表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/216

悪役令嬢 エーリカ・アウレリア

「どういうこと……?」


 私ことアウレリア公爵令嬢エーリカは、鏡に写った自分の姿を見て身動きが取れなくなってしまった。


 蜂蜜のように濃い金色の髪は優雅にゆるやかにロールしている。

 肌はミルクみたいに白くて、頬はばら色。

 八歳でまだ幼い顔立ちなのに、気位の高そうな眉に傲慢そうなエメラルドの瞳。


 ──これが、私?


 ちがう! これは私じゃない! これは──

 髪の色、肌の色、目の色、すべてに違和感を感じ始めた。

 なによりこの特徴的な縦ロール……!!

 これは伝奇ファンタジー乙女ゲーム「リベル・モンストロルム 〜幻の獣と冬の姫君〜」のかませ悪女エーリカ・アウレリアだ!


 足元がぐらぐらするような感覚に囚われて私は鏡にもたれ掛かった。

 次々と湧き出る泉のような過去の記憶に酔いそうになる。


 これって転生して、前世の記憶に覚醒したってことなの?

 そんなバカなと思ったけど、今までエーリカとして生きてきた記憶がここは「リベル・モンストロルム」の世界だといっている。


 そして、だからこそ、今の自分の顔がどんなに整ってても私には不吉な予感しかしなかった。

 よりにもよってあの悪役令嬢エーリカ・アウレリアだなんて。


 私が知っているエーリカは魔法学園に入学したヒロインを罵ったりいじめたりした上で、猟奇事件イベント開始の時報のごとく最初に死ぬ係なのであった。


 死体のバリエーションとしては、黄金の像になってたり、獣に食い荒らされたり、水死体として発見されたりだ。


 このまま成長してしまったら、ヒロインとその攻略対象の恋のドラマを盛り上げるための殺人事件開始の時報として死んでしまう!


 それだけは避けたい。

 いきなり襲われて死んじゃったりするのは、もうゴメンだよ。


 ──もう?


 そして、思い出したくなかった記憶が頭の中に降って来たのである。

 前世と思われる記憶の最後の瞬間のことだ。

 キラッと光るものが見えて衝撃を受けた。

 脇腹の辺りに熱さを感じて手を伸ばしたら真っ赤な血が付いてきた。

 誰かに助けを求めようと逃げて叫んだら何度も刺されて──。


 そっか、私、あのまま死んじゃってたのか……。


 同僚だったけど、あんまり話したことない人だったなあ。

 会社帰りに突然、「俺を裏切ったな」って言いながら何度も刺してきたんだけど、なんでだ?

 雨が降って来たときに予備の折り畳み傘貸したくらいの接点しか思い出せないけど、何が問題だったんだろう。


 それともまたアレか。

 高校の時にも似たような事あったな。


 当時地学部に所属していた私は、部活全員(私以外は男子)から「俺に惚れている」と誤解された挙げ句、なぜか全員と肉体関係を持っていた事になっていて、学校中に噂を流されたのである。

 地獄だった。

 気が弱く口下手な私は、その汚名を晴らす事が出来なかった。


 それを真に受けた部員の一人なんて、夜道で後ろから殴り掛かって来たしね……。

 退院した頃には地学部は廃部になっていて、私にはサークルクラッシャー、小型食虫植物、地味ビッチなどの最悪なあだ名が付いてたんだっけ……、ははは……。

 辛い。


 大学でも、社会に出ても、これほど深刻じゃないけど似たようなことがあった。

 リアルの人間関係をなるべく無難にやり過ごそうと努力してみて失敗したんだ。


 そんなこんなで仕事以外の他人に関わるのが面倒になって、ハマるようになったものがある。

 ゲームのやり込み。

 フィクションはディスプレイを越えてまで殴ったりして来ない!

 なんて素晴らしい!


 思い出す記憶は専らリアルの悲惨な経験と、ゲームの攻略方法がメインなのだ。

 どんだけ人生経験偏ってるの。

 記憶の糸を辿れば辿るほど、実際の生活ではロクでもない体験しかしてないから仕方ない。


 だから、私は、このエーリカのこと嫌いじゃないんだよね。

 気の強いところ。

 高慢なところ。

 行動的なところ。


 前世の私が憧れていた、強そうな女の子だ。

 人に嫌がらせするってところを除けば私の理想に近い。

 こういう女の子ならば、勘違いしまくったヤンデレ男に嫌がらせされたり刺されたりしない。

 普通の男の人からも逃げられそうだけど、そんなことは些末な事だ。


 そうだ!

 この伝奇ファンタジー乙女ゲーをお気楽ファンタジー乙女ゲーに換えてしまえばいいんだ!

 でも、本当に可能なのか?


 最低限、怪死さえしなければ、いいんだ。

 そうすれば前世よりずっと自由に生きられるような気がする。

 悪くはない。

 きっと手がかりは前世の記憶の中にあるはず。


 エーリカが何故死ぬのか。

 それは、エーリカが他のキャラクターの人生を踏みにじったからだ。

 それを回避してしまえば、死中に活を求める事ができるかもしれない。


 攻略対象たちの暗い過去。

 それはエーリカ自身が建てた死亡フラグだったのだ。

 だったら全力で死亡フラグを折っていけば良いだけ。


 ただし、その前に確かめたい事がある。

 この記憶が私の妄想という可能性だ。

 転生じゃなくて発狂している可能性も無きにしも非ずだよね。


 まだ幼いエーリカは、十二歳年上の兄の部屋で遊んでいたところだったのである。

 兄の蔵書の中から絵の多い易しい本を取りだしては読み散らかしていたら眠くなってしまった。

 長椅子で少しだけうたた寝して、乱れた髪をなおしに鏡の前に来たところだった。


 私の記憶が妄想なのか否かを判断するために、とある事が起こっているかどうかを確かめなければならない。


「大丈夫、エーリカ?」


 鏡にもたれ掛かってぐったりしている私を心配して近寄ってきたのは兄だった。

 ちょうどいいタイミングだ。


「顔色がよくないね」


 兄の名はエドアルト・アウレリア。

 アウレリア公爵の第一子にしてヒロインの攻略対象。

 エーリカと色合いのよく似た金髪碧眼だけど、その目付きはとても優しげで甘い。


「お兄様、ありがとうございます。ちょっとだけ疲れてしまったの」

「そうか、さっきまでいろんな本を読んでたものね。甘いものを食べるといいよ」


 エドアルトはテーブルの上の小箱から小さな包みを取り出して、包装をといた。


「ほら、口をあけてごらん」


 口を開けると、チョコレートの粒が放り込まれた。

 お兄様はいつも私に甘い。


「美味しいかい?」

「はい」

「うん、いい子だね、エーリカは」


 優しい手つきで髪を撫でられる。

 こんな兄がいたらブラコンこじらせても誰も責めないって思うね。


 さて、欲しい情報を、この優しい兄から引き出さなければならない。


「ねえ、お兄様」

「ん、何だい、エーリカ。チョコレートがもっと欲しいの?」

「夕餉の前にそんなに食べてしまったら太ってしまいます」


 兄の笑顔を曇らせてしまうのがちょっと嫌だった。

 でも、このゲームの始まりの事件について、今すぐにでも聞いておかなければ。


「北の、氷雪のルーカンラント領でのこと、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「……何の事だい?」

「去年、北で起きたあのことです」

「……ルーカンラント公爵家の惨劇のことか……」


 エドアルトお兄様は悲しそうな顔をして言った。


「それは、エーリカがもうちょっとだけ大きくなったら……その時は詳しく教えてあげるから、今は許して欲しい」

「……分かりました、お兄様。ごめんなさい」

「いや、いいんだ、僕の方こそ神経質になってしまってごめんよ、エーリカ」


 北での惨劇「人狼虐殺事件」があったという事だけが分かれば良かったので、これで止めておこう。

 二十歳の兄が八歳の妹に、こんな陰惨な話をこれ以上詳しく説明するとも思えない。


「では、そろそろ自室にもどります」


 これで、この世界は「リベル・モンストロルム」であることが確定した。

 幻の獣達──数多の怪物(モンストロ)人狼(ライカンスロープ)吸血鬼(ヴァンパイア)──が夜陰に紛れて蠢く怪奇世界の始まりである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ