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首無し王子の霊安室3

 クロエを追ってドアを開けると、そこは下り階段になっていた。

 階段はドアよりやや幅広で、大人が二人並んで歩ける程度の広さがある。


 暗くて先が見えない。

 私はティルナノグから星水晶のランプを受け取り、階段を照らした。

 四十から五十段ほど下が踊り場になっていて、階段はそこから右に曲がっている。


 見える範囲には既にクロエの姿はなかった。


 状況を確認し、私は少しだけほっとした。

 これは「死の世界への階段」のほうだろう。

 名前は不穏だけど、クロエの兄が関わっていた霊安室(モルグ)よりは安全な気がする。


「クロエさーん!」


 クロエの声の返事はない。

 このままクロエを見失ってしまうわけにはいかない。

 でも、他の二人を待たずに、七不思議のありそうな場所に突入すべきだろうかと迷う。


『どうする、エーリカよ』

「まずは天界の眼で確認してみるわ。ティル、貸してもらえるかしら」


 ティルナノグに鞄から天界の眼を出してもらって、私はレンズを装着した。

 速やかにレンズに仕込まれた魔法を起動し、博物館全体を俯瞰する。


『どうだ?』

「私たちの他には、この階段の先に一人。三階に三人」


 階段の一人はクロエで確定だろう。

 身体強化を使っているのか、なんだか移動速度が異常に速い。

 三階の人物は、当直の職員たちだろうか。

 ぱっと見た感じ、建物内に危険そうな生物は見当たらない。


「この階段、かなり長くて深いみたい。同じくらいの距離で、時計回りに六度曲がって続いてるわ」

『ニンゲンの建物で換算すると、地下十二階くらいになるのか』

「底には短い廊下と、少し広めの部屋が一つあるわ」


 博物館全体を俯瞰していると、同じような造りの長い階段と広めの地下室のセットがいくつもあった。

 何のための構造だろう。

 そして、なぜ、この階段だけが隠蔽されていたんだろう?

 やっぱり怪奇現象に関係しているのか。


 天界の眼の効果が終了する前に、大雑把な地形は覚えておいた。

 私は短杖を抜き、霊視の魔眼(グラムサイト)跳躍(リープ)を使った。


「階段自体には、なにも魔法的な仕組みはないみたいね……」

『あの女なら放っておいても危険は無さそうだが、いくのか?』

「ええ。あのクロエがようやく少しは頼ってくれたんだもの。守護をお願いするわ、ティル」


 他愛もない信頼だからこそ、裏切りたくないものだ。

 ティルナノグに先頭になってもらい、ランプで照らしながら長い階段を降りていく。


『しかし、あの女、灯りも無しにどうやって進んでいったのだ?』

「おそらくは身体強化で視覚も強化しているんじゃないかな……便利よね」

 

 階段の材質は蜜蝋色の石灰岩だったが、途中から灰色の砂岩に変わっていた。

 建築年代が違う建物を継ぎ合わせたような印象だ。


 底に辿り着くと、五、六メートルほどの廊下の先にドアがあった。

 天界の眼で観測した通りだ。


 木製の古めかしいドアは施錠されておらず、数センチほど開いていた。

 クロエはおそらく中だろう。


 私は念のため、効果時間を長めに設定して霊視の魔眼を使っておく。

 ドア周辺に罠などはないようだ。

 それ以外の、魔法的な仕掛けもない。


 ティルナノグに手振りで静かにしておくようにお願いし、私はそのドアを開いた。


 がらんとした何もない部屋に、クロエは片膝をついて座っていた。

 何かを探しているのか、それとも何もなかったので項垂れているのか。


「クロエさん! 大丈夫!?」


 私が声をかけると、クロエはようやく振り返り、スカートの埃を払って立ち上がった。


「何か見つかった?」

「いいえ。エーリカさんにもせっかく協力してもらったのに、ここもハズレみたい……」


 クロエは申し訳無さそうにそう言った。


 そこは本当になんにもない部屋だった。

 石造りの床には何も置かれておらず、汚れなどの痕跡も見当たらない。


 霊視の魔眼を使って見回したが、魔法的な仕掛けもない。

 天界の眼で事前に隠し扉がないことも確認できている。

 念のためクロエがうずくまっていた辺りも見てみたが、やはり何の痕跡も見当たらなかった。


 どうして、こんな何もない部屋を隠蔽していたのだろう。


「……ごめんね、エーリカさん」

「いいのよ、気にしないで、クロエさん」


 クロエはしょんぼりとした仔犬のような雰囲気で謝った。

 私としては、無事だったなら何よりだ。

 思わせぶりな隠し部屋だったけれど、何もないならそれに越したことはない。


 そんなことを考えていたら、突然クロエが出入り口に向かって身構えた。


「そこにいるのは、誰……?」


 キィと音をたててドアが開く。

 そこには、学芸員のリエーブルがランプを手に立っていた。


「それは私のセリフよ。こんな時間にこんな場所に忍び込んで。ここは入れないように封じてあったはずよ」


 リエーブルはちょっと怒ったような口調でそう言った。

 クロエはばつが悪そうな様子で剣の柄から手を離す。

 もしや、施錠がなかったんじゃなくて、クロエが斬ったのか。


「あなたたち、熱心に博物館に通っていた一年生よね? まさか泥棒とは思えないけど、何をしていたの?」

「すみません。どうしても学園の七不思議が気になってしまって」

「七不思議?」

「幻獣博物館には死の世界への階段というのがあると聞いて」

「ああ〜、なるほどね。そんな話を館長が言っていたわね。年に二、三人くらい、好奇心の強い生徒がその話を確かめに忍び込むことがあるって」


 私は本当のことを織り交ぜて弁解する。

 こういう時に下手に嘘をつくと、後々面倒なことになるものだ。


「標本泥棒とかじゃなければ別にいいんだけどね。幸い、気づいたのは私だけだから、先生たちにも告げ口はしません。でも、さすがに夜中に忍び込むのはいただけませんね」

「はい、すみません」

「ごめんなさい」


 私たちは素直に頭を下げる。

 リエーブルは小さくため息をついた。


「分かったなら、もう帰りなさいね……この部屋では色々問題があったらしいし、あまり長居はしないほうがいいわ」

「問題、ですか?」


 リエーブルの言葉にクロエが食いついた。

 まずいことを言ったかな、という表情でリエーブルは口元を押さえる。


「何が起こったのか、あなたは知っていますか?」

「いえ、それは……」

「教えてください」

「ううーん、前任者から仄めかし程度でしか聞いていないんだけど……まあ、ここだけの話にしてね?」


 クロエに気圧され、リエーブルは根負けしてしまったようだ。

 声を潜めてリエーブルは話し始める。


「あなたたちは、金狼王子の伝説って知っているかしら?」


 以前、ノットリードで買った説話集で読んだことがある。

 たしか「東の姫君を愛した金毛の人狼王子の悲恋の話」というタイトルだ。


 それはこんなお話だった。

 ある王子が、魔法使いの国の末の王女と恋に落ちた。

 しかし悪い呪術師が彼らの仲に深く嫉妬して、呪いで王子の顔を狼の顔にとりかえてしまったのだ。

 王女は呪いを解いて王子を元の姿に戻そうとするが、あまりにも強力な呪いだったので王女は死んでしまう。

 それ以来、王子は愛していた王女を偲んで、彼女を捜してずっと狼の姿で彷徨っているのだという。

 かえるの王子様や美女と野獣の類型だと思って読んでいたら、結末が悲劇だったので記憶に残っている。


「顔だけ狼に変えられた王子様と東の王女の悲恋でしたっけ?」


 私がそう答えると、リエーブルは頷いた。


「そう、西ではそう伝わっているのね。でも北では……その……」

「狂王カインの手によって、ルーカンラントの王子が生きたまま顔の皮を剥がされ、守護獣だった狼の顔の皮を被せられた。あるいは斬首され、狼の首と繋ぎ合わされた。王子はその後、屍鬼として蘇らされたと言われている」


 リエーブルが言いよどんだ話を、クロエが淡々と続けた。

 それは御伽話から一転して、史実寄りのグロテスクな話だった。


「彼の許嫁だったハーファン王家の魔女は、その王子を殺そうとしたけど、結局魔女は死に、王子もまた永久に行方不明になった、ですよね」

「その結末は北でも諸説あるのよね。地方ごとのバリエーションも豊富で、史実では王子と王女の生死は不明らしいわ」


 リエーブルの補足に、クロエはこくりと頷いた。

 そこまで聞いて、私は背中にぞくりと寒気が這い上がるのを感じた。


 金狼王子、あるいは金毛の人狼王子。

 旧王家の王子、首を切られているのに死ねない、強い呪い。

 そんな話を、ドロレスから聞いていなかったか。

 首無し王子というのは、この金狼王子のことなのではないだろうか。


 そう考えると、クロエが金狼王子の伝説に詳しいことも納得だ。

 ルーカンラントの言い伝えから始まって、首無し王子の正体に迫っていたのだろう。


「それと直接の関係があるのかは分からないけれど、何年も前に金狼王子の伝説を調べていた生徒がここに忍び込んで、暴力事件……いえ、殺人未遂事件を起こしたそうなの」


 禍々しい話に、さらに禍々しい話が追加された。

 危機感知能力が弱い私でも近寄ってはいけないことが分かるレベルの不穏さだ。

 学園内で殺人未遂なんて、どういうこと?


「私が学園にいなかった頃の事件だから、詳しくは知らないわ。把握しているのは学園長とか、責任者の方々くらいじゃないかしら。でも、ここに来たせいで発狂したとかいう噂を聞いちゃうと、ね……ほら、嫌な話でしょう?」


 発狂した、というキーワードも怪しい。

 クロエの兄クロードは、発狂して一族を皆殺しにしたのではなかったか。


「問題と言えば、あともう一つ。あなたたちの探している、死の世界の階段に関係するかもしれないことよ。この部屋には、地下に転移する仕組みがあるらしいの」

「転移の仕組みが?」


 私は部屋を見回す。

 さっきは魔法の仕掛けを見つけられなかったけれど、どこかに見落としがあったのか。


「いえ、厳密にはこの部屋そのものじゃないそうだけどね。条件は不明だけど、この付近にある地下構造物が徐々に地下に引き寄せられていくそうなの。原因が地下遺跡の階層にあるから防ぐ方法がないんですって」

「そんなに危険なら、地下室を埋めてしまわないんですか?」

「地下室を埋めてしまうと地上にも引き寄せの影響が出るらしいの。根本的な解決ではないけれど、影響を受けやすい部屋を封印して被害を最小限に食い止めているのよ。もっとも、それでもあなたたちみたいに忍び込む生徒がいるんだけどね」


 クロエの疑問に、リエーブルは肩をすくめた。

 幻獣博物館に謎の地下室が多い理由は、地下遺跡からの干渉対策ってことなのか。


 確かに、これが「死の世界への階段」の正体のようだ。

 学園の下の遺跡は、狂王統治時代の屍都遺跡だ。

 七不思議で発動条件が複数語られていたのは、転移の影響を受ける箇所が複数あったせいなのだろう。


 つまり、幻獣博物館は「首無し王子の霊安室」と「死の世界への階段」の両方を兼ねている。

 学舎の「無限回廊」と「人食い鏡」のような、二重構造の怪奇ということだ。

 

 私は横にいるクロエをちらりと見た。

 クロエは何か思い詰めたような表情をしている。

 ここまで来て退きたくはないだろうけど、リエーブルに見つかってしまった以上は撤退せざるを得ない。

 

「ねえ、クロエさん、はやく帰りましょう? どうやら興味本位では近付いてはいけない場所のようだわ」

「……うん、そうだね。今夜は帰ったほうが良さそうだね、エーリカさん」


 釘を刺した私に対し、あくまでも今夜のところは、という条件をさりげなく主張しながらクロエは頷いた。

 私もクロエには一旦退いてもらったほうがありがたい。

 こんなに危険だと分かった以上、クロエを説得する時間が欲しい。


 私たちの反応に、リエーブルはほっとした様子で頷く。

 よく考えれば、生徒とは言え武装した相手の説得だったのだから、さぞや緊張したことだろう。


 リエーブルに先導されながら、私とクロエは元来た階段を昇っていった。

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