棲みつきやすくなっています。隔離された空間で独自の生態系が作られているのですよ」


 アクトリアス先生が前方をランプで照らしながら、注意を促してきた。


「……みなさん静かに。化け茸が棲みついています」


 十メートル先に、大きな化け茸が眠っていた。

 かなり年数を経て巨大化した茸だ。

 こんなのが叫んだら、そりゃ鼓膜も破れちゃうよね。


「あれも食べられますか、アクトリアス先生?」

「はい、実は野生のほうが美味らしいのですが、このサイズになると下処理の必要がありまして、まずはよく洗って塩水にさらします。次に──」


 クロエは相変わらず余裕そうに、アクトリアス先生と話していた。

 お料理好きのアクトリアス先生と、食いしん坊万歳なクロエは相性が良いのかもね。


 私たちは静かに茸の横を通り抜ける。

 なんとか無事に、超巨大化け茸をやり過ごすことができた。


「菌糸が続いていますね……この先にも群生地がありそうです。静かに……注意深くいきましょうね? おや、あれは……」


 アクトリアス先生が私たちを制して、前に進んでいく。

 そして、若い個体の化け茸が群生している場所を、じっと見つめる。


「これは食い荒らされていますね……歯形から見て、おそらく野生の白色ワームがいます。気をつけてください」


 クロエはすぐさまアクトリアス先生の元に駆け寄ろうとする。

 しかし、その動きをブラドが制した。


 野生の白色ワーム。

 毒耐性や火耐性も持ち、物理耐性も高い危険生物だ。


 さらには催眠攻撃を行う場合もある。

 魔法抵抗の増強もできないこんな場所で、催眠は危険だ。

 どうすればいいだろう?


 アクトリアス先生は結晶柱についた細かな傷をたどり、天井を見上げる。


「おそらく頭上の結晶に相当量のワームが隠れています。ブラド、お願いできるかな?」

「了解した。……ボアズ」


 ボアズと呼ばれた黒竜は、結晶の間をすり抜けて上昇し、電撃のブレスを吐いた。

 黒焦げになった白色ワームが、天井の結晶の隙間からこぼれ落ちてくる。


「ありがとう、ブラド。これで一安心かな……」


 アクトリアス先生はしゃがみ込み、電撃で焦げたワームの死骸を確認する。


「あぶない、アクトリアス先生!」


 クロエの声が響く。


 天井の結晶にひびが入る。

 一メートルほどの大きさの褐色のワームが、ひび割れた結晶の間から何匹も這い出てきた。

 続いて、似た色合いの小さな褐色ワームもワラワラと溢れ出す。


「褐色……いけない、変異種です!」

「あれらがこの群れの母体か。下がれ、エルリック!」


 ブラドの叫びと同時に、黒竜が羽ばたく。

 巨大ワームのうち、こちらに這い寄ろうとしていた一匹が電撃で焼き払われる。

 ブラドはアクトリアス先生を巻き込まないよう、慎重に攻撃範囲を絞っているようだ。


 ティルナノグが私を庇うように前に進み出る。


「こちらにきてはいけません!! 絶対です!!」


 天井に残っていた巨大褐色ワームが、アクトリアス先生の上に次々に落ちてくる。

 完全に分断されてしまった。


「アクトリアス先生!」


 クロエが叫ぶ。

 アクトリアス先生は私たちと反対方向に数歩後退するが、あっという間に巨大ワームに群がられてしまった。

 これ、どう助ければいいんだ!?


 その時、アクトリアス先生の詠唱する声がかすかに聞こえた。

 詠唱の完成と同時に、アクトリアス先生の周りに電撃の渦が巻き起こる。


「先生っ!」

「エルリック!!」


 焼け焦げて力を失ったワームがぼろぼろとアクトリアス先生から剥がれていく。


「ええ、大丈夫ですよ……かろうじて魔法が使える場所があって助かりました」


 ワームを一網打尽にするためとは言え、まさか自分ごと電撃魔法で巻き込んで攻撃するなんて。

 攻撃魔法をつかうアクトリアス先生を初めて見たが、なんて捨て身な人なんだろう。


 アクトリアス先生の衣服はボロボロになっていた。

 そのせいで体のところどころが露になっている。


 アクトリアス先生の皮膚は、銀色の光沢を放っていた。


 巨人は金属質の表皮をしている、とお父様に聞いたことがある。

 つまり、これは、アクトリアス先生は巨人施術を受けている証だ。


 クロエが長剣を抜いて、前に進み出る。


「なんで……先生が……?」


 クロエの声がわずかに震える。

 こんな風に困惑する彼女を見るのは二回目だ。


「大丈夫ですよ、クロアキナさん。私は皆さんを攻撃しません。指示を組み込まれた兵器じゃなくて、人間ですから」


 その言葉を裏付けるように、金属のようだった表皮は、次第に普通の白い肌にもどっていく。

 わずかに躊躇したクロエだが、おとなしく剣を鞘に収めた。

 アクトリアス先生はいつもと変わらない微笑を浮かべた。


「これは誤魔化しのできないバレ方ですよね。これからその理由を話します。どうか、秘密にしてくださいね?」


      ☆



 黒竜が電撃のブレスで、生き残りの小さな褐色ワームを徹底的に焼き払う。

 その様子を見てティルナノグがそわそわしていたので、私は油入りの壜を渡した。


「こっそりと捕まえてね。そうしたら後で食べていいわよ」

『うむ!』


 ティルナノグは小さな二匹の褐色ワームを捕まえて壜の中に入れる。

 私はその間に霧のゴーレムの核を捕らえて、ローブのポケットに仕舞った。


 これでアクトリアス先生の話を聞く準備は整った。


「どう足掻いても言い訳になってしまうのですが、話させてくださいね」


 アクトリアス先生は言いにくそうに、お話を始めた。


「私は、すこし面倒な事情で、幼少時にこの施術を受けていました」


 生物の脊椎に打ち込む、呪術を込められた釘。

 そんなものを幼少時からって、どんな拷問なんだろう。


「こちらの大陸に渡ってからは、器具を取り除く施術を続けていました」


 でも、釘を施術されるということはアクトリアス先生は奴隷だったのだろうか。

 ギガンティアの貴族階級だと言ったハロルドの見立てとはズレてしまう。


「しかし、六年前の大火傷で、回復のために器具を元に戻さざるを得なくなりました。普通の人間だったら、生体の移植でどうにかなったらしいんですが、どうにも適合しませんでしたので」


 アウレリアには人工生命(ホムンクルス)技術の名残の生体生成技術がある。

 だから、お金さえ積めば人体の通常機能の復元は容易い。

 その人自身の肉体から移植用の部品を生成して移植するのが定石だ。


「呪釘の施術は難しく、この大陸ではかろうじて彼が再現できるくらいなんですよ」

「もう全摘出しても良い時期だろう。充分に君の肉体は再生した」


 ブラドが口をはさんだ。

 そうか、アクトリアス先生の体に釘を戻していたのか。

 施術を受ける側も、施す側もかなり負担が高い行為じゃないか。


「こういう身体であることを、ずっと憎んでいたんです。でも、私は逆にこれに守られてしまった。だから私はそろそろ受け入れようと、そう決めたんですよ」


 アクトリアス先生は、そっと私たちから視線を外した。

 静かに手を眺めている。


「この釘は南方では本来、最高司祭──つまり王を打つためのものでした」


 そんな話は初耳だ。


「跋扈する血啜り対策でもあったんですよ。これは魂を拘束して吸血鬼化を防ぐことができるのです。そうして、私たちは、血啜りを排除する代わりに、別の化物になることを選んでしまったのです」


 体に釘を打ち込んで異形の人間になるか、人食いの化物になるか。

 究極の二択。


 でも、指導者層が吸血鬼に変わっていたら、ヒトの国はお終いだ。

 だからギガンティアは、異形の王を選んだわけか。


「南では、釘打たれたものは、聖なる者、あるいは聖騎士(パラディン)、と呼ばれます」


 南方の人々がこんな呪わしいものを、何故聖なるものと呼んでいたか。

 お兄様があの時これを聖釘と言ったルイの失言に即座に気がついた理由は、これを知っていたからか。


「強大な連合王国との戦争、内部で人狩りを繰り広げる血啜りたちに対抗するためには、私たちはこの施術をさらに貴族階級にも拡げるしかなかった」


 アクトリアス先生は淡々と続けた。

 授業のときに似た静かな口調の中に、抑えられた感情が滲んでいる気がする。


「しかし、状況は悪化の一途を辿り、とうとう異民族から駆り集めた奴隷にまで施術を行うようになりました。技術も劣化し、強制隷属化の呪いも組み込まれて、もはや倫理的に許されない領域にまで踏み込んでしまった……これが祖国の内実です」


 つまりは、本来の巨人化施術は貴族階級の義務的な自衛方法だった。

 それがただの戦争の兵器に堕ちてしまったということか。


「ギガンティアの死んだ前王は、現在の泥沼的な状況を作り出した暗君でした。でも暗君とはいえ前王は釘打たれた正統な王でした。そして彼の血を引いて、帰還を願われている末の王子がいます」


 今まで平静に響いていた声が、わずかに震えた。

 アクトリアス先生は静かに瞳を閉じた。


「ただ一人釘を打ち込まれた王子は、いずれ南の地に帰ることを臣民から切実に望まれていることでしょう……」


 言い終わると、アクトリアス先生はゆっくりと瞳を開いた。

 ああ、たしかにこの人の瞳の灰色は、紫色を帯びている。

 南の大陸に(ルーツ)をもつ人々の、瞳の色だ。


「これで納得してもらえたでしょうか? 私が身動きができない身だと」

「でも、それって、その……あなたが」


 クロエが口にしかけると、アクトリアス先生は人差し指で唇を抑えた。


「絶対に、内緒ですよ?」


 そして、内戦の続く混迷の王国の、正統な王子は儚く笑ったのだった。

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