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首無し王子の霊安室1

 ドロレスは結局、跡形もなく消えてしまった。

 私たち三人は理不尽な仕様に文句を言いながらも、仕方なくそれぞれの寮に帰還することとなった。


 自室に戻ると、そこには既に二匹の幻獣が私を待っていた。

 私はティルナノグとパリューグに図書館での顛末をさらっと共有する。


 図書館の首吊り少女の真相。

 首無し王子の霊安室(モルグ)の真相。

 そして私の母とその親友だった少女の顛末について。


 一通り伝え終わるのを待って、パリューグが口を開いた。


「その死んだ女の行った秘術、気になるわね。あまりにも規模が大き過ぎるわ」

「ええ。でも、それについては本当に秘密らしくて、これ以上の情報は見込めないみたいなの……」


 ハーファンの禁じられた魔法。

 それについて問うと、クラウスは貝のように固く口を閉じてしまった。

 私が聞いてもおそらくは教えてはくれないだろう。

 しかし、異次元や異世界に転移可能な大魔法がたった一人の少女に扱える代物なのだろうか。


『エーリカよ。お前の神託には、その女の行った七度の未来視が影響しているのではないか?』

「やっぱりそう思う……?」


 ティルナノグが、うっすらと私も思っていた可能性について口にした。

 やっぱり七度の未来視ってあたりが怪しいよね。

 ゲームのシナリオ数と同じだけの回数だ。


 もしかして、私のこの記憶はドロレスの未来視だった可能性もあるのだろうか。

 実は偽りの記憶を刷り込まれているだけで「リベル・モンストロルム」なんていう乙女ゲームは無いとしたら?

 いやいや、ちゃんと前世の記憶では美麗な絵、豪華な声優が揃った乙女ゲームだった。

 さすがにあれが幻や記憶違いだったとは思えない。


 なら、ドロレスが異世界に転移してゲーム作製?

 いやいや、それはちょっと無理なんじゃないかな。

 文化は積み重ねだから、この世界の文化で育まれたドロレスだけで乙女ゲームをつくるのは難しいはずだ。


 でも、あのドロレスが無駄死にするような人物には思えない。


「ないとは言えないけど……もう少し情報が必要だわ。本当はしばらくそのドロレスって人工精霊から情報を引出したかったんだけどね」

「あら、じゃあ大人しく一か月後まで待つの?」

「一か月も無駄にするつもりはないわ。霊安室の件を先に少し調べておこうと思うの」


 混乱しつつあるからこそ、当初の目的に戻ろう。


 始まりは、クロードの手帳に書かれていた隠し文字だった。

 クロエの緊張した様子から、それがフォースシナリオ以降の、私のまだ知らない死因に関係するのではないかと推測した。

 彼女が私の協力を拒んだのが、七不思議の調査をはじめるきっかけだった。


 首無し王子の霊安室は、おそらく七不思議の中でも特に危険な怪奇だ。

 でも、憶測だけではクロエは諦めてくれないだろう。

 実際にどの程度危険なのかくらいは調べておいて、手に負えなさそうなら具体的に警告しなければ。


 それでもクロエを止められない場合にも、生存のためには情報が必要だ。

 最悪、怪奇や幻獣の破壊まで行うことになるかもしれない。


「ちょっと危険な気もするけど、コイツがいるし一応は安全かしら?」

『エーリカよ、力及ばぬことがあったらすぐに退くのだぞ』

「もちろん、危険になったらすぐ退避するわ」


 決行は明日の夜。

 七不思議の調査は、これが最後になるだろう。


       ☆


 翌日の放課後、ハロルドの工房で昨晩の面々と落ち合い、ミーティングを行うことになった。

 議題は呼び出し不能になったドロレスのことと、これからの方針について。


「昨晩はごめんな。あの失態は私のせいだよな……」


 オーギュストは申し訳無さそうに言った

 機密事項に連続して引っかかってしまったオーギュストは気にしているようだ。


「いいえ、オーギュスト様、あれは不可抗力です。あんな規則を後出しするなんて、誰も思わないですから」


 むしろ、ああいう鋭い質問は有り難かった。

 それに私もクラウスも一つずつやらかしていたし、他人の事を責めるられる立場ではない。


「でも、せっかくいろんなことがわかる機会だったのに」

「いえいえ、あの人工精霊の性格では、愚痴や悪口を聞かされかねませんし」

「まあ、そうだな……」

「私の母への愚痴もですし、作成者自身の悪口まで言ってたじゃないですか」


 あの人工精霊、便利なことは便利だけど何を聞いても愚痴とか悪口入りそうだしね。


「それに、機密事項への抵触三回で起動停止って仕様が早めに分かったのは良いことだと思いますよ」

「三回目で即座に消えなかったのは不幸中の幸いだったな。でも、あそこで質問はないなんて言わなければ、もっと色々聞き出せたのに」

「来月まで待てば使えますし、大丈夫ですよ。二回機密に触れたらその日は中断って方針で行きましょう」

「そうだな。全くヒントなしで調査するよりよっぽどいいし」


 私はオーギュストの意見に頷いた。

 調査が一気に進展したのは、首吊り幽霊の正体に気づけたお陰だ。

 ベアトリスとドロレスの見た目はそっくりだったのに、性格と言動が違いすぎて分からなかった。

 ハロルドの調査や過去視の情報がなければ、きっとまだ手詰まり状態だっただろう。


「次はちゃんと人工精霊を資料室に移動させてから起動させないとな」

「機能制限させてるせいで、不便ですものね」

「まったくだ。いったいどうして移動なんかさせたんだか……」


 そう言ってオーギュストが首を捻ると、クラウスが口を開く。


「隠したい情報があるからだろう。とは言え、人工精霊の移動に、機密の回数制限、それともう一つの隠蔽工作を含めても、まだ慎重さが足りないくらいだ」

「他のだって?」

「どういうことなんですか、クラウス様」


 オーギュストと私が問うと、クラウスは呆れたように返す。


「二人とも忘れたのか? 七不思議を全て知ったら結婚できなくなるとかいうあれだ」

「ああ、なるほど!」

「あー……ありましたね、そんなジンクス」


 確かに、考えてみれば作為性を感じる噂だ。

 この噂をながせば、七不思議すべてを知ろうとする人間は確実に減るだろう。

 七不思議にまつわる迷信、いや呪い(・・)を創作した誰かがいる。


 首吊り少女を七不思議に追加した人物と同じなのだろうか。

 この人にも注意しなければならない。

 卒業生でもうこの学園にはいないかもしれないけど、万が一教師になっている可能性も否めない。

 お兄様に聞けば、怪しい人が分かるかな?


「でも、どうしてその人物はこんな小細工を重ねたんでしょうか……?」

「……おそらく、首無し王子の霊安室に関する情報を隠蔽するため、だろうな」


 オーギュストの言葉で、私も納得した。

 その人物──〈奇譚蒐集の会〉の会員である誰かは、危険な霊安室が噂として広まるのが嫌だった。

 だから手持ちのカードである人工精霊を七不思議に仕立て上げることによって存在そのものを隠蔽し、七不思議を深く知ろうとする者に対する警告として呪いの噂を流したのではないだろうか。


「エーリカ、霊安室の件には近付くな。絶対だ」


 クラウスは厳しい口調で私に釘を刺した。

 やっぱりそうなりますよね、と思いながら私は即答する。


「嫌です。私の知人がその場所に興味があるようなので、警告するためにも調査が必要です」


 私より先にクロエが霊安室の謎に辿り着いてしまったら、私の与り知らぬ怪奇が発生するはずだ。

 何の対策もない状態でそんなことが起きれば、おそらく私は死ぬだろう。

 申し訳ないけれど、私は自分の生存のためにクロエの辿る物語に先回りしておきたいのだ。


「ご安心下さい。私自身は霊安室なんて目指しませんよ、クラウス様」

「そうか。それならいいが……その知人とは誰だ?」

「当然それは秘密ですよ?」


 そう言って微笑むと、クラウスは静かに睨んできた。

 私の頑さは昔からなので、口を割らない事はとっくに理解しているだろう。


 そんな少し険悪なタイミングに、ノックの音が響く。

 お茶を用意するために部屋を離れていたハロルドが戻ってきたようだ。


「おや、一段落ついたみたいですね。方針は決まりました?」


 険悪な空気を物ともしないニコニコとした笑顔で、ハロルドは給仕していく。

 私はハロルドの淹れてくれたお茶をいただきながら、先程までの話の流れを伝えた。


「というわけで、ハロルドには今夜の探索用の杖をお願いするわ。水晶塊と、それ以外にも火属性以外の攻撃用をいくつかと、探索用のを一揃いと……」

「えっ? さっき突入しないって言ってませんでしたっけ?」

「突入はしないわよ。でも、何があるかは分からないし、ほら、念のため?」


 私がハロルドにそう答えると、残りの三人が顔を見合わせて頭を抱えた。

 クラウスが深い溜め息の後に口を開く。


「では、俺も監視役としてお前についていくぞ」

「ええ、助かります」


 クラウスからの有り難い提案を受け入れる。

 元からお願いしてでもついてきてもらおうと思っていたしね。


「じゃあ、私もだ。ほら、私がいれば、さすがにお前でも無理はしないだろ?」


 そう言ってオーギュストはニヤリと笑う。

 一国の王太子を危険には巻き込めないだろう、ということか。

 相変わらずどこかしら捨て身なところのある困った王子様だ。


「元から無理する気なんてありませんったら」


 私は情報収集が目的で、積極的に突っ込むつもりや解明するつもりはないのに、この扱いはどうなんだろう。

 いや、今まで自分の行いを省みるに自業自得か。


 それから私たちはハロルドも加えて四人で最後の探索の算段を立てる。

 参加メンバーは昨晩と同じ三人、何かあったときのバックアップがハロルドだ。


「ではまた夜に」


 私たちは一旦解散し、それぞれの寮に戻っていった。

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