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入学式1

 魔法学園の入学式は大講堂で行われる。

 前世でいう体育館のような建物ではなく、石造りの教会や古城に近い雰囲気だ。

 新入生たちは白を基調とした制服の上から黒いローブを身に着けた正装で大講堂の前に集まっていた。

 イグニシア出身の生徒の中には、護衛竜に静かにするように言い聞かせている者もいる。


 ざわつく新入生に対し、監督生(ゴールドカフス)たちが整列を促す。

 監督生とは、上級学年(シニア)の成績上七位以内の生徒の中から学園長の指名によって選ばれる特別な生徒だ。

 生徒の規律を正し、学校行事で特別な役割を担い、ときには生徒に罰則を与える権利を持つ。

 風紀委員がイメージに近いだろうか。

 監督生の制服の袖には金糸で獅子の紋章と「気高さは行いをもって示すべし」という創立者の言葉が刺繍されている。


 今年の新入生は各寮で三十名ずつ。

 東寮、西寮、南寮、北寮に奨学生の住む中央寮を合わせて五つなので、全部で百五十名いることになる。

 新入生たちは寮ごとに列を作り、監督生に先導されて大講堂へと入場する。


 大講堂の中には照明がなく、監督生が扉を閉めてしまうと辺りは真っ暗になった。


 不意に、大講堂の壇上に小さな火が灯る。

 壇上には灰色のローブを着た白髪の老人が立っていて、火は彼の長杖(スタッフ)の先に灯っているようだった。


 老人は数語の呪文を詠唱して、火に息を吹きかける。

 すると、杖の先の火は黄金の火花を散らせて、大きく膨れ上がった。

 杖から解き放たれた炎は、大講堂の天井付近を飛び回り、吊り下げられたシャンデリアの蝋燭に火を点していく。

 まるで生物のような動き。

 おそらく、あれは炎で作られた人工精霊なのだろう。


 大講堂の中が明るくなると、壇上には老人以外にもたくさんの人物が立っているのに気づいた。

 その中には、エルリック・アクトリアス先生の姿もあった。

 すると、あれが魔法学園の教師たちなのだろう。


「若き学徒の皆さん。リーンデース魔法学園にようこそ」


 灰色ローブの魔法使い──今期の学園長であるロウエル・トゥールは優しそうな笑みを浮かべて口を開いた。

 明るい所で見ると、学園長は背が高く精悍な体つきをしていた。

 魔法建築の名門トゥール家は貴族との婚姻関係が多い。

 その結果、学園長は四つの王家の血を引いているのだと聞いたことがある。


 学園長の短い演説の後、今期の教師や授業の紹介が始まる。


 まず教頭のイーニッド・ムール。

 艶やかな黒髪を結い上げ、ストイックな黒いローブに身を包んだ年齢不詳の美女。

 侯爵家出身で有力貴族からの求婚が引く手あまただったらしいのに、今でも独身を貫いている。

 学業を伴侶にし、学園に嫁いでしまったのだという評判だ。


 私にとってはお馴染みの、エルリック・アクトリアス先生。

 アクトリアス先生も今年度から新任教師になる。

 卒業後、彼はエセンティア魔法協会の協会員に就職していた。

 在学中に教員の資格を取得していたため、魔法協会からの派遣教員枠に選ばれたのだそうだ。

 新入生の魔法生物学を担当する。


 今年二十六歳のアクトリアス先生だが、相変わらず若々しい。

 初めて会った頃から、ほとんど外見が変わらない。

 ドジッ子なのも相変わらずで、挨拶の言葉の時には緊張して長杖(スタッフ)に頭をぶつけていた。

 そのせいで眼鏡がズレてしまっていたが、彼は気にせずほわほわと微笑んでいた。


 それから残りの教員の紹介が続いていく。

 私は自分が選びたい授業の担当教員の顔をさくっと確認すると、もう一つ別の重要事項を確認することにした。


 私はこっそりとローブの袖の中で短杖(ワンド)を取り出す。

 取り出したのは猛禽の眼(ラプターサイト)

 望遠視覚や拡大視覚の効果を得られる杖だ。


 目的の人物は王の学徒(キングズ・スカラー)が所属する中央寮の列にいるはずだ。

 ざっと見たところ、私より前方にはいない。

 振り返ると、最後尾に目的の人物の姿を見つけた。

 

(うん、あの子だ。いるだけで目立ってるし)


 思わず視線を吸い寄せられそうになる、透き通ったアイスブルーの瞳。

 ミルクティのような優しい色合いの薄茶色の髪は太めの三つ編みに。

 肌は血管が薄く透けそうに白い。

 頬や唇はうっすらとばら色。

 物憂げに目を伏せれば、長い睫毛が頬に影を作る。


 甘やかで可愛らしい顔立ちに、氷のような鋭い清楚さを併せ持つ、とびきりの美少女。


 乙女ゲーム「リベル・モンストロルム」の主人公クロエ・クロアキナ。

 彼女はそんな少女だった。


 クロエの傍らには、通称第二時報のベアトリス・グラウもいた。

 地味な黒髪の三つ編みお下げに、珊瑚色の眼鏡。

 伏せ目がちな瞼と長い睫毛の向こうの瞳は、明るい茶と深緑の混ざった優しいヘイゼル。

 いかにも生真面目で謙虚で、気が弱そうな印象の少女だった。


(お互い、生き残れるといいね)


 親近感を感じながらベアトリスを見つめていると、たまたま目が合ってしまった。

 ベアトリスは驚いた表情を浮かべ、身を竦ませた。


 ご、ご、ごめんよ。

 威嚇したわけじゃないんだ!

 目付きが悪いのは生まれつきなので許してくださいよ!

 なるべく「敵意は無いんですよ〜」という雰囲気で微笑んでおこう。


 ──ドン。


 壇上から、杖で強く床を突くような音が聞こえた。

 私は思わず姿勢を正す。

 周囲の生徒たちもぴんと背筋を伸ばしていた。


 自己紹介をしていたのは、ブラド・クローヒーズだった。

 担当科目は召喚魔法。

 教師であると同時にリーンデースの南にあるクローヒーズ領を治める伯爵でもある。

 「リベル・モンストロルム」の攻略対象キャラで、超々々々々厳しいと評判だった。


 艶かしい黒髪に、血の気の薄い青白い肌。

 知的でサディストっぽい印象の眼鏡の奥にある瞳は赤紫色。

 切れ長の目や薄い唇からは、冷淡で神経質そうな雰囲気が滲み出ていた。

 隙のない着こなしの貴族然とした衣装の上から黒いローブで身を覆っている。

 お兄様やアクトリアス先生と同年代にも見えるけれど、実年齢までは分からない。


「非常に嘆かわしいことだが、君たちの中には、もはやこの学園で学ぶことなど何もないと思っている者もいるようだ」


 ブラドはそんなことを言いながら、蔑むような目でじっとこちらを見ていた。

 睨まれてるのは私のような気がするけど、流石に気のせいだよね?


「力を持った者の多くは思い上がり、敬意や警戒を忘れる。ときには学業という本分から大きく逸脱する者もいるだろう……だが、忘れることのないように。私たちは常に君たちを見ているということを」


 ブラドは生徒たちを見回し、最後に私のいる辺りを強く睨んだ後、教師の列に戻った。

 びっくりした。杖を使ったのがバレたかと思った。

 むしろバレたからあんなことを言ったのかな。

 召喚魔法の授業もとるつもりだったので、今から少し心配だ。


 自己紹介が終わると、教師たちは壇上から下りてくる。

 それと入れ替わりに現れたのは、監督生と生徒会(デュナメイス)という、それぞれ特徴的な二組の生徒の集団だ。


 生徒会(デュナメイス)は学内の自治を目的とした組織である。

 学園長の指名で上級学年から選ばれる監督生に対し、生徒会は既存会員の指名によって全生徒から選ばれる。

 基本的に才能豊かで容姿にも家柄にも恵まれた生徒が選ばれるのだそうだ。

 エドアルトお兄様も在学中は生徒会に所属していたらしい。


 彼らの役目は多岐に渡る。

 万霊節祭をはじめとする祭典の運営などの華やかなもの。

 週末の礼拝における聖典朗読などの地味なもの。


 生徒会には多くの職務と責任が課せられる代わりに、いくつかの特権も得る。

 例えば生徒会専用の特別な談話室の使用や、逸脱しすぎない範囲での制服の改造などだ。

 壇上に並んだ生徒会会員の中には、派手な色を差し色にしている者もいた。


 ぼんやりと見ている間に、クラウスやオーギュストも壇上に登ってきた。

 そう言えば、二人とも生徒会に入ったとか言っていたっけ。

 他の生徒会会員と違って、二人は制服の改造を行っていないみたいだ。


 十六歳になった二人はぐっと大人っぽくなっていた。


 クラウスはぐんと背が伸び、肩幅も広くなって、がっしりとした体つきになった。

 声も低くなり、顔つきも精悍になったが、私やオーギュストといるときは子供っぽい無邪気な表情を見せることもある。

 まさに少年から青年への過渡期という感じだ。


 短い黒髪は相変わらずサラサラで、青い瞳はサファイアのように澄んでいた。

 今回のように真面目な場では、僅かに憂いを含んだ、触れれば切れそうなほど鋭い表情を見せる。

 原作ゲームの彼のように陰鬱で冷酷そうな感じと違って、厳しくも優しい雰囲気だ。

 性格も、俺様ドSと言うより、面倒見の良い苦労性に育ってしまった気がする。


(毎日のようにエドアルトお兄様に苦労をかけられてたし、無理もないよね)


 オーギュストも長身になったが、クラウスに比べると華奢そうなシルエットをしていた。

 と言っても、それは着やせで、実際はガチガチに鍛えた細マッチョだったりする。

 筋肉のつきにくい体質なのが目下の悩みらしい。

 彼の甘やかで繊細な顔立ちには、今のままの方が似合うと思うんだけどね。


 肩までの金髪は上質な絹糸のようで、菫色の瞳は神秘的な色合いを湛えていた。

 肌も女性たちから羨まれるほど真っ白で、きめも細かい。

 原作ゲームでは浅黒い肌で妖艶な雰囲気だったけど、それはパリューグとの融合が原因なのだろう。

 その表情は晴れやかで、正統派王子様らしくのびのびと育っている。


 二人とも、だいぶ原作ゲームと違う人生を歩んでしまったけれど、その表情が明るいのはほっとする。


 そんな二人の姿は、新入生の少女たちの憧れの視線を集めていた。


(人気者だな〜。まあ、当然だろうけどね) 


 微笑ましい視線を向けていると、不意にクラウスと目が合った。

 彼は眉間にわずかに皺を寄せ、こちらを鋭い目で睨んでくる。

 どうやら、私が猛禽の眼(ラプターサイト)で観察しているのに気がついたらしい。


(相変わらずクラウス様は真面目だな。でも別にこれくらいいいじゃないですか)


 オーギュストも私とクラウスの睨み合いに気がついたらしい。

 彼はクスリと微笑み、こちらにウィンクする。

 オーギュストがクラウスを肘でつつき、何か囁くと、クラウスは不満そうな表情で私から視線を外した。


 それにしても、私はもしかしてハーファンの人から睨まれやすい顔をしているんだろうか。

 クラウスだけじゃなく、ブラドにも睨まれてしまったしね。

 先輩にもすれ違い様にあからさまに睨まれたりしたような気もする。


 生徒会の挨拶が終わり、校長先生とブラドが再び壇上に出てくる。


「では新入生の皆には魔力審判を行なってもらう。審判の担当はクローヒーズ先生にお願いしよう」

「これより君たちには〈審判の間〉に移動してもらう。静かについてくるように。上級生は新入生がはぐれないよう、誘導を行うこと」


 ブラドの言葉に従って監督生と生徒会が新入生の列を分割し、誘導していく。

 果たして、受けたかった授業が受けられるだろうか。

 私だけでなく、他の新入生たちも期待と緊張で胸を高鳴らせているように見えた。

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