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首無し王子の霊安室5

「ひ……ひぃ……どうして、こんなところにミノタウロスがぁ……」


 背後からリエーブルの焦燥した声が聞こえた。


 石壁を破壊した二体のミノタウロスの後ろには、さらに二つの影が見えた。

 合わせて四体。


 前にいた一体のミノタウロスが拳を高く持ち上げ、クロエ目がけて振り下ろす。

 巨大な鎚のような重い一撃。


 しかし、ミノタウロスの攻撃は空を切ることとなった。

 ミノタウロスの足元にいたはずのクロエがすっと視界から消えたかと思うと、暗闇に銀色の軌跡が閃いた。

 それとほぼ同時に、重い音をたててミノタウロス一体が床に転がる。


 ミノタウロスは顎の下から頭頂までを両断され、一撃で仕留められていた。

 そのままクロエは二体目のミノタウロスに相対する。


(前列はクロエに任せてもよさそうね。なら、私は)


 ティルナノグに守られながら、私は水晶塊(クリスタル・クラスター)の杖の呪文を組み直していく。

 形状は槍型、貫通力強化、速度強化を組み込んで、消費数は百発分。

 オルトロスのときよりも、もっと重めの一撃を構成する。


 後ろに控えていた二体に対して、上から撃ち下ろし、背中から心臓を貫くように狙いを定める。

 杖を振り切った瞬間に、短い断末魔の声が響く。

 ミノタウロスは丸太ほどもある巨大な水晶の杭に胸を貫かれて絶命した。


 それと同時にクロエも前列の残り一体を仕留めたらしく、鈍い音をたててミノタウロスの体が頽れていった。

 大型の幻獣二体を倒した後だというのに、クロエの呼吸はまったく乱れていない。


「エーリカさん、この階層に他の怪物はいた?」


 彼女はどこからか取り出した布で剣を拭いながら、私に尋ねた。


「ええ、まだ大型の生物がこの階層も含めて数層にわたって、蠢いて──」


 私の声が、水晶が落下して砕けていく音で掻き消える。

 目を向けると、そこに残っていたのは、水晶塊の残骸だけだった。


「また……死骸が消えたみたい」


 何もない床と手の中の白い布を交互に見ながら、クロエは困惑気味に呟いた。

 倒したはずの四体のミノタウロスの死骸が、またもや私たちの視界から消えていたのだ。

 水晶塊に紛れて見えない個体もあるが、調べれば例の白い肉塊が見つかりそうな気がする。


「き、消えたのはそれだけじゃないわ……私たちがきた階段も……」


 リエーブルが、か細い声で後方を指差していた。

 振り向くと、階段のドアがあったはずの場所が石壁になっている。

 私たちが戦闘している間に、階段がまたどこかへ転移したのか。


「では、私たちは遺跡に取り残されたってわけなんですね」

「そ……そんな、屍都に取り残されるなんて……私はただ、注意しに来ただけだったのに……」


 クロエの言葉を聞いて、リエーブルはへたり込んでしまった。


 たしかに、なかなか異常な状態ではあるけど、打つ手はないわけではない。

 幸いかどうかは微妙だけど、備えはたくさんある。


「気落ちしないでください。リエーブルさん。脱出するための手段なら沢山あります。それに食料その他の物資は多めに持ってきていますので、最悪三人で二週間くらいなら遭難しても大丈夫ですし、諦めず前向きに頑張りましょう?」


 私はティルナノグが地面に置いていた革鞄を指差して言った。

 いやあ、空間拡張済みの鞄は便利ですよね。


「遭難!? 屍都で!? 二週間も!? 嘘でしょ〜〜〜〜〜〜〜?」

「二週間分の食料……すごい! エーリカさん頼もしい……!」


 リエーブルとクロエからは、明暗くっきり別れた反応が返ってきた。

 でもまあ二週間も授業を休むわけにはいかないし、できるだけ急いで帰還したいところだ。


 そうして、私たちは相談して方針を決定することにした。

 まずは脱出方法について。


「脱出するために使えそうな道具だと、掘削(ディッギング)の杖や壁抜け(パスウォール)の巻物があります。でも、浅い階層になるまではやめたほうが良いかもしれませんね。魔眼で見たところ、空間魔法で歪曲されている部分もありましたから」

「それじゃあ、徒歩で頑張るしか方法はなさそうね」


 リエーブルが眉間に皺を寄せながら相づちを打つと、クロエも無言で頷いた。


 地道な方法での脱出になるが、仕方ないだろう。

 次に、この周辺にまだ存在している他の怪物をどうするかについてだ。

 私が先程天界の眼(アイズ・オブ・オーバーワールド)で確認した内容を二人に伝えると、クロエが尋ねてきた。


「そのことなんだけど、ここで倒したミノタウロスって、博物館の剥製と角が違っていたよね?」

「そういえば……角に階級を示す装飾がなかったような……すると、あのミノタウロスの文化圏で産まれ育った個体ではないの……?」

「もしかして、倒した怪物が肉片になって消えている理由って、召喚魔法──人工精霊を使った変異魔法で呼んだ怪物だからじゃないかな?」


 変異による召喚魔法の可能性か。

 人工精霊を用いて、こんな風に幻獣の姿形に変異させることは可能なのだろうか。


「あの肉片を触媒に人工精霊をミノタウロスやオルトロスに変異させて、召喚しているということ?」

「うん。だからあんな風な消え方をするのかなって思ったんだ」


 変異による召喚は、授業を受けた限りでは小さな生き物に限られていたような気がする。

 雪銀鉱の剣で触れても、すぐに変異が解呪されなかったことも気になる。

 でも、たしかに今現在の状況に一番しっくりくる。


「もし召喚魔法だとしたら、このまま倒してもキリがないよね?」


 クロエの結論は正しい気がする。

 今のところは運良く倒せているからと言って、このまま怪物退治に興じてはいる暇はないだろう。

 なにより、リソースは有限だ。


「それでは、体力や物資の温存のため、なるべく戦闘は回避しつつ、上の階層へ逃げましょう」

「うん、私もそれが良いと思う。最低限の敵だけ倒そう」


 私とクロエで同意が取れた後に、リエーブルがおずおずと手を挙げて言った。


「でも、その……ワームっぽい生き物、そのままにしておくのかしら? 大発生しそうで心配だわ」

「そちらは、できれば(グリース)で不活性化しておきましょうか」

「ああ〜、よかったわ。博物館の地下からワームが溢れ出てきたら怖いもの!」


 ここが博物館の下とは考えにくいのだけど、私はリエーブルにはツッコミを入れなかった。

 学園のどこかの地下なのは確かなので、学園のどこかから溢れ出るのは一緒だ。


「クロエさんも、それでいいかしら?」

「うん……それなら対処しておいたほうがいいよね」


 というわけで、脱出方法はざっくりと決定した。

 まずは上の階層のワームを不活性化しておく。

 その後は、なるべく怪物との遭遇を避けて脱出する方針だ。


 私たちは天界の眼で得た情報を元に、移動を開始することにした。


       ☆


 ワームのいる階層への昇り階段はすぐに見つけることができた。

 上の階層へ移動するとすぐに魔法の地図(マジックマッピング)を使い、例のワームが湧き出る場所と昇り階段の場所を確認する。

 得られた情報はクロエやリエーブルと共有し、ワーム部屋へのルートや緊急時の逃走ルートを話し合った後、移動を再開した。


 途中、一体のミノタウロスと二体の大蜘蛛に遭遇した。

 ミノタウロスは出会い頭にクロエが首を掻き切って倒し、暗い天井に隠れていた大蜘蛛は私が水晶塊で串刺しにした。

 どちらも今までの怪物と同様、倒した少し後に小さな肉塊に変化して消えていった。


「おかしいわ、これは北方大陸にはいない種類の蜘蛛なのに……」


 蜘蛛を倒した後に、リエーブルがそう呟いた。

 そういえば、この遺跡で出会う幻獣は、博物館に標本のある怪物ばかりだ。


「エーリカさんも……気がついた?」

「ええ」


 そう言えば、博物館では盗難事件も起こっていた。

 先程のクロエとの会話と合わせて考えると、まるで召喚の材料として博物館の標本を使っているかのようだ。

 そんなことを考えながら進んで行くと、目的の場所にたどり着いていた。


 私はまず霊視の魔眼でドアを調べた。

 魔法的な罠が仕掛けられていないことを伝えると、クロエがドアを開ける。


「……これは」


 眼前に広がった光景に、誰かが息を呑む音が聞こえた。

 それは私にとって見覚えのあるものだった。


 祭壇の前には、直径五メートルほどの赤く光る魔法陣。

 七つに枝分かれした古い黄金の燭台には、七本の蝋燭が点っている。

 その横には、革ベルトの持ち手が付いた銀製のハンドベルと、古びた冊子本(コデックス)だ。

 私たちの目前に広がっていたのは、あの(・・)汚染された祭壇だった。

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