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秋の魔法学園5

 翌日の放課後、私はいつもの四人と集まって世間話に興じていた。

 今日の最初の話題は、最近学園に復帰したお兄様について。


「エドアルト様が学園にいらっしゃると潤いがありますのよ! この前なんて、わたくしが初級ゴーレム工学の大荷物を抱えて階段で困っているのをご覧になって、助けてくださいましたの」


 その時のことを思い出したのか、トリシアさんの頬がにわかに染まる。


「大丈夫かい、貸してご覧。君の可愛い手では、これは大変でしょう、ですって! いえ、もちろん、色んな方にお優しいのはよく理解しておりますのよ……でも、その……!」


 まったく罪作りな人だなあ。

 そういうとこですよ、お兄様。


「わたくしも紛失してたノートを拾って届けていただきましてよ〜。わたくしが学舎の廊下に落としていたらしいのですが、エドアルト様が見つけてくださって……でも、まさかお忙しい中、南寮まで届けてくださるなんて……」


 おや、マーキアさんまでそんなことがあったのか。

 地味な善行を重ねるお兄様が目に見えるようである。

 どこまでも面倒見が良い人だよね。


「エドアルト様は、大人っぽい余裕が魅力ですのよ!」

「それでいて、少年のように自由な雰囲気が素敵でしてよ」

「大人っぽい余裕……少年のように自由……ううーん、よく言えばそうですね……」


 異様にフットワークが軽くて、どこにいるかわからないという欠点もある。

 結婚でもしたら落ち着くんだろうか。

 お嫁さんを困らせそうな感じがあるなあ。


「錬金術師としても、お強そうで魅力的ですのよ!」

「分かりますのよ! 絶対守ってもらえそうでしてよ〜〜!!」

「ええ、そうですね、容赦のないところもありますし」


 そうなんですよ。

 お兄様は、ただの優しい男じゃないですよ。

 荒事も辞さないし、手際も良いし。


「エーリカさんと同じで、アウレリア先生もとっても強そうだよね。錬金術師は短杖による遠距離魔法攻撃に加えてゴーレムによる防御及び物理攻撃があると、単体でも極めて難攻不落の要塞になるし」


 クロエは、錬金術師としての戦闘能力に好感度・大か。

 でも、お兄様は私よりずっとトリッキーな動きをしそうな気がする。

 隠し球に奥の手に切り札、沢山ありそうだもんね。


「おそらくお兄様は私より、難攻不落かと思いますよ」

「エーリカさんより? 凄い! いつかお手合わせ願いたいかも!」


 クロエの瞳がキラキラと輝く。

 おおっと、恋愛フラグじゃなくて、なんか別のフラグ立てちゃったかな。

 お兄様、ごめんなさい!


「エドアルト様のおかげで、学園生活は華やかさを取り戻しましてよ。でも、アクトリアス先生の授業がないのは寂しく思いましてよ」

「代理の先生では、話題の豊富さがアクトリアス先生には敵いませんのよ。ね、エーリカ様」

「ええ、雑談のおかげで記憶に残りやすいですよね」


 魔法生物学は別の先生が引き継いでいる。

 しかし、雑談は少なめな安全で真面目な授業になっているのである。


「先生の笑顔が見られないのは、日々の潤い激減ですのよ!!」

「瞳の色も素敵でしてよ〜。皆さまご存知かしら? 灰色のようで、実はうっすらと紫を帯びていらっしゃいましてよ〜」

「あら、そうなんですか?」


 今まで全然気がつかなかった。

 灰色っぽいとばっかり思っていたけど、紫なんだ。


「へ〜、そうなんだ、今度じっくり先生の瞳の色を見てみようかな」


 クロエも気がついていなかったらしい。

 私もあとでこっそり確かめてみようっと。


「南方の血が濃いのかもしれませんね。ハーファンの北部諸島にはカルキノスからの移住が頻繁にあったらしいですし」


 カルキノスの亡命貴族らしいですよ、とは言えないので曖昧に言葉を濁す。

 ハーファンには南からの避難民も多いのは確かだからね。


 北には敵対的友好国のルーカンラント。

 南からはギガンティアの貴族階級の移民。

 そして、霊脈利権の関係上、あまり自らの土地から動かないハーファン古来の民。

 おそらく、これらが排外的な気風の土壌になっているんだろうなあ。


「細いのに、時々すごく重そうな動きをしていて不思議な先生だよね。体術を心得ていそうな重心の取り方をしている割に、異常に不器用っぽいのも」


 クロエは人の動作を良く見ている。

 私から見たらアクトリアス先生はちょっとドジなのかな、くらいなのに。


 そういえば、シトロイユも人の細かな動きをつぶさに見ていたっけ。

 北の人の特徴でもあるんだろうか。


 ……それとも吸血鬼を探してる人はみんなこんな感じになっちゃうのかな。

 怖い話でもあるし、悲しい話だ。


「きっと、体調不良のせいですのよ。クローヒーズ先生のところに通って施術を受けていらっしゃるようですし」


 トリシアさんは、密かにクローヒーズ先生推しだったかな。

 流石、詳しいな。


「ああ見えてクローヒーズ先生は、きっと優しいお方に違いありませんのよ!」

「うんうん、意外にあの人優しいのは分かる。けっこう頻繁に叱られるけど、嫌いじゃないかな」

「あら、クロエさんも、わかってくれますの!?」


 トリシアさんとクロエが共感を深めている。

 意外なところで友情って深まるよね。


「そういえば、ベアトリスさんはクローヒーズ先生に特別指導を受けているんでしたっけ?」


 折角だし、聞き役になりがちなベアトリスに話題を振ってみる。


「えっ……ええ、未来視と過去視について特別に指導いただいておりますが、その……」


 ベアトリスは恥ずかしそうにぼそぼそと答える。


「まあ、過去視ですの?! 希少な資質ですのよ! 素晴らしい才能ですのよ!」

「それに未来視もでしてよ! 極めれば、物語に出てくるような予見の巫女みたいになれましてよ!?」


 トリシアとマーキアから賞賛の嵐だ。


「い、いえいえ、未来視はほんのちょっとですし、過去視は一回も成功してませんし!」


 ベアトリスはぷるぷると小刻みに顔を振って否定する。

 ほんのちょっとでも、未来視は凄いことだ。


 ベアトリスは三秒から五秒後の未来を複数見るのが一番得意だという。

 そこから先の未来視は、人工精霊の補助が必要なので、人工精霊作製の指導も始まっているのだとか。


「それでクローヒーズ先生はどのように指導をなさいますの?」


 トリシアが前のめり気味にベアトリスに質問した。


「そ、それが、丁寧に指導なさってくれるんですけど……、こう……呆れられてしまうことが多くて……」


 ベアトリスは相変わらずおずおずと答えた。

 たしか適性は十分なのに、性格が前向きすぎて過去視が難しいんだっけ。


「でも時々ふっといつもの厳しい感じとは違う優しい笑顔で笑ったりして……」


 えっ、ブラドの笑顔って、嘲笑・冷笑・苦笑以外にも別パターンが備わってるの?

 それは気になるな。


「クローヒーズ先生の笑顔! 意外ですのよ!」

「意外すぎでしてよ!」

「叱られてしまうかなってタイミングで……しょうがないな、君は……と笑うんです。だからその、怖い先生ですが、良い先生だと思います」


 私も同意見だなあ。

 怖そうにしてるけど、それがいかにも演技っぽいところがあるよね。


「あとは、そうですね。もっと年上かと思っていたらまだ二十六歳とお聞きしました」

「あら、エドアルト様やアクトリアス先生と同い年ですのね〜〜!!」


 初耳の情報にトリシアが喜色満面になる。


 へー、なるほど。

 じゃあ、同級生だったのか。

 この前の保健室のことを思い出す。

 あんな調子じゃ、学生時代は仲悪かったんだろうなあ。


「はあ、やっぱり男性は、年上のほうが魅力的に思えてしまいましてよ」


 軽くため息をもらすマーキア。

 年上好きのマーキアとしては、年下の婚約者は微妙なんだろうなあ。


「マーキアさんは年上がお好きなのですね……やはり十歳くらい上の方がよろしいのですか?」

「ええ、もちろん。年下や同世代は頼りがいがありませんし……あ!! でも、クラウス様は別でしてよ、まだ御年十六歳ながら、貫禄があって」


 一応クラウスは二歳年上だしね。

 背も同世代の少年の平均よりはずっと大きくて、大人っぽいし。


「前に階段から落ちそうになったときに、そっと助けてくださったり……」

「すごく面倒見がよくて、助かりますよね」


 こういうところですよ、クラウス様!

 なにげにラブの目線で女性に見つめられている理由、ちゃんとあるじゃないですか!


「でもクラウス様って、異性からの好意にちょっと鈍感っぽくないですか?」

「エーリカ様……」

「それを言ってしまっては……クラウス様が可哀相でしてよ……」


 トリシアとマーキアはそう言って視線をそらしてしまった。

 えー、あれは鈍感じゃないのかな。

 まあ一応フォローしておくか。


「鈍感というより、硬派が正解でしょうか」

「ああ……エーリカ様……」

「た、確かに、クラウス様は硬派でしてよ……」


 反応が曖昧である。

 なにかマズいことをいっているのだろうか……。

 居た堪れなくなって視線をそらすと、私たちの様子をみてクロエが首を傾げていた。


「クロエちゃん、これはね、モテているのにそれに気がつかない悲劇についての話題だよ」

「へ〜……そうなんだ」

「端からみてると残酷なことだけど、どうしようもないの!」


 ベアトリスが的確に補完した。

 まあ、クラウスはモテにまったく気がついていなかったしね。

 残酷なお話だ。


「あの目が恐い人、モテるんだ」

「せめて『眼光が鋭い人』くらいにしておこうよ、クロエちゃん」

「そうだね。代替不可能な高位の魔法使いだし、敵対するより仲間になっておいたほうが都合が良いかな?」

「クロエちゃん……」


 そんな物騒なことじゃないよう、とベアトリスは小さくツッコミを入れた。

 実際、クラウスを敵に回すのは止めておいたほうがいいとは思うが、今の話題ではないだろう。


「クラウス様に比肩する殿方と言えば、オーギュスト様ですのよ」

「輝かんばかりに高貴で美麗でしてよ……それなのに、とても親しみやすそうな雰囲気で……」


 気まずそうにトリシアとマーキアが話題をオーギュストに切り替えた。


「実力も王太子にふさわしいものですのよ」

「優雅な立ち居振る舞いに、文武両道、それに穏やかな人格……完璧でしてよ!」


 びっくりするくらい優秀な上にかなりの努力家なので正当評価だろう。

 色々あったけど、今や堂々たる王子様ぶりですよね。


「そうですね、オーギュスト様は竜騎士としても素晴らしいですし」


 子供の頃に大変な醜聞(スキャンダル)があった反動なのか、現在は品行方正の鑑だ。

 私が友達やっているのが唯一の汚点な気がするくらいだ。

 もうしわけありません、オーギュスト様。


「うんうん、分かる。小型竜一体、成長中の大型竜二体の使役。驚異的な戦闘能力だよね!」

「クロエちゃん、戦闘能力以外も見てあげようよ……」


 クロエはぶれずに戦闘評価だ。

 ベアトリスは、諦めつつも小声でツッコミを入れていた。


「わかりますわ〜、竜騎士というだけでもう魅力が十割増しでしてよ」

「うん、やっぱり竜騎士は得難い戦力だよね。北としても宗主国として認めざるを得ないと思う」

「ええ、殿下の竜のご様子から、どれだけ愛を注ぎ込んでいるかわかりましてよ!」


 マーキアからは、竜の育成についても絶賛されている。

 クロエと会話が微妙にかみ合ってないのはいつものことだ。


「そういえば、エーリカ様のご友人のハロルド・ニーベルハイム様も実は人気でしてよ」

「背が高くて筋肉質なところがとても魅力だとか、最近増えてきたファンの方が言っていましたのよ」


 おや、ハロルドにもファンがいるのか。

 まあ、順当だろう。


 ハロルドは、見た目だけじゃなくて、性格・経済事情のトータルバランスが抜群だ。

 それに加えて、上級貴族なのに下町育ちなギャップも強い。

 ここぞというときの押しの強さもなかなかである。


「でも、身長が高すぎて……とても同じ年齢とは思えないです」


 ベアトリスが申し訳無さそうに言った。


「分かります、四、五歳年上に見えますよね」


 数年前に一気に身長を抜かれたのを思い出す。

 ハロルドがいきなり大きくなってしまい、慣れるまではなかなか近づけなかったものである。


「背の高い赤毛のニーベルハイム……あ、あれかな」


 突然、クロエが食堂の入り口を指差した。


 そこにいたのはハロルドだった。

 噂をすれば何とやらだね。


 おや、少しやつれたように見えるな。

 連日の激務、お疲れさまである。


「おやおや……美しいお嬢さん方がお揃いですね」


 ハロルドがニコニコと笑いながら近付いてきた。

 すでにベアトリスはクロエの後ろに隠れている。


「久しぶりね、ハロルド。なかなかあなたが捕まらなくて困っていたのよ」

「ほーんと、あんたのせいだからね、俺がこんな目にあってんのは!」

「いつも感謝しているわ」

「……ほんっと、あんたってさー……じゃあ、すみませんお嬢さん方、この人をお借りしますね〜」


 やっとハロルドも確保できたことだし、ゴーレム調査のアドバイスをもらわなくては。

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