学園の七不思議3
私は水晶塊の杖を収納の手袋から取り出す。
その僅かな間で、宙に浮かぶ大量の白い手は私の目前に迫って来ていた。
(まずは攻撃して様子をみる? それとも物理的に壁でも作るべき?)
私が惑っていると、闇を割いて金色の光が一筋閃く。
ゴールドベリが翼を一打ちして急制動をかけると、白い手は風圧に阻まれて動きを止めた。
さらに彼女は炎を含まない空気のブレスを吐いて追撃する。
白い手は高圧の気弾に吹き散らされ、なす術もなく霧散したかに見えた。
しかし、散らされた霧は再び凝集していき、ほんの五秒で元通りの手の形に戻ってしまった。
「どうやら破壊できないみたいだな。これ。どうする?」
「ならば、攻撃より解析だな」
クラウスが詠唱を終えると、白い手の群れを覆うような結界が展開していく。
まるで透明ガラスでできた水槽のような、四角いケージの形をした結界だ。
霜でできた手形が、結界の内壁にべたべたと張り付いていく。
それは、やっぱり気持ちの悪い光景だった。
「閉じ込めるだけの簡易な結界だが、対象を観測するにはこれくらいで良いだろう?」
「はい、助かります」
「あとは全員に霊視の魔眼の呪文をかけておくぞ」
クラウスは短い呪文を詠唱する。
すぐさま効果の現れた霊視の魔眼のお陰で、謎の白い手についての魔法情報が視覚に浮かぶ。
しかし、その白い手を構成する魔法構造体は見たことも無いものだった。
「霊でも魔獣でもないようだな。未確認の幻獣なのか、それとも古代の人工精霊か?」
「最初に破壊した後、再生する瞬間に魔法陣か呪文っぽいのが一瞬だけ見えたような気がするぜ」
「そうか。ならば──」
クラウスはローブから大量の呪符を取り出し、空間に張り巡らすように展開してゆく。
それと同時に高速化した詠唱を数秒で終了する。
呪符は、簡易結界を上書きする形で遅延結界を構成していった。
「これならばどうだ?」
「クラウス様は気軽に大技使いますよね……いつの間に遅延結界を高速詠唱できるようになったんですか……」
私がクラウスの練度にドン引きしてる間に、オーギュストがゴールベドリに指示を出す。
「よし、じゃあ、もう一度やってご覧、ゴールドベリ」
ゴールドベリは、結界の周りから空気弾ブレスを複数回吐く。
すると、結界内の白い手はブレスを受けて霧散し、そして再び再生しようとゆっくりと霧の密度を上げる。
「ほら、アレだぜ」
白い手の成型するポイントらしき場所に浮かんでいる文字列をみんなで確かめる。
それは、ぱっと見て古代文字のようだった。
表記法からして、象形文字ではなく表音文字タイプだと分かる。
「古代語のようだが、私の知らない文字だ。クラウス、エーリカ、二人はどうだ?」
「俺の知っている分野でも無さそうだな」
古代語に造詣が深いオーギュストや、多方面の魔法に通じたクラウスにも分からない文字だった。
しかし、意外なことに、私はこの文字を見た憶えがあった。
「これは、ゴーレム用の文字ですね」
「この霧がゴーレムだと……?」
「なるほどな。私やクラウスには分からない訳だ」
私はティルナノグから革鞄を受け取って〈ゴーレム、百の構築〉という母の形見の稀覯本を取り出す。
その中のとある頁には、幾つかのゴーレム構築例文とその言語の作成年代が手書きで記されていた。
私の母か、その前の持ち主が書き込んだ補足なのだろう。
それは、目の前にうかぶ白い手を生成する文字と全く同じだった。
「これは三百年ほど昔のアウレリアで、とある天才錬金術師だけが使っていた言語ですね」
「お前は相変わらず無駄にゴーレムの造詣が深いな」
「ホントだ。字のクセのせいで少し雰囲気が違うけど、よく見ると同じ文字だな……うん?」
オーギュストは、その頁を覗き込んだまま不思議そうな顔で首を捻る。
「どうしたんですか、オーギュスト様?」
「この頁の筆跡、どこかで見たような気がしたけど……うーん、思い出せないことなら大したことじゃないだろう。気にしないでくれ」
私が尋ねると、オーギュストはさらりと流した。
少し引っかかるけど、思い出せないようなら仕方ない。
「でも、これって何で出来ているんだ?」
「構文を解析しないと正確には分かりませんが、おそらく霧か水ですよ」
「お前たちはゲルだの霧だの、面白い素材ばかりゴーレムにしているよな」
「でも、これは危険ですよね。作り方によってはかなり悪質なことができそうです」
強酸の霧で作ったら恐ろしい兵器になりそう。
「この子は見た限り安全だと思います。見た限りはそんな複雑な機構を仕込まれていないようなので」
「ふむ。なら解放してやるか」
クラウスが遅延結界を解除する。
結界を構成していた呪符は全てクラウスの手元に戻り、時の流れから隔離された空間は解除された。
廊下に白い霧が広がって手が形成され、再び無機質的な青年の声が響く。
『僕は君を愛している』
『君が僕を愛していなかったとしても』
『この愛が失われることはない』
『僕は君を愛している』
『たとえ命が尽きようと、僕は永遠に君を想い続ける』
『君を守れない僕の代わりに、どうか受け取って欲しい』
『これは僕の生きた証、君を愛していた証』
『どうかこの最後の言葉が、君に届きますように』
『さようなら、僕の美しい人よ』
『僕はいつまでも君を愛している』
この音声もゴーレムに仕込んでいたのか。
何か意図があってのことだろうけど、なかなかヘビーなポエムだ。
「フラれた未練をゴーレムに組み込むとは、惰弱な……」
ゴーレムに籠められたメッセージにクラウスはウンザリした様子だ。
私としても、遠くから応援したいタイプって感じで、近付きたくないかな。
ここまで思われても、思われた方は思いが重くて大変だろう。
人間には恋愛に向かないタイプだっているんだしね。
しかし、オーギュストはなんだか同情的な様子でゴーレムを見つめる。
「でも、なんだか可哀想な気がするぜ。これから死にそうな奴の遺言みたいじゃないか」
「本当に死んだヤツがいるとは限らんぞ。そういう設定で作っただけのゴーレムかも知れん」
「あー……、なるほどな」
死ぬ前の遺言ならなおさら重いだろう。
でも、このゴーレムを作った錬金術師は、何を想い人に受け取って欲しかったんだろう。
この霧のゴーレムなのか、メッセージなのか、それとも何かが付属していたのか。
そこは確認しておきたいところだ。
「これはどう止めるんだ、エーリカ」
「おそらく外気から熱を吸い込んで動くタイプなので、ずっと動き続けるんじゃないですかね」
「悪質だな」
「うーん、でも外気からの熱だけでこんなに動くのは不自然なんですよね……」
それに、このゴーレムには核が見当たらない。
本にあったのと同じ言語なら、そこに真理が刻まれているはずなのに。
「核がどこにあるか分かれば止められそうですが、工房のどこにあるのやら」
「核か。精神がある訳じゃ無いから私では感知出来ないよな」
「透視の魔眼なら見つかるかもしれないが、あれは効果範囲が狭いからな」
私はちらりと鉱石式時計を確認する。
さすがに建物全体を虱潰しに透視で捜索するとなると、寝る時間がなくなりそうだ。
どうしようかな。
あ、そうだ。こんな時こそ天界の眼の出番だ。
あれなら起動中のゴーレムの核に刻まれた真理の文字を視ることができる。
レンズに残った最後の二回分を使ってしまおう。
「ちょうど俯瞰視点からの透視が可能な広域探索用の魔眼を組み込んだレンズを持っていました」
「エーリカ、またハロルドに無理を言ったのか……」
クラウスの冷ややかな視線から目を逸らして、私は革鞄からレンズを取り出す。
速やかに装着して、天界の眼を起動してみた。
脳内に映るのは、錬金術工房の俯瞰図。
その中に浮かぶゴーレムの真理を一つ一つ確認していく。
大きな炉を持つゴーレムや、幾つもの粒のような小型のゴーレム。
建物内で働いたり待機したりしている、いくつものゴーレムが見える。
その中に一つだけ、不自然なゴーレムがいた。
壁に埋もれた、あの時見つけたゴーレムだ。
魔眼を最初に試したときには、レンズの設定ミスだと思いこんでいた。
ハロルドの作った魔眼は、十分に正確だったのだ。
「ありました。ここだと思います」
私は、西側廊下の壁の中央部あたりを指差す。
ちょうど暖炉のある仮眠室の壁だ。
「この壁石の中だと?」
「うーん、勝手に壊すわけには行かないよなー」
「いえ、ゴーレムならこれが使えますから」
私は収納の手袋から一本の杖を取り出す。
場所替えの杖だ。
擬似生命が相手でも場所替え可能なのは、クラウスとの模擬戦で試したことがある。
当然、ゴーレムなら魔法抵抗は低い。
私は革鞄の中から正六面体のお掃除用ゲル状ゴーレムを取り出す。
お掃除用ゴーレムは丁度プリンくらいの大きさである。
再び天界の眼を起動し、場所替えの杖を振る。
次の瞬間、お掃除用ゴーレムが消え、小さな核と謎の液体の入った壜が現れた。
「これが霧のゴーレムの本体か!」
「壜の中からでも外の水分に干渉できるみたいですね」
私は干した白詰草で壜を包み、気密性の高い小箱に密封した。
白詰草は杖や素材の乾燥材兼梱包材にするつもりで買い込んでいたものだ。
こうすれば簡単には霧のゴーレムにはなれないだろう。
「あ〜あ、エーリカにかかると怪奇なんてあっという間だな」
「まったくだ。情緒も何もあったもんじゃない」
それをクラウスとオーギュストが言うか。
ほとんど解決したのは二人だと思うんだけど。
「でも、面白かったぜ。いい暇つぶしになったよ」
「待て、俺は暇つぶしのために同行したわけじゃないからな」
二人はそんな掛け合いをしながら、西寮へと先導する。
私はゴーレムの入った小箱を片手に、ティルナノグと無言でハイタッチした。
というわけで、学園の七不思議『落ちた少年の幽霊』解決である。




