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秋の魔法学園6

 その日のハロルドの工房は、いつもよりさらに乱雑に散らかっていた。

 日頃はかろうじて足の踏み場があるのに、今日は一歩も踏み場がないのである。


「これは……」

「酷いでしょ?」

「万霊節の準備で大変みたいね。この前は化け茸で大忙しだったみたいだし」

「大変だったさ〜〜! 霧吹きすれば簡単に寝付いてくれるんだけど、数が数でしょ?」


 ハロルドは足で木箱やら巨大なゴーレムの部品やらを押しのけて歩ける場所を増やす。

 そして長椅子のあるところまでの道を切り開いていく。


「その件はまことに申し訳ないわ」

「まあ生徒会は面白いし、お陰で繋がったコネもあるし、悪くはないよ。さあさあ、どうぞどうぞ」


 ハロルドに勧められて、私は長椅子に腰を下ろした。


「では、例の話なんだけどね」


 まずは、現状報告だ。

 霧のゴーレムの核を詰めた壜を鞄から取り出して、ハロルドに渡す。


「ふーん、これを学園内で自由に動かしてみたってことか」

「ゴーレム内の処理じゃなくて、触れない部分の、つまりは人工精霊の部分の処理を確かめてみたのよ」


 霧のゴーレムの本当の機能は人工精霊部分にあって、そのせいで未だに謎の挙動を続けている。

 もちろん、未だにあの遺言じみたメッセージも流れてくる。


「やっぱり、このゴーレムは何かの使命を抱えたままなんじゃないかなって、気になったの」

「なるほどね。しかしまあ、よく許可がおりたなあ……」

「まあね、日頃の行いが良いから」


 学園長先生に無理なお願いが出来るようになった件について、ハロルドには理由を説明してある。

 と言っても、吸血鬼関連は隠蔽して、ある種の幻獣がいたと伝えただけなのだけど。


「それで、結果はどう?」

「法則性が見えてきたわ。これが十日ほど確かめてみた経路よ」


 私はまとめた資料をハロルドに渡す。

 ハロルドはそれにじっくりと目を通していった。


「あー、本当だ。こいつは面白いね。どこからスタートしても北へ向かってるわけか」

「これ、ブラックボックスになってる人工精霊の部分の処理よね?」

「……まさか、今更ルーカンラントの姫君を探し出して会おうとしてるわけ?」


 ハロルドが呆れ顔を浮かべる。

 確かに、それはあり得るかもしれない。


「それでね、どうしようか迷っているのよ。ここで諦めるべきか、それとも続けるべきか」


 続けるなら、実験範囲を学園外にも拡げてみたいのである。

 このゴーレム、どうにも気がかりだ。


 ハロルドは資料に眼を落としながら、しばし熟考する。


「う〜ん、距離に制限をつけて、段階的に動きをみてみるのはどう?」

「あら、止められるかと思ったのに」

「だってあんた、この彷徨うゴーレムのことを可哀相って思ってるでしょ?」


 ハロルドは眉毛を八の字にして、私の顔を覗き込む。


「もういない主人のため、もういない姫君を捜しているコイツが見捨てられないんでしょ?」


 心の内を見抜かれて、少々驚いてしまう。

 今回の件でそんなこと口にしたことあったかな。


「よく分かったわね」

「わかるさ。あんたって見かけに寄らず感傷的だから。まあ、見届けてやりなよ」


 ハロルドは人なつこそうな笑顔を浮かべた。

 子供の頃から変わらない笑顔だ。


「帆張れば航路見ゆって言うし、いっそ冬休みにルーカンラント観光とかどうよ?」

「なるほど、それはそれで楽しそうね」


 信頼するハロルドにも、やりたい方向に後押ししてもらった。

 冬休みまで無事に生きていられたら、ルーカンラント旅行も悪く無いかも。


 でも、まずは学園近隣に範囲を絞っての調査からだ。

 あとで学園長先生に報告と連絡と相談をしてから、きちんと許可もらおう。


 ちょうど方針が決まったところで、部屋にノックの音が響いた。


「こんな時間に、誰かしら?」

「うげぇ……生徒会の面子が俺を連れ戻しにきたのかな……」


 ハロルドが大袈裟にため息を吐いた。

 こんな時間に急に入る用事なんて、厄介な案件だろうから仕方ないね。


「よお!」


 聞き慣れた声とともに扉が開くと、そこにいたのはギルベルトとロブだった。

 おや、ノットリードからこんな時間に来たんですか?


「おお〜い、坊ちゃん、俺だよ、俺!」


 ドアを開けっ放しにして、ギルベルトが手を振ってきた。

 ロブや後ろに控えたゴーレムに、大荷物を運ばせているようだ。


「おおっと、エーリカ嬢もいらっしゃるとは! お久しぶりですね、西の姫君。ご機嫌麗しゅう」

「お久しぶりです、ギルベルトさん、ロブ。お二人ともお元気そうですね」


 ギルベルトは相変わらずの詐欺師じみたた伊達男ぶりで愛想を振りまく。

 冷淡そうな印象は薄らいで、今はもう完全に陽性の笑顔だ。


「ええ〜〜、兄貴、なんで〜〜? それにロブも〜〜!?!?」

「頼まれてた短杖の貴重材料、希少鉱物、幻獣の化石、髄液でしょ。それに万霊節用の衣装とか運んできたわけですよ」

「そうだった! そうだったね、兄貴」


 短杖や天界の眼アイズオブオーバーワールドの充填に必要な材料を持ってきてもらってたんだっけ。

 過去視(ウルズサイト)の杖の芯材に、各種幻獣の素材など、非常に高価なアイテムばかりだし、一人じゃ運べないよね。


「しかしまあ、これじゃ荷物も置けやしない。ロブ、荷物が置ける程度でいいから掃除してくれるかね?」

「はい、かしこまりました」


 ロブは廊下に大きな鞄をおいて、さっさと掃除片付けを始めた。

 ひょいひょいと床上のモノを器用に避けながらギルベルトは椅子に座る。


「ああ、やっぱり母校懐かしいなあ。そこかしこから学術的な香りがする〜!」

「まったく、兄貴は、一言でも言ってくれれば適当に美味い店でも連れてったのに」


 ハロルドはギルベルトを睨む。

 かなり不満げなご様子だ。


「大丈夫、大丈夫、上等の宿は取ってあるし、うまい飯屋も知ってるからな!」


 ギルベルトはいつもの調子でへらへら笑った。

 長年の仲ゆえの気安い態度だ。


「でもさー、なんでここまで散らかってんの、坊ちゃん。もう少しはお片づけできる子でしょ?」

生徒会(デュナメイス)に選出されて、万霊節の準備してるからだよ、兄貴ぃ」

「はぁあ〜〜、坊ちゃんはあの栄えある生徒会の一員なわけ? すっごいな! 聖典朗読とかもしてるんだ?」

「うぐぐ。ま、まあ、そうなんだけどさあ」


 ハロルドはきまり悪そうにギルベルトから顔を逸らす。

 それからギルベルトの冷やかしが始まった。


「生徒会だけが使える社交室とか!」

「お、おうよ」

「やたら綺麗な上級貴族のお姉様方とお茶会とか!」

「ま、まあね」


 ハロルドは、羞恥で頬を染めながら反抗的な態度で返す。

 こういうところはまだまだ子供っぽくて、微笑ましいなあ。


 それを傍目にみながら、私は掃除をおえて荷物を積み終わったロブに声をかけた。


「お疲れさま、ロブ。ニーベルハイムからの長旅の後に大変だったでしょう?」

「勿体ないお言葉を。ありがとうございます、お嬢様」


 少しだけ怯えた様子のロブだった。

 あの路地裏の一件で出会ったせいで未だに怖がられている気がするが、仕方ないよね。

 何か無難そうな話題をふってみるか。


「あなたも学園は懐かしい?」


 ああっ、うっかり口に出してしまったけど、ぜんぜん無難な話題じゃないぞ、これ。

 貴族に追いつめられて学園から出ていくはめになったロブの、触れては行けない部分だった!

 我ながらデリカシーの無さに呆然としてしまう。


「とても懐かしいです。色々あって俺は万霊節に学園を出たせいもあって、この時期は特に」


 私の不躾な質問に、ロブは穏やかに答えてくれた。

 色々あったけど、もう過去のことになっているのか。

 それとも、私に気を使ってくれたのか。


「俺と相棒も学園から逃げ出したのは万霊節だったよ。祭の喧噪の最中にここを出て行ったんだよな〜」


 ロブの言葉を聞きつけて、ギルベルトが食いついた。

 こっちは計画的退学らしいので、ぜんぜん気にしてないんだろうな。


「どうしてまた二人とも万霊節の時期を選んだのさ」


 ハロルドが首を傾げて問うと、ギルベルトも首を傾げた。


「分かんないかな? それはね、坊ちゃん。万霊節の夜なら、生徒が街を自由に出歩けるからだろ?」

「あ〜〜、そういうわけ」

「そうそう。俺らみたいな訳ありは退学するにも面倒だからね。都合がいい時期を狙って逃げ出すわけだ」


 万霊節の時期は学生が許可証が貰えるので、学園外の街に出られるのだ。

 ちなみに、学園内に入るには、リーンデース市民だろうと偉いお貴族様だろうと招待状必須である。


「昔からそういう伝統もあるらしいですよ、師匠」

「あー、魔の万霊節だな。あの怪談にカコツケて逃げるのが伝統だっけな」


 ギルベルトの口から、学園の七不思議の話が出てきた。


 魔の万霊節の怪異。

 万霊節の日に発生する怪異で、毎年誰かが死んだり行方不明になるというものだ。


「なるほど。魔の万霊節の正体はギルベルトさんやロブでもあるのね」


 ここにも怪異の正体がいた。

 学園から逃げたい人々が、怪異の噂にこじつけて姿を消していたわけか。


 そうして怪異の話題が一段落すると、ハロルドがギルベルトに質問を投げた。


「そういや、兄貴まで、何でわざわざ学園へきたのさ? いつもはロブだけじゃん」

「へへへ。いや、そのね、恩人には伝えときたいなあって思いましてね」

「は? なにそれ?」


 ギルベルトはにわかにソワソワとして、視線をあちこちに逸らした。

 もう良い大人だというのにまるで子供のような態度。

 これは一体どういうことだろう?


「ああっ、そうそう! 美味しい菓子も沢山もってきたんで食べてくださいよ、お二人とも」

「そういう誤魔化しはいいからね、兄貴」

「何か一大事があったんですか、ギルベルトさん」


 ハロルドと私の二人に問いつめられて、ギルベルトはやっと口を開いた。


「………い、いや、それがな、来年あたり子供が生まれるんだよ」

「ええ〜〜〜〜〜〜!!! 兄貴とベル姐ちゃんの子供〜〜〜〜〜〜!!!!」


 ハロルドが盛大に大声をあげる。

 私もびっくりですよ!


「素敵ですね! お祝いしましょう!」

「良かったじゃん、兄貴〜〜〜!!!」


 故郷に帰れて、事業も軌道に乗って、結婚して、今度は家族も増えるわけか。

 おめでたいことこの上ない。

 ベルも長年の恋が叶った上に、子供にも恵まれて言うことなしだろう。


「ほんとはあの真っ黒な旦那にも会いたかったんですがね。どうか、伝えておいてくれますかね、お嬢さん」


 ギルベルトは神妙な顔をしてそんなことを言った。

 あの時、六年前に彼を一生懸命説得していたのはティルナノグだったのを思い出す。


「ええ、きっと喜びますよ」


 そう答えると、ギルベルトはなんとも照れくさそうに笑った。


      ☆


 積もる話を終えて、私は自室に帰った。

 先に帰っていたティルナノグに、ギルベルトのことを伝える。


『くくっ、そうか、ヤツが父親になるのか』

「放蕩息子は完全に廃業して、お父さん側になるみたいね」


 ギルベルトはあの性格だ。

 きっとまろやかな良い家庭を育むだろう。


『ならば、ますます俺たちは、奴らからヒトを守らねばな』

「そうね」


 奴らとは吸血鬼のことだ。

 不穏な動きの多い昨今、最悪の事態を想定して備えなければ。


「パリューグもきちんと眷属を狩っているし」

『エーリカ、お前も吸血鬼対策をしているではないか。本当ならば自分の死の運命で手一杯だろうに』

「まあ、出来ることからコツコツとね」


 例のリエーブルの件もあって、新たに始めた吸血鬼対策がある。

 短杖や食料を備蓄したシェルター的な施設の準備だ。


 シェルターは一つ一つは小さな規模だが、各地の都市や村落に用意を始めている。

 当然、予算は私の身銭(ポケットマネー)から出している。

 かなりお財布的には痛い。


 でも、未来を吸血鬼のヒト狩り場になんてできない。

 絶対に。

 そのためならば、多少の時間とお金は惜しくないよね?

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