入学式3
新入生たちは〈審判の間〉での魔力審判が終わると、歓迎会の会場へと移動していった。
私は移動中に長年の文通仲間であるトリシアやマーキアを見つけて合流する。
「お久しぶりですのよ、エーリカ様」
「エーリカ様と一緒に魔法を学ぶことができるなんて、光栄でしてよ」
「私もお二人とご一緒できてとても嬉しいです、トリシアさん、マーキアさん」
長年の文通友達で、ある程度気心の知れた二人とつるめるのは有り難かった。
「エーリカ様もトリシアさんも魔獣関連の授業を履修希望なのでしたよね?」
「ええ。ご一緒できるといいですね」
「わたくし、エーリカ様と同じ授業が受けられるか不安ですのよ」
先程の模様の判定結果によっては履修出来ない授業もある。
例えばすごく優れていたらいきなり上級クラスにされたり、適性が低ければ初等になったりするらしい。
私としては、なるべく二人と同じだといいんだけどね。
どうかなあ。
「だって、わたくしの模様なんて、エーリカ様に比べたら全然大したことなかったんですのよ!」
「確かにエーリカ様のはとても強そうでしたものね。わたくし、感動してしまいましてよ!」
二人はあの禍々しい模様を見ても、好意的な反応のようだ。
密かにショックだったので、変に怖がられたり腫れ物扱いされたりするよりは気楽だな。
「トリシアさんは心配症が過ぎましてよ。何か一つや二つくらいは共通する授業があるはずでしてよ」
マーキアの言葉に私も頷く。
せっかく出来た友達なんだから、席を並べて一緒に学びたいよね。
大食堂では歓迎会のため各寮ごとに五列分の長テーブルがいくつも並べられていた。
向って右から、南寮、北寮、中央寮、東寮、西寮だ。
それぞれの列には第二学年から第六学年の生徒達がすでに着席している。
テーブルの上には、なかなか美味しそうな料理が山盛りだ。
ローストビーフやローストチキンなどが切り分けられて銀食器に乗せられている。
蓋付きの深皿はスープだろうか。
まあ、ちょっと豪華な食事会といった感じかな。
歓迎会が終わるころには〈審判の間〉の分析結果が出て、やっと時間割が決定する。
その後、教科書を受け取って寮に戻るのだ。
南寮のマーキアは南寮のテーブルへ向う。
私とトリシアは西寮のテーブルだ。
大食堂を見渡したかったので、私は壁を背にした席を選ぶ。
向いの左斜めあたりに座ったハロルドは、同郷らしい赤毛でそばかすの少年と楽しげに話していた。
さすがハロルド、友達を作るのも早いなあ。
微笑ましい気持ちで見ていたら、ハロルドと目が合った。
ハロルドは私にニッと嬉しそうに笑った。
彼は学園をとても楽しみにしていたからね。
おめでとうの気持ちを込めて、私も笑顔で返した。
「ようこそ、西寮へ! ともに錬金術の秘蹟に辿り着こう!」
気の良さそうな上級生が、朗らかに呼びかけながら食べ物を皿に取り分けていく。
ローストチキンにグレイビーソース、暖かい澄んだスープに、温野菜とハムのサラダなど。
ハーファンは美食の国なので、どれも丁寧に味付けされていて美味しい。
食事をとりながらトリシアや上級生と談話していると、私も学校生活への期待が高まっていった。
死亡フラグ回避ばかりじゃなくて、こういう楽しい学園生活も出来るのかな。
うん、悪くないね。
「生徒会の先輩がたは、綺羅星のように美麗で、わたくし思わず見蕩れてしまいましたの」
「ええ、とても立派でしたよね」
「監督生の先輩も、紳士的でストイックな雰囲気が、まるで騎士様のようでしたのよ」
「本当にその通りですね」
トリシアや他の西寮の女生徒たちは、先輩たちについて浮ついた話で盛り上がっている。
生徒会や監督生は、やっぱり憧れの対象みたいだ。
私もそれは分かるような気がする。
生徒たちの代表が見目麗しく着飾っているのは、なかなかの雰囲気だった。
「でもやっぱり、わたくしはクラウス様が一番だと思いますの。凛々しくて力強くて、静かに燃える蒼い炎のようでしたのよ」
「そうですね、目力がすごくて睨まれると殺されそうな気分になりますよね」
「オーギュスト殿下も年々ますますお美しくなられて、クラウス様とお二人で並んでいるとお互いの良さを引き立て合って最高ですのよ」
「顔が小さくて腰が細いから、女子としては心底隣に並びたくないですよね」
私の返事に、トリシアはちょっと不思議そうな顔をした。
何かおかしい受け答えでもしてしまったのだろうか。
おっと、うっかりして褒めるべきところで変なリアクションになっている気がする。
あの二人と付き合いが長いせいで、ぞんざいに評価してしまった。
「あの……エーリカ様は、オーギュスト様やクラウス様には、ときめいたりはなさいませんの?」
「素敵だと思いますが、私はお兄様が一番ですので……」
「納得ですのよ。エドアルト様を毎日近くで見ていたら、他の殿方への評価が少々辛くなるのも無理はありませんのよ」
ブラコンっぽく振る舞って誤摩化しつつ、私はこっそり周囲の観察を始めた。
探すのはもちろん「リベル・モンストロルム」の登場人物達だ。
入学式には色んな人に睨まれたせいで中断してしまったし、魔力審判の時は落ち着いて見られなかった。
みんなが寛いでいて、クラウスやブラドのいない今がチャンスだ。
一列前のテーブルにクロエが座っていることに気がついた。
ベアトリスや、他の特待生の少年少女と仲良さそうな感じだ。
まずはクロエについての原作準拠のゲーム設定を再確認しておこう。
クロエはモノローグのあまり無いヒロインだった。
主に話を進めてくれたのは、金狼姿の精霊ホレくんというマスコットキャラだ。
クロエにしか見えないという設定で、あまり感情をあらわにしない彼女の代弁者っぽいポジションだった。
そういえば、この世界のクロエにもホレくんが見えたりするのだろうか。
流石に本人には聞けなさそうだ。
「リベル・モンストロルム」を作ったゲームメーカーの主人公は、はっきりと二つのタイプに分かれていた。
タイプ1、普通で平凡な女の子。ただし、とんでもない鋼メンタル。
タイプ2、普通で平凡な女の子……と見せかけて、隠し要素山盛りで作品世界の根幹を握る中心人物。別ゲームで言うと「世界樹の女神」だったり「吸血鬼の始祖種の姫」だったり。
クロエはどちらのタイプなんだろう。
次に、ゲーム知識以外の調査情報も合わせて再確認する。
表向きは、北の旧王家の分家筋の息がかかった豪商の家の出身。
並外れて癒しの力に長けていたので、医術師を目指して学園へ入学することになった、ということになっている。
それ以上はトゥルム家を通じての調査でも分からなかった。
しかし、そんな謎の少女が王の学徒に選ばれていることから、学園関係者の一部は彼女がただ者でない事を知っているはずだ。
人狼虐殺事件後の七年間、彼女が何をしていたのか。
これ以上は何を調べようにも、北方の閉鎖性という壁が立ち塞がってしまう。
そう言えば、ベアトリスも複雑な生まれの少女らしい。
彼女も奨学生として入学しているが、貴族の血を引いてる。
この学園を卒業したら、彼女はとある伯爵家に正式に迎え入れられる決まりになっているのだ。
ちょうど今、二人と話している少年は北方出身の王の学徒だ。
名前はたしかヤンだったかな。
原作ゲームだと、あのポジションはハロルドだったのだけど、別の人に入れ替わったみたいだね。
「クローヒーズ先生は守ってあげたいタイプですのよ」
「……え? アクトリアス先生ではなく?」
「ええ、クローヒーズ先生ですのよ」
クロエたちの事を考えていたら、いつの間にか先生の話題になっていた。
トリシアは熱っぽくブラドについて語る。
「深い悲哀の籠った眼差し、もの憂げな佇まい。きっと愛する人を亡くしたせいで、心を閉ざしてしまわれていますのよ。厳しく思えるのは、他の誰よりも自己を厳しく戒めているからですのよ」
「クローヒーズ先生ってそんな過去があったんですか」
「全部妄想ですのよ。でも、影がある殿方って、なんだか素敵じゃありませんこと?」
「そ……そうかも知れませんね」
あの厳しそうなブラドに、トリシアは何故か母性本能を感じるらしい。
色々な価値観もある物だなあ。
私は、危なっかしいアクトリアス先生のほうが気になるけど。
他の人たちの教師評をのんびりと聞いていたら、食堂の入り口あたりにどよめきが起こった。
見ると、生徒会所属の生徒たちの姿が入ってきたようだった。
彼らは数人のグループに分かれ、各寮のテーブルに声をかけている。
歓迎の挨拶か何かかな?
始業式や審判ではあげられなかった黄色い声が、そこかしこから上がっている。
と言うか、隣のトリシアからも上がっていた。
生徒会は男女問わずに眉目秀麗な生徒が揃っているので仕方ないかな。
ファンクラブとか親衛隊とか入りたい人も多いだろうなあ。
でもまあ、そんな風に誰かのファンになるような潤いのある生活から自分は遠いしね。
私は遠くから眺めて楽しむ事にしようっと。
自分には関係ない。
そう思って油断していた隙に、私の目の前の席に二人の生徒会会員が座った。
クラウスとオーギュストだ。
なぜ? いつの間に?
よく見ると、先ほどまで座っていた女子生徒たちが幸せそうな乙女の顔でそばに立っている。
これだからイケメンは!
「ようこそ、リーンデースへ。レディ・エーリカ」
「先ほどは見事な模様を見せてもらった。鍛錬を怠っていないようだな」
二人は珍しく普通に仲良さそうにしている。
おや、今までは「喧嘩するほど仲が良い」みたいな関係性だと思っていたのに。
なんだか猛烈に悪い予感がする。
「あら、お二人ともいつから錬金術師に?」
牽制の意味も込めて私がそう言うと、オーギュストは優美な唇を笑みの形にする。
この人は悪戯するときに限って、綺麗な笑顔をするんだよなあ。
「錬金術師になった覚えはないが、エーリカ、お前に用があるんだ。なあ、クラウス」
「なに、案ずるな。用事が済めばすぐに帰る」
「安心するといいぜ」
安心できないんですけど。
特に、珍しくクラウスまで楽しそうに笑っているのが不安を煽る。
しかもこの人は本当に楽しいときでも目があまり笑ってないんだよね。
これは怖いな。
何が起こるんだ。
「はあ、それで何の用事なんです?」
私がそう言うと、クラウスとオーギュストは眼を合わせて意地悪そうに笑う。
どう考えても悪巧みだ、これ。
今すぐ仮病でも使って逃げないとヤバい案件だ。
「おめでとう。エーリカ・アウレリアは現会員のうち十二名の推薦により、生徒会会員に指名された」
「こちらがその辞令だ。よく確認しておくように」
クラウスはローブの袖口から封蝋の捺された一通の封筒を取り出す。
それと同時に、オーギュストの護衛竜、ゴールドベリがさっと私の頭に花の冠を被せる。
トリシアや他の生徒たちが「まあ、素敵」と口々に呟く。
私はそっと花の冠を置き、封筒を押し返す仕草をした。
「謹んで辞退します」
正直言って、絶対無理だ。
この一年の間に死ぬかも知れないというのに、常識的に考えて生徒会なんてやっていられない。
ただでさえ、既に吸血鬼対策とか第二時報対策とか、複数のタスクを抱えてるんですよ。
「おっと、これは困ったな。クラウス、どうする?」
「どうするも何も、俺たちに強制する権限はない。大人しく引いておけ、オーギュスト」
どうやら、今回はクラウスがブレーキになってくれるみたいだ。
意外な援護射撃に、私は一瞬ほっとする。
「俺たちを含めた十二名の推薦者の顔に泥を塗るなんて、むしろその勇気を称えるべきじゃないか?」
クラウスは目を細めて悪党面でにやりと笑いながら言った。
(おっと、いきなり追いつめられたな。……というか十二人ってどういうこと?)
原作と違って面倒見の良い性格になったよね、と思った矢先にずいぶん手厳しい攻撃じゃないですか。
ああ、現状認識改めなきゃ。
やっぱりこの人は幼少期に心の闇を抱えてなくてもサディストなんだ。
私は引き攣りそうになる頬をなんとかなだめて、微笑みながら返した。
「それは大変光栄なことですね。ですが、クラウス様、私はその……」
「エーリカお嬢さ〜ん、諦めたほうがいいんじゃない?」
何とか回避の口実を探そうとしていた矢先、心ない声が投げ掛けられた。
振り返ると、ハロルドがニヤニヤと笑っている。
この展開でハロルドまで敵に回るとは。
相棒って普通は味方してくれるものじゃないの?
「生徒会ぐらい入っちゃいなよ。どうせ、お二人に指名されたら逃げらんないよ?」
ハロルドがそんなことを言うと、クラウスとオーギュストは笑顔で顔を見合わせた。
二人は静かに立ち上がり、ハロルドに近づいていく。
急に矛先を向けられたハロルドは同級生たちに視線で助けを求めるが、無情にも左右に座っていた生徒は二人に席を譲った。
「ハロルド、お前はいい事を言うなー」
「全くもってその通りだ。逃がす気はない」
「へっ!? な、な、何言ってるんですか〜〜、お二人とも!」
左右からフレンドリーに肩を叩かれ、ハロルドは涙目になっていた。
おや、風向きが変わって来たみたいだ。
「おめでとう。ハロルド・ニーベルハイム三世は現会員のうち二名の推薦により、生徒会会員補佐に指名された」
「えっ」
「ククク、こちらがその辞令だ。よく確認しておくように」
「えっ」
二人は悪そうな笑顔でハロルドに告げる。
当然のように、封筒と花の冠付きだ。
この二名って絶対クラウスとオーギュストだよね。
「ええ〜〜! 聞いてないですよ〜〜!」
「まあ、お前はエーリカの補佐としての任命だから安心しろよ」
「新入生で、しかも補佐止まりならば、そこまで忙しくはなるまい」
ハロルドは先程までの余裕のある態度から一転して焦りまくりだ。
そんな彼をクラウスとオーギュストは淡々と話を進めていく。
(あ、でもこの状況は使えるな)
狼狽しているハロルドを横目に私は自分の回避案を思いついた。
相棒を見捨ててしまうことになるけど、先にやったのはハロルドだから、いいよね。
ごめんね、ハロルド。
「先輩、提案です」
「んー、どうした、エーリカ?」
「ハロルドさんが本会員で、私が補佐会員というのはいけませんか?」
「えっ、何それ」
突然の私からの反撃に、ハロルドは目に見えて狼狽する。
どうやら西寮から正規一名、補佐一名確保できればいいというのが、生徒会の意向だろう。
そしてその候補が私とハロルドならば……、うん、少々ひどい提案だが、背に腹は代えられないな。
「実は今年一年間は色々と忙しい身ですので。名前だけなら在籍できるんですけどね」
「ほう、そう来たか……」
「これ以上の譲歩はできませんよ。それでも無理にと言うのでしたら、大変心苦しいのですが、生徒会の先輩がたの面目を潰すことも厭わない所存です。そうなると、お二人も困りますよね?」
クラウスとオーギュストは顔を見合わせ、肩を竦めた。
「まったく、エーリカは躱すの上手いよな〜。仕方ない、それでいいぜ」
「ありがとうございます、オーギュスト殿下」
「お前ときたら相変わらず悪賢い。上級生になったらちゃんと働くんだぞ」
「来年度には頑張りますよ、クラウス様」
私はオーギュストとクラウスの二人に、にっこりと笑い返す。
「ちょ、俺の意見は……」
「よろしくお願いしますね、ハロルドさん。一緒に頑張りましょうね?」
「あの……」
「そう言えば生徒会になると色々と特権もあるんですって、素敵ですよねー?」
「ううっ……」
ハロルドはしぶしぶ半泣きで納得していた。
私よりずっと身長が高くなってしまったのに、未だに涙もろいのは変わらない。
申し訳ないし、暇ができたらちゃんとハロルドの雑用でも手伝おうかな。
「さっそくハロルドには朝礼拝の聖典朗読の助手でもやってもらおうかな」
「へっ!? そんな役目あるんですか、殿下?」
「他にも仕事は山積みだぞ。続きは生徒会の談話室で打ち合わせるとするか……」
「えええっ!? ここじゃだめなんですか〜〜、クラウス様〜〜!!」
クラウスとオーギュストはハロルドの両脇に手を入れて無理矢理立たせる。
背の高さが逆だけど、連行される宇宙人の構図だ。
そうしてハロルドはクラウスとオーギュストに拉致されてしまったのでしたとさ。
(あ、そういえば、例の落とし物。 ハロルドに調べてもらおうと思ってたんだった……)
私は手元の鞄をちらりと見る。
今更ハロルドを追って生徒会の談話室に行ったら、また巻き込まれてしまいそうだ。
せっかく逃げ果せたのに、やぶ蛇は嫌だな。
赤革本と徽章は、中央寮の職員にでも渡しておくことにしよう。