こんな夢を観た「月鏡」
お台場のタワービルに上り、屋上から満月を見上げると、ごくたまに「月鏡」が見える、そんな都市伝説を聞いた。
磨き上げたように輝く、銀色の円盤を覗くと、月世界の真の風景が見えてくるそうだ。
そのことを確かめに、わたしは1人、お台場へと向かった。
静かな夜だった。
地上200メートルもの高さから見渡す夜景はすばらしい眺めだ。光の点、1つ1つが、まるでダイヤモンドの輝きのよう。あるところでは大きな塊となって明るく燃え、またあるところではちりばめられ、地上に映った星空かと思えた。
この晩を選んだのは単なる直感だった。それでも、わたしは確信していた。「今夜がその特別な夜」である、と。
月は天頂に貼り付き、白道に沿って、じりじりと滑っていく。その青さはいつにも増して妖しく、周辺にはコロナにも似た散光が揺らめいていた。
クビナガリュウ座の心臓に当たる、アルファ星と触れ合うか合わないか、その刹那、月の表面が著しく明るくなった。昼ひなか、鏡遊びをしているさなか、うっかり自分の顔に日光を当ててしまった時のようなまぶしさである。
ツーンという耳鳴りが目まいを伴って襲ってきた。降り注ぐ光はますます強烈になっていき、まぶただけでは足りず、両手のひらで覆うも、まだ透かして赤く感じられる。
わたしが次に気がついた時、そこはすでに地球ではなかった。そしてわたし自身、自分が月世界人であることを自覚していた。
月面には緑が広がり、大都市が築かれている。昼間であれば、月を包み込む大気が、青く深く見えるだろう。
今は夜。そしてここは、静かな海にそびえ立つ、月の塔の最頂部だった。
わたしは窓から空を見上げていた。暗い宇宙にはちらちらと星が瞬いている。震える星々を飲み込むように、灰色の大きな惑星がぽっかりと浮かんでいた。チキュウだ。大気のない、砂と氷ばかりの冷たい星。
天文学者の中には、奇妙な説を唱えるものもあった。
チキュウというのは、あの通り命のかけらも見当たらない。けれど、わたしたちの目にそう見えるだけで、実際は違う。次元のずれが、真実を歪めているに過ぎない、と。
たいていの者はそれを笑う。何をばかなことを言うのか。チキュウは今も昔も、そしてこれからもかような姿をさらし続けるのだ。人どころか、シラミとて住めはしないだろうに、と。
わたしも一緒になって笑った。これを荒唐無稽と言わずして、なんと呼ぼう。
一方で、世にはびこる不思議な言い伝えにも、抗いがたい好奇心があった。
チキュウがひときわ明るく輝く夜、世界で最も高い塔より見上げれば、彼の天体はたちまち鏡となり、真実を映し出す……。
心から信じているわけではなかったが、それでも確かめずにはいられなかった。
わたしは今、塔の上からチキュウを眺めている。