秋の魔法学園3
翌日の放課後。
私は大食堂でマーキアやトリシアと世間話をしていた。
「万霊節の準備のために、学園中の方々がご多忙そうにしていましてよ」
「学園都市をあげての祝祭ですのよ。楽しみですのよ」
「ええ、初めてでドキドキしてしまいますね、マーキアさん、トリシアさん」
秋の河に浮かぶ水死体にならないようドキドキでもある。
万霊節のお祭りを楽しみたいけど、初日は警戒態勢の予定だ。
あまり余裕も時間も無いだろうなあ。
「でも、わたくし、もう飛行ゴーレムの作製も設定も済ませてしまって、手持ち無沙汰ですのよ!」
トリシアが悔しそうに声をあげた。
初級ゴーレム工学の生徒は、シュラムベルク先生が設計した機械式飛行型ゴーレムの制作を行う。
初日に十機ほどの飛行ゴーレムが金色の虹を作る予定だ。
「もう仕上がっているなんて、さすがですね。よろしければ、設計を見てみたいです」
「ふふ、こちらですのよ! エーリカ様」
トリシアはババッと設計図をテーブルに拡げた。
天空のお城に取り残された機械さんみたいな見た目だ。
「ルート情報を本体に読み込めるようになっているんですね」
「これなら直前に飛行ルートが変更になっても大丈夫ですのよ!」
飛行システムはシュラムベルク先生なので安心の高品質だ。
初等クラスとはいえ、高等な技術に触れているなあ。
あとは、パスワードの設定や、熱源の設計・組み立てが学生担当なわけか。
ちゃんと生徒の創意工夫も取り入れるわけだね。
「色々参考にできそうなところが多いですね。これ、お借りしても大丈夫かしら、トリシアさん?」
「ええ、もちろんですのよ、エーリカ様。ああっ、そうでしたわ。あとこちらも是非ご覧になっていただきたいですのよ!」
トリシアが身を乗り出し、掌サイズの小箱をテーブルに置いた。
見た感じ、星鉄鋼を加工して作ってあるようだ。
「熱源……でしょうか? 初めて見るタイプのものですけど」
「こちらはわたくしが独自開発した熱源ですのよ! 星鉄鋼の燃焼速度や熱伝導の特性を微細に変更して組み立てた特殊なコイルが入っていて、着火すると高熱を発して一週間ほどかけてゆっくりと燃焼しますのよ!」
おお、すごい、便利そうなレア熱源!
この手のこととなるとトリシアは本当にすごいなあ。
さすが永久機関に取り憑かれた一族なだけはある。
「よろしければ、エーリカ様にも使っていただいてご意見をいただければと!」
「ありがとうございます、トリシアさん。とっても嬉しいです」
後でじっくり使ってみて使用感をまとめておこう。
友人が優秀だと、こういう時にお得だよね。
そうしてトリシアの話が一通り終わると、話題の主がマーキアに移った。
「わたくしは骨火の点火の役目を先生に頼まれましてよ」
骨火は秋支度で屠られた食肉用の家畜の骨を積み上げて燃やす催し物だ。
「街で七ヶ所の骨火のために各場所に十頭の小型竜で点火する予定でしてよ」
「七十頭も使役するのですか?」
「ええ。この日のために領地から竜を呼び寄せる予定なのでしてよ」
マーキアの領地は小型竜の一大産卵地なのである。
更には、ご先祖さまに小型竜の使役で有名な〈岬の聖女〉という偉人がいるのだとか。
もちろんマーキアもまた、小型竜の使役が得意なのだ。
ローブのポケットやフードの中にはいつも小鳥サイズの竜が五、六匹いたりする。
全員、火炎放射器くらいのブレスの吐ける立派な護衛竜である。
「初日は飛行ゴーレム、骨火、それに演劇、パレードゴーレムでしたっけ?」
演劇は、都市内に複数ある野外舞台で学生や市民が三日間連続で演じるイベントだ。
パレードゴーレムは、上級ゴーレム工学の有志の生徒が作った巨大ゴーレムが街を練り歩くのである。
「演劇もパレードゴーレムも楽しみでしてよ!」
「お芝居を見て回るのか、パレードを見て回るか迷いますのよ〜!」
初日から色々なイベントが盛りだくさんで、私も期待が膨らむ。
もっと気楽に楽しめたら良かったのになあ。
精神的・時間的に余裕があれば、私も巨大ゴーレムを作って練り歩かせてみたかった……!
「どちらも、素敵そうで心弾みますね……」
でもまあ、身の危険が迫っているし仕方ない。
二日目の魔獣大サーカス、三日目のゴーレム式移動遊園地に期待しておこう。
「それに、このお祭りの時期だけの占いもありましてよ!」
マーキアが、頬に手を添えて夢見るような表情を浮かべた。
「エーリカ様とトリシアさんは、万霊節の恋占いについてご存知でして?」
「あら、そのような心弾むものがあるのですの、マーキアさん?」
トリシアも知らないようだ。
恋占いする相手もいないけど、この手の話題を聞くのは嫌いではない。
「ええ! 従兄弟から聞いたのですが、これが結構あたるそうでしてよ!」
「あら、どのような占いなんですか? 」
「恋人と一緒に甘藍畑に行って、甘藍を引き抜く甘藍占いでしてよ」
学生に勝手に畑に入られて甘藍を引き抜かれると、農家さんが大変なのでは?
まあ、学園内の畑なら、農作物の改良研究用とかだから大丈夫かな。
「引き抜いた根の様子や、齧った甘藍の甘さと苦さで恋の先行きが分かるとか。もう一つ有名な占いは、胡桃の焼き具合で恋の情熱を測る胡桃占いで、胡桃が弾け飛んだら恋の成就なんですって!」
マーキアの説明を聞いて、トリシアがきゃあっと楽しげな声を上げる。
「まあ、素敵。では恋人のいる方々たちは楽しそうですね」
「エーリカ様、折角の機会ですし是非是非、意中の方と……!」
「そうですねえ……」
正直言うと、できればこのまま独身でいたい。
まず、誰かに恋してドキドキする感情がよく分からない。
実生活では、恐怖でドキドキするほうが多いのもマズいんだろうな。
なんにせよ死亡フラグを全部折ってから社会的な適応を考えよう。
「でもその、私は恋人と言えるような方や婚約者もまだ決まっておりませんし」
「……婚約者……はああ、そうでしたのよ」
「ふうう、思い出してしまいましてよ」
トリシアとマーキアがいきなり重いため息をついた。
二人は婚約者があまり好きじゃないんだったけ。
悪い話題を振っちゃったかな。
場の空気がいきなり重くなってしまった。
そんな時、授業から引き上げてきたクロエとベアトリスがやってきた。
二人は私たち三人の向かいの席に座る。
「トリシアさんとマーキアさん、なんだか具合が悪そうだけど大丈夫?」
「お二人とも、何かあったんですか?」
クロエとベアトリスが尋ねる。
すると、トリシアとマーキアはまた同時に深いため息をついた。
「それは……話す前に言わせていただきますけど、これは惚気ではなくて本当に愚痴ですのよ!」
まるで悲劇のヒロインみたいなノリで、トリシアはふるふると頭を振った。
二つに結った髪が、ダイナミックに動き回る。
「万霊節にやってくるらしいんですのよ! あの男が!」
「あの男?」
「トリシアさんの婚約者の方でしてよ。十三歳年上の方だそうで」
首を傾げたクロエに、マーキアが情報を補足する。
お相手は男爵家が傾いたときに金銭的にフォローしてくれたアウレリアの名門商家の継嗣。
末娘であるトリシアの意思は完全無視で嫁入りが決定したのだとか。
商家とはいえ爵位を買えそうな富豪なので、悪い話ではないと親には言われているらしい。
「ああ! あの男から逃げるために、この学園に入学しましたのにぃ〜〜〜!」
学園生活を楽しみたいところに、柵の権化である婚約者が訪問かあ。
「だから、逃げ回ってしまおうかと思ってますのよ。でも、それでは万霊節が楽しめなくなってしまいそうで」
「それだったら、あの……」
ベアトリスがおずおずと手を挙げる。
「何か、何かあるんですの!?」
「あ、あのっ、演劇に参加なされてはいかがでしょうか?」
「それは名案ですのよ……!」
ベアトリスの提案に、トリシアは勢いよく食いついた。
提案したベアトリスのほうは、少し引き気味だ。
「でもそんなことが可能ですの?」
「は、はい、端役の方に欠員が出てしまって、ヤンが困っていました」
赤毛でそばかす顔のヤン・カールソン。
ゲームでのハロルドポジションに納まっている中央寮の少年だ。
「あの……わたくしも、出来ればあの子から逃げたいので……」
マーキアもそっと手を挙げた。
おや、彼女の婚約者も来るのか。
「マーキアさんも婚約者の方から逃げるために演劇参加ですか?」
「悪い子ではないと、自分に言い聞かせてはいましてよ。でも、どうしても歳のことを考えると」
マーキアの婚約者は四歳年下の副伯家三男坊で、現在十歳。
継嗣であるマーキアのお婿さんになる予定だ。
「なるべく会いたくはありません。いえ、悪い子ではないのでしてよ、でもその……」
マーキアの目が泳ぐ。
相手を悪くは言いたくないが、言わずにはいられない感じだ。
「もう十歳だというのに竜が卵から孵っていないらしく、まだ先行きが……」
マーキアはレース付きのハンカチで口元を抑えて、言葉を濁した。
イグニシア貴族は、こういうデリケートな問題があったなあ。
ちなみにマーキアは四歳で大量の小型竜の卵が孵化した、早熟タイプである。
貴族の婚姻は、本当に大変だ。
比較的自由が与えられているとはいえ、私も他人事ではない。
財産とか地位とかで、よく分からない相手と婚約話が持ち上がるかもしれないし。
「はあ、エーリカ様が羨ましいですのよ。ねえ、マーキアさん」
「素敵な選択肢が多くて、大変なのは見て分かりましてよ。それでも、ねえ?」
「わたくし達と違って夢とか希望がつまってますものね……」
ため息をつきながらトリシアとマーキアが呟く。
うーん、選択肢なんてあったかな……?
クロエもまた、トリシアとマーキアの話を今ひとつ分からなさそうに聞いてた。
ベアトリスは真面目に頷いている。
「あっ、そういえばクロエさんの方はいかがですの?」
「婚約者とか好きな人? どちらもいないよ」
トリシアの質問に、さくっとクロエは即答した。
「じゃあ、素敵だな、なんて思う方などはいらっしゃいますの? 好きなタイプとか?」
トリシアは食い下がり、追撃の質問をした。
おお、これは気になるな。
私の知らないところで恋愛フラグが立っていたりするのだろうか。
クロエは少しだけ頬を染めて、恥ずかしそうに答える。
「……私より強い人……かな」
クロエは乙女ゲーヒロインに相応しい、むちゃくちゃ可愛らしい表情で答えた。
しかし、その内容でいいのか。
私の脳裏にはクロエの勇姿が駆け巡る。
五百年を経た血啜り相手に、折れた剣で躊躇無く挑みかかる、雄々しく猛々しいその姿。
クロエより強いと言うと、単騎で強力な吸血鬼を打倒可能な人材ってことになるぞ。
「分かりますのよ! 強い殿方は素敵ですのよ!」
「分かりましてよ。 頼りになる方にはときめいてしまいましてよ……!」
トリシアとマーキアは、クロエの真意を汲み取らないまま盛り上がる。
「クロエちゃん、好きなタイプって普通、性格とか見た目じゃないのかな?」
ベアトリスが控えめにツッコミを入れてくれた。
そう、その通りですよ。
黒髪がいいとか、金髪が好みとか、ツンデレとかヤンデレが好きとか。
「そうかなあ、一番分かりやすいのに?」
「そ、そっかあ……」
クロエの答えに対して、ベアトリスは曖昧に微笑んで誤魔化した。
ついでにとばかりにクロエがベアトリスに問い返す。
「そういえば、ベアトリスはいるの? 婚約者とか好きな人とか好みのタイプとか」
「私は全然だよ。恋愛もしてみたいけど、まだ男の人はちょっと苦手」
「へえ、そうなんだ?」
「特に背の大きい人とかは、怖くて全然ダメかなあ」
ベアトリス、その気持ち、なんだか分かるよ。
私も前世はどちらかというと小柄だったからね。
電車に乗ったときに、壁みたいな男の人に囲まれると、すごい圧力を感じてダメだった。
でも、ベアトリスもウィント伯爵家の血筋だ。
いざとなったら、無理矢理婚約話を押しつけられそうだよね。
状況に押し切られてしまわないか心配かも。
「でも私もエーリカさんも大きいほうだけど、ベアトリス、怖がらないよね?」
「背が高くても、二人とも女の子だからだよ、クロエちゃん」
「そっかあ。元々苦手な男の人が大きいと、さらに苦手になるんだねー」
この五人の中で、一番小柄なのがベアトリスなのである。
細くて華奢な体をしている。
こういう女の子を好きな人も、けっこういそうな感じがする。
「小柄で可愛い女性を好む殿方も多いですし、密かに人気かもしれませんよ?」
「そ、そ、そんなこと絶対ないですよ、エーリカ様! 私なんて存在感ないですし、髪色も地味ですし!」
ベアトリスは必死になって首を横に振る。
言われてみれば、この面子で一人だけ黒髪だったな。
「あら、絹のように細い黒髪も、私たちからすると異国的で魅力に感じましてよ」
「それに薄い肩がとても可憐ですのよ」
「うんうん、分かる〜。ベアトリスは小動物みたいで可愛いよね〜」
私以外からも絶賛の嵐。
クロエだけ扱いがなんかズレている気がするが、いつものことだ。
しかし、恐縮しきったベアトリスは顔が真っ青になってしまった。
頬を赤らめるんじゃなくて、青くなるあたりが、彼女らしい。
よし、弄り過ぎは良くないし、さりげなく話題を転換しておくか。
「そういえば、ベアトリスさん、最近はヤン・カールソンとはご一緒しないんですか?」
「は、はい! ヤンは実行委員会に巻き込まれて、演劇関係の協力で忙しいらしくて」
なるほど、そういうわけだったのか。
それはご苦労様である。
「ちなみに実行委員会の上層部は、ほぼ生徒会で構成されていて、生徒会の方々は日々奮闘なさっているらしいです」
ここ数日クラウスとオーギュスト、ハロルドを見かけないのはそういうことか。
逃げておいて良かった。
そんな風に四人と世間話をしながら食事を早めに終えると、私は荷物をまとめて立ち上がった。
「どこ行くの、エーリカさん?」
真っ先に気がついたクロエが私に聞いた。
「学園長のところへ行って、例のゴーレムの実験の許可をいただこうかと思っているのよ」
「ああ〜、なるほど、例の……!」
例のゴーレムとは、霧のゴーレムのことである。
ハロルドからの調査をまとめて読んだ結果、どうやらコレはどこかへ向かおうとしていると思ったのだ。
なので、十分な水分を与えて好きなところへ向かわせてみることにした。
ゴーレムに目的があるなら自由にさせて追跡しよう、という調査計画なのである。
☆
問題なく学園長から許可を戴いたので、計画を実行に移す。
旧式ゴーレムの自律起動の動作確認という名目で、もちろん問題行動は起こさせないつもりだ。
「──という感じでお願いね、ティル」
『うむ、夕刻にだな。あの娘の警備の後に二時間ほど追跡調査か』
霧のゴーレムの核は、水をたっぷり入れた大きめの壜に詰め替えてある。
壜には横にポケット状の窪みがあって、そこに熱源を組み込む仕組みだ。
私はその壜と一緒に蜜蝋燭を五本ほど、ティルナノグに渡す。
『コイツが妙なことを起こしそうになったら、蝋燭を消せばいいのだな』
「大丈夫?」
『とくに難しいことはないだろう。問題ないぞ』
ゴーレム観察のために許可を得た期間は、一か月。
これだけ調べれば、霧のゴーレムについてもっと何か分かるだろう。
ティルナノグに地図を見せながら移動ルートを指示していると、パリューグが帰宅した。
「お帰りなさい。そちらの調子はどう?」
「雑魚っぽい眷属もほぼ全滅かしら……そろそろ妾もエーリカの周りに戻れるわ〜〜」
パリューグの手が空いたら、学園内に紛れ込んだ潜入捜査員の特定もお願いしたいなあ。
ウトファル騎士団が身近で暗躍しているのは、とても不穏だからね。
「パリューグがいてくれると、私も心強いわ」
「うふふ〜〜、エーリカの周りにいれば、オーギュストにも会いやすいしね!」
「オーギュスト様は、残念なことに万霊節の準備で大忙しらしいわ」
「なんですって〜〜〜! 妾の貴重な癒しの時間が〜〜〜〜〜〜!」
深夜の室内に猫の悲鳴が響く。
『猫……お前というヤツは本当に俗だな……』
相変わらずのパリューグを、じっとりとした眼で睨むティルナノグだった。




