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来航者の遺跡3

「三日月の門を潜り、双子の半月を探せ……だと?」

「これは……、エドアルトお兄様の筆跡ですわ」

「あいつのか!?」


 〈来航者の遺跡〉にエドアルトお兄様の痕跡を見つけて、ほっとしてしまった。

 地獄に仏の心境だ。

 脳裏にアルカイックスマイルを浮かべているお兄様が呑気に手を振ってるイメージが浮かぶ。


「お兄様がこの遺跡を探索したときに残した、何らかのヒントなのかも知れません」

「ならば今はこれに従ってみよう」

「そうですね」


 床に広げた杖箱やその他の道具を鞄に詰め込み直して立ち上がった。


 メッセージに従い、アーチ部分に三日月の印の描かれた出口を抜ける。

 三十メートルほど薄暗い通路を進むと、また淡い月光没食子(もっしょくし)インクの光が見えてきた。

 二つ並んだ半円形の印。

 これが双子の半月に違いない。


「これか……!」

「また、何か文字が書かれていますね」

「冲天に満月昇る時、道が開ける……」

「満月? でも、どこにも円形の印なんて見当たらないような……?」

「待て。メッセージには『昇る時』とある。だとすると──」


 再び、ぎりぎり、がたん、という重い機械音が響く。

 近くで部屋の形が変化した音だ。


「このヒントは、迷宮が動くことを想定して書かれているってことだろう?」

「ということは、さっきの音はどこかで満月が昇った音──つまり、次のヒントが書かれた部屋に繋がった音ってことですね」

「ああ。そういうことだ。冲天……最も高い位置に昇った満月なら、進むべき方向は南だ」

「しまった。私ったら、こんなときに方位磁針を持ってきてませんわ」

「俺に任せろ。消費の大きな高等魔法や広域魔法は無理でも、簡単なおまじない(キャントリップ)程度の魔法なら使える」


 クラウスは床に垂直に短杖(ワンド)を立てて詠唱する。

 使っている言語こそ同じハーファンの古代語だが、普段使っている魔法の詠唱と違って童謡めいた節回しだ。

 彼が魔法をかけた杖から手を離すと、杖はくるりと回って今まで歩いてきた方に倒れた。


「あっちが南だ」

「何だか地味ですね」

「古いおまじない(キャントリップ)だからな。でも、こういうのを覚えておくと意外に便利なんだ」


 確かに、すごく役に立ってる。

 このおまじないがなければ、芯材から磁石抜こうかとか本気で思ったぐらいだもの。

 クラウスの知らないところで、エドアルトお兄様のお財布が救われた。


 兄のヒントは、時間経過に加えて重量移動が仕掛けの条件になっていることを暗に伝えていた。

 最初に二手に分かれて捜索していたら、クラウスと再合流できなくなっていたかもしれない。


 はぐれないようにクラウスと手を繋いで、薄暗い遺跡の中を南を目指して移動する。

 ところどころでランプを仕舞って確認しながら、慎重に探索していく。

 しばらく進むと、闇の中にぼうっと丸い光が浮かび上がっているのが見えた。


「円形の印……あれが冲天の満月ですね!」

「遠目に見て、メッセージはなしか」

「ここが終点でしょうか」

「お前の兄はこんなところに誘導してどうするつもりなんだろうな」


 満月の印が描かれた入り口には、真新しい木製のドアが設置されていた。

 幸い、ドアに鍵はついていない。

 向こう側に気配がないか気をつけながら、私たちはゆっくりとドアを開いた。


「これは……」

「箱……ですね」


 満月の印の部屋の中には、大きめの衣装箱が五つ置かれていた。

 衣装箱は金属製の枠で補強された頑丈な作りで、鍵がかかるようになっている。

 こんな遺跡の中に置いてあると、宝箱みたいにも見える。


 衣装箱にはアウレリアの紋章が彫られていた。

 添付されたラベルには、お兄様の筆跡で暗号めいた書き付けがある。

 どうやら、箱の中身はお兄様が迷宮探索のために保存しておいた物資(アイテム)のようだ。


 箱の傍らには二巻きの毛布が置いてあり、火を焚いたような跡もある。


「簡易ベースキャンプ、ってことでしょうか」

「用意周到だな。お前の兄らしい」

「使えるアイテムがあるかもしれませんね」

「そうだと助かるな」


 衣装箱を開けようとしてみるが、どれも厳重に施錠されていた。

 本当に用意周到で、確かにエドアルトお兄様らしい。


「クラウス様、生憎と、万能鍵(スケルトンキー)の杖は持ってきておりませんので……」

「心配するな。どうにか解錠(アンロック)の魔法を使えるくらいには魔力が回復している」

「では、お願いします」

「ああ、俺に任せてくれ」


 クラウスが長杖(スタッフ)を箱の上にあてて、呪文を詠唱した。

 東の魔法使いが使う長杖(スタッフ)短杖(ワンド)とは異なり、魔力の増幅器の役目を果たす。

 でも、クラウスほどの魔法使いが初歩の呪文に長杖(スタッフ)を使うなんて、少し無理してるんじゃないか?


 衣装箱を包み込むように、薄紅色の光の魔法陣が現れる。

 魔法陣はゆっくりと回転しながら縮小していき、錠前の部分に集束した。

 かちり、と硬質な音がして鍵が開く。


「よし、解錠できたみたいだな」

「開けてみましょう、クラウス様」

「ああ」


 クラウスが重い衣装箱のフタを開ける。

 私がランプで照らすと、数々のアイテムが見えた。


「幾つかの巻物(スクロール)と、食料に……、うん、これはいいな、助かる」

「何か良さそうなものがありました?」

「見ろ。魔力回復の水薬(ポーション)だ」


 たくさんの水薬(ポーション)が入った飴色のガラスの小壜が整然と並べられていた。

 さすがです、エドアルトお兄様!


「これだけあれば、お前の杖に頼りっきりにならなくて済む。小回りのきく探索もできるぞ」

「助かりますね」


 あれ? 錬金術師は魔力切れの心配なんてないはずだけど。

 エドアルトお兄様はどうして、こんなにたくさんの魔力回復の水薬(ポーション)を保存していたんだろう?

 同行していた仲間のため……?

 お兄様の友達は、(ハーファン)(ルーカンラント)の人なのだろうか。


 おっと、今は物資(アイテム)の確認が先だよね。


 クラウスは水薬(ポーション)を一本呷った後、残りの箱を次々に解錠(アンロック)していく。

 魔力が回復した彼は絶好調で、水を得た魚のようだ。

 ああっ! ぼーっとしてる間に四箱も開封されてる!


「私はこちらを開けてみますね」


 私も最後の一箱を開けてみる事にする。


 ──ギィン!


 兄の服の裾に刺繍されていた軽い防護効果のある紋様が、魔力の込められた特殊な糸ごと弾け飛ぶ。

 フタを開けると同時に、禍々しい紫色の魔法陣が広がっていた。

 ひい! これは明らかに呪詛の類いだ。

 慌てて避けようとするが、私が反応するよりも早く、魔法陣の光は鎖のように砕けて私に絡み付いてきた。


「……えっ!?」

「……!! しまった!  トラップか!」


(なんですとーーーー!?)


 そうですよね〜〜!

 遺跡(ダンジョン)物資(アイテム)のつまった荷物を残してるなら、盗賊対策しますよね!

 これ、死亡フラグっていうか割と本気で危険では!?

 辛い……っ!


 クラウスが霊視の魔眼(グラムサイト)を起動して私を凝視する。

 私にかけられた呪いの詳細を確認してくれているのだろう。

 彼の瞳が悲痛そうに揺れ、みるみるうちに血の気が引いていく。

 クラウスは呪いの解析を終えると、悼ましそうに目を伏せた。

 うわあ! 何その、不治の病を告知するお医者さんみたいな反応!


「……すまない、エーリカ。これは……、死の呪いだ」


 ひっ、やっぱりだ!

 アウレリアの人間はこだわりの強い職人気質が多い。

 だから、大抵の錬金術師は盗賊に厳しいんだよね……。


「……兄の仕掛けたものですわよね?」

「ああ。作成実行者はエドアルト・アウレリア。お前の兄だ。仕掛けたのは一か月くらい前だ」


 クラウスの表情は暗く、私と目を合わせると辛そうに眉を寄せる。

 ていうか、死ぬのか、今すぐ死ぬのか、私!?


慈悲の死(マーシフル・デス)の呪いだ……一定時間の後、苦しみすらも与えずに、速やかに死をもたらす」

「えっ、一定時間の後……?」

「多めに見積もって十二時間、少なく見積もって八時間だな」

「……えっ!?」

「若干の猶予を持たせているのは、犠牲者に精神的な苦しみを与えるためか。あるいは術者に許しを請えば解呪しようという意図があるのか」


 鬼畜です、エドアルトお兄様。

 七人の攻略対象の中で随一の暗黒微笑系と名高いだけあってなかなかに昏い報復ですね……!!

 お兄様の優しくて甘い面だけ見ていた私には新鮮だなあ。

 お兄様のシナリオをまだプレイしたこと無いのが本当に残念すぎて──


「……エーリカ、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 一瞬、現実逃避的な思考に流れそうになったけど、クラウスの心配そうな顔を見て復帰した。


「エーリカ、宮殿に戻ろう。今ならまだ間に合う。お前の父なら解呪できるかも知れない」

「いえ、今は妹君を優先しましょう」


 私は腹を括る事にした。

 おばけや幽霊や怪物なんて出なくても、この〈来航者の遺跡〉は充分に危険だ。

 お兄様や他の探索者が、他にも致命的なトラップを仕掛けていないという保障はない。

 こんなところに、幼いアンを放っておくわけにはいかない。


 だいたい私、酷い目に遭う事には慣れているしね。

 全然慣れたくなかったけど。

 そもそも、即死じゃなくて八時間余裕があるってところが慈悲そのものだよ。


 上着のポケットから鉱石式の時計を取り出す。

 現在時刻は二十一時過ぎ。


「大丈夫。明日の朝五時までに脱出して解呪すれば間に合います」

「何を言ってる! いくら猶予があるからと言って、お前に何かあったら、俺は──」

「妹君の方が、私には心配です」

「しかし……」

「明日は今度こそ三人で〈春の宮殿〉の庭園を散策しましょう。約束です、クラウス様」


 他人(ひと)の話を遮るなんて無作法なことだけど、割り込んでしまった。

 真面目に心配されると、かえって辛くなっちゃうんだよね。

 私はクラウスに微笑みかける。

 笑顔は大事だ。

 エーリカ・アウレリアが悪役面だとしても、少しは不安を和らげる足しになるだろうか。


「お前……」

「これだけ猶予があるならば、そうとう運が悪くなければ死にませんよ。きっと大丈夫ですわ」

「だがな、エーリカ……お前はとても運が悪そうに見えるぞ」


 ですよねー。

 さっきも五分の一で死亡のロシアンルーレット宝箱に見事引っかかったもんね!

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[気になる点] 全く反省のないクラウスに嫌悪感しか覚えない
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