学園の七不思議1
クロエが帰った後、ちょうどパリューグが帰宅した。
なので私たちはそのままいつものミーティングに入ることにした。
『あのクロエとかいう女、敵意も殺気もないままに、俺が気づいたときには既に攻撃態勢に入っていたのだ』
「ええ〜、殺意も何もないのに、どうして気づけたのよ〜」
『うむ。そこは目線やら筋肉の緊張やらで、どうにかな』
「そんな細かいところに気づくなんて、すごいわね、ティル」
まずはティルナノグからの先ほどのクロエとの会談についての解説だ。
あのとき物音を立てたのはそんな訳だったらしい。
『エーリカよ、もっと自分の身の危険には敏感にならねば……』
「とは言っても、実際に攻撃されたわけでもないんでしょう? あんたの気のせいなんじゃないの?」
『ううむ、そう言われてしまうと返す言葉もないが』
クロエが私を殺そうと思っているようには感じられなかった。
でも、ティルナノグの言うことだから、今回も何か意味がありそうな気がする。
あくまでも念のため、クロエが危険な人物である可能性を意識に留めておこう。
「それで? その首無し王子の霊安室についてはどうするつもり?」
「さっきは引き下がったけど、先に調べておくつもりよ。私にも関わることかもしれないもの」
『先手を打っておく、か。うむ、俺もそれが良いと思うぞ』
「妾も賛成よ。ここは土地が土地だし、何かがいてもおかしくはないもの」
『しかし、くれぐれもあの女にバレないように気をつけるのだぞ』
二人に賛同してもらったので、がっつり調査する方針で決定する。
特に七人目の攻略対象であるクロードの情報もからむのが気になる。
攻略対象らしき彼が本当に既に死んでいるのか。
それとも、本当はこの世界のどこかで生きているのか。
その手がかりが首無し王子の霊安室にあるとしたら、確かめておきたい。
とは言え、そのものズバリ首無し王子の霊安室を調べているというのが人づてにクロエに伝わるのはまずいよね。
そう言えば、赤革本には他に四つのタイトルらしきものが書いてあった。
「落ちた少年の幽霊」「無限回廊」「人食い鏡」「死の世界への階段」という怪談じみたキーワード。
関連する怪異の可能性もあるし、先にそちらから調べてみよう。
「じゃあ、次は妾の報告よ。最近、近隣地域に気になる誘拐事件が発生しているわ」
パリューグは八枚の羊皮紙の切れ端をテーブルに並べた。
嫁ぎ先の決まっていた農家の娘、歳は十六歳。
学園を卒業したばかりの商家の娘、歳は二十歳。
修道院に入る予定だった貴族の妾腹の娘、歳は十三歳。
残りの五枚にも少女の名前と身辺情報だ。
その八枚の切れ端にはすべて八人分の少女の情報が書かれていた。
「みんな歳若い女の子ばかりね、豪農の娘に、学園出の才媛、訳ありのご令嬢、まあ色々よ」
「ねえ、パリューグ……これって、例の祭壇の供物として?」
嫌な寒気が背中を這い上がるのを感じる。
パリューグは努めて感情を抑えた様子だったが、内心はとても怒っているのが分かる。
「ええ、今回はこれまでに散発的に起きていた簡易的なものではなく、本格的な祭壇への攻撃の前兆のようだわ」
『これだけの大規模な誘拐は、あの時のノットリード以来だな』
イクテュエス大陸西北部をターゲットにしていた祭壇汚染。
今度はよりにもよって、この大陸のど真ん中でやる気なのか。
「まだ生きていると思う?」
「その可能性が高いわ。リスクを冒して同時多発的に誘拐しているのだから、血啜りの狙いは完全な儀式の遂行だと思うわ。十二人揃うまでは、仮死状態で保管されているはずよ」
『逆に言うならば、それまでに発見せねば娘たちの命はない、というわけだな』
深刻な事態だけど、まだ殺されていないならいい。
供物として利用される前に、見つけて助け出せれば、彼女たちは日常に戻る事ができるはずだ。
「攫われた女の子たちは見つけだせそう?」
「正確な場所の特定はまだだけど、太い霊脈に繋がるポイントがいくつかあるの。その辺りから攻めてみるわ」
パリューグは誘拐事件にかかり切りになりそうだ。
しかし、こっちはうら若い女の子たちの命がかかっているのだから手は抜けない。
『では次は俺か。決闘裁判の後に、あのハイアルンとかいう魔法使いが謝罪に来たぞ』
「ハイアルンがベアトリスに?」
『うむ。護符の持ち主の娘も一緒にな。はっきりしたことは言えぬが、俺の印象としては、あやつらは真犯人ではなかろう』
私はティルナノグの考えに頷く。
何にしても、ベアトリスの濡れ衣を晴らすことが出来てよかった。
ハイアルンやシャーロットがベアトリスの味方になってくれるなら、真犯人もしばらく表立って動くことはできないだろう。
問題は、人目のない間のことだ。
「ティルには引き続き彼女の護衛をお願いしたいの」
『いっそ、主犯をとっちめてしまえれば楽なのだがな』
「それはハロルドの調査報告が上がって来てからの対応にしましょうね、ティル」
うっかりミスで、こちらが誰かに濡れ衣を着せるわけにはいかない。
冤罪を避けるためにも、ここは慎重にいかないとね。
一段落したところで、ノックの音がした。
戻ってきた幻獣たちのために、寮付きの使用人に軽い夜食を頼んでおいたのだ。
続きは各自の調査が進んでからということにし、私たちはミーティングを終えたのだった。
☆
明くる日の放課後。
私はさっそく生徒会の談話室に行ってみた。
まずは物知りな先輩に聞いておくのが良いだろうという判断だ。
「あの、お二人って怪異とか奇譚に詳しかったりします?」
盤上遊戯に興じていたクラウスとオーギュストに声をかけた。
駒が入り乱れていて、どちらが勝っているのかぱっと見では判断できない。
いかにも重要な局面っぽい雰囲気だったのに、二人とも快く質問に応じてくれた。
「怪異や奇譚と一口に言っても、色々あるからな」
「どんなのが知りたいんだー?」
「ええと、落ちた少年の幽霊、無限回廊、人食い鏡、死の世界への階段……」
私は努めてさりげなくクロードの日誌に挟んであったメモに書かれていた題名を挙げてみる。
「ああ、無限回廊なら俺が知っているぞ」
「本当ですか、クラウス様?」
「それどころか、実際に迷い込んだこともある」
「クラウス様でも迷うんですか……」
「お前の興を削ぐようで悪いが、あれは怪異現象ではなく空間魔法の一種だったぞ」
クラウスによると、既に「無限回廊」は何度か調査がされているのだそうだ。
魔法の発生源は特定できていないものの、正体はある程度つかめているらしい。
発生する時間帯が夜間限定で、脱出法も確立している。
除去はできないものの、危険性は低いので放置されているのが現状だそうだ。
「そのせいで、いつの間にやら学園の七不思議に組み込まれてしまったらしい」
「無限回廊も七不思議の一つなんですね」
だとすると、他の奇譚も七不思議に関連するものかも知れない。
図書館の首吊り少女のことも、詳しく知っておいたほうがいいだろうか。
「七不思議の他の話は知らないが、首吊り少女のことならわかるぜ」
オーギュストは首吊り少女にまつわる奇譚のあらすじを教えてくれた。
どこかの貴族令嬢が、殺された幼馴染みの復讐のために古の魔法に手を出して呪われた。
そして世を儚んで、自死を選んだ。
その呪いが何だったかは諸説がありすぎて分からないのだそうだ。
「その話からすると悪い霊ではなさそうですね……」
「まあ、良い悪い以前に、誰かの創作だと思うぜ。卒業生の悪戯だそうだからな」
「しかし、どれもこれも何で放置されているんですか?」
「教師たちの中には、ここの卒業生も多いからな」
つまり、教師の一部も仕掛人グループの一員というわけだ。
愉快犯公認の人工怪異では、無くならないはずである。
司書のオーエンのように、撤去しようとしている職員もいるものの、内部に仕掛人がいるせいでいたちごっこになっているのだろう。
クラウスやオーギュストは気楽そうに話しているが、その中に危険な本物が混じっていないとも限らない。
そして、その本物の怪異の一部は、私や他の生徒の生死に関わる可能性だってある。
「七不思議のことを聞くなら、俺たちよりも学園出身の教師に聞いたほうがいいだろう」
「おっと、都合良くきたみたいだぜ?」
クラウスとオーギュストの視線が入り口に向った。
私が振り向くと、そこには我が兄エドアルト・アウレリアが立っていた。
素晴らしいタイミングです、お兄様。
私とクラウス、オーギュストから一斉に見つめられて、少し困ったようにも見える。
「おや、どうしたんだい? みんな揃って僕を見つめて」
「お二人に学園の七不思議についてお聞きしていたのですが、先生がたのほうが詳しいと伺いまして」
「ううーん、七不思議かあ……」
お兄様には珍しく言い渋っている感じだ。
とは言え、そこまで強く拒絶してもいないようなので、もう少し押してみよう。
「お兄様はこういうのお好きですよね。きっと詳しいと思ったんですが」
「実はね、全て知ると災いが降り掛かると言われているから僕は避けているんだよ」
「七不思議を全部知ると、具体的にはどうなるんですか?」
「結婚出来なくなるという、恐ろしい呪いがかけられているらしいよ」
お兄様は肩をすくめて困り顔だ。
というか、兄がそんな迷信を信じているとは思えない。
七不思議の大半が偽怪異だと知っているはずだから、尚更だ。
「私は跡継ぎではないので、大した問題ではありませんね。ご存知の話だけでいいのでご教授ください、お兄様」
「おい、やめろエーリカ!」
「悪いことは言わないから、そこまでにしておくんだ」
クラウスとオーギュストは、慌てて私を止める。
そう言えば、二人とも長男だもんね。
気にし過ぎだとは思うけれど、縁起が悪いのも確かだ。
「あら、配慮が足りませんでしたね。場所を変えましょうか、お兄様」
「待て! お前が聞いたら意味がないだろう!」
「エドアルト卿も何とか言ってくれないか」
「そうだねー。エーリカが結婚できなくなったら、僕が責任持って一生面倒を見てあげなければね」
「よろしくお願いします、お兄様」
クラウスとオーギュストの非難をよそに、私と兄は話を進めていく。
お兄様は私の主張に困り顔になりつつも、少し嬉しそうにしていた。
所詮、ブラコンの妹とシスコンの兄である。
「さて……エーリカはどこまで調べたのかな?」
「無限回廊と首吊り少女の話はお二人に伺いましたよ」
「おや、偶然だね。僕が知っているのもその二つだけだよ。お役に立てなくて残念だなあ」
エドアルトお兄様はそう言って申し訳なさそうに微笑んだ。
なんとなくこの感じ、兄は何かを隠蔽していると私の勘が告げている。
もしかして偽怪異に兄が一枚噛んでいるのか。
それとも、単純に妹が危険なことに首を突っ込まないようにという配慮なのか。
「さて、ちょっとクラウス君と殿下を借りていくよ」
なんでも、お兄様はしばらく学園外での急務ができたのだそうだ。
その間、何やら二人に頼み事があるらしい。
打ち合わせのために、お兄様は二人を伴って去っていった。
相変わらずお兄様は忙しそうだ。
もしかして、急務とやらが片付くまで、しばらくお兄様の授業は受けられないのかな。
うーん、残念だ。
☆
一人残された私は、仕方なく七不思議について知っていそうな人を探して大食堂へ向った。
大食堂に入ると、辺りが一瞬ざわついて、すぐに居心地の悪い静寂が広がった。
中には、こちらをちらちら盗み見ながら内緒話をしている生徒もいる。
昨日の決闘の弊害だろうか。今日は教室を移動するたびにこんな感じだった。
元々の知り合いはいつも通りに接してくれているのが救いである。
西寮のテーブルまで移動すると、トリシアとマーキアが二人並んで座っていた。
私はそそくさと仲間の元に逃げ込んだ。
「トリシアさん、マーキアさん、私もご一緒していいかしら?」
「もちろんですのよ、エーリカ様」
「ええ、ちょうどエーリカ様の話をしていたところでしてよ」
快諾してくれたので二人の向いに座る。
しかし、私の話ってなんだろう?
もしや昨日の決闘裁判のことだろうか。
「私の話ですか……?」
「ええ、エーリカ様は〈強撃の水晶姫〉と〈晶獄の薔薇〉、どちらがいいと思いますの?」
「わたくしは断然〈晶獄の薔薇〉だと思いましてよ」
「あら、〈強撃の水晶姫〉のほうが素敵ですのよ」
私は一瞬気が遠くなりかけたが、なんとか持ちこたえた。
また物騒な二つ名が付けられつつあるみたいだ。
二人が挙げたもの以外にも〈奈落の錬金術師〉などが候補になっているらしい。
死にかけている表情筋を励まして、私はなんとか笑顔を保つ。
「もう、お二人ったら……そう言えば、明日の魔法植物学についてのことですが」
精神ダメージを受けそうな話題を避け、少々露骨に明日の授業や食事などの無難な会話を振ってみる。
いくつか共通の話題で場を温めたところで、本命の学園の七不思議について聞いてみることにした。
「七不思議なら、寮で同室の女の子に散々聞かされましてよ」
「わたくしは従兄弟から聞いたことがありますの」
トリシアとマーキアは怪談通の人脈のお陰で、七不思議の詳細についてもよく知っていた。
私はありがたく二人の話のメモをとっていく。
クラウスやオーギュストに聞いた話と二人の話を組み合わせると、七不思議の全貌が浮かび上がってきた。
その一、落ちた少年の幽霊。錬金術工房の怪異。失恋で死んでしまった少年の幽霊。怖いだけで無害。
その二、無限回廊。学舎の怪異。午前二時に学舎のある回廊を通ると、永遠に抜け出せなくなる。
その三、人食い鏡。学舎の怪異。人の魂を食べる呪われた鏡が、学舎のどこかで獲物を待っている。
その四、死の世界への階段。幻獣博物館の怪異。深夜にある階段の十三段目を目隠しして踏むと、冥府へと繋がってしまう。
その五、魔法図書館の首吊り少女。姿を見ると呪われる。呪いにはいくつかのバリエーションがあるらしい。
その六、魔の万霊節。万霊節の日に発生する怪異。毎年誰かが死んだり行方不明になる。
その七、血塗れ聖女。聖堂の怪異。血塗れの聖女が彷徨い歩いている。好きな色を聞いてくるが、何と答えても殺される。
クロードの日誌のメモに記されていた四つのキーワードは、すべて学園の七不思議だったわけだ。
ということはクロードもリーンデース魔法学園の学生だったのだろうか。
しかし、肝心の首無し王子の霊安室は七不思議ではないみたいだ。
ちょっと肩すかしをくらった感じだ。
でも、これらの七不思議を調べていけば首無し王子の霊安室に辿り着くという可能性もないとは言えない。
本物の幽霊なんてゴメンだけど、過去の生徒達の仕掛けた悪戯なら怖くはない。
とは言え、魔の万霊節のように別のシナリオで死亡フラグ化しているものもあるかもしれない。
その点は注意するべきだろう。
さっそく今晩から調査を開始してみよう。
そんなことを考えながら、私は二人の友人にお礼を言って食堂を後にしたのだった。




