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奇譚蒐集者の会2

 旧迎賓館の最上階にある、〈奇譚蒐集者の会〉のために作られた一室。

 その部屋に備え付けられた鏡の前に二人の少女がいた。

 ボルツとシグリズルだ。


「一瞬はっきり見えた。君も……いや、君は見ていないと言いそうだな」

「何をだ?」


 私たち(・・・)によく似た少女を。

 そう言いかけて、ボルツは言葉を濁した。

 おそらく忠誠心から生涯独身を誓いそうなシグリズルにとっては、不本意な未来でしかない。


 こんなことを言ったら、きっと揶揄うための嘘だと思われるだろう。

 だいたいハーファン由来の魔法の鏡など、北の人間には受け入れられない。


 シグリズルは竜騎士の家系であり、イグニシア出身者だ。

 しかし宮廷医術師──ルーカンラント出身の父を持つゆえに、価値観はどこまでも北のものだった。

 北の血の濃さ故か、彼女の三人の兄はみな竜から振り落とされて命を落としたのだという。


 シグリズルにどう言い繕うか、ボルツが迷っているとドアの開く音が響いた。


「殿下」

「おや、エレオノールとドロレス。二人とも遅かったね」


 現れたのはイグニシア王女エレオノールとウィント伯爵令嬢ドロレスだ。


「また鏡の前なのね。もしかして繋がったの?」

「最低! またボルツですって……!?」


 ドロレスが真っ先に鏡に近付いて確認し、大きなため息をついた。


「魔力がごっそり減っている……これって前と同じ状態だわ。ボルツ、あなた見たのね?」

「いやいや、シグリズルを少し揶揄おうとしてただけだよ」

「その嘘、本当に嘘なの? あなた説明が面倒だから誤摩化そうとしてるでしょう?」


 ボルツのこの手の嘘は、ドロレスには通じない。

 ドロレスは目を逸らしたボルツに詰め寄って、襟首をつかんだ。


「さあ、とっとと白状なさいよ。いつの! 何を! 見たの!?」

「ははは、ドロレスには敵わないなあ。前回の女の子が一瞬だけ映っただけさ」

「……前回の?」

「そう。見えたことは見えたけど、大したものは映らなかったと思うよ」


 シグリズルによく似た少女がいたことをボルツは隠蔽する。

 嘘は言っていないが、真実を言う気はさらさらなかった。

 それでもドロレスには十分だったらしく、何やらぶつぶつ言いながら考え込み始めた。


「そう、また三十年後……。でも、なんでボルツばかりなのかしら……理不尽だわ」

「そういえば、君はまだエレオノールの予想聞いてないの?」

「はぁ? 何の話よ、それ……」


 ボルツの言葉に、ドロレスは眉間に皺をよせる。

 その様子を見て、エレオノールは楽しげに微笑んだ。


「うーん。本当に言っちゃっていいのかしら?」

「思わせぶりなのは止めて、エレオノール」

「ドロレス、鏡の向こうの少女はボルツの娘の可能性があるって、あなた言っていたわよね」

「ええ。こんな女が生殖するなんてびっくりだけど」

「未来であなたの鏡に近づけるのは、その子だけなんじゃないかしら……?」


 ドロレスはボルツから手を離して、エレオノールを睨む。


「……どういうことよ?」

「例の回廊の奥に隠しておくんでしょ?」

「ええ、愚かで鈍い野蛮人には辿りつけないでしょ? これは最低限の資格よ」

「鏡の起動には膨大な魔力が必要なのでしょ?」

「この学園の生徒──魔法が使える生徒なら当然でしょう? 鍛錬しない人間なんて信頼に足らないわ」

「血縁関係のある人間に繋がりやすいのよね? 未来の本人じゃダメで」

「そう。本来これは百年越しで子孫に情報を伝える魔法道具なのよ」


 エレオノールは確認するたびにうんうんと頷いた。


「なら直近の未来でこの回廊の仕掛けを突破できるほどの知恵があって、魔力も十分なのは、ボルツの娘だけなんじゃないのかしら。ねえ、ドロレス。学園の生徒が怪談の真相に辿りつけなかったり、辿りつけても魔力足りないとか……考えなかったの?」

「……っっ!!」

「あなた、理想が高すぎるのよ」

「そんなっ……」


 ドロレスは未来の生徒のスペックを高く見積もりすぎていた。

 そのことに彼女自身も今更ながらに気がついたのだ。


「……なら魔力設定をもっと少なく……? いえ、ダメ、これ以上回廊から横流しする魔力が増えたら簡単にバレちゃう……なら霊脈に直接……じゃあもっと簡単な場所に仕掛ける……ダメだわ……!!」


 ドロレスは壁にもたれ掛かってぶつぶつと呟き始めた。

 こうなると彼女は少しの間現実に帰ってこない。

 その様子を見てボルツが苦笑いする。


「はは、ドロレスも結婚して子供をそそのかしておけばいいんじゃないかな?」

「無理よ。あの子、妾腹の弟を継嗣にして、自分は生涯独身を貫こうとしているくらいだし」


 エレオノールが困り顔で答える。


「それはそれは難儀なことだ」

「あの子も好きで苦労しているわけじゃないのよ」


 ドロレスの父は、若くして死んだ先代ウィント伯爵の魔法を継がなかった。

 故に本来ならば父が負うべき役目を、ドロレスは八歳の時から背負っているのだ。

 ドロレスと幼い頃から親交のあるエレオノールは、その苦労を長年見てきたのである。


「……まあ、聞いているよ」

「それにもっと気になることもあるし。あの子の施した設定では、本当なら百年前後の未来に繋がるはずなのよ」

「へええ、そうだったんだ」

「でも繋がったのは百年後ではなく三十年後。しかも、たったの二度しか成功していない」


 言葉を切り、もったいぶった様子でエレオノールはボルツを見つめた。

 エレオノールの意見を、ボルツは自分なりに解釈してみる。


「可能性としては、まずは一つ目。三十年後以降、あの鏡が破壊されてしまう」

「あるいは三十年より後には私たち全員及びその血族が死んでいる。そうでなければ、もう一つ……」

「他にも?」

「人間が生存していない、なんてね」

「エレオノール、君は恐ろしいことを言うね」


 二人の会話に気がついたドロレスが忌々しげにエレオノールを睨んだ。


「よく気がついたわね。本当聡くて嫌な女……!!」


 ドロレスが吐き捨てるように言った。


「ウィントの魔女。私がお前の舌を斬り飛ばさないでいるのは、お前が分不相応にもエレオノール様から友情を賜っているお陰だということを忘れるな」


 エレオノールの後ろに控えていたシグリズルが静かな殺気を込めて警告する。

 シグリズルの主に対する忠誠心は、どこかしら狂信じみていた。


「これくらい大丈夫よ、シグリズル。それより、ねえ、ドロレス。答えを教えて?」

「嫌よ。それより、なんで気がついたの?」

「あなたを信じているからよ」

「はあ……?」

「魔法は既に成功してるのだと仮定した場合、それでも未来(さき)が見えないのは、別の理由があるせいでしょう?」


 無垢な笑みを浮かべながら、強力な精神感応能力をもつ王女は問いを投げた。

 読もうと思えばいくらでも読める他者の心を、エレオノールは決して読むことがなかった。


「つまり、この鏡は人の世がいつ終わるのかを予言する鏡なのではなくて?」

「……」

「ねえ、ドロレス?」

「なんで私、ボルツみたいに生まれてこなかったのか、今更後悔してるわ……」


 ドロレスはそう言って、エレオノールから眼を逸らす。


「あれ? ドロレス、もしかして珍しく私のこと褒めてる?」

「嗚呼、この女みたいな不誠実な人格だったら!」

「あはは、酷いな」


 侮辱的意味合いで引き合いに出されても、ボルツは和やかに受け答える。


「ところで、君たちは説明するつもりはないのかな? 目の前で人の世が滅びそうなことを言っておきながら」

「滅ばないわよ。改変するもの、この私が命を賭けてね!」

「勇ましいな、ドロレス。まるで世界を救う聖者みたいだ」

「だったらどんなに良かったでしょうね。むしろ聖者やら勇者のお膳立て……裏方程度よ!!」


 はあ、と重いため息を吐き、ドロレスはエレオノールを見る。


「大丈夫。私はドロレスを信じているわ」


 エレオノールは笑みを浮かべるのを止めて、真剣な表情で言った。


「それって脅迫と同じって分かってるの?」

「ええ、当然脅迫。だって私たち同類でしょう?」

「……あなた、本当に嫌な女よね……ひ、人の気も知らないで〜〜〜〜っっ!!!」


 ドロレスはヒステリックに叫んだ。


「かくしてウィント家が身を賭した魔法により、影ながらに人の世は救われたのであった。感動的だね。私はせいぜい、勇ましいドロレスの秘密の偉業を覚えておくとしよう」


 そこでボルツは俳優じみた口調で茶化す。


「さ・て、じゃあ私もドロレスが約束した未来を信じて、返事をしにいこうかな」

「はあ? なにをよ?」

「求婚の返事さ」

「は?」

「本当は断るつもりだったんだけど、気が変わった」

「お前は何を言っているんだ?」


 ボルツの突然の宣言に、ドロレスとシグリズルは呆気にとられた。

 エレオノールだけが、頬を染めて口に手を当てていた。


「ついにエルンストの申し込みを受け入れるのね! 素敵だわ!」

「うん、承諾する。私は兄の因縁のせいでもっと短命だと思っていたのだけど、けっこう長生きしそうだし」


 ボルツはさらりと不穏な言葉を口にする。


「ええええ〜〜〜〜! 私……あなたはあの男のことが嫌いなんだと思っていたわ……!」

「いやいやいや。だって彼は私には勿体なさ過ぎるかなってね」


 そうしてボルツは、混乱気味のドロレスを軽く去なす。


「お前、まさか旧王家に本気で嫁ぐ気か……?」

「ああ、本気も本気だよ。ああ、しばらくお行儀の良いフリをして猫を被らなきゃね」


 正気なのか、と言いたげなシグリズルをはぐらかす。


「よかった。きっと幸せになるわ」


 最後にボルツは、エレオノールの言葉に静かに頷く。


 三人を残して、ボルツは軽やかに階段を駆け下りて行く。

 窓から見える木々の梢は、春の淡い光できらきらと輝いていた。


「……さて、あの子に会いに未来へ行かなきゃね」


 そう呟いて、フレデリカ・ボルツはエルンストとの約束の場所へ向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かれこれ書籍含めて3週してます。お話の中で色々想像の余地があるのが好きです。作者様がTRPGな人ときいて納得です。 [一言] 拙者はエーリカとクロエの関係が大好きです。 莫逆の友になってほ…
[一言] 魔法の鏡のおかげで未来が変わったのか・・・
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