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首無し王子の霊安室6

「なんなの、これ……」


 リエーブルが困惑した声を上げる。


「何者かに祭式を書き換えられた祭壇でしょうね。あまり良いものではないと思います」


 私は祭壇を睨みながら答える。

 実のところ、「あまり良くないもの」どころか「不浄」そのものだ。


 これは、ノットリード近隣の寺院にあった祭壇と同じように、汚染された祭壇だろう。

 違うものといえば、いくつかの標本箱のような容れ物だろうか。


 クロエは小鞄(ポーチ)から雪の結晶を象った魔除けの装身具を取り出し、身につけた。

 私は妙な罠を踏まないように、長靴に仕込んだ浮遊(レビテート)の呪文を起動する。


「危険ですし、リエーブルさんはここで待っていて下さい」

「え、ええ!」


 リエーブルに待機してもらってから、私とクロエはゆっくりとその魔法陣に近付く。


「エーリカさん、あれは……?」


 クロエが魔法陣のさらに奥を指差したので、私はランプの青い灯りで照らす。

 魔法陣の上には数十匹の白い生き物──白色ワームが蠢いていた。


「白色ワーム……いえ、これは」


 すると私たちの目の前で、白色ワームのうち五匹が巨大な肉塊に変化して、徐々に別の形をとっていく。

 あのとき(・・・・)のゴーレムに似た現象が起こっている。

 擬似生命すら書き換える変化の呪いが、白色ワームの体組織を書き換えていく。

 踊るようにうねり、盛り上がり、増殖し、のたうつ肉塊から節のある足が何本も生えてくる。

 白色ワームは、まるで蜘蛛のような姿へと変化していた。


「悪性変異した白色ワーム。生命を侵食して変異させる穢れた呪いだわ」


 私がそう言うと、クロエは雪銀鉱の剣を振り下ろし、魔法陣に突き立てた。

 魔法陣から迸った黒い光が、まるで触手のように剣に纏い付く。

 しかし、雪銀鉱の剣は跳ね返ってきた呪詛をものともせず、黒い光ごと魔法陣を斬り裂いていく。


 魔法陣を三割ほどを破壊すると、肉塊の変化は止まり、魔法陣の光もおさまっていった。

 不完全な蜘蛛の体は徐々に縮んでいき、白色ワームの死骸だけが残った。


「今まで倒した怪物たちは、この魔法陣で変異した白色ワームだったの?」

「ええ、おそらくはそうね。誰かが盗んだ標本とワームを使って怪物を作り上げていた……」


 私の言葉にクロエが静かに頷く。


「やっぱり、博物館の関係者かその周辺の人物が、この遺跡でこんなことをしていたの?」

「そこまでは、わからないわ。これを仕掛けた人間(・・)を捜すのは、私たちでは難しいでしょうし、急いで脱出してこの場所のことを学園長に伝える必要がありそうね」


 吸血鬼が学園に忍び込んでいるという事実に他ならない。

 こんな危険な事実を私たちが抱え込むことはできないだろう。


「でも脱出する前に、白色ワームはきっちりと処分しておきましょうか」


 何匹かの白色ワームが魔法陣のあった場所へ引き寄せられるようにゆっくりと移動しているのが見える。

 白色ワームの進行方向とは反対側をランプで照らすと、探していたものが見つかった。

 少し大きなガラス壜が一つ。

 その壜の周り半径二メートルほどには白色ワームが溢れていた。


「誰かがまた利用する可能もあるし、不活性化したあとに焼き払ってしまうわね」


 まず(グリース)の杖で、脂まみれにして増殖を停止する。

 次に、雷光の矢(ライトニングボルト)の杖を使って白色ワームを焼きはらった。


 念のため、別の場所に涌いていないかを再確認するため、天界の眼(アイズ・オブ・オーバーワールド)を起動する。

 私たちがいる階層には、もう私たち以外の生物は存在しないように見える。

 上下の階層には何体かうろついているが、手に負えないほどの大群は存在していない。

 怪物に変異後は白色ワームのような増殖能力がないようなので、ひとまずは安心だろう。


 視野を上昇させると、かなり上の階層に三つの生命の光を見つけた。

 人間が二人に、小型の竜が一匹。

 おそらく、クラウスとオーギュストとゴールドベリだ。

 そこまで確認を終えると、私は視覚情報の負荷に限界を感じ、魔眼を停止させた。


「他の場所に白色ワームはいないし、駆除成功かしら。それと、私の仲間がここに向って来てるみたい」

「よかった。それなら大丈夫そうだね」


 どうして私たちが転移したのか、誰がこんな場所にこんな仕掛けを造ったのか。

 気になることは残っているが、どうやらこれで一段落らしい。

 私が現状を伝えるとクロエも落ち着いたようで、瞳を一旦閉じて深呼吸をしていた。


「さ、さあ二人とも。早く帰りましょうよう……!」


 そう言って近寄ってきたリエーブルの華奢な体が、いきなりずるりと地面に倒れた。


「……!?」


 私はあまりのことに、混乱し、立ちすくんでしまった。

 すぐ近くで金属同士がぶつかるような音がする。

 いつの間にかティルナノグが私とクロエの間に入り込んでいることに気がついた。


 クロエがリエーブルを攻撃したのだと、鈍い私はやっと理解した。

 どうやら、私が真っ先にやられなかったのは、ティルナノグのおかげのようだ。


「犯人候補は二人」


 クロエのその言葉で、私は彼女の意図を理解することができた。

 血啜りの祭壇に関わる犯人がいるとすれば、今夜博物館にいた人物だ。


 クロエと一緒に行動して、意図せずとも彼女をここへ誘い込むことになってしまった私。

 本来ならば来なくてよい危険地帯に、いつの間にか同行していたリエーブル。


 どちらもクロエの立場からすれば黒に近い灰色。

 吸血鬼や操られた人間であると誤解されてもおかしくはない。


(うわ、客観的に見ると私も弁解できないレベルで怪しい……!)


 疑わしき人物の動きを封じておこうとするのはルーカンラント出身らしい考え方だ。


 よく見ればクロエの剣は鞘に納められたままで、リエーブルも出血していない。

 おそらく、リエーブルは気絶しているだけだろう。

 今のところは被疑者の身柄確保が優先で、殺すつもりはなさそうだ。


(だったら、ここで下手に争うよりは完全に降伏してしまったほうが良いかな)


 そう思い、私はティルナノグに声をかける。


「ティル。私を守らなくていいわ」

『……ッ!?』


 すこしたじろいだ後に、ティルナノグは構えを解いた。


「命をとるつもりはないのでしょう? だったらあなたの好きなようにしたら?」


 クロエに向かって、私は何も握ってない両手を向けて、笑顔を浮かべてみた。

 攻撃できない状態で降伏だ。

 これで少しは信じてもらえるだろうか。


 すると、クロエの氷の張った湖のような瞳の奥が一瞬揺らいだ。


「あなたが犯人だなんて……この人のほうが怪しいと思っていたんだけど、エーリカさん……本当にあなたが?」


 掠れるような声で、クロエが呟く。

 白旗をふったつもりだったのに、激しく誤解された感じがする。


「どうしてそうなるのかしら? ほら、無条件降伏しているのよ?」

「……だって、人間のフリが出来ていないよね?」

「フリ? フリじゃなくて至って普通の人間だけど……」


 墓穴を掘ってしまったようだが、どこが悪かったか分からない。


「普通の人間なら、こういう場合、私みたいな相手に生殺与奪の権利を与えないと思うよ。これじゃ、まるで人間に化けるのが下手な歳若い血啜りみたいで……」


 クロエの言葉に、ティルナノグがコクコクと頷いている。

 味方からもダメ出しをされてしまって、私の肩身がどんどん狭くなっていく。

 この身の置き所のなさ、どうすれば良いんだろう。


「あなたが血啜りなんて信じたくないけど……」


 戸惑いの表情を浮かべながらも、クロエは剣を鞘から抜いた。

 彼女は一度瞳を閉じ、再び開く。

 そこには、もう迷いのないクロエがいた。

 私ですら肌で感じ取れるほどの濃厚な殺意が溢れかえる。


(弁解の余地はなさそうだよね。仲良くしたかったのに、どうしてこうなった……!)


『エーリカよ、この女は本気だぞ』

「ええ、こうなったら仕方ないわ。できれば彼女を傷つけないように捕獲して」


 私は長靴に仕込んだ跳躍の魔法で後ろへ下がると同時に、ティルナノグの拘束を解除する。

 ティルナノグは、小さなゴーレムから鎧を纏った象ほどの大きさの巻角の竜の姿へ変わっていった。

 クロエとティルナノグの攻防が始まる。

 クロエが繰り出す剣を、ティルナノグが受け止め薙ぎ払っていく。


 膂力や魔力はティルナノグの方が当然上だが、クロエは素早く、一撃一撃が強力だ。

 力を加減して傷つけないように捕獲するのは難しいだろう。


(それに、クロエの剣に触れたティルナノグの鎧が鱗状に剥落している……!?)


 雪銀鉱によって、星鉄鋼に刻んでいたゴーレム文字が無効化されているのだ。

 ティルナノグは直撃をもらわないように気をつけているようだが、それでも徐々に鎧を削られていく。

 短期戦で決めないと、ティルナノグのダメージが大きくなってしまう。


 私は援護のために、突風(ガスト)の杖を選び出す。

 クロエには魔法階層のみの呪文である金縛り(ホールド)武装解除(ディザーム)、物質創造系の呪文は効かない。

 しかし、魔法で空気を圧縮して、物理階層に突風を発生させるこの杖ならば無効化できないはずだ。


(彼女を殺さない程度の、けれども一撃で気絶させられる構成に組み替えて──)


 私が短杖に干渉して呪文構成を組み替えていると、暗闇の中から焦りきった声があがった。


「ちょっと待って! 本気で殺し合う気? ダメよ、せっかくの人体が勿体ない(・・・・)わ〜〜!」


 気絶していたはずのリエーブルが起き上がりながら、言ったのだ。


 その瞬間、私は反射的にリエーブルを突風(ガスト)の杖で吹き飛ばしていた。

 リエーブルの体は三十メートルほど吹き飛ばされ、部屋の反対側の壁に叩き付けられる。


「……クロエさん、あなたの推理は間違っていなかったみたい」


 リエーブルだったものは、壁に強かに打ち付けられたはずなのに、何事もなかったかのように薄く笑っていた。

 先ほどよりも唇が赤く見えるのは気のせいだろうか。


「おそらく、彼女こそが、この祭壇を汚染しようとしていた吸血鬼よ」


 私の言葉に反応して、クロエとティルナノグは即座にその方向に態勢を変える。


 リエーブルが身を起こそうとしたかと思うと、次の瞬間には彼女との距離が半分になっていた。

 たった一歩で十五メートル近い距離を詰めたようだ。


「こんな形でバレてしまうなんて、困っちゃうわね。ああもう、生徒を攫うなんて避けたかったのだけど──」


 リエーブルは悲しそうな目付きのまま、口元だけで笑った。


「あなたたちには生け贄になってもらうことになりそうだわ」


 彼女の口はまるで裂けた柘榴のごとく紅く、真っ白な乱杭歯がやけに目立っていた。

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