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学園生活1

 ついに授業初日の朝が来た。

 私とティルナノグはまだ暗いうちから起き出し、ベアトリスを護衛するための下準備を行う。


 まずティルナノグが甲冑を脱ぎ、それを予め作っておいたゴーレムの素体に着せる。

 私は事前に買っておいた姿隠し(インヴィジビリティ)巻物(スクロール)を使い、ティルナノグを透明化しておく。

 これで肉眼にも霊視の魔眼(グラムサイト)にも映らず、変形すればあらゆる場所に潜むことができる完璧な護衛の完成だ。


 私がゴーレムを連れていないことに気づかれても、調整中だと言っておけばよい。

 部屋を見られたとしても、影武者のゴーレム素体がいるので完璧である。


「よろしくね、ティル」

『まかせてくれ』

「万が一、何か得体の知れない強力な怪物が出て来たら、彼女を攫ってでも守ってあげて」

『クククク、その時こそ俺の本領発揮というものよ』


 ティルナノグを見送り、朝食をとる。

 その後は寮内の玄関ホールで待ち合わせていたトリシアと合流だ。


 まずは朝の礼拝のためにイグニシア様式の礼拝堂へ向う。


 朝の礼拝の聖典朗読はオーギュストの担当だった。

 女子生徒たちは皆うっとりした顔で、オーギュストの朗読に聞き惚れている。

 実際、抑揚や滑舌がしっかりしているので聞きやすい。


 オーギュストの隣にはクラウスとハロルドもいた。

 もう生徒会の新規会員としてハロルドが組み込まれているようだ。

 授業初日の朝からご苦労様である。

 ハロルドを盾にしていなかったら、あそこにいたのは私かもしれない。

 そう考えると、なかなか恐ろしい。


 礼拝後、初等召喚魔法の教室へと向う。


「それではトリシアさん、昼食の時にまたご一緒しましょう」

「はい、エーリカ様。大食堂で合流ですね」


 時間割の異なるトリシアとは学舎の前で別れ、一人で目的の教室まで歩いて行く。

 メインとなる学舎には、広い中庭がある。

 そのため、中庭を取り巻く中央の回廊がとても長く感じる。


 回廊は蜜蝋色の石で出来た森のような建築様式だった。

 深い森の中で育まれたハーファンの文化圏らしい美しさだ。

 光を多めに取り込む造りのイグニシア様式の影響もあってか、清らかな森の聖域みたい。


 しばらく進むと、目的の教室に辿り着く。

 初等召喚魔法の担当はブラドだが、まだ教室には到着していないみたい。


 教室を見回すと、意外にハーファン出身の生徒が少ない。

 前方の列でノートを見せ合っている二人と、窓側の席にいる五人グループくらいか。

 彼らは机の上に使い魔らしきネズミを乗せて、羽根ペンにじゃれつかせて遊んでいる。

 ある程度高位の魔法使いなら、初等を飛ばしてもっと難しいのを習うのかな。


 私は最後尾の席に座って教本を開いてから、教室を眺めていた。


 するとクロエとベアトリスが小走りで教室に入って来て最前列の席につく。

 おそらく透明化したティルナノグもこの部屋の手前あたりに待機しているはずだ。


 次に入って来たのはオーギュストだった。

 おや?

 なんで第三学年のオーギュストが、と思ったけど、そう言えば初等召喚術は一年生用の授業ではなかった。

 教室を見回すと、ちらほらと上級学年(シニア)っぽい生徒もいるみたいだ。


 そんな事を考えていたら、目が合った。

 オーギュストは私と目が合うと、すごく嬉しそうに笑った。

 そのままどんどんと教室の奥まで歩いて来て、私の隣に腰を下ろす。


「エーリカもこの授業とってたんだな?」

「ええ、魔法系の授業は巻物を使う訓練にもなると兄から聞きまして、希望してみました」

「そういう理由か〜、なるほど。エーリカは何を召喚したいんだ?」

「使いこなせるようになったら守護用の魔獣でも購入してみようかと……」


 実のところ、ティルナノグやパリューグを召喚出来たらいいなあという下心で選択した授業なのである。

 別タスクで行動してる二人を、いざという時呼び出せたら最強のセキュリティになりそうじゃないですか。

 「賢者の石召喚」とか「天使召喚」とか言うと、ちょっとカッコいいしね。


「──学徒諸君、時間だ」


 不意に、ブラドの声が聞こえた。

 振り返ると、教壇の上にはいつの間にかブラドが立っていた。

 ざわついていた教室が、あっという間に静まり返る。


「このクラスでは初等召喚魔法の授業を学ぶ。リーンデースの歴史を紐解けば、召喚魔法こそが魔法学園設立の契機であったことが分かるはずだ」


 そう言えば、初期のリーンデースは竜騎士が魔法を習うのが目的の場所だったんだっけ。

 たしかに竜騎士が召喚魔法を使えたら、いざと言うときにも対応出来るものね。


「召喚魔法の修得を希望した学徒のうち、特に魔力変換への習熟度の高い者だけを選ばせてもらった。それが君たちだ。まずは、おめでとうと言っておこう」


 魔力変換とは外部魔力を内部魔力に変換する魔法使いの技術だ。

 これによって、人体から自然に生成される内部魔力とは異なり、多種多様な魔法を構築可能な万能の内部魔力が得られる。


 私もノットリードの一件以降、一日一時間程度の時間を費やして、魔力変換を訓練してきた。

 最初は腹式呼吸と瞑想によって身体や感覚を鍛える。

 魔力変換が身に付いてからは、純粋に費やした時間と魔力量が成長に影響する。

 コツコツと訓練してきたのが報われたのは、何だか嬉しい気分だ。


「君たちは召喚魔法という重要技術に触れる資格があると認められたわけだ。そのことを真摯に受け止め、決して初等だからと侮ることなく、心して学ぶように」


 落ち着いた、よく通る声でブラドは締めくくる。

 ブラドは教科書を手に取り、栞の挟まれたページを開いた。

 教室中から、冊子を繰る微かな音が聞こえてくる。

 魔法学園における、最初の授業の始まりである。


「さて、召喚魔法とは如何なる技術か。それをどのように認識しているかが重要だ。まずは君たちに問うてみよう……エーリカ・アウレリア」


 いきなり指名されてしまった。

 せっかく目立たないように一番後ろに座っていたのに。


「は、はい……」

「錬金術師の長の娘でありながら、この授業を受けるだけの資格を得ることができた君だ。当然、雑作もなく答えてくれることだろう」


 ブラドは私を鋭い目で睨みながら、そんな言葉を付け足した。

 さりげなく、ものすごくハードルを上げられた気がする。


 私は昨日ざっと目を通した教科書の記憶を思い返した。

 うっすらとどんな呪文があるかは覚えているのに、細部までは思い出せない。

 当てられて慌てているせいもあるけど、流し読みだけでは記憶は定着しないよね。


(ああ、もっと易しそうな魔法の授業を選ぶべきだったか)


 そんな風に戸惑っていたら、オーギュストが視線を教壇に向けたまま、さりげなく開いたノートを私に寄せてくる。

 とんとんとオーギュストが指で示す箇所を見ると、召喚魔法の一般的定義について書かれていた。


(じ、地獄に仏みたいですよ、オーギュスト様……!)


 私はオーギュストに感謝しつつ読み上げる。


「召喚魔法の実体は二種類の魔法です。精霊を生成し仮の姿をとらせる変異魔法と、魔獣や幻獣に対しての転移魔法です」

「大変よろしい。模範的な解釈だ」


 教科書から写したらしい答えを返すと、ブラドは表情を変えないまま頷く。


 危ない。私は転移魔法のほうしか想定していなかった。

 でも思い返せば、教科書にはとても同系統とは思えないような呪文が載っていた気がする。

 精霊魔法と変異魔法のコンボと、転移魔法の亜種では、カバーしている範囲が違いすぎるよね。


「つまり召喚魔法は、まったく系統の異なる二つの魔法から成り立つ。本来その場にいなかった存在が魔法的に顕現するという点では同じだが、辿るプロセスが完全に異なる場合があることを常に意識しておかねばならない」


 そう言ってブラドは、一本の棒を教卓の上に置いた。

 短杖(ワンド)くらいの長さだが、飾り気のない普通の棒だ。


「見ていたまえ」


 ブラドの詠唱に合わせて、棒の上に光の粒子が集まってきた。

 光は次第に生物めいた形をとると、ゆっくりと棒に重なっていく。


 光の輪郭と棒が完全に重なった瞬間、棒の周囲の風景が陽炎のようにゆらりと揺れた。

 その瞬間、さっきまでただの棒でしかなかったモノが蠢きだしたのだ。


 静まった教室から、息を呑む音が聞こえる。


 そこには、ヌメヌメとした灰色の鱗を持つ、一匹の蛇がいた。

 灰色蛇は獰猛にしゅうしゅうと鳴くと、教卓からずるりと落ちて教室の床を這い回りはじめた。


 蛇が最前列に座る生徒の足元にやってくると、ベアトリスは小さく悲鳴をあげて身を竦める。

 しかし、蛇はベアトリスのところにやってくる前に、クロエによって攫み上げられていた。

 あっという間の早業だった。

 クロエは、何を考えているか分からない、どこか眠そうな表情で蛇を見つめる。


 ほっとした空気が教室内に流れる。

 だが、それも束の間、クロエが蛇をブラドに投げつけたことで再び室内に緊張が走った。


 ブラドは眉一つ動かさず蛇をキャッチする。

 彼の手の中で、蛇は元の棒切れに戻った。


 着席したクロエは欠伸を一つすると、未だに涙目のベアトリスと言葉を交わしている。

 ブラドは気にした様子もなく棒を教卓に置くと、淡々と説明を始めた。


「明後日のこの時間、君たちには精霊による変異魔法、棒切れの蛇(スティックトゥスネーク)を使用してもらう。さしあたって本日は、円滑に呪文を実践するための理論を覚えてもらおうと思っている」


 ブラドは眼鏡のブリッジの部分を中指で押さえながら教室を見回す。


「棒切れの蛇の呪文がどのように蛇を顕現させているかを……さて誰に問おうか」


 何人かの生徒が手を挙げていた。

 ほとんどが黒髪の、ハーファン出身らしい生徒だ。

 ブラドは彼らを見回し、その中で一番自信のなさそうな少女を指名する。


「では、ベアトリス・グラウ。答えたまえ」

「は、はい……ま、まず魔法的階層に精霊を蛇の形で生成します。次に物理的階層にある棒に、精霊の蛇を重ねて経路(パス)を開き、上書きする形で実体化したのだと、お、思います」


 ベアトリスはたどたどしく答えた。

 教室のどこからかクスクス笑う声が響く。

 気になって見回すと、先程挙手していた黒髪の生徒たちのグループがなにやら顔を寄せ合っていた。


 何だか、ちょっと不穏な予感がする。

 そう言えば、ゲームではベアトリスのイジメイベントがあったんだよね。

 原作ではクロエやハロルドが解決するはずだったけど、大丈夫かな。


「よろしい。正解だ」


 一方ブラドのほうはベアトリスの解答に満足そうに頷いていた。


 どうやらベアトリスは魔法使いとしては充分な知識を持っているらしい。

 彼女をひきとる予定のウィント伯爵家は魔法使いの名家らしい。

 ハーファンでも珍しい、未来視や過去視、因果干渉魔法を研究する一門だとか。


 ウィント家の血は引いているものの、ベアトリスは平民出身だ。

 それなのに正式な後継者として白羽の矢が立つほどなのだから、きっと優秀なのだろう。


 私がちらちらとベアトリスやクロエを見ているうちに、授業は進む。


「では、棒切れの蛇を最低限実行可能な、部品となる呪文の最小構成を──ロアルド・スラン」

「はい、仮初めの心臓(テンポラル・サーキュレーション)軟化(ソフン)目覚め(アウェイクン)です」

「その通りだ。次にこの三つの呪文を接合するための名辞を、オーギュスト」

在り(クォド)(トゥ)這う(レポ)、そして開く(アペリオ)

「上出来だ。さて、今挙げられた全てを組み込むと、このような呪文が魔法階層に構築されることになる」


 ブラドは複雑な呪文構造の模式図を板書していく。

 あっと言う間に模式図は完成し、更にブラドは色違いのチョークで注意書きを書き加えた。

 私ははっとして、ノートに板書を写し始める。

 さりげなく、教科書にも載ってない重要ポイントが含まれていたのだ。

 教室中から慌ててペンを走らせる音が聞こえてくる。


「しかし、この蛇は数分と経たずに死んでしまう。それはなぜかね。ゼムズ・ダンピエール」

「えーと、呼吸ができないからでしょうか?」

「予習は不十分なようだが、悪くない洞察力だ。長時間の活動を予定している場合、仮初めの肺(テンポラル・レスピレーション)などの追加が必要だ。しかし、呪文の追加に応じて接合に必要な名辞もまた変化、増加する傾向にあり……」


 板書が追いつかない生徒たちを尻目に、ブラドはどんどんと説明や質問を続ける。

 黒板が埋まりきったせいで、ついには最初の模式図が消される。

 教室のどこかから小さな悲鳴があがった。

 私はギリギリセーフだったけれど、全然気が抜けない。

 このタイミングで質問されたら、板書も回答もどちらも疎かになりそうだ。


「さて、これらの構成呪文は修道竜騎士などの場合、巻物(スクロール)に書き込むことになる。複数の呪文を内包するため、誤って単一の呪文のみで起動しない工夫として──」


 板書はどんどん複雑化していくのに、ブラドの授業のペースは全く緩まない。

 うわわ、なんだこの量は。

 教科書に目を通すどころか、自作の予習ノート必須の授業の進め方だ。

 私を含めて、知らなかった生徒は青い顔をしている。


 ちらりと横目で見ると、オーギュストは涼しい顔で予習済みのノートにチェックを入れていた。

 お気楽な天才気質に見えて、やっぱり地道な努力家だな。

 私もこれからはちゃんと予習ノート作っておこうっと。

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