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学園の七不思議2

 消灯時刻も過ぎて寮の生徒たちが寝静まった頃に、私は用意を始めた。


 寝衣から制服とローブに着替え、収納の手袋(グローブ・オブ・ストアリング)を装着する。

 空間拡張済みの革鞄に短杖や巻物、水薬を詰め込み、運搬はティルナノグにお願いした。

 消灯以降の一般生徒の外出は禁止されているので、仕上げに透明化の巻物を読んで姿を隠す。


 よし、これで準備完了だ。

 あとは魔眼など使う相手を避けるように、注意して移動すれば大丈夫だろう。


『今夜はどこを調べるのだ、エーリカよ?』

「狙いは落ちた少年の幽霊だから、錬金術工房棟よ」


 これを選んだのは首無し王子の霊安室に一番関係無さそうな七不思議だからだ。

 無関係なものを先に潰しておくのが、私好みのやり方なのである。


 零時を回った頃、私はティルナノグと一緒に裏口から西寮の外へ出た。

 昼よりずっと空気が澄んでいて、冷たく感じる。

 どこかで銀木犀が咲いているのか、華やかな香りがほのかに漂っていた。


 目を凝らすと、見回りの先生や監督生らしき人影が動いているのが見える。

 彼らを避けて、なるべく灯りのない経路を選ぶことにした。


 寮の建物の間にある小さな庭園を抜け、東屋や井戸を横切る。

 あとは、学舎の裏手を回れば、目的地の錬金術工房棟だ。


 周囲に見回りがいないのを確認し、ほっと一息ついた次の瞬間、真後ろから呪文を詠唱する声が聞こえた。


(いつの間に……っ!?)


 振り返る間もなく、解呪(ディスペル)によって透明化の魔法がかき消された。

 私と鞄を運んでいるティルナノグの姿が露になる。


「こんな夜中に何をしている。何処へ行くつもりなんだ」

「良い夜だな、エーリカ。散歩か?」


 聞き慣れた声。

 さっきは誰もいなかったはずなのに、そこには長杖(スタッフ)を持ったクラウスと、ゴールドベリを伴ったオーギュストの姿があった。


「クラウス様にオーギュスト様!? なんで、お二人がここに?」

「生徒会の見回り当番なのでな。それより、質問の答えをまだ聞いていないぞ」

「忘れ物をしたので、取りに行くところです」

「ほう。それにしては、あの決闘の時よりも重装備に見えるが」


 クラウスの鋭い視線が、ティルナノグや彼の持っている鞄に向けられている。

 ティルナノグに霊視の魔眼(グラムサイト)避けの護符を付けておいて良かった。


 ティルナノグに目配せすると、彼は小さく頷いた。

 こんな時のために、いざというときはゴーレムの振りをするように打ち合わせしてある。


「どうした? 返答できないようなことが目的か?」

「そう苛めるなよ、クラウス。どう考えても、例の怪談の件を調べに来たんだろ?」


 私が返答に困っていると、オーギュストにあっさりと真実を見抜かれた。

 完全に私の行動パターンを読まれている。


「よく分かりましたね、オーギュスト様」

「怪談に興味を持っていたようだからな。私も面白そうだから来てみたんだ」

「えっ?」

「オーギュスト、ネタばらしが早すぎるぞ」

「見回りじゃなかったんですか?」


 クラウスは答える代わりに、口元だけでニヤリと微笑んだ。

 おおっと、うっかり騙されるところだった。

 クラウスの本気と冗談の境目が分かりにくすぎる。


「俺たちはお前を見張りに来たんだ。エドアルトの依頼でな」

「おや、護衛じゃなかったか?」


 私は昼間の会話を思い出した。

 あの後、お兄様は二人にお目付役を頼んだのだろう。

 たしかに、この二人なら心強い。

 長い付き合いだから、私の考えもお見通しのようだしね。


「こいつに襲いかかる不審人物の身のほうが危ないと思うがな。そんな身の程知らずがいたら保護してやらないと」

「なんですか、人を猛獣みたいに」

「それで、今晩の目的は七不思議のどの怪談だ?」


 私の非難をあっさりスルーして、クラウスが尋ねる。

 私は秘密主義を諦めて、なるべく正直になることにした。

 

「錬金術工房棟に行く予定です」

「へ〜、あんな所にも七不思議の一つがあるのか?」


 オーギュストは無邪気な子供のように目をキラキラさせた。

 食いつきが良いな。

 そういえばこの人は地元の伝説とか好きだったよね。


「落ちた少年の幽霊という怪談です。失恋で自殺した生徒の霊が出るという噂でした」

「その幽霊を私も見てみたいな。なんなら恋愛相談でもしてやろうか」

「まったくお前たちときたら。どうせ悪趣味な奴らの悪戯だって分かっているくせに……」


 盛り上がる私とオーギュストに、クラウスは嘆息する。

 まだ何か言いたそうなクラウスを、オーギュストが手で制した。


「おっと、お小言の続きは後だ。もうすぐ見回りの教師が来るぜ」

「どうして分かるんですか、オーギュスト様」


 オーギュストはトントンと自分のこめかみを叩く。


「広域に精神感応を張り巡らせているんだ。これなら思考能力のある生物がどこにいるのか、手に取るように分かる」

「アウレリアの人間にも干渉できるようになったんですか?」

「精神には干渉できないぜ。だけど、逆に言うとそこにはアウレリアの人間か、そうでなければ雪銀鉱を身につけたルーカンラントの人間がいるってことだろ?」


 なるほど、これが私が場所を特定されたことの種明かしか。

 竜の眼を借りなくても、人間単体でここまで出来てしまうのはすごい。

 長年の瞑想者としての修行の成果なのだろう。


 先頭にオーギュストが立ち、私たちはそれについて行くような隊列を組む。

 ゴールドベリはいつの間にかティルナノグの頭の上に乗ってご満悦だ。


 オーギュストの的確な誘導で、私たちは誰とも遭遇することなく最短ルートで錬金術工房棟へたどり着く。

 錬金術工房棟は施錠されていたが、解錠(アンロック)の杖で裏口の扉を開いて忍び込んだ。


「お前たち兄妹は、どうしてこういう時ばかり手際がいいのか……」

「クラウス様のお手を煩わせるのも悪いですから」


 呆れ顔のクラウスを笑顔でスルーしつつ、薄暗い工房棟内の通路を覗き込む。

 工房棟内のいくつかの部屋からは、未だに灯りが漏れていた。


 思っていたより、ずっと人が起きているようだ。

 おそらく徹夜で何か制作したり研究したりしている人たちだろう。

 あまり大きな声や音を立てないように気をつけておこう。


 情報によると、幽霊が出現するのは三階の西側通路だ。

 誰かと鉢合わせしないように気をつけながら、私たちは階段を昇って行く。


「恋に破れて、この建物の三階の西側通路から投身自殺した少年の幽霊なんだそうです」

「色恋沙汰で自殺するなど俺には理解不能だ。どうせ与太話だとしても、もっとマシなカバーストーリーを用意しておくべきだと思うがな」

「私は嫌いじゃないぜ。そういう恋だってあるものだろう?」


 怪談について小声で批評しながら歩いているうちに、目的地に辿り着いた。

 錬金術工房棟の三階、ガラス窓から微かな月光が差し込む西向きの通路。

 一、二階とは異なり、灯りの漏れているような部屋は無い。

 都合の良いことに、この通路に並んだ部屋には誰も起きていないらしい。


 クラウスが魔法で長杖の先に蝋燭ほどの大きさの光を灯す。

 私はティルナノグから革鞄を受け取って、記録化石(ヒストリオ・エレクトラム)を取り出した。


「おや、それは?」

「これは記録化石という魔法道具で、映像を保存出来るんですよ」

「へ〜、便利なものがあるんだな〜」

「念のためだ。霊視の魔眼(グラムサイト)でも組み込んでおこう」


 クラウスは記録化石を受け取り、小声で呪文を詠唱して、魔眼を組み込んでいく。

 これでクラウスが霊視の魔眼で確認した魔法情報も一緒に記録されるようになったはずだ。

 二人の協力のお陰で、思った以上にサクサクと事が運ぶ。


 私たちは通路をゆっくりと進みながら、周囲を見回した。

 通路の中ほどまで進むが、幽霊らしきものは見当たらない。

 ただ、ここは何だか妙に底冷えする。


「さすがにこんな大所帯で来たら、幽霊なんて出ないんじゃないのか?」

「生徒の仕掛けたイタズラだぞ。そんな情緒があるとは思えないがな」


 そろそろ通路の反対側についてしまいそうだ。

 しかし、まだ何も起こらない。


「霊視の魔眼にも何も映っていない……しかし、なんだ。やけに空気が湿っているな」


 クラウスの指摘で、三階だけ妙に湿度が高いことに気がついた。

 暖房用の配管の漏れでもあったのか。

 いや、温度管理が大事な錬金術工房棟でそんなものがあれば、すぐに修理するはずだ。


「二人とも! 窓だ!」


 オーギュストの声に、私とクラウスは慌てて通路を振り返る。


 ぺたり、ぺたり。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。


 窓ガラスに無数の白い手の跡が付着していく。

 まるで禍々しい何かが、窓の向こうで入り口を探しているかのようだ。


 それと同時に囁くような声がどこからともなく聞こえてくる。

 何か単純な言葉を、抑揚のない口調でひたすら繰り返しているようだ。

 声が小さくて、何を言っているのかまでは聞き取れない。


 通路は氷室のように冷たくなっていた。

 私たちの吐く息まで白くなっているほどだ。


 窓ガラスの手形は、よく見ると霜に覆われていた。

 不意に、その霜が窓の外ではなく内側に付着していることに気づく。

 私はぞっとした。

 その手形をつけている「何か」は、既にこの通路の中にいるのだ。


 通路の床すれすれに、薄い霧が立ちこめる。

 霧は渦巻いて形を変え、あるものに姿を変えていく。


『……している。僕は、君を愛している』


 そんな言葉を繰り返しながら、現れた無数の白い手は私たちに向かって伸びてきたのだった。

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