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学園の七不思議11

「フレデリカ・ボルツ……私はフレデリカ・ボルツに関する、資料庫に依存しない記録を持っているわ。私を作ったドロレスは、私が資料庫から分断される事態を想定していたようね。そして、いずれボルツに近しい者が私のところにやってくることも」


 ドロレスは言葉を切り、私たちに背を向けた。


「フレデリカ・ボルツは、没落した男爵家に生まれた。若くして錬金術の事故によって両親を亡くし、兄オスヴァルトが親代わりだった。その兄も、彼女が魔法学園に入学する前に喪ってしまった。フレデリカ・ボルツは天涯孤独の身になった」


 家族構成が似ているせいか、思わず自分に照らし合わせて考えてしまう。

 私にはお兄様もお父様もいるけれど、二人とも亡くしてしまったらどんなに辛いだろう。


「彼女は資産と後ろ楯を必要としていた。エレオノール・イグニシアに近づいたのも、卒業後は軍に身を置こうとしていたのもそのためね。ボルツは錬金術師としては致命的な欠損を抱えていたけれど、軍属になるならば他に類を見ないほどの希少で特殊な才能を持っていたから」


 なんとなく、その欠損と才能には思い当たることがある。

 おそらくは私と同じような体質だったのだろう。


「ボルツは何かの目的があって、エレオノールと共に〈奇譚蒐集者の会〉を作った。エレオノールやドロレスはその目的に気づいていたみたいだけど、気づかない振りをしていたし、私にも記録されていないわ」


 母の目的。

 こうして聞かされると、ただの興味本位で作ったとは思えない。

 とは言え、もはやそれを知っている人はどこにもいない。


「ドロレス・ウィントからみたボルツは……他人に甘えるのが得意。他人を欺くことが得意。他人に優しくするのが得意。でも、自分を甘やかすのが苦手。自分を騙すのが苦手。自分を労るのが苦手。そんな少女だったわ」


 外面はよいが、生きるのが不器用な少女の姿が思い浮かぶ。

 鏡の向こうにいた飄々とした雰囲気の彼女と少しだけイメージが重なる。


「例えばね、こんなことを私──ドロレス・ウィントに言うのよ?」


 ドロレスはそこで区切ると、目の前にふわりと降りてきて私の手に手を重ねる。


「私の親友は君一人だけ。他の誰も信じられない。お願いだから、君だけは私を裏切らないで、私にはあなた(・・・)しかいないの」


 そう言って幽霊は、青い瞳を潤ませながら、縋るような顔でしばらく見つめてから、再び離れた。

 

「信じられる!? 私以外にも四、五人の女に同じこと言ってたのよ!」

 

 結婚詐欺みたいな口上ですね、なんて言いそうになったのをぐぐっと押さえる。

 いや、友情詐欺か。

 どちらにしてもなかなか悪質な感じだ。


「そ……それはお気の毒でしたね……」

「最初からこんな態度はどうせ嘘だと思ってたからいいの。でも、それを何人も相手に言うなんて恥知らずにもほどがあるでしょう?  嘘だと知りつつも頼み事を聞いてあげた私──ドロレスがあんまりにも道化じゃない!?」

「お怒りはごもっともですね……」


 どうしよう、亡き母がいきなり胡散臭い結婚詐欺師みたいなイメージになってしまった。

 我が母ながら、何をやっていたんだろう。

 いや、待てよ。お父様にもこの手で取り入ったんじゃないだろうな。


「あの、お父様……エルンスト・アウレリアにもそんなこと言ってたんですか?」

「エルンスト? ああ、あの子が求婚してきたときは傑作だったわ。あんなに慌てたボルツを見たのは、後にも先にも初めてだった」

「えっ、お父様のほうからから求婚したんですか?」

「情熱的で純粋な彼の求婚にあの鼻持ちならないボルツが押し負けたのは、本当にいい気味だったわ。……まあ、それであの二人は幸せそうだったし、いいんじゃないかしら」


 両親のなれ初めがけっこう普通なロマンスっぽくてほっとする。

 しかし、なんというかもっと別の情報はないのだろうか。

 このままだとずっと母への愚痴をきかされてしまいそうだ。


「あの、フレデリカ・ボルツの良いところとかって、どんな部分でしたか?」 

「ボルツのいいところ……?」


 ドロレスはものすごく長く悩んでから口を開いた。


「…………顔?」


 もう話題を変えた方が良いような気がする。

 私は別の質問を投げることにした。


「そう言えば、どうしてドロレス・ウィントはいなくなってしまったの?」

「ドロレス・ウィントがなぜいなくなったか………当然、知っているわ。だいたい私という存在自体がドロレス・ウィントの遺言でもあるしね」

「遺言?」

 

 どういうことだろう。

 遺言ということはドロレス・ウィントは自身の死を知っていたのか。


「そう、遺言なの。ただし、これには前提の説明が必要だけどいいかしら」

「構わないわ」


 自らの死に備えて、人工精霊に遺言を組み込んだということ?

 今はいないドロレス・ウィントの意図を計り兼ねて、私は戸惑っている。


「ウィント家は千里眼の家系で、過去視と未来視に過剰適性をもつ希少な魔法使いなの。その血族は何度も何度も、祖国(ハーファン)の勝利や存続のために命を貢いだ。そしてドロレスもまた同じことをしただけ」


 賢者の家に生まれて、国家の危機のために危険な未来視に挑んで死んだ、ということか。


「でも、なぜまだ当主でもない、若い彼女がそんなことをしたの?」

「過去視と未来視への飽くなき探究心。でも、直接原因は、友人の死が許せなかったからよ。ドロレスは過去視において敵を見出し、七度の未来視全てにおいて絶望を見たそうよ」


 あの四人がいなくなった順番は王女、ドロレス、ボルツ、シグリズルだ。

 ドロレスより前ならば、王女が原因か。

 しかし、敵とか絶望とか言われても、ふんわりしすぎていて分からない。


「その敵や絶望について、もう少し具体的な説明をできないかしら……?」

「それは機密事項なので黙秘するわ」


 機密なんてあるのか。

 いや、あって当然か。

 こんなことをペラペラしゃべるような人工精霊なんて普通の感性なら学園には仕込めない。


「そしてドロレス・ウィントは打開策として世界に干渉する古代の大魔法に手を出した。探究心を満たすためと、祖国の人々の生存のために命を賭けた。決して悪友たちのためなんかじゃなくて、自分のために。以上が愚かで浅はかなドロレス・ウィントの遺言よ」


 ドロレス・ウィントが残したかったメッセージは要するに「大義名分を得て、好き勝手して死んだ」ということだろうか。

 でも、これは誰への遺言なのか。

 あるいは「私の死に対して自分を責めるな」という友人へのメッセージなのか。

 なんでわざわざ自分のことを「愚かで浅はか」なんて言うのか。

 ドロレス・ウィントは、何故一人で責任を背負い込もうとしてるのか?


「ドロレス・ウィントは何故そこまでしたの? なんでこんな遺言を? 誰のために?」

「さあ? これ以上は私は知らないわ」


 私はここまでで飽和して、何を聞けば良いか分からなくなってきていた。

 呪われた死体と、クロエの兄。

 死んでしまった四人の少女たち。

 なにかが分かりそうで何もかも藪の中にある状態だ。


「俺も聞いて良いか?」


 今まで静かに私とドロレスの会話を聞いていたクラウスがやっと口をひらく。


「ええ。私の知ってる範囲ならいくらでも良いわよ」

「先程の世界への干渉とは、禁じられた模様(パターン)を使っているならば、その女は異次元、異世界に転移している可能性があるんじゃないのか?」

「ええ、そうね。でも、この世界にいないのなら死んだも同然じゃない?」


 ハーファンの禁術は、時間と空間に干渉する。

 でも異世界への転移って、ドロレスは何をやろうとしたんだ?

 過去干渉や未来干渉とかじゃなくて、何故異世界への転移なんだろう?


「では、何を使ったかを教えてくれ」

「残念。それは機密事項なの。当然でしょ? 東の王の血族ならあれの危険性はよく分かってるはずよね?」


 クラウスは忌々しそうにドロレスを睨んで沈黙した。


「では私からも、聞いていいかな?」


 続いてオーギュストが進み出て、ドロレスに質問を投げかけた。


「ええ、どうぞ。なんとなりと」

「その死んだ友人って、もしかして王女エレオノールなのか?」

「ええ、その通り」


 エレオノール・イグニシア。

 失踪したとも誘拐されたとも噂されている、謎の多いイグニシアの王女だ。


「王女の死因については、どれだけ知っている? そしてそれをどれだけの人間に話した?」

「どちらもゼロよ。王族に関わる機密だから詳細は削除されているの。安心しなさい」


 さすがに王家についてはぺらぺらしゃべるわけがないらしい。

 オーギュストが続いて問いを投げかける。


「じゃあ、もう一つ。ドロレス・ウィントが見た未来についてお前は知っているのか?」

「もちろん機密事項」

「あ〜、その、機密事項って誰が設定してるんだー?」

「情報の登録者、あるいは管理者権限持ちよ。ほら、仕方ないでしょ?」

「では、過去の〈奇譚蒐集者の会〉の全ての会員が知りたい。できれば管理者も。これならどうだ?」

「いい質問ね。でも残念なことに、それも機密事項なの」


 オーギュストの質問はとても的確だったのだけど、それゆえに機密に引っかかっていった。

 ドロレスは満足そうな顔をして、ふわりと一段と高く浮かび上がった。


「これで終わりかしら?」

「うーん……知りたいことは多いが、資料庫と切り離されている現状、今聞いても仕方がないからな」

「私も、もう少しエレオノール伯母様について調べてからじゃないとなー」


 クラウスとオーギュストはそう言って、私のほうを窺う。

 私としても、情報や感情の整理をしておきたい。

 少しインターバルを置いた方がいいだろう。

 私は二人に頷きを返し、質問を終えることにした。


「今日はここまでにしておくわ。ありがとう、ドロレス」

「どういたしまして」


 私がお礼を言うと、ドロレスは優雅にお辞儀をした。


「久しぶりの仕事はなかなか楽しかったわ。また遊びに来なさいね。ちゃーんと、聞きたいことは考えてくるのよ? でも、一日三回以上機密事項に触れられたら、一か月ほど私は起動しなくなるの」


 そのセリフと同時に、人工精霊ドロレスの姿がどんどん透明になっていく。

 一か月起動しない?

 なんてユーザビリティの低いシステムなんだろう。

 これだけ情報を提供しておいて一ヶ月もお預けされるなんてどういうことだ。

 せめて、二回目くらいのときに警告して欲しかった。


「じゃあ、一ヶ月後にまたね?」


 別れの挨拶だけが、首吊り少女の影も形もない空間に響いた。

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