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決闘裁判3

 盗難騒ぎのあった翌日の放課後。

 終業の鐘が鳴り響くと同時に、私は指定された決闘場所へと向かった。


 この学園には色々な体育用の施設がある。

 今回の決闘の舞台に選ばれたのは、魔法や竜を使った模擬戦などに使われる競技場である。


 競技場は天井のない円形の建物だった。

 無骨な灰色の石畳の周囲を、すり鉢状に傾斜した観戦席が取り囲んでいる。

 前世のローマの円形闘技場を小さくしたような感じだ。


 私は革鞄から二双の収納の手袋(グローブ・オブ・ストアリング)を取り出した。

 身につけた一双に入れてあるのは、水晶塊(クリスタル・クラスター)を九本と金縛り(ホールド)を一本。

 予備の一双には水晶塊を九本、場所替え(キャスリング)を一本入れ、上着のポケットへしまう。


 控えにいてもなお客席のざわめきが聞こえてくる。

 かなり観客が入っているみたいだ。


「悪目立ちはしたくないんだけどね……」

「ははは、どの口がそう言うんだよ」


 鞄をセコンド代わりのハロルドに渡し、私は決闘の舞台に上った。

 決闘相手の少年、エヴァン・ハイアルンは先に来て待っていた。

 持っている長杖(スタッフ)は、ハロルドの情報通りの凍れる大地(フローズングラウンズ)

 ハイアルンの側の入り口には、護符の持ち主であるシャーロットが心配そうな顔で見守っていた。


「よく逃げなかったものだね。それだけは褒めてあげよう」

「どういたしまして」


 挨拶が終わったところで、私達の間に一人の監督生が立った。

 私闘に発展しないようにという配慮から、学園内の勝負事は監督生の立ち会いの元で行われることになっているのだ。


 監督生は決闘のルールについて説明した。

 決闘は身代わりの効果を持つ刻印石(ルーンストーン)を胸元につけて行う。

 刻印石を破壊されるか、降参するか、場外に出た側が敗北となる。

 再戦は認められず、報復は絶対に禁止。

 破壊された刻印石の代金(非常に高額)は身につけていた者が支払うこと。


 説明が終わると、監督生は砂漠の薔薇(デザートローズ)に似た形の刻印石を取り出した。

 私とハイアルンが刻印石を身につけたのを見届けると、監督生は競技場の端まで下がった。


「先手は君に譲ろう。仮にも女性を、抵抗の余地もなく叩き伏せたとあっては、魔法使いの名折れだからね」


 ハイアルンは静かにそう言うと、悠然と私に背を向けて歩き始めた。

 後ろ暗いところは全くないと言いたげな態度だ。

 実際のところ、彼はそう悪い人ではないのだろう。

 義憤から大事な物を盗まれた幼馴染を助けたかっただけだ。

 ベアトリスの手を踏んでしまったのも不幸な事故と言えなくもない。

 ハイアルンの行動まで真犯人の計算のうちなら、彼も被害者の一人である。


 私も所定の位置まで下がり、振り返った。

 ハイアルンまでの距離は、おおよそ百メートルほど。

 錬金術師と魔法使いにとっては、無いも同然の距離だ。


 監督生が手を挙げると、観客席のざわめきがすっと小さくなる。


 監督生は声を張り上げ、裁判が魔法学園の名の下に行われるという趣旨のお定まりの口上を読み上げた。

 続いて、監督生は今回の事件に関する供述を確認する。

 その内容は、主にハイアルンの訴状と私の用意した陳状に沿ったものだ。

 私とハイアルンに、互いの主張が名誉をかけるに足ることを確認すると、監督生は厳かに頷いた。


「それでは、これより決闘裁判を始める」


 開始の合図を受けても、ハイアルンは身構えもせずに余裕の表情だ。

 宣言通り、先手を譲ってくれるらしい。

 せっかくだし、お言葉に甘えてしまおう。


 私は収納の手袋から八本の水晶塊の杖を取り出し、ハイアルンに向けて構えた。

 すぐさま短杖拡張(ワンド・オルタレーション)で高速連射を組み込んだ魔法陣を八個作り出し、起動させる。

 ハイアルンはハッとした顔で身構え、詠唱を始める。

 間髪置かず、鋭い風切り音とともに魔法陣から無数の水晶弾が発射され、地面を抉った。


 ハイアルンは魔法で加速して射線から逃れ、驚愕の面持ちでこちらを見ていた。

 彼は先手を譲っただけだし、大人しく攻撃を受けてはくれないのは想定通りだ。


 私は攻撃を続行しつつ、レンズの霊視の魔眼(グラムサイト)で効果を確認する。

 起動中の魔法は霊視の魔眼(グラムサイト)長馳せ(ロングストライダー)

 詠唱中の魔法は凝結の盾(コンデンセイションシールド)


 長馳せ(ロングストライダー)の呪文は走るスピードを上昇させる地属性魔法だ。

 時間魔法の速度上昇(ヘイスト)と違って反応速度が変化しない代わりに魔力消費が軽い。

 凝結の盾(コンデンセイションシールド)は氷属性の防御魔法だ。

 人工精霊が攻撃が来る方向を自動的に感知し、瞬時に氷の盾を生成して攻撃を逸らす。


 攻撃より防御が優先とは、意外に堅実な人なのかな。

 ここまでガチガチに堅められてしまうと、単純な攻撃は通りそうにない。

 私は左手の杖で効果時間の長い連射魔法陣を作り、右手の杖を全く別の形状に編み替える。


 目標は競技場の上空全域。

 弾数を重視し、石錐の雨(レイン・オブ・ストーン)に似た小粒の水晶錐で覆う。

 遅延発動により、操作しなくても一定時間降り続けるように設定した。

 これで右手の水晶塊は弾切れだ。四本の杖を収納し、金縛りの杖を取り出しておく。


 ハイアルンは回避を諦め、頭上に向って完成したばかりの凝結の盾を向けた。

 水晶錐の雨が氷の盾に降り注ぎ、砕けた水晶と氷の破片がキラキラと舞い散る。

 ざっと見た感じ、十層以上の氷の盾が展開している。

 全部貫通して本人にダメージを与えるには、少々強めの攻撃が必要になりそうだ。


 ハイアルンが動けない今のうちに、金縛りの呪文を範囲化して自分の足元に設置しておこう。

 条件発動を周囲の温度が急激に低下した時に設定し、残りは威力に割り振って、一本まるごと使い切っておく。

 これで右手の杖は五本とも弾切れだ。


 レンズの魔眼の焦点をハイアルンに合わせると、魔力を霊視の魔眼と凝結の盾に吸われているのが分かる。

 雨のように降り注ぐ攻撃に対して、凝結の盾の自動防御は相性が悪い。

 それに加えて、ハイアルンの苦手系統である霊視の魔眼が仇になっている。

 ただでさえ燃費が悪いところに、私の設定した条件発動や遅延発動まで一つ一つ解析しているのだろう。


 さて、それではダメ押しだ。

 左手の四本の杖に残った水晶塊の残り二千回を、たった四発に圧縮する。

 貫通力強化、高精度の誘導能力、弾速上昇を付与。

 大蛸(クラーケン)程度なら一撃で屠れる威力を持った水晶の槍を、四本同時にハイアルンの至近距離に発生させた。


 ハイアルンは瞬間的に急加速して水晶槍による最初の攻撃を逃れた。

 長馳せに魔力を過剰投入したのだろう。

 レンズを使って確認すると、霊視の魔眼が解除されていた。

 水晶槍にはかなり複雑な呪文を編み込んであるので、早めに見切りをつけたのは良い判断だ。


 四本の水晶槍は旋回し、繰り返しハイアルンを狙う。

 ハイアルンは最初の数回こそ凝結の盾で逸らしながらギリギリでかわしていた。

 しかし、いつの間にか水晶槍の軌道を見切ったらしく、長馳せによる高速化だけで回避できるようになっている。

 魔眼の解除によって魔力消費にも余裕ができ、攻撃魔法の詠唱を始めているようだった。


 あの魔法が完成すれば、ハイアルンは距離を詰めて来るはず。

 だとすれば、この数秒が最後のチャンスだ。


 落ち着こう。

 ミスは許されない。


 左手の空になった杖を全て仕舞い、最後の水晶塊の杖を取り出す。

 右手に持った空の金縛りの杖を、左手に。

 左手の千回分の水晶塊の呪文で、切り札となる攻撃を頭上に設置。

 切り札を構築しながら、右手の手袋を脱ぎ、新しい手袋と交換。

 右手で水晶塊の杖を四本取り出す。


 私の攻撃準備が整ったのとほぼ同時に、四本の水晶槍全てが一度に破壊された。

 ハイアルンの手には、身の丈よりも長い、幅広の大剣が握られていた。

 柄になっているのは凍れる大地の杖。その刃は氷魔法でできている。

 彼が氷の魔法剣を一振りすると、真冬を思わせる凍てついた空気が私の頬を撫でた。


「俺をここまで追いつめたのは君が初めてだよ。だが、お遊びはここまでだ!」


 もう声が聞き取れるぐらいの距離まで近づかれていたのか。

 私は慌てて杖を振り、ハイアルンとの間に水晶の壁を作る。

 しかし、彼は急ごしらえの壁など物ともせず、手にした氷の魔剣で打ち砕きながら更に接近する。


 私は黙々と短杖拡張を織り交ぜ、弾幕や障壁を張る。

 連射魔法陣、水晶壁、誘導水晶槍。

 その全てを悠々と回避しながら、ハイアルンは徐々に距離を詰めてくる。


 片手では無理そうだ。

 右手の短杖一本を左手に持ち替え、左右で別々の形状の水晶塊を作る。

 連射魔法陣を維持しながら、大型水晶柱を射出。

 しかし、間の悪いことに、降り注いでいた水晶錐の効果時間がちょうど切れてしまった。

 ハイアルンはようやく自由になった凝結の盾で水晶弾を防御し、氷剣で水晶柱を切断する。


 あと二、三歩。

 左手の残数を全投入し、ハイアルンの後方に複数の連射魔法陣を設置。

 追い立てていることを気取られないよう、私とハイアルンの間に右手で槍衾状の水晶壁を生成する。

 これで挟撃を狙っているように見えるはず。


「無駄だ!」


 わずかに残った右手の回数を全て費やした水晶壁は、氷剣によって粉々に打ち砕かれてしまった。

 背後からハイアルンを狙った水晶弾も、凝結の盾による多重装甲の前に阻まれる。

 これで、左右ともに水晶塊の残弾はゼロ。

 あと一歩。


 そう、あと一歩で届く。


 私は計画通りに進んでいることを確信しながら、ハイアルンの動きを見守っていた。

 しかし、彼はその最後の一歩を踏み出すことなく、ぴたりと立ち止まる。


「金縛りの呪文だろう? 見え透いた手だ!」


 ハイアルンは武装解除(ディザーム)の呪文を唱える。

 魔法陣の展開を視認した次の瞬間には、稲妻に似た白い閃光が私の両手に命中していた。


 私の手から十本の攻撃用短杖(・・・・・)が弾き飛ばされる。

 取り出しかけていた最後の収納手袋からも五本の杖が飛ばされ、手の届かない位置に転がった。


「チェックメイトだ、錬金術師。君にはもう攻撃手段はない」


 ハイアルンが氷の魔剣を頭上に掲げると、その刃がさらに巨大化していく。

 なるほど、あれなら金縛りの範囲外からでも攻撃できる。

 長馳せも解除して、残った魔力を攻撃に全振りしているようだ。

 仮に私が逃げに転じても、素の脚力だけで追いつけると考えているのだろう。


「霊視の魔眼は潰したはずよ」

「金縛りは魔眼を解除した後で設置するべきだった。あの時点で君が配置した罠は、全て記憶している」

「そう、良かった。今は何も見えていないのね」


 私はその日、初めて心から微笑むことができた。

 ハイアルンは恐ろしいものを見たような顔で硬直する。

 今更気づいても、もう遅い。

 私は最後の一歩を、自ら踏み出した。


 私は右手に残った場所替え(キャスリング)の杖を取り出し、起動した。

 千回分を使用し、射程距離を切り詰め、ひたすらに貫通力だけを特化した一撃を叩き込む。

 脆弱なはずの杖は、堅牢な魔法使いの魔法抵抗(マジックレジスト)を貫き、強制転移を発生させた。


 私とハイアルンが入れ替わった瞬間、彼の氷剣や氷盾の冷気によって、設置済みの金縛りの起動条件が満たされた。

 同じく千回分の、凝縮された金縛りの呪文が彼を捕らえる。

 それでも、有能な魔法使いであるハイアルンの動きを阻めるのは、ほんのわずかだろう。


 だけど、私には一瞬あれば充分だった。


 遥か上空で、金縛りを起動条件として設定しておいた水晶塊が実体化する。

 これが正真正銘、最後の切り札。

 千回分の水晶塊を縫い針一本分の大きさまで限界圧縮した最終攻撃の狙いは、胸元の刻印石だ。


 亜音速で射出された小さな水晶の針に気づいたのは、凝結の盾に組み込まれた人工精霊だけだった。

 健気な人工精霊たちは自らの主のために速やかな防御を行う。


 全十二層の凝結の盾。

 頭上に掲げられていた氷の魔剣の刀身。

 ハイアルン自身の魔法抵抗。

 刻印石の身代わりの魔法。

 

 その全てを貫いて、ついでとばかりに競技場の床石までも破壊して、水晶の針はわずか一秒という実体化時間を終える。


「……え? なんだ? これは?」


 ハイアルンは砕け散った氷の欠片や、それに混じって転がっている刻印石の破片を見つめていた。

 彼の頬についた小さな傷から、細い血の筋が垂れ落ちていく。


「いったい、いつから……?」


 虚ろな呟きとともに、ハイアルンは膝をついた。

 憔悴しきって青ざめた顔からは、表情が抜け落ちていた。


「はじめから……、俺は、はじめから、負けていたのか……」


 カランと乾いた音を立てて、ハイアルンの杖が転がる。

 長い静寂の後、監督生の高らかな声が響いた。


「勝者、エーリカ・アウレリア!!」


 同時に、観客席からびっくりするくらい盛大な歓声があがった。

 想定以上の見物人たちが集まっていたらしい。


 そして、監督生は決闘裁判の勝利者として私を認めるとともに、ベアトリスの潔白を宣言したのだった。

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