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学園の七不思議10

「なるほど。その鏡の向こうの生徒ってわけか……」


 ハロルドに種明かしがてらに三十年前の生徒たちについての情報共有を行う。


「できればドロレスの交友関係と死因についてもう少し調べてもらえるかしら?」

「ああ。乗りかかった船だし、引き受けるよ」


 そして、私はハロルドを残して、資料室の出入り口として設置されたドアを開いた。


 そこは白を基調とした六角形の書斎だった。

 床は輝くように白い結晶性石灰岩で、星と雪の意匠が薄く彫り込まれている。


 部屋の中央には金で縁取られた白革張りの長椅子が一つに、同じ意匠の安楽椅子が三つほど。

 長椅子横のサイドテーブルには、空の花瓶が一つ。

 どれも古めかしく豪華な造り。


 ドアのある壁以外の五つの壁面にはすべて木製の書棚が埋め込まれている。

 書棚はすべて鎖付き。

 蔵書はすべて特製らしい白革張り金装丁の私製本。

 一冊引き抜いて、開いてみたが、全頁白紙ときている。

 蔵書票までが真っ白だ。


 まさか、ここにある本全部がこんなの?

 どういうこと?


 そう言えば、先に入ったはずの二人が見当たらない。

 どこに行ってしまったんだろう?

 私は見当たらない二人を探して問いかけてみた。


「クラウス様、オーギュスト様、お二人ともどちらにいらっしゃるんですか?」

「ああ、こっちだ」


 オーギュストの声が上から降ってきたので、見上げる。

 天井からは柔らかな白いベールのような光が落ちてきている。

 二人はその光の中にいた。


 光の中でオーギュストが手を振っている。

 彼のさらに上空にいるクラウスは大きな黒革本を開いて、何やらしきりに書き付けていた。


「まだ調べているところだ」

「……まさかここも空間魔法で無限化しているんですか?」

「いや、あの回廊とは違う。ちゃんと空間の涯──天井もあるしな」


 クラウスが飛行魔法を私にもかけてくれたので、私も二人のいるあたりまで飛行する。

 天井の採光窓は雪花石膏(アラバスター)製で、太陽と月が浮き彫りしてあった。

 ただし、採光窓といっても外の空間に繋がっているのではなく、魔法の灯りだろう。

 そうでなくては、夕方にこの真っ白な光はおかしい。


「もしかしてここにある本って、すべて白紙なんですか?」

「ああ。少なくとも私が確かめた三十冊はそうだったな」


 オーギュストと一緒に手元の本引き出しては、中身を確認していく。

 どれもこれも白紙。

 染みもなければ、紙魚の食い跡もない、美しい頁だけが広がる。


「これで、どこかに数冊だけ記述のある本が混じっている可能性もあるんだろうな〜」

「かなり悪質ですね」


 クラウスが何かの確認を終えたのか、黒革本を閉じた。


「この空間自体は、百年ほど前に作製されたようだ。霊脈に古い権限で接続している」

「古い権限で、ですか?」

「リーンデースは一時期隣接する領地の領主によって共同管理されていたんだが、それを使っている」

「ふぅん、隣接する領地というとウィント伯爵領とクローヒーズ伯爵領と西にある王室領か……」


 クラウスとオーギュストの言葉に、私は答え合わせを聞くような気分だった。

 おそらくここもウィント伯爵領の権限で接続してるのだろう。

 ブラド・クローヒーズも可能性がないわけではないが、ドロレス・ウィントの関与のほうが疑わしい。


「ああ、そこまでは分かった。しかし、例の魔法の目録なんて、どこにも見当たらない」

「それに関しては目星がついています。ウィント伯爵領の継嗣だったドロレスという令嬢は随分前に亡くなっているのですが──」


 二人にも鏡の向こうにいたドロレスがドロレス・ウィントである可能性と、ベアトリス・グラウの出生の秘密を伝える。


「それで、なぜ目録の場所が分かるんだ?」

「私たちは以前、ベアトリスとそっくりの少女(・・・・・・・)と会っているんです」


 図書館の首吊り幽霊のことだ。

 あの少女とベアトリス・グラウはとてもよく似ていたのだ。

 初めはあまりにも性格や表情が違うので気がつかなかったのだけれど、あれは同じ顔だ。

 表情と瞳の色を変えたら同一人物と見間違えるのではないだろうか。

 それはもう血縁を疑うしか無いくらいだ。


 ベアトリスの血縁者ドロレス・ウィントは目録の制作に関わっている可能性がある。

 もしかすると目録の外見をドロレス・ウィントにしなければならない何らかの事情があったのかもしれない。

 例えば、合言葉のヒントとか。


 どうして目録だけが別の場所にあるのかは分からない。

 誰がやったのか、何の目的があるのか。

 しかし、それを考えるのは、首吊り幽霊の正体を暴いてからでも遅くはないだろう。


「では、最後の答え合わせのために、今夜は魔法図書館に行きませんか?」


       ☆


 その日の夜、魔法図書館の六階。

 図書館の薄暗い空間に向って、私は声をかける。


「ねえ、いるかしら?」


 しゃらり。

 細い鎖の音が鳴る。


 図書棚の間は、ふわふわと浮かぶ、首吊り少女が現れた。

 長い黒髪と、文字通り透き通った青白い肌。

 鮮やかな青い瞳が見下ろしている。

 彼女は私の姿を見つけると、口の端を片方だけ上げた皮肉っぽい微笑みを浮かべて、楽しげに目を細めた。


「何の用事? もう退屈なのはうんざりだわ」


 表情と瞳の色が全然違うけど、この面差しはやっぱりベアトリス・グラウそっくりだった。

 つり目がちの大きな目に、線の細さが目立つ華奢すぎる体つき。


 私はクラウスとオーギュストに目配せし、一歩前に出る。


「あなたに質問しにきたの。でも、その前に私なりの回答を聞いてくれるかしら」

「あら、随分遅い回答ね。で、何がわかったっていうのよ?」

「あなたの創造者の名前と、あなたの役割」


 私は言葉を切って深呼吸し、続けた。


「ドロレス・ウィントの作った目録って、あなたのことよね」

「あら、やっと私の正しい使い方がわかったのね。いいわよ、好きなだけあなたに答えてあげるわ」


 死んだ伯爵令嬢の姿を映した人工精霊が懐かしそうに笑ったように見えた。


「まずは、あなたについて教えて」

「私について……私はドロレス。人工精霊のドロレスよ。創造者ドロレス・ウィントの十四歳の人格と思考を基礎として、図書目録としての機能を追加された人工精霊。〈奇譚蒐集者の会〉資料室のとても優秀な司書よ。なぜかここは資料室じゃないみたいだけど」


 そう言って、人工精霊ドロレスは胸を張った。


「あなたの使い方は?」

「私の使い方は……質問しなさい。賢い私が答えてあげる。ただし、蔵書に関する質問は利用者登録を行うことね。それと、つまらない質問は禁止よ」

「では、私の登録をお願い」

「利用者登録には、あなたの名前と〈奇譚蒐集者の会〉への入会宣言が必要よ」

「エーリカ、お前まさか入るつもりじゃ無いだろうな……!?」


 クラウスからツッコミがはいったが無視する。

 非生存率一〇〇パーセントなのはその通りだが、それを言うなら血縁という意味で既に深く関わってしまっている。

 今はむしろ、生存のために情報が欲しい。


「入会するわ。私はエーリカ・アウレリアよ」

「ようこそ、エーリカ。〈奇譚蒐集者の会〉へ」


 そう言って人工精霊の少女は初めて優しげに微笑んだのだった。

 柔らかく微笑むとベアトリスにそっくりだ。


「じゃあ、私も登録してくれないか?」

「お前らときたら……しかたない、俺も登録を」


 続いて、オーギュスト、クラウスの順番に登録を済ませていった。

 私は少しだけ躊躇してからドロレスに話しかける。


「では、まず、この学園の七不思議について教えてもらえるかしら?」

「学園の七不思議について……落ちた少年の幽霊、無限回廊、人食い鏡、死の国への階段、魔の万霊節、血塗れ聖女、そして首無し王子の霊安室(モルグ)。私に記録されている限りでは、首吊り少女なんて怪談はなかった」


 首無し王子の霊安室。

 やっと例の赤革張りの手帳に繋がった。

 しかし、そうするといくつかの疑問が残る。


「あなたが首無し王子の霊安室の代わりに七不思議に加わったのはなぜ?」

「元々首無し王子の霊安室の知名度は低いの。図書館という人目につく場所に私を置いたせいで、入れ替わってしまったのね」

「誰があなたをここに移動させたの? その目的は?」

「分かる訳無いでしょ? 私だって自分が怪談扱いなんて知らなかったんだし」


 そういえば最初から彼女は首吊り少女扱いを怒っていたなあ、と思い出す。

 あの時もっと深く聞いていたら良かったのか。

 いやいや、あの時はヒントもなかったし、無理だよね。


「では、その首無し王子の霊安室について詳しく教えて」

「首無し王子の霊安室について、詳細検索──」


 ドロレスは得意顔で、何かに手を伸ばすように左手を掲げる。

 しかし、何も起こらない。

 ……こ、これはもしかして、ここが資料室じゃないから、空振りしてる?

 それとも資料がないせいでフリーズした?


 何も起こらないまま一分程度が過ぎた後、涼しい顔のままドロレスは手を引っ込めた。


「ここでは資料にアクセスできないようね。でも任せて。記録された目録から推測できることがあるわ。私はとても優秀だから」


 よかった、動いてくれた。

 今はまだ方法がわからないけど、いずれ元の場所に戻したほうがいいのだろうか。


「首無し王子の霊安室について……一人の人間の死体を標本として保管するためだけに作られたとされる霊安室。公式記録にはその所在は記されていないけれど、幻獣博物館のどこかに入り口があるという説が有力ね」


 博物館に人間の標本って只事じゃない。

 何でそんなモノをあの幻獣博物館は保存しているの?

 驚愕している私を尻目に、オーギュストが質問を投げた。


「その死体、王子ってことはイグニシアの関係者なのか?」

「首無し王子はイグニシア人か……複数の説があるわ。イグニシアの王子という説、いずれかの旧王家の王子だという説、話題性のための誇張という説、真実の隠蔽のための意図的な誤情報説などね」

「前二つはともかく、誇張や誤情報じゃあ、調査しようがないなー……」


 オーギュストはお手上げだと言うかのように肩をすくめた。

 続いて、クラウスが人工精霊の目録に尋ねる。


「なぜ標本室でも墳墓でもなく、霊安室なんだ?」

「なぜ霊安室か……その死体はまだ完全な死を迎えていないらしいわ。何らかの災いを防ぐために厳重に封印されているの。いつか完全に殺すことができたとき、首無し王子は埋葬される。そのための一時的な保管所なのだそうよ」

「首がないのに死ねないのか……」


 クラウスは深刻そうな顔で眉を寄せ、考え込んだ。

 なかなか禍々しい逸話だ。

 何らかの重篤な呪いのかかった死体なのだろうか。


 そんなところへ向ったクロエの兄クロードはどうなってしまったのか。

 誰かと待ち合わせしていたはずだけれど、その相手は誰で、今どうしているのか。

 そして、そこで何か起こったのか。

 七年前の事件に関係するならば、それが意味することは何か。


 クロエは他人が関わることを拒んでいた。

 これ以上は、クラウスやオーギュストのいるこの場で聞かないほうがいいだろう。

 続きは、あとでこっそりティルナノグと一緒に訪問して聞けばいいか。


「久しぶりに悪くない質問だったわ。他にも聞きたい事があったら教えてあげるわよ」


 ドロレスは満足そうな顔でくるりと回る。

 さて、何を聞けばいいだろうか。


 ちらりとクラウスやオーギュストに視線を向けると、二人は小さく頷いた。

 私に譲ってくれるようだ。

 実のところ、私にはずっと尋ねたい質問があった。


「あなたはフレデリカ・ボルツについて何か知っている?」


 母の友人と同じ顔の少女は、まるでそれを待っていたと言うかのように微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言葉選びがとても繊細で好きです。 瀬尾さんは沢山言葉を知っていて凄いです。 色んな言葉を使っていてたまに自分でも意味がわかっていない単語が出るんですがそれを調べるのも中々楽しいです(笑) …
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