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学園生活4

 そんなこんなで、あっという間に六日が過ぎていった。

 明日は最初の休日になる。


 休日を控えているせいか、放課後の学舎はどことなく活気づいていた。

 これから街に遊びに出かける生徒も多いみたいだ。


 私は入学してから昨日まで、放課後には学内施設を見学していた。

 最初は大聖堂や礼拝堂から回ってみた。

 ここ二、三日は庭園や魔法植物園へ。

 久しぶりに学生をやっていることも手伝って、学園巡りがとても楽しい。

 死亡フラグ対策ばかりじゃなくて、学生生活を楽しめる間は貪欲に楽しんでおこうと思う。


「さて、今日はどうしようかな」


 本日最後の授業である魔法鉱物学の後片付けをしながら、どこに行こうかと思案する。

 まだ行ってないところと言えば、幻獣博物館と魔法図書館と大厩舎だ。

 どれも興味があるので、迷うところだ。


 よし、今日は図書館に決めた。

 大食堂でお茶を飲んだら魔法図書館に向かおう。


 回廊を歩いていると、向こうから見知った二人組がやってくるのが見えた。

 クラウスとオーギュストである。


 私はこれまで二人と授業以外の時間に会うのは意図的に避けて来た。

 どうやら私について、詳細は不明ながら変な噂が流れているような雰囲気を感じていた。

 自分の素行が良くない自覚は充分あるので、二人に迷惑をかけるのが嫌だったのだ。

 しかし既に目が合ってしまったので、今更逃げ隠れするのは無理そうだ。


「この時間帯に会うのは珍しいな、エーリカ」

「大食堂に行くのか。夕食にはちょっと早いけど、お茶かな?」

「ええ、少しだけお茶を頂こうかと思っております。と言うわけで、失礼しますね」


 なるべく温和な笑顔で応対しつつ、素早く離脱を狙う。


「お茶か。それなら、たまに生徒会(デュナメイス)の談話室に来い」

「そうそう、ちょっとだけ上等なお菓子も揃っているぜ?」

「談話室ですか……?」


 そう言えば、まだ一度も顔を出していないんだったな。

 この状況から逃げるのは、物理的にも立場的にも難しいかな。


「ええ、それでは少しだけお邪魔させて頂きますね」


 言い逃れをするより素直に従っておくほうがいい。

 そう判断した私は、二人に連れられて学舎から少し離れた旧迎賓館の二階に向かう。


 元から作りの良い建物ばかりの学園だが、生徒会専用の部屋はさらに上の豪華さだった。

 例えば敷かれている深紅の絨毯を一歩踏んだだけで、明らかな質の違いが分かるレベルだ。

 調度品の色使いの鮮やかさや、観葉植物を好んでいるところは、イグニシアらしい趣向を感じる。

 シャンデリアは繊細な硝子細工をふんだんに使い、二つの長椅子は赤い天鵞絨張りだ。


 私達が部屋に入るのと入れ違いに、先輩の集団が出ていくところだった。

 すれ違いざまにイグニシア上級貴族の令嬢三人に、軽く挨拶をする。


 談話室はたまたま私たちの貸し切り状態になってしまったようだ。

 窓側の長椅子にクラウス、オーギュストが並んで座り、私が向かいの席に腰を下ろす。

 オーギュストが部屋に控えていた使用人に一声かけると、すぐにお茶と茶菓子が出て来た。

 いかにも特別な生徒の集まる部屋って感じだ。


「あ〜、白色ワームかあ……、どの学年でもあの授業ではやっちゃうヤツが出るんだよな」

「あれは不幸な事故だったな」


 私は入学してからの出来事をざっと二人に話していた。

 魔法生物学での白色ワーム大増殖は、彼らの同級生もやらかした失敗のようだ。


「そう言えば、エドアルトも白色ワームに埋もれたことがあるとアクトリアスから聞いたことがあるぞ」

「えっ、お兄様がですか? ああ、お兄様おいたわしい」

「あれ、クラウス。それって口止めされていたネタじゃなかったのか?」

「……おっと。内密にな」


 クラウスが態とらしく目を逸らした。

 もしかすると、他にも口止めされているお兄様の失敗談があるかも知れない。

 格好付けるのが好きなお兄様ならあり得る。


「ハロルドとはゴーレム工学くらいしか授業が被らないんですよ……」

「地元の学校で履修済みの授業は免除されるんだったか?」

「ええ、そうなんです」

「あー、ハロルドって新入生なのに、実は自由時間が多いのか……」


 ハロルドは上級授業だけを取って、あとは好きな研究やら作業に没頭しているようだった。

 私とは上級ゴーレム工学ぐらいしか共通の授業がない。


 そんな他愛の無い世間話をお茶請けに、ティータイムを楽しむ。


 クラウスは魔法関連はほぼ履修済みで、今は中級の錬金術にも手を出しているらしい。

 ところがゴーレム工学だけは、言語仕様が苦手で全然身に付かないとか。

 意外だ。

 万能超人のクラウスにも、苦手なモノなんてあったんだね。


 オーギュストは、ブランベルとブライアの育ち具合の話だ。

 二匹とももう騎乗に耐える大きさに育っていて、今はちょうど馬くらいらしい。

 オーギュストが学園に入ってからは会ってないので、機会を見て会いにいこうかな。


 それに関連して、大厩舎で白色ワームが一壜紛失したなんて話もあった。

 紛失したものがものだけに、ちょっと怖い。

 変なところで増えてないと良いんだけど。


 話が一旦落ち着いたところで、学園にある礼拝堂の鐘が鳴り響いた。

 おっと、うっかり長く居すぎてしまったかも。


「こんな時間になってしまいましたね。では、私はそろそろお(いとま)を……」


 そう言って長椅子から立ち上がる。

 寮の門限もあるので、急がないと図書館を見て回る時間がなくなってしまいそうだからね。


「ほう、何か用事でもあるのか?」

「魔法図書館に行こうと思ってます。蔵書がこの大陸最大という噂を聞いて、楽しみにしていました」

「そうか、せっかくだ。図書館なら俺が案内してやろう」

「結構です」


 私が即答すると、腰を浮かせかけたクラウスが、再び長椅子に腰を下ろす。

 おや、なんだか視線が厳しいな。


「即答か」

「考えてもみて下さいよ、クラウス様みたいな女性ファンが多い人を連れて回ったら嫉妬が怖いですし」

「俺に? そんな奇特な趣味の奴らがいるのか?」

「います。お気づきにならないんですか? クラウス様……」


 よく数多の女子生徒が憧れのこもった目線を送っていると言うのに。

 あれに気がつかないとは、なんて朴念仁なんだ。

 どれだけスルー力が高いんだろう。


「そうそう、クラウスはここで待っていれば良いと思うぜ。さあ、行こうかエーリカ」

「オーギュスト様」

「オーギュスト……お前……」

「ん、どうかしたのか?」


 オーギュストが素知らぬ顔で同行しようとしていた。

 まあ、こっちはクラウスと違って、立場を分かって遊んでいるのだろう。


「オーギュスト様は男女問わず熱狂的な崇拝者が多くてクラウス様以上に怖いんですけど」

「男女問わずか……ああ、うん、なんか暑苦しいの多いんだよなあ……」

「特に男子に重そうなのが多いですよね。もはや狂信者って感じで……」

「は……はは……そうなんだよな〜。何でだろ?」


 現実を突きつけると、オーギュストはいきなり大袈裟に弱った。

 実際、男子に熱狂的な忠誠心を捧げられやすいらしいのだ。

 忠誠心の高い臣下が多いのは将来的には良い事かもしれないが、想いが重いのは結構大変だろう。


「と言う訳で、目立つ場所でお二人とはあまり一緒にいたくはないのですよ」

「もしかして、お前に付いて回っている根も葉もない醜聞のせいか? 私達に迷惑がかかるとでも思っているんだろう?」

「まあその……」


 鋭い指摘をされてしまった。

 特に、オーギュストはこの手の醜聞に苦労した過去があるし気になるんだろう。

 なんとなく申し訳なくて、心配そうな紫色の瞳から目を逸らす。


「俺もお前の醜聞なら耳にしたがな。ハーファンではとんでもない毒婦として噂されているぞ。何をやったらあんな事になるんだ」

「まあ素行が悪かったんでしょうね。おそらく自業自得です」

「お前はまた自分のことのくせに他人事みたいだな」


 クラウスの追及に、私は今までの人生を振り返る。

 結構ヤンチャをした記憶がぼろぼろと出て来た。

 心当たりが多すぎて、とても絞り込みきれない。


「俺が知っているのは、酷い浪費家で散財家とかいう噂くらいだがな。短杖やゴーレムの素材を蒐集している錬金術師なんてみんな同じようなものだろうにな」

「酷い散財ですか……。素材だけでなく、ノットリードの倉庫街を二区画ほど買ったりもしましたからね……」

「なんだと……!?」

「我ながら酷い浪費、散財だとは思います」


 即答するとクラウスは目を見開いた。

 オーギュストはなんとなく合点がいったのか、声を殺して笑っていた。


「何故また」

「短杖のために蒐集した素材に大きいモノが多くて……」

「もしかして、大蛸(クラーケン)大海蛇(シーサーペント)のせいか?」

「大海蛇に遭遇してしまった事は不幸な事故でしたけど、素材がたくさん手に入ったのは幸運でした」

「幸運なんて言っている場合か!」


 クラウスから激しいダメ出しが入る。

 だって、船がガンガン沈むのは近隣地域住民としてイヤじゃないですか。

 高濃度な魔力を含む死骸を海に放置してしまうと、また大型魔獣が発生する危険もあるので、仕方ない措置なのである。


「私は、大海蛇狩りの討伐の手柄を狩猟者ギルドから買ったっていうのを耳にしたぜ」

「それは醜聞のままのほうがいいですね……〈深淵殺し〉って二つ名は辛いですから……。ああ、いっそギルドに依頼して、私が深淵の大海蛇を倒したのは誤報だという噂を広めてもらうのも手でしょうか……」

「お前……、醜聞より事実が辛いってどういうことなんだ……」


 二人とも呆れを通り越して心配顔になっていた。

 私は申し訳なくなって二人から視線をそらして、窓の外の風景を眺める。

 ああ、そろそろ色づいてきた木々の葉が美しいなあ。


「どうにかならなかったのか、エーリカ……」

「どうにもならなかったんですよ、クラウス様」

「でもイグニシアではお前に好意的な感じなんだよな。教会に多額の寄付をしてただろ?」

「お金で片付く問題は助かりますよね……」


 汚染された祭壇除去でイグニシア教会の予算が苦しかろうと思い、私は海獣を売り払って得た資産の大半を寄付しておいた。

 ノットリード付近の祭壇から不当に盗まれた魔力の流出で増殖したモノだし、還元するのは当然だろう。

 むしろ、教会や地元住民に何かお返ししておかないと、着服したみたいで申し訳ないのだ。


「そういうわけで、根も葉もある悪行の多い私と一緒にいると、良からぬ噂でお二人にまで迷惑をですね……」


 そう言って一緒に図書館に行くのをやんわり断ったつもりだったのだが、クラウスとオーギュストは顔を見合わせてにやりと笑う。


「今日は第六曜日だ。この時間に図書館に籠っているやつなんて、そう多くはないのは分かるな?」

「気晴らしで街で遊んでる学生も多いから、そこまで警戒する必要も無いぜ」

「あ……ああ、なるほど」

「俺達と一緒でも問題ないだろう。だから、案内は任せておけと言っている」

「仮に誰かに見られたとしても、生徒会の先輩が後輩を案内してやるのは普通じゃないかな?」


 やんわり断ったつもりが、やんわり丸め込まれてしまった。

 クラウスとオーギュストは二人揃って余裕の笑顔を浮かべている。

 うーん、この二人が揃うとけっこう難敵かもしれない。


 結局、同行を拒む理由もなくなってしまったので、私たちは三人で魔法図書館へ向かうことにしたのである。

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